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6、男爵邸での戦い

 フリッツが召喚石を使用すると、地面の上に、円に囲まれた幾何学的な文様が青白い線で浮かび上がり、輝きはじめた。

 そしてフリッツの手の中にあった召喚石が、宙に浮いた。やがてそれはフリッツのもとから離れていき、その幾何学的な文様の上で止まると、砕け散り、細かい無数の粒子となって地面に描かれた円の中に降り注いだ。そしてその円全体が一瞬眩しく光った。

 すぐにその光が消えると、そこには一人の妖精が立っていた。


 それはセーラだった。

 顔や姿はセーラではあるが、普段とかなり様子がちがっていた。その体全体に燃えるような赤色のオーラのようなものを(まと)っている。そのオーラは揺らめきながら輝き、神々しかった。その表情は、フリッツのよく知る子供っぽい少女のものではなく、威厳をもった女王のようだった。

 彼女はその表情のまま、

「妖精の女王ディオネの娘セーラ、召喚に応じ参上した。召喚者の命に従いこの力を振るおう」と遠くを見つめるような表情で、力強く言った。

 その威風堂々とした姿が、自分のよく知っているセーラと違いすぎて、フリッツは彼女は本当にセーラなのだろうかと疑問に思った。

 いや、この美しい気品のある女王のような姿がセーラの本当の姿なのだ。フリッツはそう思うと、セーラが急に遠くの人になったように感じて、寂しい気持ちになったのだった。


 しかし、セーラがあたりを見回し、フリッツを見つけると、

「ちょっとフリッツ。なんで今使うのよ。私は、あなたが本当に困った時に使ってって言ったのに」と不満げな表情で言った。

 フリッツはそれを見て、あ、いつものセーラだ、と思った。そして、同時になぜだかとても嬉しくなったのだった。


「なんでって、今がその本当に困った時じゃないか」

「ふん。私一人が捕まっただけじゃない。今にお母様たちが助けに来てくれるはずよ」

「そうなんだ。じゃあ無理に助けに来なくてよかってこと?」とフリッツが言うと、

「それはだめ」とセーラは首を振った。「フリッツは私を助けに来なくちゃ」

「相変わらず無茶ばかり」

「どうやら、とても困っているみたいじゃない。いいわ。私の力を貸してあげる」とセーラは自信満々の表情で言った。

 フリッツはセーラがいつもの調子でいるのをみると、安心するような頼もしいような気持ちになった。


 マリアがタイミングを見計らって二人に話しかけた。

「あなたがセーラですね」

「フリッツこの人は?」

「この人はマリア。俺のなんだろう、友達?」と言って、フリッツがマリアの方を見ると、マリアが一生懸命頷いているので、「そう、友達だ」ともう一度言った。


「私はマリア・フォン・ヴァルトシュタイン。公爵家の人間です。フリッツさんに紹介していただいた通り彼の友人です」

「公爵家、貴族か。私、人間の貴族って嫌いなんだけど」

 妖精を(さら)って、コレクションとして所有してきたのは貴族たちなので、妖精が貴族を嫌うのはもっともなことである。

「マリアは貴族と言っても、妖精を攫うような貴族とは違うんだ。今回も彼女の助けがなければここまで来れなかったし」

「そう。私のことを助けに来たと言うことで、まあ一旦、味方ということにしてあげる」とセーラ言った。

「ありがとうございます。それで一つセーラさんにお聞きしたいことがあるのですが」とマリアが言った。

「何?」

「今までこのお家の地下にいたと思うのですが、そこで捕らわれていたんですよね」

「ええそうよ。フリッツも見たと思うけど、妖精の力を奪って抵抗できないようにする、あの嫌な檻のなかでじっとしていたわ」

「その部屋には他に何かありましたか?」

「ええと。そうだなあ。檻がたくさんあったわ。大きな檻がたくさん。野蛮で血に飢えた獣がお腹を空かせて檻から出たがっていたわ。それから珍しい植物もたくさんあったわね。人間の住むようなところには生えない種類だからなんでこんなところにと思ったんだった」

「結構ですわ。大変、興味深いお話でしたわね。ねえ、ゾンダー男爵」

 とマリアは自信を取り戻した表情で男爵に問いかけたのだった。


 ゾンダー男爵は、先ほどとは顔色が変わっていて、動揺しているように見えた。しかし、簡単に非を認めるような人物ではない。

「何をおっしゃるのでしょう。それはそこの妖精が勝手に言っていることでしょう。証拠とは言えませんなあ」

「あいつ本当に嫌い」とセーラが男爵を睨みつけて言った。

 マリアはしかし、ゾンダー男爵の言葉を聞いて、いかにも面白そうな表情をした。

「証拠と言えない、ですか。でももしセーラさんの言うことが本当のことだと確かめられたら同じように言えるでしょうか」

「確かめるだと。一体どうやって」とまだ男爵は引こうとしなかった。

 そのとき、フリッツやマリアの立っている後ろの窓から、メイド服姿の女性が突如として、飛び込んできた。

 フリッツは驚いたが、マリアは「サシャ、いいところに来たわね」と声をかけた。

 そしてフリッツとセーラに、「彼女は侍女のサシャです」と紹介した。

 

