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俺は最新でお前はかつての俺なわけで ~心春な日々~  作者: 功野 涼し
8月 ~夏休み~

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波に想いをのせてなわけで

 車のドアを開けると、夏の暑い空気が車内の冷気を押し退け、一気に蒸し暑くなる。

 ここまで頑張って車内を冷やしてきたエアコンに申し訳ない、そんな気持ちになってしまう。


「夏って暑いですね。なにもしてなくても、汗が止まらないのすごく不思議です。嫌いじゃないんですけど」


「虎雄くんって、本当に面白いこと言うよね。私は夏あんまり好きじゃないかなぁ、秋から冬にかけてが最高だと思うんだ」


 夏の海水浴場に着いた私たちは、出遅れたこともあり海から遠い場所に車を止めざる得なくなる。この時期の車の多さを嘗めてはいけなかった。

 ここで問題になってくるのが私の用意した荷物なわけだけど、折り畳みのキャリーカートを用意している私に抜かりはないのだ。

 ボストンバックを2個重ねると、虎雄くんが引いてくれる。


「ねえ、虎雄くん。海に行ったらなにしよっか?」


「とりあえずですけど、塩辛さを味わってみたいです。後は魚とか生き物を見てみたいです」


 水族館に行ったときも思ったけど、虎雄くんってあんまりお出掛けしない家だったってことか。

 お父さんほとんど家にいないらしいし、嘉香さんだけで連れて行くのは大変だろうから仕方ない。凄く楽しみ、そんな気持ちに溢れている虎雄くんの姿を見て、もっと色々なところに連れて行ってあげたいなって、そう思う。


「すごい人だねぇ~、砂浜が人で埋まってるっ」


「本当です! でも海はもっと大きいです!」


 すごく興奮気味で、今にも海に走っていきそうな虎雄くんを見て、少し可笑しくて笑ってしまう。

 ここは年上らしく冷静に、頼れるところを見せようではないか。


「虎雄くん、砂浜は足をとられて、転けるかもしれないから走っちゃダメだよ」


「え、えぇ、あの楓凛さん」


「ん? どうかした?」


 早速、足をとられてしまったのかと虎雄くんを見ると、キャリーカートが砂にはまり動かず悩んでいる。


「前に進めません、どうしましょうか?」


「ど、どうしましょうね」



 * * *



「面目ない……」


「いえ、楓凛さんに全部用意してくれたんですし、こんなに沢山用意してもらって嬉しいです」


 なんていい子なのだろうか、涙が出そうになる。

 今、私たちは車に戻って荷物の選別をしている。早く海に行きたいだろうに、私のせいで戻るはめになって、非常に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 更に、荷物の選別を虎雄くんにお願いした。情けない、情けないぞ私。


