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鬼女  作者: 緒川 文太郎
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十一、母と子

 キヨの四十九日を無事に終え、清美子と清音は納骨からの帰路、坂本の町をふらりと散策しながら歩いた。気付くと二人共、キヨの洋装店の前まで来ていた。竹蔵が亡くなってからは休む事が多くなり、ここ数年はずっと閉めたままになっていた。今では、閉め切られたシャッターからは中の様子を窺い知る事は出来ず、嘗ての繁忙振りは想像さえ出来なかった。

「物置の鍵、持って来とるんよね?」

清音がそう尋ねると、清美子は微かに頷いた。

「此処でじっとしとっても仕様が無いわ。さっさと行こ!」

強気な清音に促され、清美子は渋々と店の裏側の物置に廻り、ハンドバッグから持参した鍵を取り出した。何年も開けられていない所為か、一向に鍵が開く気配がしない。見兼ねた清音が力一杯回した所、漸く物置の鍵が開いた。

 物置の中には、生地や釦等の在庫を仕舞う棚が幾つも在り、ミシンやアイロン、トルソー等が所狭しと並んでいた。その少し奥まった所に仕立て上がった洋服を吊るしておく、クローゼットの様な狭いスペースが在る。其処にはガーメントケースに入った洋服が一着、ひっそりと吊るしてあった。幾分、埃を被ってはいるが、『清美子』と書かれたネームタグが付いている。清音は手早く埃を掃うと、ガーメントケースを手に取って清美子の方に差し出した。

「ほら、これじゃろ?」

清美子は、五十五年前の巣立ちの日に、渡される筈であったスーツに違いないと思った。だが、何故か手に取るのが怖くて仕方が無かった。いつまで経っても手を出そうとしない清美子に、清音が痺れを切らしてガーメントケースのファスナーに手を掛けた。

「母さんに任せとったら、日が暮れるどころか年を越してしまうわ。私が開けるけぇ、良えね!」

そう言うなり、清音は勢い良くガーメントケースの正面に有るファスナーを開けた。若草色のツイード素材のスーツが、其処には在った。五十五年前のあの日、確かにスーツは完成していたのだ。だが、それをキヨから渡される事は無かった。清美子の両頬には涙が伝い、キヨとのこれまでの確執の日々を反芻している様だった。思い返せば、あの巣立ちの日に清美子はキヨからの愛を、最終的に諦める事にしたのだ。

 物置を後にする時、辺りをじっくりと一周見回した清音は、最後に一言呟いた。

「五十五年後に納品……か、えろう客を待たせる仕立て屋じゃな……。」


 洋装店を出てからは、清美子と清音は坂本の実家に戻り、里江に一通りの挨拶を済ませた。荷物を纏めると、バスの時刻に合わせて出立する事にした。季節は既に秋の始まりを迎え、庭に植わっているハナミズキも紅葉し始めていた。舞い落ちるハナミズキの紅い葉を、清音は縁側から眺めながら、祖母から最後の別れを告げられているかの様に感じた。

 天神山登山口のバス停に辿り着くと、未だバスが到着するまでは暫く時間が有った。清美子は、清音に持たせていたガーメントケースのファスナーを開けると、ハンドバッグからハンカチーフに包まれた金無垢の懐中時計を取り出した。巣立ちの日に、竹蔵から渡された物だ。そして、その懐中時計をスーツの内ポケットに入れてから、傍のボタンホールにチェーンを留めた。

「お父さん、お母さん、いつまでも幸せに……。」


 程無くしてバスが到着し、清美子と清音は名残惜しそうに乗り込んだ。運転手は振り返って乗客の着席を確認し、ゆっくりと乗降口の扉を閉めてバスを発車させた。その運転手の口元の黒子に、清美子は何故だか見覚えが有る様に感じた。

 天神山登山口を出発したバスは、県道三十三号を緩やかに南へと下って行った。

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