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村娘と喪失の棺23

期間が明確に定められ行軍は再び開始されたが、軍を進めるにつれてソラウの村の時と同じような超常現象的な妨害に遭うことが多くなっていた。

今はこの地方特有の湿気と極端な温度差によって朝晩発生する霧に紛れた幻影に悩まされている。行軍していると、「誰か」に襲われたり、前方に炎が現れ、やがてそれが無数の人の形になって抱き着いてくるまぼろしをみせられる。

今はまだ正気を保っている状態だが、いつ混乱で同士討ちがはじまるかもわからない。

ナンシーたち以外にその対処に意欲をしめし、かなり貢献していたのは意外にもルニアークだった。

異変に遭遇するたびに、彼は琥珀の瞳を興味で輝かせ、土地を調べ、近隣の村々から伝承や口伝を漁っていた。


「魔力って呼ばれてるモノがこの辺りではどんどん濃くなっているせいなのかな?利用しやすいんだろうね。だからそれを使った細工が多くなる。乾いた土地で火責めしたり川沿いの城を水攻めするのと同じかな」


今も彼はナンシーと共に、幻影を見せる霧を調べるため、カーフの街の東側にある森にいる。

シーラは軍議に出ているしベネトナシュは兵站路を繋ぐための作業をする人たちを魔物から守るための護衛に就いていて、今ここには居ない。

ルニアーク伯のお付きであるクリストフは、数人の衛兵と共に辺りを見回っている。ナンシーは彼の調査のお付きだ。


「ナンシー君の仮説を聞いたときはピンとこなかったけど、実際に足を運ぶと実感できるものだね。技術を持つ者なら、この場に漂う濃い魔力で、さぞやいい射影器を作ることができるだろう」


伯爵本人の強い要望は別として、身分以外にどんな理由で軍に受け入れられたのかナンシーは最初さっぱりわからなかったが、こういう事態に対処できる能力があるからだと知った。

王都からはもう離れ過ぎていて、以前ノアを頼ったように遠い所に居る知識人の助言をすぐに仰ぐ、ということはできない。雪に閉ざされる前に進まなければならないので、歩みも止めることもできない。すべてその場で対処する必要がある。

だが、そんな困難もフィールドワークを愛する伯爵さまには好ましいようだった。


「ホラまた、まやかしだ。仕留めたところで、実態が無い」


いま成人男性の腕ほどの大きさの蠅を、中空に生じた黒い針で突き刺して仕留めた時も眉ひとつ動かしていなかったし、森に入ったときに生きながら焼かれる人々が恐ろしい叫び声を上げながら大量にこちらに突進してくる幻影に襲われたときも、驚きもせず魔力で作りだした無数の黒い剣を縦横無尽に中空に舞わせながら薙ぎ払っていた。


「さて、君の仮説はさらに補完できそうかい?」

「……ありました。この祠です」


カーフの街の東側には三本の河川が流れていて、その川に作られた三角州のなかに森は在る。

街に保存されていた古い文書の記述を繋ぎ合わせると、森のなかにさらに祠が建てられていたことがわかった。

その祠はいま、損なわれている。祀られているものの名前も剥ぎ取られているが、今のナンシーは直接「訊ける」。


祠の正面に跪き、両手を合わせて頭を垂れる。頭上に冷気を感じると、呪いの姿を捉えることができた。

幾重にも折り重なる怨念のヴェールを少しずつ剥がしていく。征服者たちに生きながら焼かれる人々。命を取られなかった人々も虫と呼ばれ人ではない扱いを受ける。一番新しい表層の呪いは、三脚と鏡、黒い布を使った映像器を作りその道具で封印された歴史を表に広めようとして殺された人たちの者だった。

祠が作られ祀られた後は防火と公正の神として人々の願いを聞いていたが、何者かに穢され、今の怨念を振りまく状態にされたこと。

今の願いは、静かに眠ること。


「では、お眠りください……今まで神としての役目を果たし、この地を見守ってくださり、ありがとうございました」


ナンシーの言葉と同時に、祠は崩れた。


「終わったのかな?」

「はい」

「仮説は正しかったわけだ。過去に在った無念を鎮めるため、どうしても作らなければならないけど、忌むべきものだから普通の場所には建てられない。ふむ。僕も何度もみてきたから、パターンが理解できてきたよ」