 サシャはマリアに、

「手はずは整っています」と告げた。

 マリアはそれを聞いて、にっこりと笑った。そして、「ご苦労様」とサシャに言うと、ゾンダー男爵の方を向いて言ったのだった。

「今、公爵家の精鋭が調査のためにここに向かっています。この家の地下に、セーラさんの言った通りのものがあるかどうか、そしてそこに何か違法に所持しているものがないか、調べさせていただきます」

「何?」

 男爵はなんとか威勢を保とうとしていたが、明らかに焦った表情をしていた。先ほどまで出てきた脅し文句ももううまく出てこないようだ。

「もちろん、さっきまでおっしゃていたように、あなたが潔白ならば構わないでしょう?」

「ぐぬぬ」と男爵は困ったようにうなったが、それ以上何も言えないようだった。

 それは地下を調べられたらまずいと言っているようなものだった。


「ええい、こうなったら証拠を隠滅してやる」と男爵はいきなり粗っぽい口調になって、

「お前たち、あいつらを呼べ」と近くの一人に声をかけた。

 するとすぐに武装した男たちが二十人ほど集まってきた。


 男爵はにやりと笑い、フリッツたちに、

「このごろつきどもは全員元Bランク冒険者たちだ。全員、訳あって冒険者でいられなくなったやつらだ。ちょっと荒っぽいことをしてな。やつら人間相手は得意なんだ」と言った。

 それから男爵は、冒険者たちに、

「お前らの大好きな仕事ができるぞ。こいつらを片づけてくれ」と言った。

 冒険者たちは嬉しそうに、「いいぜ、旦那」と言い、嬉々として戦闘の準備を始めた。


 それから男爵は、

「あの娘がいったような捜査が行われたらおしまいだ。出し惜しみはなしだな」と呟くと、また手下を呼んで、

「おい、家の中で飼っているモンスターをすべて檻から出せ。いいか、すべてだぞ」

 それを聞いた手下は、

「ですがモンスターは人間と見ると見境ありません。私たちの命も危ないのでは」

「そんなこと知ったものか。早くしろ。さもないと後で酷い罰を与えるぞ」

 それを聞いた手下は、「ひえ、わかりました」と言うと飛んでいった。

 男爵はその後ろ姿をみると、「お前らの命など知ったものか」と呟いた。


 男爵はフリッツたちに、

「これからこの家にはティアA、ティアSのモンスター、数百体が解き放たれる。そのごろつきどもから逃げおおせたとしても、モンスターたちの餌食になるのが落ちだ。もう諦めな。捜索に来るという公爵家の精鋭も一緒に消えてもらう。いや、不幸な事故にあってもらう。それであとで適当に言い訳して、俺の身は安泰だ。というわけで俺はしばらく隠れていよう。じゃあな」と言い残すとどこかに姿を消した。

「逃げ足だけは速い。情けないやつね」とセーラは呆れたように言った。

「ええ、本当に」とマリアも呆れて笑っている。

「なんでそんな落ち着いているんだ。二人とも早く逃げないと、もう俺たちでどうにかレベルじゃない」とフリッツが焦った様子で言った。

 しかしセーラは不思議そうな表情で、

「なぜ逃げる必要があるのよ」と言った。

 マリアも同じような表情で、

「同感ですわ」と言った。


「でも、あのごろつきたち元Bランク冒険者って、一人でも強いのに、あんなにたくさん」

 マリアはしかし余裕の表情を崩さず、サシャから一振りの剣を受け取った。

「こう見えて私には少々剣の心得がありまして、Bランク程度でしたら、正直この人数程度相手になりません」

「え、そんな」

「ご安心下さい。命まではとりません。無力化するだけです」

 そう言うと、マリアは剣を構えたのだった。

「参ります」


「でもあいつらがどうにかなったとしても大量のモンスターが、と言ってたら来たよ。あれはSランクモンスターのイッカク・ホリビリス」

 どこからか、頭に一本角の生えた筋肉たくましい馬のようなモンスターが現れて、フリッツたちの方に走ってきたのだった。

「あっちは私に任せて」とセーラが言った。

「でもあれはSランクだよ」とフリッツが言うが、

「言ったでしょ。召喚石で喚ばれた私は最強って。フリッツはそこで見てて」


 そう言うと二人は、フリッツを置いて、それぞれ戦いはじめてしまった。


 元Bランク冒険者のごろつきたちは、剣を構えたマリアに襲いかかろうと武器を手に彼女に向かって走ってきた。しかし、マリアは素早く左右に動き、剣を振るうごとに一人二人と簡単に倒していった。

