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試練は色々なわけで

「きな子、あの方は誰ですの?」


「流石に個人情報へのアクセスは出来ませんでしたが、恐らく虎雄様のお爺様が運営しています道場の門下生のようです」


 川沿いの土手に沿ってはえる木の影から双眼鏡で虎雄と楓凛、心春の様子を覗く珠理亜ときな子。

 きな子はいつものメイド姿だがサングラスをかけるという変装? をしている。珠理亜はランニングウエアーを着て髪は後ろで束ねキャップを被りその上にサングラスがのっている。


「それよりお嬢様『さりげなく合流して一緒に走っちゃおう! 作戦』はいつになったら決行するのですか?」


「こ、このような状況でいけるわけないですわ。そもそもなぜ虎雄さんはあの女性と一緒に楽しそうに話しながら話してますの? わたくしの事を慕ってるのではなくて?」


 珠理亜は顔を真っ赤にして手をバタバタと振りながらきな子に抗議する。そんな珠理亜を余所に考え事をするきな子はパチンと指を鳴らすと指を立て真剣な眼差しを向ける。


 その表情に思わず唾を飲み込む珠理亜。


「お嬢様、まず質問です。家に招く以前に虎雄様のことが気になったことはありますか?」


 珠理亜が少し考える素振りをみせた後首を横に振る。


「ではあの日、虎雄様がお嬢様と将来を約束された日以降ではありませんか? 來実様が虎雄様に言い寄り始め、今一緒に走っている女性が現れたのも」


 珠理亜が首を縦に振るときな子はグイッと顔を近付ける。


「虎雄様がお嬢様に愛を宣言したとき、虎雄様本来の魅力が解放されたのだと思われます。それは()しくもお嬢様だけでなく他の女性にも魅力を知らしめることになったのではないでしょうか。

 実際わたしも虎雄様によって新しい自分に気付かされたわけなのですから」


 珠理亜は少し興奮気味に激しく同意する様に首を縦に振っている。


「虎雄様の気持ちはお嬢様にあるのでしょうが、とてもお優しい方ですから來実様やあの女性の方の悩みにも紳士に対応するはずです。

 その対応に女性が惹かれるのは自然なことなのかもしれません。つまり、これは虎雄様の気持ちを繋ぎ止めるというお嬢様の試練とも言えるのではないでしょうか」


 珠理亜が表情はあまり変わらないが珍しく力説するきな子の言葉に更に激しく頷きその手を取る。


「きな子、わたくしやりますわ!」


 握る手に力を込める。


「虎雄さんの気持ちを繋ぎ止めてみせますわ! そうと決まればすぐに行ってきますわね」


 双眼鏡をきな子に手渡すと木の影から飛び出し虎雄を追いかけ走っていく。


「あ、ああ……先にお嬢様の気持ちを伝える方が先ですよぉってもう行ってしまわれましたね。ま、どうにかなるでしょう」


 きな子は走り去った珠理亜の小さくなった背中を微かに微笑んで見送る。



 * * *



(これはいったいどういうことだ)


 來実は駐輪場でスパーリングするトラと楓凛の様子を電柱に隠れ見ながら聞き耳を立てる。

 後ろがレースアップになっているサロペットに右肩が少し見えるワンショルで七分丈のカットソー足はランニングシューズを履き手にはコンビニのビニール袋を持っている。


「──心春ちゃんを守るため強くならないと。そしてみんなを守るんでしょ! 世界も守ちゃいなよ!」


「は、はい! 俺は強くなって心春を、みんなを守ります!」


 ドキッ!?


 トラの叫びに胸を押さえる來実は顔を赤くしながら深く深呼吸をして気持ちを必死で落ち着かせる。


(虎雄の奴、前に宣言したことまだ気にしてたんだな。別に私は強くなくても良いんだが……)


 ドキドキしながらこっそり覗く來実は3人の様子を伺う。

 楓凛の激しい攻撃をほぼ受け続けるトラはボロボロになりながら立ち上がる。


(ああ、あいつあんなボロボロになって……。ぐうぅぅ見てられないがここで邪魔したら頑張ってる虎雄の気持ちを無下にしてしまう。落ち着けぇ、落ち着くんだ私)


 來実が深呼吸を繰り返しハアハアいいながら気持ちを落ち着けると楓凛が満面の笑みで手をパン! っと叩く音が響く。


「よーし! 今日はここまで。虎雄くんセンスいいよ。どう心春ちゃん、ちょっと強くなった気がしない?」


「どう? と聞かれまちても……な、なんでしゅその目。うぅなった気がするでしゅ!」


 トラの純粋な目に半場やけくそ気味に答える心春の気など知らずにトラと楓凛が両手を握ってブンブン振り喜ぶ。


(な! あの女、気軽に虎雄と手を繋ぎやがって。ま、まあ私は抱き締めてもらったから……)


 來実の頭からポンッと煙が立ち上る。頭に浮かんだ映像を振り払う様に首をブンブンと振ると髪をぐちゃぐちゃと掻く。


(あーー何を思い出してんだ。あれは事故みたいなもんだ。でも……)


 電柱にそっと寄り添う來実は少しにやけた顔で思い出す。トラに抱き締められときの感触、匂いなどを……


(あいつ細いと思ってたけど意外と胸板厚かった気がするし腕も太くてたくましかったな。そして顔も間近で見ると……)


 再び頭からポンッと煙りを出しそのままプスプスと燻らせる。


(あーーーーなに考えてんだ私は!! こんなの変態じゃねえか、バカなのか私は!)


 電柱の影で頭を抱えて1人悶絶する來実。ちょうどその時キュルキュルと地面を擦るような音がしたので來実は様子を伺う。


「それじゃあ私は帰るねえ。虎雄くん、心春ちゃんバイバイ!」


「うわっ!」

「うひゃぁ!?」


 楓凛がブーーンっと駐輪場の中で原付をアクセルターンさせるのを避けるトラと心春が叫ぶ。


「あ、危ないでしゅ!」

「何時如何なるときも油断するなですね!」


「だ、だね!」


 文句を言う心春と尊敬の眼差しで見つめるトラに対し原付に股がったままひきつった笑顔で親指を立てる楓凛の額に汗がつたう。


「じゃあじゃあまた明日! 心春ちゃんも一緒に走ろうね!」


 楓凛が原付のアクセルを吹かし白煙をあげ去っていく。


(チャンス!)


 來実は髪を整えると軽く咳払いをして電柱の影からそっと出ようとする。


(げっ!? なんで珠理亜がここにいる!)


 來実が突然出てきた珠理亜に驚き再び電柱の影に隠れる。


(あ~? なに言ってんだあいつ。ぼそぼそ喋ってよく聞こえないぞ)


 珠理亜がトラに話しかける様子を見つつイライラする來実が地団駄を踏んでいるとトラと珠理亜が並んで走りだそうとする。


(あいつなんで虎雄と……今はそれどこじゃねえな)


 意を決して來実は電柱から飛び出すのだった。

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