貴族という身分の人が下々、というか虐げられた人に対して理解が早いのもナンシーは意外だった。出立前に見た王都の貴族が今の現実をどこか他人事としているのをみていたからだ。

ただ、伯爵はとにかく特殊だ。この戦いは人間が相手ではない。ということは、勝ったとしても領土も資源も得られない。この戦争でどんなに大きな損害を被っても名誉以外は得られるものがほぼ無いということだ。そういうものに身分とお金がある人は近寄らない。

ルニアークが急にきて受け入れられたのは人間にまったく興味が無いぶん政治の分野にも口を挟むことはないのに加えて、軍の人間がやりたがらない・前例がないため処理が困難だがそれをやらないと体裁が保てない分野を率先して片づけている為に都合がいいのも理由のようだった。


「なんでだろうね。軍の侵攻をさまたげる障害を取り除けば取り除くほど、統一前に居た被征服民族の歴史が掘れば掘るほど出てくる。面白い」

「それを見つけて欲しいと、望んでるから……?」



……旅にでるのなら、出会って、救ってほしい……生き埋めにされたものたちを……


あの、いつかの言葉。


「ほう?」

「いえ、なんでもないです」

「なんでもなくはないでしょ。どうぞ。続けて」

「死を迎える前もずっと虐げられていて、死んだ後も利用されている。そのことを誰かに知って欲しい、助けてほしいからでは」

「なるほど。感情的すぎて理解できないと以前の僕なら言うが、今の状況だと一理あるといえる。というのも、魔力を扱えるものは感情を物理的な現象として出力できるように生体設計図と脳の仕組みをいじられた可能性が高いからだ」

「魔法を使える仕組みはわからないことが多いってききましたけど、そこまでわかるんですか?どうして……」

「今わからないことも、検証して実験すればだんだんとわかる」


過去の検証と実験に思いを馳せているのか、分厚い眼鏡の奥に見える瞳に、怪しい光が輝いている。その様子をみていると検証と実験の方法は訊かない方が良さそうだとナンシーは思った、


「死んだ後にも不名誉を押し付けられて踏みにじられたものどもによる、現世への復讐。呪いだよなあ。誰もが俗にいう『魔法』を使えるようになる前から、僕の得意分野だ」

「以前から……?」

「そうそう。ナンシー君、呪いをどういうものだとみているのだね?」

「……いままでの事件をみていると、実際に会った出来事に嘘を塗り固めて、ほんとうのことをわからなくしたりすることのように思えます」

「成程。そうも言える。だから、呪いって、魔力が無くても誰にでも使える。君、ソラウで珪化木で作られた塚をみたんだろう。あれ、破壊されることも盗まれることも無く、なんで今まで無事だったか、不思議に思ったことない?」

「ソラウの人達が、大事に守っていたからですよね?」

「うん、うん。どうやって」

「塚の掃除をしたり、毎日お祈りをしたり……」


お祈り、のところでルニアークは拭き出し笑いをした。そうして、手を叩く。


「半分合ってて、半分は間違いだ。手を入れなければ何でもすぐ朽ちるから清掃してるのは正解。でも、そんなの、塚が壊されない理由にはならない。今日までソラウにあれが在ったのは、塚に手を出していた奴を見せしめに手足を落として罰するか即座に殺していたからに決まってるだろう」


何がよほど面白かったのかナンシーには分からないがまだ少し笑いで噎せながらルニアークは言葉を続ける。


「あれも呪いで守られている。その力を、どこに向けて何のために使うかの違いでしかない。きみと僕が出くわした呪いはたまたま軍に不都合だっただけだ。呪いは常に遍く世界に在る。たとえば優秀極まりない奴が居る。そいつに、実はお前は優秀じゃないとか、何らかの欠陥を指摘する言葉を毎日かける。そいつは壊れる。根も葉もない噂。真実とは違う情報をつたえる。すべて、呪いの基礎だ。だから戦争が続いた暗黒時代の戦が上手い傭兵団や戦神と讃えらえた領主ほど呪いが上手い。戦う前の下準備で士気を減らしたり情報系統を混乱させておけば、損害がものすごく少なくて済む」


