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村娘と喪失の棺16

魔物を招き続けている<扉>を閉めるための行軍。

ナンシーが付き従っているそれはツァディの街を過ぎて順調に別動隊とも歩みをそろえていた――ように感じられていたが、二日を過ぎるころに頓挫した。


予定されていた行軍ルートに、触れるものを蝕む瘴気がいつの間にか発生していたためだ。


瘴気の発生源は不明で、遭遇してから収まる様子も一向になかった。別の行軍ルートをとることができるのか検討されはじめ、今はいったん、ソラウの村に滞在して調査と共に会議が行われている。


正式な軍人は待機命令を受けてからは決まった時間に訓練と休憩が挟まれ規則正しい生活をしているようだったが、もともと雇われていただけの傭兵や、ナンシーのように兵力としてあてにはされているが最近まで村人だった者、生活雑事を補助するために働いてる身分の者は足止めをくらってやや暇をもてあましていた。


「……でね、ホリーったら、いつでも、どこでも、なんの話をしていてもさいごは自分の自慢にしちゃうの。ほら、いつだったか……温泉のある村があったでしょう?そのときも、みんなで楽しく話してたのに『私の肌はお湯をはじくの!』っていいだして、また自分の話題に持って行って……あんなに私が私がって、疲れちゃう」


良く晴れた昼下がり。昼食の後。ナンシーは世間話から始まって怒涛の勢いで吐きだされていく愚痴に黙ってうなずいていた。相手はひとしきり話し終えると去っていった。

そして千切れ雲が茜色に染まる夕方。夕食の準備がはじまる前。また違う人が現れ、「今日も動きは無かったわね」の前置きからどこかで聞いたような愚痴が始まる。ナンシーはやはり黙ってそれを聞いている。相手は満足すると去っていく。

行軍が止まってから、そんなことが増えてきた。


(みんな、私が忌まわしい子、って知らないから……)


<徴>持ちなことが知られていたせいで村では腫れもの扱いだったが、ここではそのことを知る人もいない。

ナンシーは他の女性たちが詳しい服や装飾品の流行、人間関係にまつわる話にとにかく疎いので、できるのは話に頷くことだけだ。そうして周囲で展開される話題に頷いているうちに、ナンシーは何でも話を聞いてくれる人として新たに知られたようで、とにかく愚痴をきいてほしい人につかまることが多くなっていた。


(村の外で暮らしてる人も、悩みはそんなに変わらないんだ……そういう所は、みんな同じ……)


物資を指示された場所に運搬し終えた時、ふと見上げると、空は薄く伸ばした金色と浅葱色が混じった不思議な色合いをしていた。さらに青みを帯びた銀色の雲が低い所で綿のように固まっている。村では見たことがなかった空模様。


「あっ!ナンシー!お疲れ様!」


昨日一緒に洗い物をしていた女性――タバサに声をかけられて、ナンシーも挨拶する。最初はいつ道行が再開されるのかとか、仕事の内容について話していたが、やがてその内容はタバサの愚痴になっていく。


「義理の弟と付き合ってる女性が問題のある人で……お金を勝手に使うし……それを注意されると自分のものって言い張るし……警吏は身内の揉め事って判断して何もしてくれないし……」


この話を聞くのは初めてではない。ナンシー以外にも、同じ話を違う人にしているのを見た。ナンシーもこの話を覚えているだけで六回は聞いている。

よほど気になるのだろう。だが、ナンシーにも何もできない。話を聞く以外の事は。

だから遮ることもできない。


「お話の途中、申し訳ない。向こうで事務のハミルトンさんがタバサさんを探してましたよ」


丁寧な男性の声。だがナンシーはどきりとする。この、声は。


「シムシュさま!」

「シムシュ、さん……?」


何故、ここに彼が。たいていは女性に囲まれているのに、今はひとりだ。


「そうだったわ!納品書まだ渡してないのよ!シムシュさん、わざわざありがとうございます!」


タバサはどさくさにまぎれて手を握ろうとしていたがそれをシムシュは貼り付いた笑顔のままするりとかわす。気づく間もなかったのか笑顔に見蕩れていたのかタバサはあわただしく去っていった。