「これくらいで、どうですか?」


 虎雄くんに言われ荷物を見ると、トートバッグ1個になっていた。


「一応ですけど、タオルと怪我をしたときの道具、水、遊ぶものは今回は置いて置いてまた今度、海に足が浸けれたら今日は満足ですから。

 えっと、その……せっかく用意してくれたのに、ごめんなさい」


「虎雄くんが謝らなくていいよ、私が欲張って、こんなになったんだから私が悪いよ、ごめんね」


 違うと言うように、ふるふると首を横に振る虎雄くん。このままではらちが明かないと判断して、私が手を差し伸べると手を握ってくれる。


「遅くなっちゃたけど行こうか、砂浜歩いて海岸の端っこに行こうよ」


「はい」


 手を握り歩来はじめる私たち、因み私の格好だが。

 上からストローハット(ベージュ)、タンクトップ(白)の上にアウトドア用の薄いジャケット(水色)、ショートパンツ(黒)と、サンダル

 である。


 なぜか紹介せずにはいられなかった。



 * * *



 あつい、あついと、はしゃぎながら砂浜を歩く私たち。炎天下の中の砂浜を歩くのは、大変だけど楽しい。

 泳ぐ人たちのいる浜辺を横に、私たちは少し離れた磯の方へ向かう。この辺りになると家族なんかが多くなる。


 ちょうど磯と浜の間くらいで、浜の砂がサラサラしていない、ちょっと石の混じった海岸で、海に恐る恐る足をつける虎雄くん。


 最初はそーっと、歩いていたけど、慣れたら

 じゃぶじゃぶと楽しそうに歩き、海の中を覗いている。

 そのうち、手についた海水を舐めると、辛かったのか、目をバツにして涙目になる。


「本当に舐めたんだ。辛かった?」


「はい、物凄く!」


 首を縦に振り、辛そうにしながらも嬉しそうだ。貝殻を拾っては目を輝かせる姿を見て、本当に海に来たことないんだってことを確信する。

 流れて来たワカメや海草を拾っては、うんうんと頷いている。そのうち磯の水場で何かを発見したようで、興奮気味に手を振って私を呼びに来る。


「これ! これって、何なんですか?」


「ん~、どれどれぇ」


 興奮した虎雄くんが指差すのは 磯の岩場に溜まった水の中にいる派手な生物。うねうねと動いている。


「あ~、ウミウシだね。毒とかあったような気がするから、触っちゃダメだよ」


 触りたそうに、ウズウズしている虎雄くんに釘を刺しておく。

 こういうところは男の子っぽい。そんなことを思いながら、ウミウシに熱い視線を向ける虎雄くんを眺める。


 そんな純粋な姿を見て、私も少しだけ海に足を入れてみる。


「おわっと」


 ズブズブと沈む砂に足を取られ、転けそうになる私を虎雄くんが支えてくれる。


「ごめん、サンダルが砂に引っ掛かっちゃった」


「サンダルを脱いだ方が良いかもしれないです」


「そ、そうだね、えとごめんね」


 私がサンダルを砂の上で脱ぎ、足を直に砂につけると波で動く砂の感触がくすぐったく感じる。

 虎雄くんが海に手を突っ込み、私のサンダルを取り出してくれる。


「ありがとう、海に入るならサンダルは脱いだ方が良いかもね」


 私は左足のサンダルを脱いで、砂に足を沈める。いつ以来だろうか、こんな風に裸足で海に入ったのは。

 段々と汚れることを嫌い、避けるようになった私が忘れたものを持っている。虎雄くんを見ていると、そう思ってしまう。


「楓凛さん、これ」


 そう言って、手のひらにのせている巻き貝を見せてくる。

 何の変哲のもない巻き貝を、じっと見つめているので私も黙って見る。

 やがて巻き貝はモゾモゾと動き始め、中から長い手足が出てきて目を覗かせ、虎夫くんの手のひらの上で歩き始める。


「ヤドカリだね」


「これが、ヤドカリ……」


 しばらく無言で眺めて海の中へそっと返す。ヤドカリは海に中に入るとすぐに見えなくなってしまうが、見失ってなお、じっと見続ける。


「楓凛さん……」


「ん? どうしたの?」


 いつもと違うトーンに違和感を感じるが、あえて明るく答える。


「みんな生きてるんですよね。生きるって何なんですか? 生まれた意味って、なんなんですか? ……ごめんなさい。ちょっと気になったんで」


 凄く悲しそうな目で私を見たあと、すぐに笑って誤魔化す。凄く純粋な子、故にそんな悩みがあるなんて思ってもいなかった。

 生きている理由なんて、生まれてきた理由なんて……あるのだろうか?

 あるとすれば?


「私はには、生まれたとか、生きている、そんな意味は分からないな」


 繕って、なんかそれっぽいこと言おうと思った。思ったけど虎雄くんにそれを言うのは違う気がした。だからありのままを言おう。


 そう思った。


「分からないけど、私は虎雄くんに出会えて良かった。それがこの世に生まれた意味、生きてる意味に……ううん、この言い方は卑怯かな」


 私はまっすぐ虎雄くんを見る。


「私は虎雄くんのことが好き。その好きな人に出会えた、それが私が生きてきた意味かな? 

 だからほら、理由なんて後付けでいいんだよ、多分。

 きっと、そんなこと正確に答えれる人なんていないし。だからなんでもいいんだって、美味しいもの食べれたーとか、面白い漫画読んだーとかでも。そこに大きい、小さいなんてないよ。ここは自分よがりな考えでいいと思う!

 あぁ、うまくまとまらないねっ。あ~、そしてはずかしぃぃ」


 赤くなった顔をパタパタと扇ぎながら、今言ったことを思い返す。なんともグダグダな告白だ。いや、告白なのかなこれ?

 恐る恐る虎雄くんを見ると目を丸くして、パチパチまばたきをしている。


「楓凛さんは好きな人に出会えたから……」


「ああ、その、さっきの……好きってのさ、ほんとだから」


 念のため、というのもおかしいが言い直してしまう私。虎雄くんは少しだけ考えて、口を開く。


「あの、ボクちゃんと相手の気持ちに、ボクの気持ちに向き合います。だから、その、少し待ってもらえませんか」


「むぅ、ここでお預けかぁ。普通の感じなら脈なし、ってところなんだろうけど虎雄くんがそう言うなら待つよ」


「その、ごめんなさい」


「あ、ここで、ごめんなさいは、やめてね」


 そう、普通は、「考えさせてとか」「待ってくれ」なんて脈のないときに言われる台詞だが、虎雄くんは何か本気で考え始めている。

 そんな気がする、私の勘だが。


「もう少し遊んで帰ろうっか。私、せっかく裸足になったしさ」


 両手に持ったサンダルをヒラヒラさせながら、そう言う私に虎雄くんは嬉しそうに大きく頷いてくれる。

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