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1、フリッツはお人好し

「今日もモンスターは掛かってないか」

 森の中の、草むらのうちに仕掛けた小さなガラス瓶を手に取って、冒険者のフリッツはため息をついた。

 フリッツの冒険者としての職業は罠師(トラッパー)である。

 罠師は、仕掛けておくことでモンスターをおびき寄せて捕縛することができるアイテムを駆使する職業だ。捕縛されたモンスターは身動きがとり辛くなるので、仲間の攻撃職が一方的にダメージを与えることができるというなかなか優秀な職業のはず……なのだが、それは職業レベルが高い場合の話だ。


 フリッツの罠師のレベルは1だ。

 罠師はレベル5で最初の基本スキル「ティアF魔物誘引」を覚える。これはティアFというカテゴリーに分類される最弱モンスターたちを引き寄せる力を、罠アイテムに与えるスキルである。これさえ覚えていれば、弱いモンスターを簡単に倒せるようになるので駆け出しのパーティからは重宝される。

 しかし罠師レベル1では何の攻撃スキルもない。レベルをあげて罠師スキルを取得したくても、レベル1の低ステータス、攻撃スキルなしでは最弱モンスターを倒すことすらできない。

 パーティに入れてもらって、戦闘に参加させてもらえればいいのだが、基本スキルも覚えていなくて何の役にも立たない罠師を入れてくれるパーティなんてない。

「せめてレベル5以上なら考えるけど……」と何度いわれたことか。

 どうやってレベルをあげればいいんだよ、という愚痴さえ最近は出なくなった。


 フリッツは、だからソロで冒険者をやっている。

 基本スキル「魔物誘引」がなくては、罠はモンスターを引き寄せる効果をまったく持たない。偶然罠にモンスターが飛び込んでくれることを期待するしかない。でも、フリッツは一番安い罠アイテムを使っているので、誘引スキルがないと、モンスターが罠に完全にかかってしまう前に抜け出てしまうらしい。だから相当頭の悪いモンスターじゃないと引っかからないはずだ。そういうわけで、フリッツはモンスターが引っかかるのを半ば諦めている。


 フリッツはモンスターを倒せないが、しかしその割には稼ぐことができている。

 罠アイテムであるガラス瓶をモンスターの生息する森に置いておくと、不思議なことに、いろいろなアイテムが貯まっているのだ。


「今日も結構いろいろ貯まってる」

 ガラス瓶には、下の方に詰まったおはじきのような形をした色とりどりの小石を中心に、2、3個の指輪、回復効果のあるルビー色をした樹液の粒などが入っていた。瓶のなかではどれもミニチュアのように小さいが、フリッツが試しに一つ指輪を瓶から取り出してみると、きちんと指に嵌まるサイズに大きくなった。罠用のガラス瓶には大きいモンスターでも捕獲できるように中に入ったものを小さくする機能があるのだ。

 フリッツはとり出した指輪を眺めて、

「これは一体どんな効果があるんだろう」と呟いた。

 魔物の棲む森やダンジョンで見つかる指輪には大抵、冒険で役に立つ効果が付与されている。

 フリッツが指輪を指でつまみ頭上に掲げて見ると、木々の葉の間から差し込んだ木漏れ日できらきら光って見えた。

「綺麗だな」

 しばらくそうしていたが、フリッツはまた指輪を瓶にしまった。

「そうせ売るんだし、どうでもいっか」

 フリッツは、いつも瓶に貯まったアイテムをすべて売却してしまう。どれも結構良い値段で売れて、フリッツの冒険者ランクの割には相当の収入になるのだった。

 なぜモンスター捕獲用の罠に、小石や指輪のようなアイテムが入るのか理由はフリッツにはわからなかった。罠師にそういう能力があるとは聞いたことないし。でも冒険ではたくさんの不思議なことが起こるものだ。フリッツはどう考えてもわからない現象なので、そういう風に納得してしまっている。