「礼も無いのか」


いやシムシュさんにはお礼をいってましたよ、といいかけて、ナンシーに対してのことだと気づく。


「急いでいましたからね」

「……お前は、巫女の護衛の仕事の他に修道女もかねてるのか?」


ナンシーの方に向けられた顔からは、やはり先ほどタバサにみせていた笑顔が消えている。


「いえ……シスターさまのようなことは何もできません」

「信仰に基づいた奉仕で無いなら、他人の時間を奪った代償として金を相手に要求した方が良い。毎日毎日、他人の愚痴をよく黙って聞いていられる」


呆れられているというかバカにされている?でも初対面の印象は最悪だし今更だ。

タバサが居た時は口調も穏やかだったのにナンシーしか居ない今は、やっぱり全然違う。


「まあ……それくらいなら……あの、シムシュさんは、どうされたんですか」

「こっちはくだらん世間話じゃない。瘴気の原因の調査に、お前と俺が選ばれた。仕事の用件だ」

「なんで……」


思わず言ってしまってから、失礼かと思った。でも、ナンシーとシムシュとでは実力が違い過ぎるから、この取り合わせは不自然だ。ナンシーと同じにする方が失礼だろう。


「瘴気が発生した原因は、村を囲むように建てられている八つの聖人の塚の破壊と汚染だそうだ。八つあるうちのひとつは酸のようなもので溶かされ、もう一つは血で穢されているのが見つかっている。

その二つの塚を繋ぐように瘴気が発生し、それがたまたま進軍予定のルートにかかっていたということだ」

「塚を浄化すれば、瘴気も消える?それが役目ですか?」


ナンシーの村にも穢したら魔物が出るとか祟るという言い伝えの祠がいくつもあったが、実際に自分が目にすることになるとは。だが浄化の方法などナンシーは知らない。神官だというし、シムシュが知っているのだろうか?


「すでに汚染された塚の浄化は他の奴がやる。俺たちがしなければならないのは、まだ汚染されていない塚を見張ることと、場合によっては魔物退治だ」

「魔物が、塚を汚染してる……?」


人間のような知性を持たないからこれまで戦えていたのに、考えや命令で動いているのだとしたら、おそろしい。


「近隣住民の証言を照らし合わせ周辺を調べた結果、溶かしてる奴は空飛ぶ魔物だと判明した。こいつを放っておいて残りの塚まで汚染された場合、俺たちは瘴気に囲まれて一歩も進めなくなるらしい。飛んでる奴を相手にできそうなのが俺とお前だけというのが上の命令の理由だ」


いやそれはおかしい。ナンシーは咄嗟に思った。


「弓や、範囲攻撃の魔法を使える方が、確か他にも居ましたよね?」

「いる。そいつらは巫女様の警護が第一の役目だ。それがブルクハルトの決定だ。誰も逆らえない。お前の婚約者も口をはさめない」


巫女様の安全が一番。その余りが調査に行く。最初の説明には納得したが最後に聞きなれない単語がはさまれ、ナンシーは耳を疑う。


「婚約者……?」

「ユリアン」


初めて出会ったときと同じように、眉を顰めて言う。もともとナンシーを嫌っているし、そのうえ更に今の会話で察しが悪いこともわかったので会話がかみ合わずイラついているのかもしれない。


「いえ……ユリアンティラさんは、違……」


「第一、ユリアンにはまた別の重要な仕事がある。お前が離れるのが不安だと申し立てをしたところで、通らない」


ナンシーは「シーラの重要な仕事を邪魔する気はない」と主張したかったが、シムシュは言葉を遮る。ナンシーに興味がないから聞く気がないようだった。


「……大丈夫です。やります。お仕事の詳しい予定と内容を教えてください」


シムシュはうなずく。


「明日、八つある塚のうちのひとつに調査と確認のために向かう。こっちが命令を記した令状で、こっちが塚の位置や出立の日時、具体的なことが書かれた計画書だ」


「わかりました。読んでおきます」


受け取ったナンシーは、彼の赤い瞳をみあげた。任された仕事と向き合うという意思表示だったが、シムシュには思いがけない仕草だったようで、彼は一瞬、驚いた顔をして、瞳をそらし、背を向けて去っていった。


