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村娘と喪失の棺1

王都マラニヤから遠く離れた辺境の地・イリューサットは、なんの変哲もない田舎だ。


――大規模な地殻変動が起こる前は現在よりもはるか北方に位置していて、魔物や忌むべきものが住む世界と最も近く、冬の時期にだけ現れる虹色の光が蓋となり忌むべきものを閉じ込めていた――という伝説が伝わることを除けば。


そのためときおり王都から考古学者や魔術師が伝説を検証するために訪れてはいたが、その土地にある村も、そこに住む人間も、ほかの辺境地と比べて珍しいとか特別というものではなかった。


この地に住む村娘のナンシーもまた、ほかの村人と同じく、やや赤みを帯びた茶色い髪をしたどこにでもいる少女で、澄んだ青い瞳が村のなかでは珍しいといえば珍しかったが、目をみはるような美人というわけでもなく平凡な顔立ちのごくふつうの少女だった。


ナンシーは流行り病で両親を十五の時に失っていた。

しかし村ではナンシーと同じ境遇の子どもが多くおり、近隣の人たちの援助もそれなりに受けて生きていけたので、ナンシーは自分をとくべつ不幸だとは思っていなかった。つまり、みなと比べてわりと「普通」だった。

流行り病で死んだ者の血縁者とあたらしく婚姻を結んだものは呪われる、という言い伝えから婚姻からは遠ざけられていたが、それも仕方のないことだと受け流した。

ナンシーに結婚に対する強い憧れや使命感があれば嘆いたのかもしれないし、自分の境遇に対して感じた漠然とした理不尽を言葉にして他者に共感させる智恵があれば、なにかどこか違っていたのかもしれないが、ナンシーにはそのどちらもないことが自分でわかっていたのでそうした。



ナンシーが両親を失ってから叔母夫婦に引き取られてちょうど一年が経とうとしていたころ。

おつかいを言いつけられてナンシーは村の広場にやってきていた。

広場には決まった日にはるばる山を越えて行商人が来ていて、そこで村でとれるものを売って、村で手に入らない必要なものを買うのだ。


目当ての店を探しているとき、人だかりが目についた。


「おまえ、呪われ子のくせに口答えすんのかよ?」

「何度でもいう。お前が釣り銭をごまかした上に店主を脅したのはただの事実だ。

逆に訊くが俺が呪われ子だと俺の言ったことはすべて間違いでお前が正しくなるのか?」


女性を連れた背の高い青年と、背が低くボサボサ頭でするどい目つきの少年が腕輪や指輪が並べられた屋台で言い争いをしている。

どうやら背の高い青年――村長の兄の息子であるウィヤルが、少年にまちがいを指摘されたらしかった。

ウィヤルは身分が高くて顔もそこそこいいぶん、言動が横暴で誰かにまちがいを指摘されることに慣れていない。

誰もがめんどうを避けるの為に、彼が何かをしてもたいていの人間は何もいわなかった。


そんな相手に間違いを指摘するとはすごい度胸だとナンシーは思ったが、同時に呆れた。

でも、表情は皮肉そうだが態度は堂々としていて言葉に淀みがなく頭の回転が良さそうなところは、羨ましいと、少し嫉妬まじりに思った。


「お前は俺に嫉妬してるんだろう!だから言いがかりをつけてくるんだ!なんせお前は女と契れない呪われ子だからな!」


ウィヤルの鞭のような叫びにも、少年はビクともしない。静かに口をひらいた。


「その横に居る女が大事か?」

「は?」

「大事に思っているのなら嫉妬もするかもな。だがお前は女への贈り物の指輪の値段すらごまかした。それが大事に思っている女に対する仕打ちか?」


その言葉で、今までウィヤルをうっとりとみあげていた横に居る女性に不安が広がった。

怒りで、ウィヤルの顔が紅潮する。


場の空気が変わり、ほんとうに少年が鞭打たれそうな気配を察して、ナンシーは思わず飛び出していた。


「ここにいたの?!みんな探してたよ!」


少年の手首をとって、自分の方に引き寄せる。そして彼が何かを言うよりも早く言葉を重ねた。


「ウィヤルさま!みなさん!お騒がせして申し訳ありません!本当にすみません!」


それからのことはよく覚えていない。まだ人が固まっていない場所にむかって突進し、足がちぎれるかと思うほど、力いっぱい走って、逃げた。

広場から離れ、覆いしげる木々によって区切られた住宅街までくると、掴んだ手をむりやり引き離された。

そうして、走りすぎて酸欠状態になっているナンシーに向って、息ひとつ乱していない少年は、言った。


「チッ、余計な真似を……」


礼を言われることまでは期待していなかったが、そんな言葉を吐き捨てられるとは思っていなかった。

漆黒にみえた少年のするどい瞳が、日に透けて暗緑色に光る。

向こうも、それだけナンシーのやったことが予想外で、不快だったのだろう。

でも。

気がつけば、めずらしくナンシーは相手に対して言い返していた。


「見回りの人も来てたし、あのままだったら危なかったよ。捕まってたかも」

「殴って逃げる予定だった。公衆の面前で恥をかけば、奴の横暴もなりをひそめるだろう」


たしかに自分の主張が通るまで相手を罵倒したり自分の機嫌を損ねた相手にたいして手下を使って嫌がらせをしたり、ウィヤルの横暴には村の人たちも迷惑していたのは確かだ。

ウィヤルは自分より立場が上の村長やそれに近い立場の人間の前ではボロをださないので証拠もなく、皆が彼の横暴についてはあきらめかけていたことも。


「危険だよ、そんなの。おかしいよ」


彼は、失敗したらどうなるか考えていなかったのか――それを承知だったのか――どっちにしても、ナンシーには理解ができない。

それに、苦しくなる。

彼も呪われ子なら、立場が弱い。なのに、そんな彼しか、本当のことを指摘できないなんて、間違ってる。


「おかしい、とお前はいうが、間違ってるのはお前を含めた全員だ。正しくないことがどんどん見逃されて積み重なるから、歪む。お前は謝る必要もないのに何故謝罪した?」

「……怖かった、から?」

「怖いなら、危険だとわかっている場所に出てくるな。バカなのか?」


ずいぶんな物言いだが、自分でもなんであんな怖い場面にでていったのだろうと不思議だったので、ナンシーの腹は立たなかった。

少し考えて、答える。


「あなたが捕まって、鞭打たれると思った。それが、怖かったのかも」


自分でもよくわからないしいっそうバカにされるとナンシーは思ったが、少年は、何もいわなかった。

ただ、長い沈黙の後、ため息をついた。


「俺に、もう、関わるなよ」


降ってきた声がどこか苦しそうだったので、ナンシーはハッと顔を上げた。

だが目に入ったのは舞い散る木の葉だけだ。どうやら、木を伝って住宅街の方に向かったらしい。

さらに遠くに目をやると、少年は木々を渡る野生動物のような動きで、建物の屋根を登ったり降りたりしながら、見えなくなっていった。

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