5、ゾンダー男爵邸の捜索
「よくお越しくださいました、ヴァルトシュタイン公爵令嬢。当主のルドルフでございます」とゾンダー男爵は礼をして、マリアのことを迎えたのだった。
マリアはそれに対して、礼儀にのっとった形で挨拶を返した。
それから、男爵はにこやかな笑顔で、
「最近、上等なとても香り高い紅茶が手に入りましてな。誠に貴重な一品。マリア様のお気に召すのではないかと思います。今から用意させますね」と召使いに何やら命じ始めた。
「それから、いくつか珍しい異国の美術品が先日届いたところです。この国ではまだ珍しいと思います。まだどなたにもご披露していませんが、良いタイミングでいらした。よければ……」
止めどなく話をする男爵の言葉をマリアは制して、
「失礼。いろいろ親切に気を回してくれているようですが、お気遣いは無用です。なぜ私たちが来たのかはご存知でしょうか」と言ったのだった。
「ああ、そうでしたな。すっかり失念しておりました。妖精をなにとか」
「セーラという妖精を知りませんか? 私たち、妖精が違法に連れ去られた事件を調査していまして。連れ去った男たちがゾンダー男爵の名前を口にしていたという情報があります」
「私たち? ああ、そちらに従僕が一人いたのですね」
「こちらは従僕ではありません。私の友人です」
「そうですか。それは失礼しました」
そういいながら、男爵はフリッツのことを見下すような目で見た。
「公爵令嬢のお友達にしては随分ラフな格好をしてらっしゃいますね」
「男爵。それはどういう意味でしょうか」
とマリアはゾンダー男爵を睨みつけ言った。男爵はそれにたじろいで、
「い、いえ、なんでもございません。妖精のことでしたな。私には心当たりございません」と言った。
「へえ、本当ですか?」とマリアは疑わしそうな表情で言った、
「もちろんでございます。もし、お望みならば屋敷の中を調べていただいて構いません」
「いいのですか?」
「はい、端から端まで隈無く調べて下さいませ。どこにもやましいところなどありませんから」
「そうか。それならばそうさせて頂きたいのですが」
「もちろんどうぞ。ただしもし何も問題がなかった場合、この件について然るべきところに抗議を申し入れさせて頂くことになりますが、それでよろしければ」
ゾンダー男爵はあくまで、にこやかな表情でそう言った。
しかしその言葉の暗に意味することは、今回の調査が失敗すれば、マリアの家、ヴァルトシュタイン家がなんらかのお咎めを受け、不利益を被るということだった。さらに、たとえゾンダー男爵が違法なことをしていても、その証拠を今見つけ出せないと、潔白を証明したと主張され、ゾンダー男爵はますます安心して不正を働けるようになるかもしれない。
フリッツは、それを理解すると自分の安易な考えを後悔した。自分は強力な味方を得たと単純に思ってしまっていた。マリアがいれば百人力だと安心した気持ちがあった。しかし、そこには大きなリスクがある。強大な力が動くと言うことは反動も大きいのだ。
フリッツは自分のせいでマリアの家に迷惑がかかると思うと、なんて浅慮だったのだろうと自分を責める気持ちが起こった。
マリアはフリッツの気持ちを察したのか、
「大丈夫ですよ。それにもし何かあっても私が真っ先に踏み込んだのですから、全面的に私の責任です」
「そんなマリアさんが悪いはずは……」
「今そのことについて考えるのはやめましょう。フリッツさんの話を聞く限り、ゾンダー男爵が不正を働いていることは間違いないと思います。それなのに、慌てる様子もなく、こう反撃含みの対応をするとはなかなか強かな相手のようです」
「そうですね」
「嫌な予感がしますね。突然の私たちの来訪にも関わらず、全面的な調査を許すとは、まるでこういうことが起こった時の用意をあらかじめしていたみたいです」
フリッツはマリアの言葉に頷いた。
嫌な予感は当たった。
ゾンダー邸宅内を順番に調べていって、最後の部屋になっても何一つ妖精を連れ去ったことについての証拠、形跡はでてこなかったのだ。
「どこにも異常はありませんね」とマリアは仕方がなく認めて言った。