滞在を指定されている部屋に戻る。シーラは戻ってきていないので、ひとりだ。


役職としては記録係として従軍しているシーラだったが、彼女の、いざとなれば魔物を下せる力と博覧強記ぶりはこの軍でもあてにされており、今も調査やそれにまつわる会議に出ているので、しばらく一緒にいられない、とも告げられていた。


(ソラウの村を囲むようにして立ってる八つの塚が原因、ってシーラさんがみつけたのかなあ。後で聞いてみよう)


受け取った計画書に目を通していると、あっというまに消灯時間になっていた。

布団にくるまり、目を閉じる。


眠れない。


普段は話すことが無い人と話したせいだろうか。


(婚約者……そんな話になってたなんて……シーラさんは知ってるのかな……でも知ってたら否定するだろうし)


寝返りを打つ。シーラはあらかじめナンシーの事を「身内」「家族同然」と周りに紹介していたので、ナンシーは今日までそんなことを言われたことはない。


(なんでそんな話に……?知らない間にそういうウワサが生まれてて、それで持ちきりとか……でも、それをシムシュさんが知っててシーラさんが知らないってことあるのかな)


とりとめのない思考のまま、ナンシーは眠りに落ちた。





次の日。


ナンシーは前日に読んだ書類に記された時間に、指定された場所でシムシュと合流した。


「訊くのを忘れてたんだが、お前、馬に乗れるか?」

「はい」


シーラの家に滞在していたとき、「軍について仕事するなら必要になるかもしれないからね」といわれ、乗り方を習った。移動するときに馬車を使えないことも多くあるだろうと。

そうして紹介された馬が、自分の知っている馬と同じ生き物とは思えないほど大きく、スラっとした体形で驚いたのも懐かしい。

それまでは村にいる小型で足が太く短い馬しか見たことがなかった。


「なら良かった」


厩舎に向かう彼の後についていき、馬具をとりつける。


「地図をざっと確認しただけでも、歩いていくのには遠い場所にありましたからね」

「人に頼めば乗りつけることもできるだろうが、魔物に襲われる可能性を考えるとな……」


ナンシー相手だと口は悪いが、シムシュはちゃんと他の人の安全や都合も考えている。だからシーラの忠告通りに疑うのが難しい。


そのまま、村の北西にある塚を目指す。

ふと前方から生臭い風が吹きつけてきて、馬がいななく。嫌な予感がした。

シムシュが振り返ってナンシーをみる。


「俺が先に行って、様子を見てくる。ここで待ってろ」

「でも、ひとりで行くのは危険なんじゃ」


止めても追ってきそうな気配を感じて、シムシュは付け加える。


「……距離をとってついてきてくれ」


ナンシーは言葉に従い後についた。

馬を走らせて数分後、前方のシムシュが止まった。



「間に合わなかったか。見事に穢れてる」


聖人の塚、と説明をうけたとき、ナンシーは木や石でできた素朴なものを想像していた。だが、そうではなかった

平均的な成人男性の身長の倍以上はある、大きな木で作られた柱。

その先端に突き刺さっているのは、死体だ。


「これじゃあ、降ろしてちゃんと埋葬することも……」

「これ以上近づくな。そこで待っててくれ」


見張っていろ、という意味だと理解して、ナンシーはうなづいた。

しばらくすると辺りを調べ終わったシムシュが戻ってくる。


「八つあるうちの三つの状態であれだけの瘴気が発生するってことは、全部が汚染されたら完全に行軍どころじゃなくなるだろうな。少ない労力でかなりの効果が出てる。全殺しよりはるかに効率がいい」


効率を考える知能。魔物が人と同じ知恵をつけている可能性。それを目にして、さすがに平静ではいられないようで機嫌の悪さが現れていた。


「四つ目に行くしかないな」


シムシュもナンシーも浄化の手段は持っていない。もうここで出来ることはなかった。


「昨日みせてもらった地図の場所ですね?八角形を描くように建てられた塚を点にして、お互いの辺を順番になぞる形で汚染されていってるから……」

「次もやられてないことを祈るか」


神官戦士という肩書の割には、祈りという言葉を嫌そうに吐きだしつつひらりと馬に跨る。その身のこなしや皮肉なものいいが気になりながらも、ナンシーも後を追った。

空は良く晴れていて、照りつける陽射しがきつい。吹きつけてくる渇いた風が体温と肌の水分を奪っていくのを感じながら馬を走らせているうちに、その呼吸が最初と違ってきているのにナンシーは気づいた。