 フリッツはこの謎のアイテムの自動収集によって、高ランク冒険者並の収入があったのだが、とある事情で彼の財布はいつまで経ってもかつかつのままだった。


 フリッツは森に生えている薬草をいくつか集めて、冒険者ギルドに戻ったのだった。

 表向きフリッツはモンスターを倒せないので採集クエストをひたすらこなす底辺冒険者だ。

「おい、今日も腰抜けが帰ってきたぞ」

 ギルドにたむろする冒険者たちがフリッツのことを見て笑った。フリッツがギルドに帰ってきたときの恒例行事である。モンスターを倒せず、採集クエストばかりをこなすフリッツは他の冒険者たちから「腰抜け」と呼ばれている。

 フリッツを笑った冒険者うちの一人の指には新品の指輪が光っていた。

「みんな見てくれ。Bランクダンジョンの稼ぎで超レアアイテム買っちまったぜ。フリッツなんかには一生縁がないだろうな」

 すぐ近くの別の冒険者がそれを見て、

「すげえな。俺もいつか買いたいなあ。よく見せてくれよ」と言った。指輪をした冒険者は、「いいぞ」と指を近づけて見せた。それからフリッツの方を見て、「お前には見せないぞ。お前なんかに見せたら錆びてしまいそうだ」

 その言葉にどっと笑いが起きる。

 しかし、ギルドの用事を終えたフリッツは彼らの相手をすることもなく、その場をあとにしたのだった。

 ギルドの冒険者の自慢していた指輪は、一週間前にフリッツが道具屋に売却したものだったのだが、もちろん誰もそれを知る由もなく。


 フリッツはある古いぼろぼろの店構えをした道具屋に足を運んだ。

 目つきの悪い不気味な老婆が店主の店で、フリッツがいつ訪れても他に客はいない。

 フリッツがいろいろなアイテムを売っても何の詮索もしないので、彼はこの店で売るようにしていた。この道具屋は、売るためにアイテムを持ち込んでも相場より安く買い叩かれるらしいという噂が流れていたが、この店以外を利用する気のないフリッツは気にしていなかった。

 今日も手に入れたアイテムをフリッツが袋ごと老婆に渡すと、老婆はにこりともせずに、

「ちょっとお待ち」と言って、中身を検分しはじめた。

 それから、老婆が「マリア」と店の奥に声をかけると、店の奥からフリッツと同年代くらいの少女が出てきた。そして、老婆がメモを手渡すと、マリアは買い取りの代金を持ってきてくれるのだった。

 マリアは最近この道具屋で働き出した女性だった。彼女は、フリッツが今まで見たどんな女性より美しく、気品があった。初めて会った時にはその美しさに数秒目を奪われて見入ったほどだった。

 フリッツはマリアから代金を受け取ると、その重さを確かめて、首を傾げた。

「あの気になっていたのですが、ここ何日か代金が多すぎません?」

 マリアはその言葉に頷いた。

「はい、確かに多いのですが、それは私がドロテアお婆ちゃんに頼んだからです。今まで買い取っていた価格がかなり相場より安かったので。買い取り価格を本来の値段にして、さらに今までの分を足しているのです」

