3、妖精の里と侵入者
妖精のヘレナは力尽きたというように、その場にへたり込んだのだった。
ヘレナが少し元気を取り戻すと、
「セーラが心配。助けにいかないと」と必死な表情で、フリッツに言ったのだった。
「でもそんなにぼろぼろじゃあ。まだ、あまり動かない方が」
「なんで。ねえ、どうにかならないの。セーラ一人行ったところでなんとかなる相手じゃないし、きっと無茶をする」
フリッツは一瞬考えて、
「俺だって、セーラのことが気になる。俺が運んであげるから、案内してくれないか? 妖精の里というところに」
「フリッツって言ったわね。あなたってセーラが言ってた、お人好しのお馬鹿さん?」
「うん。セーラにはいつもそう言われる」
「やっぱり、聞いていたとおり弱っちそうな人間」
そう言って、ヘレナはくすくす笑った。
「妖精ってみんなひどいことばかり言うんだね」とフリッツは苦笑いした。
「ごめんなさい。セーラのお友達だと思って気安く接しちゃった。里の長に人間を信用してはいけないと言われているんだけど……でもセーラのお友達なら大丈夫だよね。わかった。案内する」
ヘレナの案内でフリッツは妖精の里に向かった。
妖精の里へは、案内がないととても見つけられないような入り組んだ道を通って行った。
そこは木々の上に、小さな妖精の体に合わせた大きさの家が何十個も建っていたが、何軒かの家が地面に落ちて壊れ、今折れたばかりの枝などが散乱している。中心の広場のようなところに、小さなテーブルが真っ二つに割れており、近くに四人の柄の悪そうな男が立っていた。
隠れているのか、あたりに妖精の姿はない。
その男のうちの一人が、ひひひと笑い、
「まったく手こずらせやがって、せっかく捕まえたのを取り逃がしちまったぜ。でもその代わり、一番立派なのが捕まった」
その男の手には小さな鳥籠のようなものが提げられており、その籠の中に弱りきったセーラが座っていた。
「一際、美しいのが捕まったな。これは、ルドルフ様もお喜びになるに違いない」
「ちげえねえ」
「さて、目的のものも手に入ったし、さっさと帰るか」
「おう、ゾンダー男爵家は報酬も弾むだろうからな。楽しみだ」
そういって四人の男たちはそこから足早に帰りはじめた。
檻の中で大人しくしていたセーラが、今この場所に来たところのフリッツの姿を目にすると、喉の奥からかすれたような声で、
「助けて」と必死に言うのが聞こえた。
男たちはフリッツがいることに気づいていないみたいだった。
しかしその時のフリッツにはどうすることもできなかった。
男たちが去った後、しばらくすると、妖精たちが顔を出しはじめた。
壊れた家具や折れた枝が散乱する広場を見ると、「まあひどい」と口々に嘆いた。それからフリッツの姿を見た妖精たちが、「ひっ」と恐れの声をあげ物陰に隠れてしまった。
フリッツが何もしないでいると、妖精たちは恐れから侮蔑の表情に変わった。
「なぜ人間がいるの?」
「人間は出て行け」
妖精たちは草陰に身を隠しながらそう口々にフリッツに言った。
「ちょっと、フリッツはセーラのお友達なのよ」とフリッツの肩に乗っていたヘレナが抗議したが、それが通じる様子はない。
「そんなの信じられるもんか」
「きっとセーラも騙されたんだ。そいつがさっきの男たちを連れてきたんじゃないのか?」
「そんなわけない」とヘレナは泣き出しそうな表情になっていった。「セーラの話を聞いてたらフリッツはそんなやつじゃないってわかるのに。みんな、なんでセーラのお友達にそんなこと言うの?」
ヘレナの目から今にも涙がこぼれそうだ。
フリッツは、穏やかな表情でヘレナに、
「まあまあ。あんなことがあったら仕方がないよ」と言った。
ヘレナは泣きそうな表情のまま、ふふっと笑ったのだった。
「本当に聞いていたのお人好し。聞いていた通りの、セーラのお友達ね」
そう言ってヘレナは涙を腕でぬぐった。
それから、一人の年老いた妖精がフリッツの前に飛び出してきた。
「里の長よ」とヘレナが小声でフリッツに教えた。
「フリッツと言います。セーラさんが心配でここに来ました。ヘレナさんに案内してもらって」
「本当です。この人はポーションを使って私のことを回復してくれたの。悪い人間じゃない」とヘレナもフリッツの味方をしたのだった。
「ヘレナを助けて頂いたことについては感謝申す」と里の長は頭を下げた。「しかし今はここを出ていっていただけないか。里の者たちは人間に怯えているのだ」
「わかりました」
フリッツが里の外に出ていくと、ヘレナもついてきた。
「ねえ、セーラを助けにいくの?」
「うん」
「私もできればなにか力になりたいんだけど」
「ダメだよ。俺の持ってきたポーションはそんな高級なものじゃないし、ヘレナはまだ休息が必要だ」
「うん、私も今の自分がついていっても何の役に立たないどころかお邪魔になるってわかる」とヘレナはほほ笑んでいった。
「俺だって、モンスター一匹まともに倒せないくらい弱いのに、助ける力があるのか」
「大丈夫だよ。強いか弱いかじゃない。セーラの認めたお友達ならきっとできる。だってセーラは……」
「セーラは?」
「いえ、今は余分なことを言うのはやめておきましょう。とにかくあなたなら大丈夫。私は妖精の里に戻って、フリッツが悪い人間じゃないことをみんなに伝えて回るから」
「別に俺のことなんて」
「セーラのお友達が不当に悪く言われるのを私が許せないだけ。私がそうしたいからするの。次に来た時はあんなこと言わせない。きっとみんなであなたを歓迎するんだから」
「そうか。ありがとう」とフリッツは言った。
「感謝するのは私の方だと思うけど? お人好しさん」
「そうなのかな」
「じゃあセーラのことは任せたから。よろしくね」
そう言うとヘレナは妖精の里に帰っていった。
妖精の里に侵入した男たちは、「ゾンダー男爵」という名を口にしていた。ゾンダー男爵といえば、フリッツも暮らす街に邸宅を構える貴族だ。当主はルドルフという名前だったはずだ。それは侵入者たちの発言とも一致する。
貴族といえば強力な私兵を保有しており、フリッツみたいなレベル1の冒険者がどうあがいても叶う相手ではない。
でも自分がどんなに弱くても助けにいかなくてはいけない。
フリッツはセーラが檻の中で言った「助けて」という声が頭から離れなかった。あんなふうに友達に助けを求められたら応じないわけにはいかない。
フリッツは街に向かって森の中を走りながら、自分に言い聞かせるように呟いた。
「待ってて、セーラ。今助けに行くから」