「シムシュさん、地図に、馬を休ませる場所がありましたよね」

「疲れたのか?」

「お借りしている馬の様子が気になって」

「わかった。目的地から大きくはずれるわけじゃないし、寄ろう」


四つ目の塚の近くには、王都からの早馬をとりかえたり近隣の村と行き来する馬を休ませたりするための施設があった。

二人はそこに着くと馬を休ませ、ナンシーはその間、木陰に入って昨日受け取った命令の内容や地図を確認することにした。

すると、シムシュが声をかけてきた。


「何か口にいれておいたほうがいい。……そういう気分じゃないかもしれないが」


陽がずいぶんと高くなって、影も朝よりも短くなっている。緊張していたので気がつかなかった。


「そうですね」


鞄から用意していた木の水筒と食べ物の包みを取り出す。

女性に声をかけられていたシムシュの姿をみていたので、彼は別の場所で食べるのだと思っていたが、ナンシーと同じように木陰に入り、包みをとりだした。

中には野菜と肉やフルーツがきれいに切られたサンドイッチが入っていた。


「誰かに頼んで作ってもらったんですか?」


見た目がきれいでおいしそうなので思わず訪ねてしまった。


「自分で作った。いるか?」


とても驚く。


「もらっても、いいんですか?」

「かわりにそっちをもらう」

「やめたほうが……」


ナンシーの食事といえば小麦粉を水で溶いて作った薄い紙のようなものに余りものの野菜や肉を包んだもので、シムシュと比べるとかなり粗末だ。


「毒でも入ってると?」

「入ってません」

「ならいいだろう」

「……どうぞ……」


どうみてもシムシュが損を被っているようにしかみえない交換に応じる。

肉も野菜もやけに分厚い。そこで気づく。


「これ……鶏の肉じゃない」

「鹿だ。ソラウの村では開墾で村と山の境界が狭まったせいかよく出るらしい。退治したら肉も毛も持って行っていいと言われた」

「そうなんですか……」


自分で獲物を取って料理をするひとはいくらでも居る。瞳をふせた。

お互いに無言だったが、沈黙はありがたく、気まずくはなかった。



休憩をはさんで、四つ目の塚にたどり着く。

そこでナンシーはまた驚いた。


「きれい……木の中に、宝石が入ってる……これが、塚……?」


三つ目の塚の時は遠目にしか確認できなかったのでわからなかったが、それは木の皮に覆われた宝石できていた。


「珪化木を利用して作られてる。表面に掘られてるのは、八聖人と救世主の巡礼の場面か……ご丁寧に、木の部分がヴォルテンに着くまで、宝石の部分は星屑の滝に入った聖人が入滅するまでの場面だ」


シムシュは検分を進めていく。


「まだ何もされてないのは確かみたいだ。今のうちに、手出しできないよう処置しておくか」


シムシュは塚を囲むように円を描き、その周りに複雑な幾何学模様を足していく。


「何か、私に手伝えますか?」

「そっちの円と三角と四角にこの石を置いてほしい」


いわれたとおりに石を置く。色は様々だったが、どれも卵の形に磨かれており、透き通っていて縞模様を持っていた。


「……この表面に彫られてるのって、八聖人ひとりひとりのエピソードは無いんでしょうか?私は海辺に遣わされた天使と聖人のお話が好きなんですけど、見当たらないですね。他の塚に彫られているんでしょうか?」


図形が完成すると、魔力が流れるのがわかった。置かれた石はそれを増幅して、上に押し上げる。


「やけに詳しいな。八聖人と救世主の物語は偽書の疑いをかけられたこともあるネフェラ外典にしか記されていない逸話なのに。小説や演劇の題材にしたら売れそうな内容だが教会からの弾圧が怖いからどこもそんな真似してない。だからそんな有名な話でもないのに、どういう経緯で知ったんだ」


