7、お礼を受け取る?(1)
フリッツとマリアが公爵家に向かう間、事件を解決したことで出る報酬の話になった。
「ゾンダー男爵は街を脅かす悪事を働いていたことが多数認定されました。そして男爵の逮捕に対するフリッツさんの多大な貢献が認められています。つきましては市から相応の報酬がフリッツさんに出るそうです」とマリアが言った。
「俺に報酬? よくわからないですが、そういうことなら俺ではなくて渡したい先があるのですが」
「セレネ孤児院のことでしょうか」
セレネ孤児院とはフリッツがいつも寄付をしている孤児院のことだ。
「そうです。なぜそれを?」
「えっと、それは私がフリッツさんの後をつけた……というわけでは決してありませんが、たまたまフリッツさんがその孤児院を訪れる姿を見たことがありまして、調べさせて頂きました。
それで、やっとフリッツさんにお伝えできることがあるのでした。わがヴァルトシュタイン公爵家はセレネ孤児院に対する継続的な支援をすることを決めました」
「公爵さまが? もしかしてシスターが言っていた公爵家から話が来ているという話はこれだったのか」
「審査など手続きがいろいろありまして、前々からいろいろ調査などしていたのです。やっと正式に決定になりました。遅くなり申し訳ありません」
「いや、とんでもないです」
「というわけで、フリッツさんは孤児院に寄付する必要はもうないのです」
「そうなのですか」
シスターも公爵家の援助決まったら、フリッツの寄付は必要なくなると言っていた。だから自分のためにお金を使って欲しいと。
「なので、どうか受け取ってください」
シスターにも同じことを言われていた。そのうえマリアにも言われては。フリッツは仕方がなくその言葉に従うことにした。
しかし、フリッツは今回の件で何もしていない、と思っていた。だから、そのお金を自分のために使うのはどうにも気が引ける。なので貯金しておいて、本当に必要としている人が見つかったらその人のために使おう、そう考えるとフリッツの気持ちはなんとかまとまったのだった。
二人は公爵家の邸宅に着いた。
フリッツは豪華絢爛な内装の客間に案内され、いわれるまま上等そうなソファに腰を下ろすと、慣れない場所に落ち着かず身を縮めた。
マリアの父、ヴァルトシュタイン公爵は、背の高い精かんな顔つきの男性で、整えられた髭が印象的だった。
公爵はフリッツに話しかけたのだった。
「はじめまして。私はヴァルトシュタイン公爵家の当主エーリッヒという。フリッツくんだね」
「はい、初めまして」とフリッツは緊張して言った。
「話はマリアから聞いている。とても好青年だとね」
「それは恐縮です」
「ははは、そんなに緊張しないでくれ。さて、本題に入る前に、例の孤児院の話をするか。マリアから聞いていると思うが、当家はセレネ孤児院の支援をすることに決めた」
「その件については、本当にありがとうございます。感謝の念が絶えません」とフリッツは深く頭を下げた。
「そんなに嬉しいか」と公爵は笑顔で尋ねた。
「はい。あそこには沢山の子どもたちがいます。しかし、みないつもお腹をすかせていて、服もぼろぼろだし、どうにかしてあげたいとずっと思っていたのです。しかし俺の力が足りず、いつも心を痛めていましたので」
「ほう。孤児院の人間でもないのにそこまで気持ちを傾けるか。しかも、フリッツくんは収入の多くを寄付していたと聞いたが」
「あそこに子供たちは家族のようなものですから。でも俺の寄付なんて微々たるものでなんの役に立っていませんでした」
「微々たる、か。担当者が孤児院から聞き取った報告ではとてもそうは思えなかったがな。寄付もそうだが、なにより長い間、子供たちやシスターの心の支えになっていた、とあったが」
公爵は、その言葉の後、ため息をついて、
「貴族の世界に生きていると、ここは私利私欲に満ちていて、嫌な気分になることが多い」と言い、それから笑顔になって、
