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姉弟子誕生なわけで

 しばらくして、すぐにじいちゃんが弟子を引き連れてやってくる。楓凛さんが点呼取っていた集団に挨拶して談笑した後こっちへ向かってくる。


「お~!? 心春! これまた可愛い格好じゃのう!」


 俺を抱き締めて髭でひとしきり攻撃してきた後、集団の元へ連れていくと「孫じゃ!」と自慢している。集団に「可愛いお孫さんですね」の言葉に気をよくして高らかに笑うじいちゃん。

 いや俺は中身は孫だけど、外見は違うだろ! 外見本物の孫はしょんぼりした猫みたいな顔でこっち見てるぞ。かわいそうだろ俺が!


「おっとそうじゃ、虎雄こっちへこんか。皆に挨拶するんじゃ」


 じいちゃんに呼ばれたのが嬉しかったのかニコニコしながら向かってくるトラ。それにしてもあいつ本当に素直で良い奴だ。元俺が不甲斐ないばかりに周りからぞんざい扱いを受けているがめげることなく頑張ってる。苦労かけるな、なんか申し訳ない。

 そんな俺の気持ちを視線で送っておく。その視線を受けながらトラは無難な挨拶をする。


「それじゃあ準備運動から入ろうかの。怪我しちゃあいかんからな。虎雄も並ぶんじゃ。寺尾(てらお)くん後は任せるぞ」


「はい、師範代」


 寺尾と呼ばれた男の人が綺麗な礼をして集団の前に立ち挨拶をすると列を整え始める。


 準備運動……確か軽く体をほぐしてからの道場の裏にある山の頂上までダッシュで上り下りするあれか……

 登山道も何も無い獣道みたいなところを走り遭難者も出る地獄の準備運動だ。

 俺は楽しそうに体をほぐす集団を見る。果たして何人生き残れるだろうか小学生の彼は大丈夫か?

 その小学生の男の子と目が合うと顔を真っ赤にしてうつむかれる。

 なにぃ? いやまさかな……何も気付かないふりをしておく。


「はい、みなさん。ではこちらのミットにパンチしてみましょうか。武道っぽく言わしてもらえれば突きですね。では見本を見せますね」


 寺尾さんが拳の握り方から教え他の弟子の持つミットをスローで打ち込み、体の使い方を丁寧に教えている。

 その後、弟子が持つミットをおじさんやおばさんなんかが見様見真似で腰の入っていないお世辞にも格好いいとは言えない突きを放つ。


「おお! 上手ですな~」


「うまい! うまい! ボクは将来有望じゃのう」


 そんな人達をべた褒めするじいちゃん。あれ? なんかおかしくね? 地獄は?

 俺は集団の様子を見ている楓凛さんの元へ近付くとパタパタと手招きして話したいアピールをする。

 俺の背に合わせてしゃがんでくれる楓凛さんが耳を傾けてくれる。


「ん~? 心春ちゃんどうしたの?」


「あの、修行っていつもこんな感じなんでしゅか?」


「そうだねぇ、これは体験コースだから少し緩くしてるけど大体こんな感じかなあ」


 なにぃ!? まじか……あの母さんが何回か死にかけたって遠い目をして語ってくれるじいちゃんの地獄の修行が今これなのか? トラもなんか楽しそうにやってるし。いい汗かいてるって感じだ。


おしょと(お外)にあった地面の窪みとか、木人がなりゃんで(ならんで)いる廊下とかいりょいりょ(色々)あるんじゃないでしゅか?」


「窪み……ああ『千年落窪(せんねんおちくぼ)』ね。木人は『千手組手』だったっけ。どっちも有名な観光名所だよ」


「観光名所? 使ってないんでしゅか?」


「使わないよー、危ないもん。他にも色々あるけど100年前から使ってないって聞いてるよ。歴史ある武術って感じだよね!」


 100年前ってその修行をこなしてきた俺の母さんは一体歳いくつだよ。タイムジャンパーかなんかで時間飛び越えたのか?