シムシュが顔を上げる。


「私に教えてくれたひとが居たから」


たぶん、自分は泣きそうな顔をしている。それがわかったから、ナンシーは振り払うように明るくいった。


「でも、そんなに有名じゃない逸話なのに、この塚のモチーフにはなっているんですね」

「ここはソラウだったな。イリューサットと同じく、教会の教えが広まる前の伝説や神話が残ってるからだろう。教会の教えでは八は良くない数だからな」


当然のようにシムシュから辺境であるイリューサットの名前がでて、ナンシーの表情は凍りつく。


「え……?」


だがシムシュはそれを不吉なものに対する畏れと受け取ったようだった。頭の中に書かれていることを読み上げるように話を続ける。


「もともと偶数は別れる、という意味がある。同じ偶数でも一と自身の数以外には分解されない素数のニと違って、四やその倍数の八は素数でもない。だから発音や表記も罰とか不吉なものとつながっていることが多い。……蜘蛛の脚の数でもあるし」


(邪魔をするな、汚らしい土くれを塗りたくられた木偶人形!)


シムシュの言葉の最後に、鬱々とした響きをもつ声が覆いかぶさった。

同時に、今までシムシュとナンシーを照らしていた午後の光が遮られ、影がさす。


(曇り?……違う!)


空を見ると巨大な蝙蝠の形をした影があらわれ、雲のかわりに風にゆれていた。

蝙蝠の頭の位置には眼球に稲妻を宿した髑髏が鎮座していて、そのすぐ上には八の字を横にしたような形を作りながら、光り輝く大小さまざまの宝石が浮いている。


「お前が塚を穢してまわってる奴か」


シムシュが唇の片端をあげながら片手剣を構える。空いた方の手には、魔力が集められていた。


(黙れ!汚らわしい土くれ!)


いままで出会った他の魔物は憎悪と残酷な衝動しか感じられなかったのに、目の前の蝙蝠の影なぜか、知性がある。思わず、ナンシーは問い返していた。


「待って。あなたは、何でこんなことをするの?」


(最初は、八つの宝石を捧げれば塚に埋められたものは蘇ると教えられた)


影は左回りに旋回する。


(次に、八つの美しい花を捧げれば塚に埋められたものは蘇ると言われた)


今度は、右回りに旋回する。


(最後に、花は、命の隠喩だと教えられた。定められた順に、定められた刻に従い、落として散らしたとき、巡る命が鍵になると)


急降下して塚に近寄ろうとして、シムシュの張った魔法陣にはじかれる。


(忌々しい!邪魔をするな!)


怒りを発しながら影は膨張し、その一部を黒い槍の雨に変えて降らせてきた。

ナンシーは魔力で編んだ布でそれを防ぎ、影を絡めとる。


(その塚……!下に……!奪われたもの……!返せ!)


影は戒めを引きちぎり、咆哮しながら雷をまとわりつかせて暴れる。

その姿にナンシーは叫んだ。


「暴れないで、私が、あなたの探してるものをかわりに探して、返すから!」

「おい」


魔力で覆われた剣で雷を鬱陶しそうに払っていたシムシュが、ナンシーを狙って放たれた一撃を切り伏せながらいう。


「何が聞こえたか知らないが耳を貸すな。どうせたわ言だ」

「ごめん、でも……!」


塚の下に埋まっているもの。それさえあれば。

ナンシーはもう塚の下の土を素手で掘っていた。


「せめて、手じゃなくて何か道具を使え。おかしいだろ」


毒づきながらも、シムシュが常にかばってくれているのがわかった。

彼も、言葉を発するものがいることが気にかかっているのかもしれない。


(……この塚の下に、何が……)


夢中で掘っているうちに、何か、柔らかいものが指に触れる。そして、それは規則正しく脈打っている……心臓?

おそるおそる掘り起こすと、埋まっていたのは、羽根だった。


(……それだ!毟り取られたもの……!返せ!)


