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第13話 図々しいメルラ

私はもうカールは放っておいて、目の前のとんかつに集中した。ソースをほんのりピンクの肉の切り口に、少しだけかける。サクッと揚がったパン粉の部分にソースをかけてはいけない。カリッとした食感が台無しになるからよ。




「んまぁーーい!これはなんという料理ですか?」


 タヌキは身体を揺らして感動していた。トンカツを食べて身体を揺らすタヌキにほっこりする私。タヌキは食べ物で和むのね。と、思ったら幹部のおじさん達全員が、にっこにこの笑顔だった。美味しい物は世界を救う。




「トンカツという料理ですよ。美味でしょう? これにはお米がとても合うのですがね。この国にお米がないのが残念ですわ。でも、ほらこうしてパンに切れ目を入れて、キャベツと一緒に挟んでも美味よ」




 この世界に米はない。なんたる西洋かぶれのゲームクリエイターであろうか。絶対に、米の代わりをこの世界で見つけるわよ。でも、米がなくともトンカツは美味しい。金色に輝くカリッと揚がったトンカツの、衣のサクサクとした食感がたまらない。お肉は厚みがありながらも柔らかく、噛むたびに肉汁があふれ出す。そこにゴマ風味のソースの味が絡み、えも言われぬ趣のある芸術的なお味がお口の中で広がる。




 あぁ、この絶妙な舌触りと共に、口内に広がる魅惑的な旋律!


 至福よ! 生きてて良かった! トンカツ万歳!




 メイド長兼侍女長マリッサも嬉しそうに食べており、他の使用人達は羨ましそうに給仕をしてくれている。私は使用人達の食事メニューにも、このトンカツを加えてあげようと誓った。




 私達が和やかに食事を進めていると、一際目立つメイドのひとりが、一人前のトンカツが置かれた空席を見つめて、甘ったるい声で旦那様に尋ねた。




「あのぉ~~、あのお料理をカール様が召し上がらないのなら、私がいただいてもよろしいですかぁ? 本日、メイドに入って来たばかりのメルラです。朝からなにも食べていないのですぅ」




 なんとこのタイミングでヒロインが登場した。新入りメイドのメルラは弱々しい微笑みで、男性陣の庇護欲を誘ったのだが、言っていることは、かなり図々しいと思う。でも、男性ならそんなことは感じないのかも。その証拠にキツネやタヌキなどのおじさん達の目がキラキラと輝き、顔には満面の笑みが浮かんでいた。




「どうぞ、そうぞぉ~~」


 などと旦那様を差し置いて勝手に許可をする者まで出てくるほどだった。


メルラは旦那様に期待を込めたまなざしを向けていたけれど、旦那様はまるっと無視してトンカツを嬉しそうに食べていた。




「あ、あのぉ~~、食べてもいいですよねぇ? オーガスタムさまぁ~~!」


 


 メルラが慣れ慣れしく旦那様の名前を、甘えた口調で呼んでいるのに思わず私は苦笑する。ゲームのなかでは、この二人は恋仲になるはずだけれど、こんなふざけたメイドに恋をする男なんて私はいらない。


 きっと旦那様は『お腹が空いているとは可哀想に。もちろん、食べても良いよ』と、鼻の下を伸ばしておっしゃるのに違いない。そう予想したけれど、見事にそれは裏切られた。




「困るなぁ。マリッサ! こんな非常識なメイドを雇うなどあり得ない。身分で差別するわけではないが、仕事中はメイドとして私に接してもらわないと、エリアス侯爵家の秩序が乱れる」


 意外にまともな返事に面食らってしまう。




「旦那様。カスミソウが来たのにどうしてそんな冷たいことをおっしゃっているのですか? ほら、もっと甘やかしていいのですよ? 私のことはどうぞお気になさらず」


 私は旦那様にそう言いながら、柔らかく微笑みかけた。




 このヒロインのメルラを応援するのも良いかもしれない。私がエリアス侯爵家の経済状況を改善させ、この二人が愛し合うようになれば、自然と私は邪魔者だ。晴れて実家に帰れて皆が幸せになる。




 もちろん、料理長アーバンはアドリオン男爵家にお持ち帰りしたいわ。男性としてお持ち帰り、ではなくて私の専属料理人にしたいのよね。いわゆる専属シェフよ。




「それはいけない! 一人のメイドだけを特別扱いにするわけにはいかない。職場の空気が乱れるからね。メルラに食べさせるなら、全員分のトンカツがなければいけない」




 わりとまともな旦那様の発言に、少しだけ見直したのだった。






数多くの小説の中から拙作をお読みいただきありがとうございます。

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※誤字報告をいただき、ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] おいおい主人公。このメルラってやつのどこがカスミソウだ?めっちゃ主張してくるやんw
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