一、生誕
「また、おなごかいな。」
産婆が取り上げた嬰児を見るなり、姑は未だ出産直後の息も絶え絶えのハルにそう言ってのけた。
「済んません。次は必ず、おとこん子を産みますけぇ。」
そう言って謝罪するハルの声が聞こえているのか、聞こえていないのか、姑はそそくさとその場を後にした。
「元気な元気な、おなごん子ですけぇね。」
産婆はそう言って、盥の湯で嬰児を丁寧に沐浴させた。一通り綺麗に産湯を授けると、産婆は嬰児を清潔な布で包んでハルの元へと連れて来た。
「どうぞ、抱ぇてやって下せぇ。」
ハルは産婆から嬰児を受け取ると、未だ汗の玉が光る顔で我が子を眺めた。そして、その頬にそっと指先を触れた。
「わぁ、可愛えぇのう。おまけに良う泣きょうる。元気な子じゃあ。」
こうして、明治四十三年四月十四日、天井家に四人目となる女児が誕生した。その後、その嬰児は両親に依ってキヨと名付けられた。
天井家では女児の誕生が続き、男児の誕生が待ち望まれていた時分だった。長女、次女、三女と続き、次こそはと男児の誕生を期待されていた。だが、またしても女児である。出産時の姑の落胆の言葉は、その期待の大きさを表したものだった。
明治の時代では、一般的に女子は男子の付属品であり、家督を継ぐのは男子のみと定められていた。しかも古い家では、それは男子の中でも長男のみと限定されていた。その為、嫁ぎ先では必ず男児を産まなければならぬという、脅迫めいた使命感を持って多くの女性が嫁いで行った。ハルもその一人だった。
「本に申し訳のうて……。次こそは、必ず産みますけぇ。」
ハルは申し訳なさで顔を見る事も出来ず、傍に居た夫の十市に必死に頭を下げた。
「何ゅう言うとる。ハルは良う頑張った。こげん元気な子を産んでくれて。お疲れさんじゃったな。」
そう言って労ってくれる十市の存在が、今のハルにとってはこの上ない救いであった。ハルの頬を一筋の涙が伝った。
「ハル……お前ぇさえ元気で傍に居ってくれたら、儂ぁそれで良え。子はまたいつでも作れるじゃろ?」
そう言って十市は優しく、撫でる様にハルとキヨを抱き締めた。