ルニアーク伯が「わかる」のは虐げられたもの達への共感とか、自分がその立場とある意味似ているからかもしれない、というのでは決してないようだ。


「そういうわけなのかあの日以来発現した僕の魔力は大雑把には闇属性に分類される。ベネトナーシュは要素だけをざっとみると光の属性に分類されるね」

「そうだったんですね」


でもベネトナシュは、そういうことがわかる。だから違う属性というのは納得がいった。


「え?ここ、驚くか大爆笑するところじゃないの?まあいいか」

「ロノウェ様」


ルニアークがまだ何事かを続けかけたとき、鬱蒼としげる木々からクリストフが姿を現した。


「あれ?戻ってきたのか」

「ええ。森に入ってからは断続的にまやかしに襲われていたのに、先ほどからまったくそのようなことがなくなったので、もしやお仕事を終えられたのかと」

「うん?つまり次の予定に入っている会合に早く行けと言いたいのか?」

「はい。お迎えに上がりました」


すでに馬が引かれてきてる。ルニアークはこれに乗るしかない。

彼の、がっくりと肩を落とした後姿をナンシーは見送る。すると。


「……あなたと話しているとき、ロノウェ様はとても楽しそうだ」


まるで我が事のように、クリストフが眩い笑顔で言って去っていった。


その後まもなくベネトナシュが迎えに来て、ナンシーたちも街に戻る。


「そっちのお仕事、もう良かったの?」

「幻影に襲われなくなったし、あとは街道の伸びた草狩るだけだからな。人数は足りてて、俺でなくてもいい仕事だ」


カーフの街を出れば、あとは山岳地帯にちいさな集落があるだけ。

それも今はどうなっているのかわからない。

軍の兵站をこれからどうつないでいくのか、合流と総攻撃のタイミングはいつかなど詳しいことを決めるため会議がずっと開かれており、シーラはここ数日ナンシーたちの前に姿を見せていない。


「そうだ。車輪の修理、どうなってるんだろ」


街に着くと、ナンシーは荷台の車輪のいくつかがもうダメになっていたことを思い出し、路地の向こうを覗く。


「もう今日は仕事したんだし、寄り道すんなって」


文句を言いながらベネトナシュもナンシーを追って路地に入る。最近は、いつもベネトナシュが護衛をしてくれている気がする。


「ありがとう。護衛してくれて」

「礼をいわれることじゃない」


尤も、ナンシーがいままで気がつかなかっただけでシムシュの姿の時もナンシーが出かけるときは護衛のようなことをしていたらしい。


「そもそもナンシーに小間使いや従卒みたいな仕事やらせてるのがおかしいんだよな」

「でもだからって巫女様みたいな身分のある人の振る舞いは絶対できないし。巫女様のお役目は大変だよ。つねに暗殺に気をつけなきゃいけなくてずっと護衛の人達に囲まれてて自由に外も歩けないんでしょ?息が詰まるよ」


その言葉と同時に、ナンシーの耳元で風を切る音がして、自分の茶色い髪が数本散るのが見えた。

ベネトナシュが気づいて咄嗟に引き寄せてくれなければ、顔を切り裂かれていたのだと気づいたのはだいぶ後になっての事だ。


「誰だお前は」


物も言わずナンシーに襲い掛かってきた男の片手を、ベネトナシュが掴んでいなす。

路地から大通りに明るみに引き摺り出し、そのまま身体を反転させ、取り押さえようとする。だが。

ベネトナシュの視界に金属のきらめきがよぎり、思わず掴んだ手を離した。もし離れるのが少し遅ければ、男の空いていた方の手から繰り出された短剣の一閃で切り裂かれていただろう。