「だが君の言葉は、そんな俺の心を、久方ぶりにさっぱりとした気持ちにさせてくれるな」と感心したように頷いた。
「さて本題に入ろう」と公爵は言った。
「我が娘のマリアが、大変フリッツくんの世話になったと聞く。それで何か君にお礼がしたいと思ってな。それで今日は来てもらったのだ」
公爵の近くに座っていたマリアがその言葉に深く頷いている。
フリッツは公爵の言葉は大げさだと思った。それに助けられたのはどちらかというこちらなのに。
「それでお礼をするうえで、君の希望を聞こうと思うのだが何かあるだろうか」と公爵はフリッツに射ぬくような視線を向けて言った。フリッツがどう答えるのか、非常な興味をもっているようだ。
「希望ですか。特に思いつきませんね」とフリッツは答えた。
「何? 公爵が希望を聞いて礼を出そうというのに、何もいらないというのか」と公爵は驚き、険しい表情をした。
マリアは、あちゃあという表情をして頭を抱えたのだった。
しかし公爵は、少し何かを考える様子を見せた後、にやりと笑った。
「失礼ながら配下に君のことを調べさせたときは、どうも冴えない男という評判だったが。こう直接話してみると、だいぶ印象がちがう。なかなか非凡な人物のようだ。本当に希望はなにもないというのだな?」と公爵はもう一度尋ねた。
「そうですね。あえて言うならば、今まで通りマリアさんと友達でいさせていただければと思います」
「ほう。そう来たか」と公爵は面白そうな表情をして、「それはつまりマリアと冒険者パーティを組みたいということか?」と言ったのだった。
「え?」とフリッツは驚いた。フリッツはそこまでは考えていなかった。ゾンダー男爵邸に入る直前マリアに、公爵令嬢と知っても今まで通り接してくださいと言われたことを思い出して、それを言葉にしただけのつもりだったのだ。
しかし公爵の深読みした言葉に、マリアが立ち上がり、フリッツの方へ走り寄ってきた。そしてフリッツの手をとり、
「私とパーティを組んでくださいますの?」と目を輝かせていったのだった。
「こらマリア。お前は大人しくしていなさいと言ったろう」と公爵が困った顔で言った。
「すみません、お父様」とマリアは言って、フリッツのすぐ近くの椅子に丁寧な姿勢で座った。
公爵は、咳払いをし、気を取り直すと、
「だが、マリアが喜ぶのも無理もない。ずっと冒険者をやりたいと言っていたからな。しかし信頼できる人間とパーティを組まなければ認められないと言ってきた。だがこの機会に言われては断り辛い」
それを聞くとマリアが感激した面持ちで、
「本当ですか? ということは私の夢が叶うんでですね。フリッツさんありがとうございます」と言ったのだった。
フリッツはそんなつもりで言ったのではないとはもう言えなかった。それに、マリアの弾ける満面の笑顔を見ると、まあそれもいいかという気になってきたのだった。
マリアは、「でもこれじゃあフリッツさんへのお礼どころか私へのご褒美になってしまいます。本当にいいのでしょうか」と呟いた。公爵はそれを聞いて、「そうだな」と苦笑した。そして、
「フリッツくん、本当にお礼はそれだけでいいのか」とフリッツに尋ねた。
「はい、自分としてもマリアさんとパーティを組むことは十分すぎる栄誉です。大変光栄です」
実際、フリッツにとっても人とパーティを組むと言うのはとても嬉しいことだった。今まで、どれだけ望んでもなかなかできなかったことだったから。
「そうか」と公爵は頷くと、「では、まあ保留ということにしておこう」と言った。
「それがいいですわ」とマリアも同調した。
「保留」という言葉が少し引っかかったが、フリッツは気にしないことにした。慣れない場所で、いろいろと思いがけない展開もあり頭が疲れてしまっていたのだ。
何とか公爵家をあとにすると、フリッツはほっとしたのだった。
しかしまだ妖精の方が残っている。フリッツの下には妖精の女王の名で招待状が届いていた。数日後、フリッツは再び妖精の里に向かったのだった。