九、正二
竹蔵の葬儀と一周忌、三回忌、七回忌には出席した清美子であったが、再び小沢家とは疎遠になりつつあった。
そんな時、突然に正二の訃報が届いた。八月の暑い時期、早朝に里江から電話が入ったのだ。
「……お義姉さん、家の人が亡くなりました。出来ればじゃけぇど、今日明日中には来て貰えんでしょうか。その……暑い時季じゃけぇ……。」
清美子は直ぐに喪服の用意をして、清音にも黒いスーツを用意する様に言った。奇しくもこの日は日曜日であり、大学生の清音も夏休み中であった。
清美子と清音が、伯備線と備北バスを乗り継いで小沢の家に到着した頃には、時刻は夕方に差し掛かろうとしていた。夏の季節で未だ日は高く、強い西日が正二の白い顔を照らしていた。傍らでは泣き疲れた様子のキヨが呆然と座り込み、時折、正二の冷たくなった頬を撫でていた。竹蔵の葬儀の際、修羅場を演じたキヨと清音であったが、この時ばかりはキヨも清音の存在に構っては居られなかった。
「……心筋梗塞だったんです。夜中に様子が可笑しいと思うて、急いで救急車を呼んだんですけぇど……。」
里江の言う通り、この辺りは救急車を呼んでも一時間近く掛かる。実質、緊急時の救命は不可能である。清美子に電話をした十分程前に息を引き取ったのだそうだ。
「何してじゃ、私等兄弟の中で一番若ぇのに……。」
そう言って清美子は、正二の前で泣き崩れた。清音も近くで叔父の最期を見届けようとしたが、少し考えて止めた。叔父の子供達が、直ぐ近くで泣いていたからだ。『この人には、私よりもっと近い存在が居る。私が出る幕は無いんじゃ。』叔父と姪よりも、親と子の関係が優先されるのは当然の道理だ。清音は後にも先にも、この時程、父親という存在に憧憬の念を抱いた事は無かった。
翌日に通夜を、翌々日に葬儀を滞り無く終え、清美子達は帰りのバスに乗り込んだ。天神山登山口から乗り込んだバスは、途中で正二が営んでいたうどん屋の前を通った。休業の看板を下げてはいたが、またいつでも営業再開出来そうな佇まいであった。
「……叔父ちゃんのうどん、もう食べられんのじゃなぁ。」
清美子には聞こえない位の小さな声で、清音はポツリと呟いた。