心春の悩みなわけで
眼下に広がるのは大きな海。潮風はベタベタするものだと、この体になってもよく分かる。
サファリハットの顎紐をきゅっと締め、風に飛ばされないようにした俺はどこまでも広がる海を眺める。
海なんて本当に久しぶりに来た。中学校の遠足以来じゃないかな? ちょっと黄昏モードに入ろうとする俺に、いつもの調子でひなみが声を掛けてくる。
「さてと、泳ごっか!」
「嫌でしゅよ、泳ぐアンドリョイドなんてどこにいるでしゅ」
「気持ちは泳ぐつもりってことよ、実際私も泳がないしさ。でも水着にはなる。ここ大事」
なんのこっちゃ。ひなみについていき、コインロッカー兼更衣室に入った俺は水着に着替える、というか下に着ているのでワンピースを脱ぐだけの簡単なミッションだ。
ええ、そう思っていました。
「どした、心春ちゃん? ははぁ~ん、さては、大人の女性を前にして恥ずかしがってるなぁ?」
ひなみが下を向く俺の顔を無理矢理上げる。
「ち、ちがうでしゅ! こ、こ、こはりゅ、な、慣れてないだけしゅ。はよ、上着るでしゅ! なんで家から着てこないでしゅ」
「え~、下は着てくるけどさ、水着の上ってちょっとキツいから、着いてから着るんだぁ」
この体になって男としての欲望はない。今はなにか見てはいけないものを見ている、そんな罪悪感のような感じがして焦る。
周りも人は少ないけど、着替えている人がいるから下を向いてやり過ごそうとするのに、目の前のひなみを見ないようにしてるのに、そんな俺をもて遊ぶように見せてくる、目の前のひなみは悪魔にしか見えない。
「心春ちゃんの反応面白いから好きだなぁ。よし、心春ちゃんも脱いじゃお! ひゃほぃ!」
わけの分からないテンションのひなみに、ワンピースを無理矢理はがされ水着姿になる俺。
えっと……セパレートタイプのビキニ。種類はフレア・ビキニです、はい。
上のブラには短いフリル付き(白)下はスカート(紺色に花柄)その下も同じ柄。
今日も可愛い俺なんだけど、なんかこう恥ずかしいっ。
ひなみはブラ(白地に青と黄色の花)下はサイドに紐付き(ネイビー)で種類はバンドゥ・ビキニらしい。シンプルながらスタイルのよさが目立つ。
「いいね、いいね! 心春ちゃん似合ってる。お姉さん大興奮だぁ!!」
俺を見て興奮気味のひなみと一緒に海へ出るの際も、他に何人かいる女性をなるべく見ないように下を向いて外へ出ていく。
海に出て歩くと、砂浜に足をとれそうになる俺に、手を差し伸べるひなみ。その手を取ると左側に回って背中を支えてくれる。
慣れない砂地に足をとられフラフラしながら人混みを避け、海へ向かう。泳がないけど取りあえずは、海水に触れてみる。
「心春ちゃん、海に向かって何か叫ぶ? 乙女五ヶ条とかいいと思うよ。ひとーちゅっ! てね」
「な、なんで、それを知ってるでしゅ」
「そりゃあ、舞夏に教えたの私だし。心春ちゃんも役にたったでしょあれ?」
ひなみの妹で、俺のクラスメイトの久野舞夏に校舎の屋上で『乙女五ヶ条』を叫ばされたことを、恥ずかしさと共に思い出してしまう。
「まま、冗談、冗談。ほいっ」
ひなみが差し伸べる手を取ろうとして、自分の手が汚れていることに気づき手をパンパンと叩いて差し伸べる。
「う~ん、右手がいい。今度は心春ちゃんの右側に立って歩きたいな」
「なんでしゅか、その変なこだわりは」
本当によく分からないヤツだと思いながら右手を出すと、ひなみは右側に立ちリードしてくれる。そのままお腹が空いたと言うひなみが、いか焼きやヤキソバやら、飲み物を買ってきて、浜にある簡易テーブルに広げる。
向かい合って座る俺は、美味しそうにいか焼きを食べるひなみを見ている。
「いか焼きには、サイダーだね!」
そうなのか? と思いながら見てると、ひなみがニヤリと笑う。
「心春ちゃん食べたい? どうしようっかなぁ、じゃんけんして勝ったらあげちゃおうかなぁ~」
「こはりゅは食べれないから、じゃんけんとか──」
「は~い、じゃんけーん」
意味がないのは分かってても、じゃんけんの合図を聞くと反応してしまうのが人のサガってやつらしく、俺はパーを出す。
俺の小さな手を見てひなみの手を見るとグーだ。結果は俺の勝ちだ! だからといって嬉しくないが。
「じゃあ、ヤキソバ食べる? ほい、お箸」
「食べないでしゅ」
無理矢理手に箸を持たされるが、突き返そうとする。
「そう? 残念。じゃあ私に食べさせてよ。心春ちゃんから、あーんってして欲しいなあ」
「何を言ってやがるでしゅ」
口を開けるひなみに悪態をつく。じゃんけんに勝ったはずなのに、ひなみの方が得している感じがなんか嫌だ。
「2回だけ! ねっ、2回だけ!」
「しかもなんでしゅ、いきなり2回って。あぁもぉ~」
お願いしてくるひなみの圧に負け、割り箸を割るとヤキソバを摘まみ口へ運ぶ。
パクッと箸にかぶり付き、嬉しそうに、そして美味しそうに食べる。
その姿になんかちょっとドキドキするというか、幸せみたいなのを感じてしまう。
「じゃあもう一回、次は左手で食べさせてよ」
「なんで、左手でしゅ? しょもしょも、わたちは右利きなんで……!?」
やられた……コイツ、俺を測ってたな。ひなみを見るとニヤリと笑っている。
「さて、そろそろ心春ちゃんのお悩み、聞かせてもらおうかな? 予想するに大きく2つってとこかな?」
「……」
ぐうの音も出ないとは、このことだろう。何も反論出来ない、おそらく嘘を言っても見抜かれる。
しかも2つって確実に見抜かれている。
今日の行動を思い返すとなるほど、そう言うことか。本当は1つだけ相談して、解決策を求めるつもりだったが、もう腹をくくるしかない。
むしろひなみで良かった、そう思おう。
「わたち……おりぇは、こはりゅじゃなくて、『梅しゃき とりゃお』なんでしゅ」
ひなみは俺の発言に少し驚きつつも、同時に納得したような表情を見せる。