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第7話 大富豪の令嬢らしくないエメラルド

 そんな訳で、私はひとまず退散しようと、応接室のソファから腰をあげた。これ以上、旦那様の話を聞いていても時間の無駄だわ。




「仮面夫婦という提案には賛成いたします。けれど、子作りの件は却下ですわ。愛もないのに子供まで生ませられるのはリスクが大きすぎます。跡継ぎの問題など、ご自分でなんとかなさいませ。では、また明日! 旦那様、ごきげんよう!」


 肩をすくめながら、私は旦那様にそう申し上げた。




「マリッサ! 今すぐに旦那様の居室から最も遠いお部屋に、私専用のお部屋を用意しなさい」


 次の瞬間、私は嬉々としてエリアス侯爵家のメイド長兼侍女長マリッサに向かって、大声を張り上げた。ちなみにこちらに嫁いで来る際に、実家から侍女やメイドは連れて来ていない。ここに長居をするつもりがなかった私は、単身このエリアス侯爵家に嫁いで来たのだった。





 


☆彡 ★彡


(エリアス侯爵視点に変わります)





 朝早くに妙な音楽で目が覚めた。その音楽に合わせて両腕を大きくふり回し、両膝を屈伸する人影が庭園に見えた。慌てて階下に降りてその人物に近づけば、私の妻であることにギョッとした。




 肌の露出が過ぎる、なんとはしたないことか!




「エメラルド! そのような肌着のような格好で、はしたないぞ!」




「あら、旦那様! おはようございます。これは肌着ではありませんわ。スリーブレスシャツとショートパンツは、運動時に使用されるスタイリッシュなアイテムですのよ。それにラジオ体操はとても健康に良いのですわ」


 私の方に顔を一瞬だけ向けると、また身体を軽快に動かす。




「スリーブレスシャツにショートパンツとはなんだ? そんな服は認めないぞ。ちゃんとしたドレスに着替えなさい! ラジオ体操? ラジオとはなんだ?」




「旦那様と私は仮面夫婦ですから、私のことはお気になさらず。ラジオは旦那様に説明しても多分わかりません。ですから、それもお気になさらず!」




 下着のような服装を注意しても、朗らかに笑うだけで全く言うことを聞いてくれない。今度は庭園を走りだした。大富豪の令嬢が裸に近い格好で、庭園を走り回るなど誰が予想できた?




「おぉーーい! なにをしているんだぁーー?」


「見ていてわかりませんか? 走っています!」




 庭園に植えられた桜の花びらが舞い散るなか、ゆっくりと走るエメラルドはご機嫌だ。だが、下着のような格好で走り回る新妻ってありなのか?




「これは普通のことだろうか?」


「いいえ。全く普通ではありませんわね」


 エメラルドに仰天するような視線を向けている、メイド長兼侍女長マリッサが私の独り言に答えた。




 ひとしきり走り終えたエメラルドは、魔石の清流シャワーを浴びて手早く着替えを済ませ、食堂に現れた。席につくなりパクパクとオムレツを平らげていく。




「美味しい! このオムレツのお代わりをお願いします。この香ばしく焼けたパンも、もう少しいただける? このフルーツもとっても美味しいわ! しかも、可愛く飾り切りまでしていただいて、ありがとう」




 さきほどの肌着から着替えたエメラルドは、やはり赤のドレス姿で、今日はルビーのネックレスをつけていた。どこからどう見ても、成金趣味の我が儘令嬢にしか見えない。だが、先日の説明を思い出した私は、彼女がアドリオン男爵領の特産物の広告塔であることを思い出した。彼女が身につけることでそれを見た者達の購買力が上がれば、それは立派なビジネス戦略なのだ。贅沢好きの浪費家というわけではない。




 しかし、着飾った女性は少食だという私の先入観は、ここで大きく裏切られた。驚くほど美味しそうに、感嘆の声をあげながら食べるエメラルドに、料理長のアーバンはすっかり気を良くしていた。




「フルーツのお代わりもありますよぉーー」


 


 なぜ、料理長が給仕をしている? メイドはどうした?


 私のもの問いたげな視線をまるっと無視して、アーバンがエメラルドの返事も待たず、厨房からお代わりのフルーツを持ってきた。もちろんオムレツとパンも忘れない。




「はい、どうぞ!」




「ありがとうございます。なんて、気が利くのでしょう! んーー、美味しいです。最高の朝食ですわ」




「あぁ、なんて今日は良い日だ! このエリアス侯爵家で働いてきてかれこれ30年、こんなに褒めてもらったのは初めてです」


 アーバンが目尻を下げて、デレデレと顔を緩ませた。




「おい、アーバン! お前の歳は私より2歳しか上じゃないよな? 30年前には、まだ産まれていないだろう?」


「はい。ちょっと箔が付くかな、と思いまして言ってみただけですよ」




 茶目っ気たっぷりに笑うアーバンは、私の乳母の息子だ。茶色の髪と琥珀色の瞳の甘い顔立ちは、メイドや侍女達からも人気が高い。しかし、こいつは女性には興味がないようで、浮いた噂のひとつもない。しかし、今はエメラルドに賞賛の眼差しを向けて顔を輝かせていた。




「エメラルド様はそんなにほっそりと華奢な体型なのに、気持ち良いくらいたくさん召し上がりますね。とても嬉しそうに食べてくださるので、料理人冥利に尽きます」


「アーバンの料理はどれも美味しいですからね。このオムレツの上にかかっているトマトソースも、とても深みのある味わいでした。サンディが淹れた紅茶もとても美味しかったですよ」




 傍らに控えていたエリアス侯爵家のメイドに向かって、ウィンクをしたエメラルド。ウィンクされたサンディの顔は真っ赤だ。美しいエメラルドのウィンクは、女性のサンディに対しても恐ろしく破壊力があったようだ。




「嬉しいねぇ。あそこまで喜んでくれると、作りがいがあるってもんさ」


 アーバンは口笛を吹きながら厨房に戻って行った。




 かつて、有名なSS級冒険者として名を馳せた、アドリオン男爵の一人娘。彼女の父親は多くの財宝と魔石を積み上げた荷車を、何十台も連ねて帰ってきた英雄だった。そんな大富豪の娘はきっと我が儘で、使用人など人とも思わないのだろうと想像していたのに、気軽に声をかけて感謝の意を伝える気さくで陽気な性格だったのだ。



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