「そうだったんですね」

 この道具屋が相場より安い値段で買い取るというのは本当だったようだ。老婆は自分のしたことを悪びれることもなく、むすっとしたままだった。しかし、老婆は小さな声で、

「悪かったね」と言ったのだった。

 フリッツは老婆がそう言ったのに驚いた。そういうことを言う人には見えなかったからだ。

「いえいえ、それは俺が相場を知らなかったので、俺が悪いです。むしろ、ありがとうございます」

「お礼はマリアにいいな」と老婆はぶっきらぼうに言った。

「マリアさん、ありがとうございます。でもなんで俺なんかにこんなことをしてくれるんですか」とフリッツが質問すると、マリアは、

「だってそのお金は……いえ、なんでもないです。お店が適正な値段で買い取るのは当然じゃないですか」

「それはそうですね」とフリッツは頷いた。

「用が済んだんなら、早く帰りな。邪魔だよ」と老婆が機嫌悪そうにフリッツに向かって言う。

「すみません」とフリッツが帰ろうとすると、マリアは老婆に聞こえないように、

「ドロテアお婆ちゃん、フリッツさんにお礼を言われて、照れてるんですよ」と言った。

「え、そうなんですか」

 フリッツが思ってるより、この老婆はいい人なのかも知れない。フリッツは店主に対する認識を改めることにした。

 それから、マリアは優しい笑顔で、

「また何か困ったことがあったら言ってくださいね」とフリッツの手を握って言ったのだった。

 それは急にあたりが眩しくなったような気がするほどの、天使のような笑顔だった。フリッツは、俺なんかにもこんなに優しいなんて、聖人だな、きっと誰からも好かれてるんだろう、俺にはもったいない笑顔だ、と思ったのだった。


 フリッツは道具店を出ると、そのまま家に帰らず別の場所に向かった。

 フリッツが目的の場所、ある建物の前に到着すると、

 彼の姿を見つけた子供たちが歓声を上げて駆け寄ってきた。

「わあフリッツ兄ちゃんだ」

 そこはフリッツがよく訪れる孤児院だった。

「俺もいつかフリッツ兄ちゃんみたいな凄い冒険者になる」

「最近、俺鍛えてるんだ。いつかフリッツ兄ちゃんぐらい強くなれるかな」

 フリッツは子供たちの憧れである。

 フリッツは、子供たちの輝く目を見ると、自分が実はモンスターを一体も倒せないようなへぼい冒険者であるとは言えなくなってしまう。なんだか子供たちを騙しているようでフリッツの心は罪悪感で一杯になる。


「あらフリッツ」

 子供たちの歓声でフリッツが来たことを知ったシスターが建物の中から出てきた。

「これ今回の分です」

 フリッツはそう言って、道具屋で受け取った代金をそのままシスターに手渡した。

「いつもすみませんね。でもこれ多すぎませんか? このごろさらに増えているような」とシスターは言った。

「このところ、稼ぎが多いので」とフリッツは笑顔でいった。

 シスターは、しかし心配そうな表情を浮かべて、

「決して無理はしないで下さいね。私はあなたが健康なら、寄付などなくても嬉しいんですから。それに最近、どういう成り行きか、ある公爵さまから寄付について問い合わせがありました。もしかしたら……」と言った。

「それはすごいじゃないですか」とフリッツは自分のことのように嬉しそうな表情をした。

「まだわからないですけどね。とにかく孤児院はなんとかやっていけますから、フリッツはもう少し自分のためにお金を使ってください」

 シスターはいつもフリッツのことを心配してくれる。

 フリッツは罠を仕掛けて集めたアイテムを売却したお金をすべて孤児院に寄付しているのだった。

 孤児院には数十人の子どもがいて、それに対しては自分が持ってくる額は大したものではないことはフリッツもわかっていた。これは自分の自己満足でしかない、フリッツはそう思っていたが、寄付をするのはやめられなかった。

 フリッツの住む街の人は、なんでも損得で考える傾向が強かった。だから得にならない孤児院への寄付をする人は少ない。それが、なんだか誰もパーティを組んでもらえない自分と重なって、フリッツはどうしても寄付をしたくなってしまうのだった。

 稼ぎを有効に使えば、攻撃アイテムを買って、自分のレベルだってどうにかあげられるかもしれない。しかし、自分よりも孤児院のことが気になって、フリッツは寄付をすることがやめられない。自分でも馬鹿な行動だとは思っていたけれど。


 

 ある日、フリッツがいつものように罠として仕掛けたガラス瓶を確認しに行くと、変わったものが瓶に入っていた。

「誰かあ」

 瓶の中、貯まった小石や指輪の上に、小さな羽の生えた気の強そうな少女が立っていたのである。

 その少女は、フリッツの姿を見つけると、

「ちょっとあんた、出しなさいよ」と大きな声で訴えた。

 羽の生えた少女、どう見ても妖精だった。妖精はあまり人間の前に現れない珍しい生き物であり、その美しさから貴族たちがこぞって欲しがるため、保護のための法律があるにも関わらず、裏市場で非常に高価に取引をされていた。だから妖精を見つけたら、捕まえて一獲千金などと夢見る冒険者も多い。