ゾンダー男爵は満足げな表情で、
「当然ですな。もともと心当たりのないことでございますから。さて終わったのならお引き取り願いたいのですが。私もそれほど暇を持て余しているわけではありませんから」と勝ち誇ったような表情で言った。
マリアはうなだれて、下を向き、申し訳なさそうな表情で、
「フリッツさん、すみません。私が独断で乗り込んでおいて。このような事態になってしまい」と言った。
フリッツは首を振った。
「マリアさんは悪くありません。俺が巻き込んだのですから」
「フリッツさんは相変わらず、お優しいですね」とマリアは力なく笑った。それから、「どうにかしてあげたいのですが……」と呟いた。
「俺にもっと力があれば。何もできない自分が悔しいです」
「私もです。せっかくフリッツさんのお力になれると、勇んでここまで来たのに、何もできずに帰るなんて」と言って、マリアは悔しさに手をぎゅっと握った。
ゾンダー男爵が、二人に声をかけた。
「仲良しごっこは外に出てからにしていただけませんか」
無礼な言葉にマリアはゾンダー男爵をきっと睨んだが、男爵はもう怯むことはなかった。自分が強い立場になったことを自覚し、もう恐れる必要はないと思っているのだ。それどころか、
「いつまでも出ていかれないのでしたら、こちらに考えがあります。おいお前たち」と男爵が一声呼びかけると、どこからか屈強な男たち5、6人が現れた。
「早く出て行かないと、強制的に排除いたしますよ」
マリアは諦めの表情を浮かべて、
「悔しいですがここは一旦退くしかないようですね」と言った。
「そうですね。でもセーラはここにいないとすると、別の場所に連れていかれたでしょうか」とフリッツが言った。
マリアは「いえ」と首を振り、
「それはありませんよ。探知スキルによって妖精のものと見られる反応を地下に確認しています。ぞれでずっと、そこにつながる通路を見つけようと探していたのですがまったく見つかりませんでした」と言った。
「地下にセーラが? 本当ですか?」とフリッツはマリアに驚いて聞き返した。それはフリッツとって重要な情報だった。
「はい。すみません、お伝えし忘れていました。でもそれがわかってもどうすることもできないと思います」とマリアは言った。
「まだでしょうか?」とゾンダー男爵のいらいらした声が聞こえてきた。「さあ、お帰りください」
男爵の手下の屈強な男たちも、二人を追い出そうとゆっくり近寄ってきた。
マリアはその勢いに押されてじりじり下がった。
「わかりました。帰ります」とマリアが悔しそうな表情で言うと、男爵は勝利を確信したような笑みをこぼしたのだった。
しかしその時、
「待ってください」とフリッツが言ったのだった。
ゾンダー男爵は、突然、マリアではなくフリッツが話したことに不快そうな表情をした。その気持ちをどうにか押しとどめているが、表情はもう我慢の限界に達しているようだった。
マリアも驚いた表情をして、何を言い出すのだろうとフリッツがを不安げな表情で見ている。
しかし、フリッツには考えがあった。この家の地下にセーラがいるのだとしたら、もしかしたらあれが使えるのでは。
そしてフリッツは鞄からセーラからもらった青い卵形の石を取り出したのだった。
「これ今、使えるのかな」
フリッツがとり出したものを見ると、ゾンダー男爵は驚きの声を上げた。
「それは召喚石!?」
しかし、ゾンダー男爵は、
「いや、召喚石とはいっても、低レベル冒険者が持っているのなんてたかが知れているだろう」とぼそっと呟き、落ち着きを取り戻すと、
「それで何を喚び出そうとしているのかは知りませんが。無実の私を攻撃したら罪人になるのはそちらですよ」と言った。
マリアはゾンダー男爵の言葉に呆れたように、
「よくすぐにそんな脅し文句がすらすらでてくるものですね」と感心し、フリッツの方を見て「大丈夫なんですね?」と尋ねた。
フリッツは頷いた。
マリアはそれを見てほほ笑んだ。
「私、フリッツさんを信じますわ」
フリッツもマリアのその言葉に応えるように一度頷いてから、その召喚石を使用したのだった。