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第12話 トンカツをつくる / 昼食を食べない執事カール

「豚肉に小麦をまぶして、溶き卵にくぐらし、パン粉をつけてください!」


「「「はぁーーい」」」




 皆で作る料理は楽しい。それぞれがかなり厚めのヒレ肉に丁寧に小麦粉をまぶしていく。溶き卵にくぐらせパン粉をつければほぼ完成なのだけれど、実はこれからが勝負なのよ。たっぷりの揚げ油のなかに、そっと入れてきつね色になるまで待つけれど、この揚げ油の温度調整と揚げ時間が問題だ。170~180度の油で5分か6分ほど揚げれば良いのだけれど、ここには油の温度を測る温度計がない。




「アーバン、少量のパン粉を鍋に入れてみて? 少しずつ浮き上がって、軽くきつね色になっていくようなら適温よ。そうしたら、お肉を3枚ぐらいずつ投入してください」




 その間にゴマをすり、ソースと混ぜ合わせ、つけだれを作る。料理長アーバンが、5分ほど経ったところで、トンカツを油から引きあげ、すぐに食べやすい大きさに切ろうとした。私は慌ててそれを止めた。3分ほど放っておいて、余熱で火を通すように言う。その3分のあいだにキャベツの千切りをサッサと刻むのよ。




「さぁ、お時間です。トンカツを切ってください!」




 期待で胸を躍らせる私の号令に、緊張しながら包丁をいれる料理長アーバンの手元が震えた。




「ほんのりピンク。完璧なお肉の断面ですわ! まさに芸術です。 アーバンは揚げ物の天才ですわ」


 


 私の言葉に嬉しそうに顔を輝かす料理長アーバンは、もうすっかり私の『食という戦いにおける戦友』なのだった。この異世界において、いかに前世での食べ慣れた私の好物達を再現できるか、という聖なる戦い。この戦友に料理長アーバンはたった今選ばれたのよ。




「アーバンは今日から私の戦友よ!」


「戦友ですか? 嬉しいです。お望みの料理をなんなりとお申し付けください。どんな難しい料理でも挑戦しますよ」




 なんて頼もしい料理長なの? 前世のような食事は諦めていたけれど、アーバンがいれば、いろいろと試せそうで嬉しい。




「さぁ、いただきましょう!」


「「「いただきまぁす!」」」




 食堂のテーブルには旦那様と私、幹部達5人に料理長アーバンとメイド長兼侍女長マリッサが並んでいる。全部で9人よ。10人目の席の前にもトンカツがあるのに、座る者がいないのはなぜかしら?


 キョロキョロと食堂を見回すと、執事のカールが壁際に佇んで、手持ち無沙汰にしていた。このカールは物静かで存在を忘れてしまうほど気配を消すのが得意だ。




 黒髪黒目で韓流スターみたいなイケメン。一重の切れ長な瞳は色っぽいし、すらりとしたしなやかな体つきは黒豹を思わせる。さすが攻略対象の一人よね。彼はさっきまでトンカツを作っていた仲間にいたのに違いない。私は執事カールに手招きをすると、席に座るように勧めた。




「さぁ、召し上がれ」


「頂けませんよ。私は仕事中です」


「仕事中であろうと私が許可します。一緒に食事を楽しみましょう」


「昼はいつも食べません。朝食をたっぷり食べて、昼は水分だけ、夜は軽食で済ませます」




 自分のルールに忠実なカールは、これほど美味しそうにできたトンカツにも見向きもしない。だからそのスリムな体型を保てているのかもしれないけれど、お昼を食べないなんてどうかしている。




 どれだけ人生で損をすると思っているのだろう? この異世界の時間や日にちの捉え方は前世と同じだから、一年で365回も食事を諦めたことになる。いいえ、違うわ。私に置き換えてみると、10時と3時のおやつに夜食も抜けているわ! ということは一年で365×4=1,460(回)も損をしていることになるのよ。なんてこと! 年間、1,460回の食の楽しみを我慢しているのね? 凄すぎる。




「なんて、可哀想なの・・・・・・ほら、私のトンカツを一切れだけあげるから。食べなさい。はい、あーーん、してごらん?」




 あら? なんで、皆がこっちを見るのよ? 私の中身は33歳のままで、この韓流スター風美青年は弟のようなものよ。そう、もっと言えば、旦那様も料理長アーバンも弟と言っても良い。この異世界で生きてきた年数も考えたら、子供と言っても良いかもしれない。




「エメラルド! あなたは私の妻だぞ! 『あーーん』は、私にこそしてくれるべきだと思う」


「へ?」




 ごもっともな意見だけれど「あなたを愛することはない」と言ってきた男に、このような発言権はない。なので私は今回も決めぜりふを言う。




「仮面夫婦の旦那様はお気になさらず」




 私は小皿に取って、トンカツを執事カールに渡した。




「1,460回も食を諦める者よ。ひとくちだけでも召し上がれ」




 カールはそれすらも拒んで私から背を向けた。大層な修行を積んだ高名なお坊様も、きっと涙を流して彼を褒め称えるに違いない。

数多くの小説の中から拙作をお読みいただきありがとうございます。

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※誤字報告をいただき、ありがとうございます。

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