「速度がちがいすぎるんだ」とフリッツは驚きの声を上げた。

 いくら数がいようと、マリアが速く動きすぎるので、数の利を生かせていなかった。一人一人順番に倒されるだけだった。

 ごろつきたちを相手に立ち回るマリアは笑みを浮かべていた。

「ああ剣を振るうのは楽しいです。でも、やはり物足りませんわね」と呟くのがフリッツにも耳に聞こえた。

 あっという間にごろつきたちはすべて倒された。地面に伸びたそいつらをサシャが縛っていく。

 

 セーラが迎え撃った一角獣のモンスター、イッカク・ホリビリスはさらにあっけなかった。

 走ってくるイッカク・ホリビリスに対して、セーラがただ一言、

「裁きの光よ」と唱えたのだった。

 すると、イッカク・ホリビリスは急にまばゆい光に包まれ、ぱたりと倒れてしまった。

「Sランクをこんなに簡単に……」とさらに驚くフリッツに、セーラは、

「残りも片づけてくる」と言って、飛んでいってしまった。

 家の中のモンスターは、ほどなくすべてセーラの手によって倒されてしまった。あまりにも早かったので、男爵家の人間も含めて、誰一人犠牲にならなかったのだった。


 やがて、ヴァルトシュタイン家の精鋭が到着して、捜索が始まった。

 そして、地下室に調査の手が及ぶと、セーラの証言通りの事実が確認され、邸宅内に隠れていたゾンダー男爵は引きずり出され、逮捕された。


 こうしてセーラが誘拐された事件は無事に解決したのだった。


 フリッツは一人置いてけぼり状態だった、しかし、その身には思いがけないことが起こっていた。

 罠師としてのレベルが信じられないくらい上がっていたのだ。

 基本スキルも「ティアF魔物誘引」どころか、「ティアA魔物誘引」になっていたのである。

 それはこういう訳だった。

 フリッツが召喚したセーラが数百体の高ティアモンスターたちをすべて倒したのでその分の経験値がすべてフリッツへと入ったのだった。しかも通常パーティを組んで倒すような強力な敵を一人で倒したという判定になっているので、経験値がすべて一人に集中している。攻撃能力に劣る罠師という職業に経験値の補正もついていたらしく、とんでもない量の経験値が入って、フリッツのレベルは急上昇したのだった。

 しかし、フリッツは自分は何もしていないのに、こんなのいいのかなと不安になったのだった。


 フリッツのレベルが上がったのをを聞いたマリアは、

「ティアAといえば、低級のドラゴンとか、キングオーガとかですよね。すごいじゃないですか、フリッツさん」ととても喜んだ。

「でも俺は何もしていないです。セーラが倒してくれただけで。なんだかズルでもしたような気分です」

「フリッツさん。アイテムを使ってモンスターを倒すのも立派な冒険者の戦い方ですよ」

「ありがとうございます。マリアさん。そうなんでしょうね。とはいえ自分の身の丈に合わないことのような気がしてどうにも気持ちが落ち着きません」

「もう、フリッツさん、そんなんで不安になっていたらこれから大変ですよ?」

「これから?」

「だって、フリッツさんセーラさん、妖精の女王の娘を助けたのですし、それに私の父からもお話があるはずです」

「え? ヴァルトシュタイン公爵? それって悪いお話ではありませんよね」

 マリアはそれにふふふと笑い、

「ご安心を。私が決して悪い話にはさせません」と胸を叩いていった。


「マリアさんって、思っていた印象と違う方ですね。戦っている時もあんな」とフリッツは、笑いながら剣を振るうマリアの姿を思い出して、くすっと笑いながら言った。

「え?」とそれを聞いてマリアは焦った様子を見せた。

「しまった。私また、お淑やかな振る舞いを忘れていました。ああ、恥ずかしい。フリッツさん、きっと私のこと、野蛮な女だと見損ないましたよね」とマリアは心配そうな視線でフリッツの方をうかがう。

「いいえ、そんなことないですよ。とても生き生きとして魅力的だと思いました」とフリッツは笑顔で言った。

「まあ、フリッツさん、やはりお優しいですね」とマリアはとても嬉しそうな表情で言った。


「さあ、まずは私の家に行きましょう。父が待っています」

 マリアはそう言ってフリッツを公爵家の屋敷に連れていったのだった。

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