閉会の辞は聞けなかったわけで
なんだかよく分からない能力テストが終了した後顔を綺麗に拭いてもらった俺は母さんに抱かれグランドを見ている。
普段なら母さんに抱かれているのは嫌なのだが4人娘が俺の所在を巡っていがみあいそうだったので母さんのところに逃げ込んだのだ。
流石に母さんから奪うことは出来ず4人娘は大人しくしている。
で、なんでグランドを見ているかというと俺がやった競技50メートルパン食い走のち障害物競争。その後走り幅跳びから棒高跳びして1500メートル走をする最新アンドロイドを見るためだ。
ってこんな競技俺が出来るわけないだろう。止めて正解だった。
アンドロイドの名前はジャック206というジャックさんの会社が開発した最新型でまだ市場には出回っていない。見た目はアンドロイドというよりロボット。合体したり宇宙戦争をしそうな姿をしてカッコいい。ビームライフルとか剣とか似合いそうだ。
本来ここでお披露目されるレベルのものではないのだが急にジャックさんがテストをしたいと言い出して始まったものだ。
仲良くはしているがジャックさんにとって建造さんはライバル企業の社長なわけだからここで見せるのはなんらかの意図があるのだろうか。
スタートラインにつくカッコいいスマートなアンドロイド。
色んなことがあって、沢山考えて眠くなる俺の耳に競技開始の合図が鳴り響く。
ジャック206は一瞬で50メートルを走るとパンを咥え……ってあいつ口が無いけど、どうやってパンを引っ付けてんだあれ? 謎技術でパンを咥え走るジャック206は平均台を走り抜けネットを一瞬で潜り抜けあっという間に1500メートル走に入り走っている。
そしてそれはあっけないほどすぐに終わってしまう。
まばらに起こる拍手を背に白衣を来た人たちと一緒に帰っていくジャック206。そしてすぐにジャックさんが朝礼台に上り始めると皆の視線が集まる。
マイクをコンコンと叩いてから咳払いがマイクを通して響く。
「みなさん先程の競技見てどう思いましたかネ? ワタシの意見ですが心春さんと206の性能の差を見せることが出来たと思ってマス」
ここで一旦話を切ってギャラリーを見渡す。じっくり見た後少しの間を置いて続きを話し始める。
「性能では206の方が断然上! 力もスピードもデス! でも記憶に残ったのは心春さんの方。そして心春さんと206のアンドロイドどちらが欲しいかといったらここにいるみなさんは心春さんだと多くの人が答えるのではないでしょうカ?」
ここで話を切って再びギャラリーを見渡す。なんとなく皆の表情を確かめているような気がする。
「実際に心春さんモデルを市場に出すとなるとある一定の需要を満たした後、売上は伸びない、そう考えマス。愛が深い故に切り替えられない、それは生産者から見れば嬉しくもあり経営者から見れば新たなマーケティングの形を考えざる得ないものだと思いマス。
私たちは安く性能のいいアンドロイドを提供するその方針に変わりはないのですが心春さんを見て新たな可能性を感じ、そして挑戦をしたいそう思わせてくれマシタ」
なんか凄いこと言ってるけど要は俺は現状のマーケティングにはマッチしてないけど違った可能性を感じるから挑戦したいってことか……あ、眠い。
筆記テストでも眠たかったが身体テストのお陰で覚醒した眠気がジャックさんの演説を聞いて振り返してきた。
頭をガクガク揺らし始める俺を母さんが少し揺らしながら背中をポンポン叩いてくれる。
「私と建造はこのテストを見て新たな──決め──た。愛は──実は──はな──建──夏……」
ああもうダメだ微睡みに片足を突っ込んでしまった後はズルズルと落ちていくしかない。もうジャックさんの言葉が聞き取れない。
母さんに抱かれ懐かしさを感じながら眠りに落ちていく。
* * *
「ほわっ!?」
変な声と共に俺は目を覚ます。辺りを見回すと薄暗い部屋の中。落ち着く匂いと感触。
「家のベット……なのか?」
起き上がろうと右手をついてちょっとよろけてしまう。慌てて立とうとしすぎてしまった。
モゾモゾと布団から出て自分の格好を見ると寝巻きを着ていた。母さんが着せてくれたのだろうか。時計を見ると21時頃だと教えてくれる。
そのままトテトテとリビングに向かうため薄暗い廊下を歩いて、ドアを開けようとドアノブに手をかけるが手を止める。
「あなたは、どうするつもり?」
母さんの声が聞こえてくるのでドアノブから手を離し聞き耳をたてる。
「トラ、あなたは心春ちゃんが来て驚くほど変わったわ。それはとても素直に優しくね。正直嬉しかった。中学のころから反抗期になったのもあるのでしょうし自分の好きなことに没頭し始めたのもあると思うの。そのあなたが今こうして私の話にも真剣に向き合って聞いてくれる」
母さんの声しか聞こえない。おそらくトラは何も言えず黙っているのだろう。
「さっきも言ったけどそれは嬉しいことなの。でもね少し不安でもあるの。正直トラ……あなたはトラなの? って聞きたくなるくらいの大きな変化なの。
でも変わろうとしているあなたを親だからって邪魔することは出来ない。でも手助けは出来る。だから言うわね」
相変わらずトラは無言だ。そして母さんは何を言うつもりだ。再び聞き耳を立てる。
「あなたはあの4人の子をどうするつもり?」
「……これからも仲良くしていきたい」
「男女間の友情とか議論する気はないけどあの子達はトラに好意を寄せているのじゃないの? それに対してあなたはどうするの?
こんな話し親が言うことじゃないのは分かってる。でもトラあなたは恋愛に関して幼過ぎる気がするから言わせてもらうわよ」
「恋愛?」
ああもうダメだ! 俺はドアノブに手をかけドアを開ける。勢いよく入ってくる俺の姿に驚く母さんはトラをキツい目で見ていたのだろう。一瞬俺を見る目がキツかったがすぐにいつも俺を見る優しい目になり近付いてくると抱き上げられる。
「心春ちゃん起きたの? 体ダルくない?」
「大丈夫でしゅ。それよりもお母しゃん、トリャのことでしゅけど、こはりゅに任しぇてくりぇましぇんか?」
「心春ちゃんに?」
突然の提案に驚いた顔をする母さんに俺は大きく頷く。