 そんな珍しい妖精がなんで罠にかかっているのだろうと、フリッツはつい考え込んでしまった。

「ねえ、聞いてる? 早く出して」と妖精は中からガラスを叩いて訴えた。

 フリッツは、ガラス瓶を手に取ると、その蓋を開けて妖精を出してやった。


 妖精はガラス瓶から外に出ると、少しだけ体が大きくなった。

「ふう、酷い目にあった」と妖精は呟くと、フリッツに責めるような表情で、

「あんた何してるの?」と言ったのだった。

 フリッツは自分が目の前の妖精に何か悪いことをしたのだろうかと考えたが、わからなかった。そもそもなぜ妖精がこの罠に掛かっているのかもわからない。

「何って?」

「私は妖精。わかってる? あの珍しい妖精よ? せっかく捕まえたのに、普通に出したら飛んでいっちゃうじゃない」

「そうだね」

「私は貴族に売られるか、脅されていろいろ要求されるんだと怯えてたのに、何も言わないでそのまま外に出すなんて馬鹿なの?」

「そうかもしれない。ところで、なんで君はこの瓶の中にいたんだろう?」

「ああ、それは」と妖精は瓶の中を指さして、「あのきらきらした石が欲しかったの」と手を合わせ、夢を見るような表情で言った。フリッツが瓶の中を目を凝らして見ると、きらきらと輝く美しいワインレッド色の小石が一つだけ入っていた。今までに見たことのない石、見た目は宝石のようだ。

「あのきらきらを取ろうと、瓶に入ったの。入ってもすぐ出れそうな感じだったから、きらきらを取るため下までいったらいつの間にか出れなくなってた」

 要するに罠アイテムが強力なものでないために、かえって妖精は油断したらしかった。それにしても綺麗な小石をとろうとして、罠に引っかかるなんて少し間抜けな妖精なのだろうか、とフリッツは思った。

「あ、馬鹿にしてるでしょ私のこと」と妖精は言った。

「え、そんなことないよ」と図星をつかれたフリッツは苦笑いして言った。

「まあいいわ。この、世にも貴重な存在である妖精の私を捕まえたご褒美としてなにか一つだけあなたにあげる。何か希望はある?」

 いやいや俺はなにもしてない。自分から勝手に罠に掛かっただけだろう。この妖精ちょっと残念なやつだな、とフリッツは思ったのだった。

 フリッツは妖精に言われてなにか希望するものはないかと考えてみたが思いつかなかった。

「うーん、思いつかないな」

「いいわ。ゆっくり考えなさい」

 そう言ったそばから、妖精のお腹から、ぐ〜〜〜、と空腹で鳴る音がきこえた。

 妖精は顔を真っ赤にして、

「これは昨日の夜から何も食べてないんだもん。しょうがないでしょ」と言い訳するように言った。

「昨日の夜から? ずっとこの瓶の中にいたの?」

「そうだけど」

「ご家族が心配してるんじゃない?」

「そんなことは……あるけど。家族というか里のみんなが」

「じゃあ急いで帰りなよ」

「もう、なんでそうなるの。あんたお人好しって言われない?」

「言われる」

「後悔しても知らないからね。じゃあ帰るよ。本当に帰るよ? あ、そうだ。私の名前を教えてあげる。光栄に思いなさい。私の名前はセーラ」

「俺の名前はフリッツ」

「じゃあね。フリッツ。お人好しのお馬鹿さん」

 そう言うとセーラはあっという間に飛んで消えていってしまった。


 ちなみに妖精の欲しがった、あのきらきらした小石はちゃんと貴重な宝石だったらしく、今まで一番高く売れた。

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