素人が闇雲に刃物を出すのとは違う。あきらかに最低限の動きで、心臓を狙っていた。


「こっちです!早く!」


ベネトナシュが男とやり合っているうちに、ナンシーは全速力で走って引きずるように警邏を呼んできていた。

最初は何が起きているのか分からない様子だった警邏も、刃物を見て矢のような勢いで男に飛びつく。

駆けつけた警邏と協力してベネトナシュは男を取り押さえた。すると、警邏の顔が驚愕で引き攣った。


「こいつ……モリス?」


ざわめきにかき消されそうな低い呟きだったが、ベネトナシュは聞き逃さない。


「有名人?」

「貴族の家を狙った連続強盗殺人の指名手配犯の一味のひとりです。ほかに婦女暴行の前科も何件かあります。護送中に馬車が魔物に襲われて、その隙に逃げ出していました。逮捕の協力に、感謝します」


手短に礼を述べて警邏は足早にモリスを引っ立てていった。

上司に報告することが山ほどあるのだろう。

ナンシーが肩を震わす。吹きつけてきた北風のせいだけではなさそうだった。モリスの後姿を見る群衆、かれらの怒りと冷たい侮蔑で辺りは刺すような空気が漂っていたからだ。そして、風が吹いた後に澱のように漂う、囁き交わされる噂話。

それらは先ほど手短に並べられた以上の犯罪を彼がこの街でも行っていたことを伝えていた。

自分のまとったペラペラの上着でも無いよりマシかとそれを貸すか迷っていると、ナンシーの顔色が優れないことにベネトナシュは気づいた。


「ふらふらだし、目の下に隈ができてる。なんで」

「お守りを作ってたから……」


ナンシーはいつかベネトナシュに渡した紐細工で作られた蝶と同じものを出して見せる。


「なんのために。別に路銀を稼ごうってわけじゃないだろ」

「うん。お金は取らないよ。ベネトが助かったなら、これで他の人も助けられるんじゃ、って思って、それで」

「他のだれかのお守りのためにナンシーがフラフラになってるんじゃあ、な。わざわざ蝶の形に編んで……ガラス玉を括った紐とか、適当に塗料つけた木片でいいだろ」


呆れたような呟き。


「人に渡すものがそれなのはあんまりだよ。貰った人はこいつゴミ寄こしてきた、って思うよ」

「大事なのは身を守る性能だろ。それがわからない奴にまでナンシーが労力を割く必要はない。ゴミにしか見えない奴の目が節穴なんだし、そういうのは適当に謂れをつけるか巫女様からの魔力が籠った賜りものだとでも言えば何でも喜んでいただくさ」


じっと見つめられる。橄欖の瞳に宿る輝きは、鋭い。


「というか、軍に居る全員ぶん、作るつもりだった?」

「う……うん。……なんか、ベネト、怒ってる?」

「べつに怒ってない。ただ、そういうことをやってるとは、話してほしかった。他の奴はお守りの事知ってんの?」

「ほかの人……シーラさん以外の人には話してない。なんか、恥ずかしいし」


シーラの名前がでたとき、ベネトナシュの眉間にわずかに皺が寄る。


「シーラは知ってるのか……」

「おなじ部屋にいるのに知らないほうが不自然だよ」

「まあな……」


ベネトナシュは何かを考え込んでいるふうだった。


「ふーん。じゃあ、これって、俺以外の奴にも効果があるってもう実証されてるの?」

「……まだ……」

「それなら、どれだけ効果があるのか確かめた方がいいんじゃないのか」

「そうだけど、どうやって」

「実際にだれかに持たせる以外の方法があるのか逆に知りたい」

「だよね」


なんとなく、ナンシーが思いもよらない方法をベネトナシュが思いついているような気がしていたが、そうでもなかったようだった。


「調べるにしてもある程度の数が要るな……」

「十個くらいしか出来てないんだけど……」

「その半分でいい。効果を確かめるために、譲ってくれないか」

「いいよ。でも、いまは一つしか持ってない」

「とりあえずそのひとつでいい。試すのは早い方がいいだろ」


ベネトナシュも知り合いが多いから、その人たちに渡すのかな。

ナンシーは気楽にそう思っていた。

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