悲痛な叫びが放たれてナンシーの脳を射貫く。

刹那、記憶と感情が流れ込んできた。

憂い。信頼。やすらぎ。裏切り。怒り。だが羽根がみせた風景も感情もくるくると変わり一瞬で消え去る。

ナンシーの掌の中に残ったのは真っ黒なそれだけ。

だが羽根は、ナンシーの手の中でしだいに光を放ち、藍色から青、青から翡翠色に変化していった。

そうして光の粒子となり、頭上を飛ぶ巨大な蝙蝠の影の闇の翼に吸い込まれていく。

暗闇に、星が宿ったようにみえた。


(取り戻した。思い出したぞ。我はまた同じ過ちを繰り返させられるところだった。卑劣なものの策で己の誇りを自ら穢すところだった)


喜んでいるのか、影は大空に円を描く。


「あなたは誰?」


ナンシーは名前をたずねた。影は無視してそのまま去っていくようにみえたが、動きをとめた。


(蜘蛛と蜈蚣がひとつのものだった頃は神の名前で呼ばれていたが、今はその名を呼ぶものは誰も居ない。だからその名にまつわる力も失われた。残った核すら奪われて封じられた。だが、その片鱗はわずかだが取り戻せた。いまは魔物ではないが、失ったまま彷徨っていればそうなっていただろう)


影は礼のような動きをとる。魔物ではないとわかり、ナンシーはほっとした。


(編み目を見張る者、あと七つ、取り返してくれるのなら、其方の願いに耳を傾けよう)


編み目を見張る者……?何のことかはわからないが、このやりとりは長く行うことはできない上に質問をあやまればすぐに相手は消えてしまう予感があった。

本当に口にする必要があることだけを、言わなければならない。


「わかった。あと七つ、羽を塚から掘り出してくればいいんですね」


またしても円を描く。


(そう。契約は成った。何が望みだ?)


正解だったらしい。いよいよ、重要なこと。


「瘴気はあなたが原因なの?ならそれを止めて」


影はうねる。


(そなたが塚からみつけたものはこの身の一部だったものだが、瘴気と呼ぶあれはこの身の一部ではない。だから止められない。穢したときに、この地にあらかじめ在り、封じられていた忌まわしいモノが出た。それがお前たちが瘴気と呼んでいるものだ。これ以上何もしなければあれが出ることはないだろう)


星を大切そうに抱いて、今度は本当に背を向けて泳ぎだす。


「待って!あなたを騙したのは、誰なの?」


その答えは得られず、影は赤みを帯びはじめた空に溶けていった。最初から存在しないように。しばらくナンシーは呆然として空をみていた。


「大蜈蚣の脚……二十三対……二十九対のものもいる……素数と、八の偶数……」


シムシュもまた、上の空のようだった。どんなふうに報告をしたものか、考えあぐねているのかもしれない。


「シムシュさん」


ナンシーに声をかけられて、驚いて顔をあげる。


「……!ああ、なんだ」

「ごめんなさい」

「何に謝罪されてるのかわからない。戦わずに障害が排除できたのはお前の功績だろう。お前がいなければ、あれと戦いになって無駄な労力を費やしていただろう」

「報告書に、いったい、なんて書けばいいんでしょう?」


ナンシーが途方に暮れてたずねると、シムシュが――なぜか、ふき出した。


「えっ。な、なんで笑うんですか」

「なぜ怒る?笑顔にしてやったとでもいったらどうだ」


頬をぶたれたような気がした。涙が――泣くもんか。泣いたら、余計混乱する。


「どうとでも書ける。異変があったが対処して、これ以上汚染はないことがわかったという内容を言葉を変えて提出しておけば疑われることもないだろう」

「……口裏をあわせろと?」

「そうなる。何を気にしてる?」


気になることはたくさんある。先ほどより慎重に言葉を選ぶ。


「あの影……魔物でないって……なら、何だったんでしょうか」

「さあな。この地が平定される前に他の民族が祀っていた神かもしれないが、どうせ本当の事はわからない」

「そうだけど……誰もそのことについて考えなかったら、ほんとうのことが嘘に紛れてても誰もわからなくなる……」


我知らず、彼の首を飾る赤い石をみつめていた。


「なるほど?だが」


何故か、彼は手のひらで銀細工のそれを握りしめる。


「嘘と真実の判断ができなければ同じだ」


シムシュは嗤っていた。その言葉も、表情も、ナンシーにとって痛すぎた。


村までの帰り道はずっと、二人は無言だった。




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