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お母さんの想いなわけで

 夕食を終え父さんを玄関先で見送る。数時間も滞在しない短い帰宅だが我が家では年に2、3回ほどある普通の光景だ。


「また帰るときは連絡する」


「ええ、今度は鍵を持ってきてよ」


「ああ」


 短い会話。これは今までにない光景。体裁上帰って来るだけの父さんとそれに淡々と対応する母さんを知っている俺からすればちょっとだけ温もりを感じる言葉。


 そう勝手に感じているだけかもしれないけどそれでいい。


 玄関の扉が閉まり鍵をかけた母さんは俺の元に来ると手を引きリビングへと向かう。

 トラは勉強をするため部屋のある2階へ階段を上っていく。


 戻ったらまずは片付けを始める。最初に比べたら慣れたものでお湯に浸けていた食器を母さんが取り出しそれを俺が受け取って食洗機へ並べていく。

 背が低いので踏み台に昇り食洗機の中に体を入れて食器を並べていく。


「はい」


「はいでしゅ、あっ!?」


 母さんに渡された食器を手に持つと落とさないように持ったつもりだったがストンと滑り落ち割れてしまう。


「ああごめんなさいでしゅ」


「いいのよ。心春ちゃん掃除機持ってきてくれる?」


 慌てて拾おうとする俺だが止められ、掃除機を持ってくるように言われたので母さんの言う通り動くことにする。

 ハンディ掃除機を持ってきたときには母さんが大きな破片を拾い終えていたのでそのまま掃除機をかける。

 掃除機をかける俺をニコニコしながら見ている母さんの視線を感じながらも割ったことの罪悪感もあり破片が残らないように丁寧にやる。


「もう良いわよ。ありがとう」


 そう言って母さんが俺の頭を撫でてくれる。


「ありがとうって割ったのは、こはりゅでしゅ」


「いいのよ。さてとおいで心春ちゃん」


 母さんはソファーに座ると俺を手招きして呼ぶのでいつも通り俺は母さんの左隣に座る。そしてグイッと引き寄せられ空いた空間を詰め体を密着させられる。

 毎度お馴染みの光景であるが今日は密着度が高い気がする。


「心春ちゃんは来てトラは変わったわ。本当に素直になったと思うの。心春ちゃんお陰ね、ありがとう」


 そう言って肩を抱き寄せられる。


 話しってこれか? 父さんがいたのもあるだろうけど今日は終始無言だったからちょっと心配していたけど色々思うことがあったということか。


「あのね心春ちゃん。すごーく変なこと言うけど笑わないで聞いてくれる?」


「はい……でしゅ」


 母さんの優しい口調が気になり口ごもった返事になってしまう。


「心春ちゃんを見てると小さかったころのトラみたいだなあって感じるの」


 その言葉にドキッとしてしまう。だが胸のうちを悟られまいと声を出さずに黙って聞く。


「でね、トラを見ていると性格が変わったというよりは人が変わったみたいに感じるのよ。トラ本人には言えないけどちょっと他人に感じちゃう。逆に心春ちゃんの方がなんとなく親しみ易いというかしっくりくるのよね」


 両脇を抱えられ膝の上に座らせると俺の結んでいた髪をほどき手櫛でといてくれる。その手触りが心地よいのだが今は母さんの言葉を黙って聞くことに徹する。いや、正しくは言葉を発したらすぐにボロが出そうで声が出せないといった方が正しい。


「母さんが父さんと喧嘩して泣いてたときトラが来て『お母さんを苛めるヤツは許さない!』って言ってたのよ。今思えば元は素直な子だったのよね。

 それを私たちのせいで歪ませてしまったんだって今日のこと見て思ったの」


 俺はこれになんて答えればいいのだろう。黙って聞いていることしか出来ない俺の頭に母さんが顔を埋める。


 そして泣いていることに気付く。


「トラにね、なんて言えばいいのかな、許してくれるのかなって考えるの。でもだからといって家族の形を作り直すことは出来ないと思うから……もうどうしていいのか分からないの」


「そのままを言えば良いと思うでしゅ」


 俺の言葉に母さんの埋める顔を緩めたので真上を向き母さんの頬に触れ涙を拭う。


「トリャは分かっていましゅよ。ゆるしゅもなにも感謝していましゅ。それはわたちが保証するでしゅ」


「心春ちゃんは……」


 後ろを向いたまま後ろ頭を胸によりかからせながら答え母さんの言葉を遮る。


「こはりゅ、お母しゃんに聞きたいことがあるんでしゅ」


「なにかしら?」


 母さんが涙を拭っているのを背中に感じながら訪ねる。


「お母しゃんとお父しゃんの出会いとなりぇしょめ(馴れ初め)、しょれと今日こしょ女の子の服を沢山持っていた理由が知りたいでしゅ。

 生まれたときからずっといたんで当たり前にいるって思ってましたけど、よく考えたらこはりゅはお母しゃんのこと知らなかったでしゅ。だから教えて欲しいでしゅ」


 ちょっとだけ間が空いて母さんが笑う。


「ふふ、私ね心春ちゃんが小さい頃のトラじゃないかってなぜだか思ってしまったんだけどなんでなんだろうね。そんなわけないのにね」


「そうでしゅよ……こはりゅは、こはりゅでしゅ」


「そうよね、ちょっと色々考えすぎたみたい。トラにはちゃんと言うから今は心春ちゃんとお話しましょうか」


「はいでしゅ」


 母さんにギュッと抱き締められ俺は母さんの話に耳を傾ける。

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