心春のことなわけで
トラが楓凛さんと海に行く、そんな話になる前に、俺はひなみと海に行くことが決まっていた。
元気のなかったトラは、楓凛さんに海に誘われ、少し元気になった気がする。
一応、珠理亜の告白や、恋愛相談するのは絶対にするなと念を押しておく。
何度も頷くトラに、不安を感じつつも俺は自分のことを考える。
トラに対し、どや顔で恋愛について話していたあの日、ひなみの文字が光るスマホを前に恐怖した。
トラに聞かれたくないから廊下に出て、ビクビクしながら電話に出ると、
「ヤッホー、心春ちゃん!! 水着! 水着を着ようぜ! よーし! また私が着させてあげるからねっ? ねっ?」
ブツッ
変態との通話を切る。
すぐにかかってくる着信に、放置していたら家に突撃してきそうな気がした俺は、しぶしぶ出る。
「なんでしゅ?」
「おー、なんか不機嫌だね」
いや、お前のせいだと言いたいのを、我慢して聞く。
「要件はなんでしゅか?」
「水着! 水着といえば海! 海に行こうぜ心春ちゃん!」
「嫌でしゅ」
「そー言うと思った! でも大丈夫! 私全然めげないから!」
「ちょっとはめげろでしゅ! 大体、人のちゅごうと気持ちを──」
「心春ちゃんの悩み、聞いてあげようと思ったのになぁ」
!? さっきまでの軽いトーンから、突然悲しげなトーンで言われ言葉に詰まる。
「ふふふふふ、心春ちゃん何か悩み事があるね、お姉さんが聞いてあげるから話してみなさい」
「な、なんで……」
「なんで分かったかって? そんなの簡単じゃない。この世には、悩みのある人とない人の2種類しかいないの。ありますか? って聞かれ間があき、動揺するということは、悩みがあるってこと」
や、やられた……この人は油断ならない。アホみたいなことを言いながら油断させ、人の心の隙間に入ってくる。
だがこうなったのも、何かの縁かもしれない。正直このまま一人で悩んでいても解決しない気がする。変な人だが、根は優しいし親身になって聞いてくれるかもしれない。
「直接あって話せましゅか? しょの、あまり聞かれたくないというか、こっしょりと」
「オッケ~!! じゃあ、海に行こう!」
「聞いてましゅ? なんでしょこから、海に行くことになるんでしゅか。おかしいでしゅ!」
本当にこいつは人の話を聞いていながら、自分のペースに持ち込んでいきやがる。悩みを相談すると言った手前、断りにくい。
「うぅぅ、気は進まないでしゅが分かったでしゅ」
「へえ、その感じ本当に悩んでるっぽいね。水着は外せないけど悩みはちゃんと聞くから」
「水着はやめてほしいでしゅ……」
俺の願い事は届くことなくひなみと海に行くことになるのだ。
* * *
ひなみと海に行く日はやって来る。それは奇しくも楓凛さんとトラが海に行く日とかぶる。
先にトラを見送った後、車でやって来たひなみ。
猫足よろしく、しなやかな乗り心地を提供してくれる外車、プジャー208。その車から颯爽と降りてくるひなみが、ちょっとカッコいいのが悔しい。
母さんに挨拶して車は走り始める。
「むぅ、ミッションなんでしゅね。今の時代に珍しいでしゅ」
「まあねぇ、なんか好きなんだよね、私頑張ってる! って感じするし」
よく分からない理由だが、車の免許取ったら、古い車レストアして乗ろうかなって夢があったから、大切に乗っているのが分かる、ひなみの車は好感度が持てる。
「心春ちゃん、今日も可愛い服来てるね。嘉香さんチョイス?」
「そうでしゅ、お母しゃんが選んでくれたんでしゅ」
そう言う俺の格好は、
サファリハット(薄いピンク)、ワンピース(白)、サンダルである。
「うん、うん似合ってる。ワンピースってことは水着は下に着てきたってことか……チッ」
「チッ、ってなんでしゅ! ひなみに着替えしゃせられるなんて、かんべんでしゅから着てくるに決まってるでしゅ」
前回の試着室で、ひなみに水着を着させられるという屈辱を忘れはしない。
ブーブー文句を言うひなみに、ニヒヒと笑う俺を見てひなみは言う。
「よし、よし、まだ余裕はありそうじゃん。心春ちゃんの話は、じっくり聞いたげるからまずは海に行こうよ」
こういうところが、ひなみの恐ろしいところであり、頼もしいところでもある。
ひなみの性格から恐怖のドライブになるかと思いきや、乗り心地のよい運転は本人らしさを表しているようだ。
窓から外を流れる景色を見ながら、物思いにふける。免許は持ってはいるが、母さんは運転をしない。家族で出掛けた記憶もあんまりないし、車自体久々だ。
ひなみの車を気に入った俺は外の景色を楽しむ。
段々と家や店などの建物が減ってきて、開けていく風景。道路案内の標識やお店の案内の立て看板などが、海が近付いてきていることを知らせてくれる。
「心春ちゃんもう少しで着くよ」
ひなみに声をかけられ正面を見ると、遠くに青い海が見える。
「海楽しみ、でもね私は心春ちゃんの水着の方が楽しみなの。ちなみにさ、今着てる水着って、この間私が選んだやつだったりする?」
「楽しみってなんでしゅかそりぇは……水着はひなみが買ってくれてものでしゅ。着てこないとうるさそうでしゅから着てきたんでしゅ」
「やったねっ! なんだかんだ言ってるけど着てくれるし、素直じゃないな、ほんとにもー。このツンデレ幼女っ!」
「うぶっ、うぶうぅ、やめ、やめやがれでしゅ! 前見て運転するでしゅ! 目的地ちゅくまで気を抜くなでしゅ~!」
俺の頬を突っつき、目的地寸前で挙動のおかしくなる車に、ひなみらしさを感じつつ不安を感じるのだった。