 それに俺が小さい頃まだやってたぞ。木人にフルボッコにされる人見たことあるし。

 じいちゃんに直接聞いてみるか。


「ねーねー、おじいちゃん。お母しゃんに聞いたんでしゅけどあっちの木人──」


「おおおっと心春は木人が見たいんじゃな! よしよし後でじいちゃんが連れて行ってあげるからのう。ちょっと待ってくれるかの。楓凛ちゃん心春をお願い出来るかの」


「あ、はーい」


 むむ、なんかはぐらかされた気がするぞ。俺は楓凛さんに手を引かれゆる~い練習をしばらく見学する。



 * * *



 お昼の15時に集団は帰っていく。最後まで俺の前でモジモジする小学生の男の子を若干ひきつった笑顔で見送っているとじいちゃんがトラを呼ぶ。


「どうじゃったかの虎雄」


「はい、楽しかったです」


「そうかそうか、じゃがな今から──」


「師範代!」


 じいちゃんが厳しい表情になりかけたとき楓凛さんが元気よく手を挙げる。


「楓凛ちゃんどうしたかの?」


「虎雄くんは体験レッスンに来たんじゃなくて正式に師範代の弟子になりに来たんですよね?」


「まあそうなるのかの」


 じいちゃんの言葉を聞いて楓凛さんは、ぱあっと笑顔を見せる。


「じゃあ虎雄くんは私の弟弟子ですよね!」


「ま、まあそうなるの」


 楓凛さんが手をパン! と叩いて喜びを爆発させる。


「それじゃあ兄弟子である私が面倒みますね!」


「え、えええー!」


「前に師範代言ってましたよね。新しい弟子はその1つ上の先輩弟子がちゃんと面倒を見るのだあ! って。ってことで虎雄くん、おいでおいで! 道場案内するから」


 楓凛さんはトラの手を引いて道場の奥へと向かっていく。その様子を何も言えず見送るじいちゃん。


「おじいちゃん……良いのでしゅか?」


「う、うむ」


 歯切れの悪いじいちゃん。昔の面影がないな、もう少し突っついてみるか。


「おじいちゃん、お母しゃんに聞いた修行と違う気がするんでしゅけど」


「それはの……心春には難しい話かもしれんが今の世の中厳しい修行は流行らんのじゃよ。みんな直ぐに辞めてしまうのじゃ。

 それじゃあ生活出来んからのぉ……」


 じいちゃんが懐から1枚のチラシを出して見せてくれる。


 なになに……「誰でも簡単にマスター出来る武術餓虎燕青拳!」

「楽しくパンチ、キックでシェイプアップ!」「強く、美しくなれる! モテるかも!?」「今なら入会記念黒帯スタート」


 ……餓えた虎の如く獰猛かつ絶対的に相手を駆逐する餓虎燕青拳の面影はどこへいった。

 俺がチラシをガン見してるとじいちゃんがボソッと呟く。


「お金がないと生活出来んのじゃよ。どんなに修行しても霞を食べては生きていけんのじゃ」


 ちょっとションボリするじいちゃんはなんだか小さく見える。かわいそうだが言ってることはもっともだ。


 いや、待てよ。このままではじいちゃんはトラに修行をすると言った手前、母さんに対して申し訳が立たないはず。

 当初は厳しい修行をトラが逃げ出して終わる予定だったが、ここはじいちゃんの顔を立てつつ辞めさせれるかもしれない。


「おじちゃん、お母しゃんトリャに厳ちい修行をちゅけてもらえるって喜んでたでしゅ」


「むうぅ」


「でもこはりゅ、おじいちゃんの言うこと分かるでしゅ! だかりゃお母しゃんに説明するでしゅ。おじいちゃんは悪くないでしゅよって。寧ろ時代についていけりゅ素敵なおじいちゃんだって!」


「おおぉぉ!?」


 俺がそれはそれは素敵な笑顔でじいちゃんに語りかけるとじいちゃんは女神でも見たかの様に膝を付き両手を組んで拝んでくる。


「なんて良い子なんじゃ~、すまんの心春。じいちゃんが不甲斐ないばかりにぃ」


「気にしなくていいでしゅよ。こはりゅはおじいちゃんの味方でしゅ」


「おおぉぉぉ」


 涙を流すじいちゃんの頭を小さな手でたどたどしく撫でる。ふふふ、チョロいぜ。これでこの修行に意味はないからって言ってトラを辞めさせつつじいちゃんを取り込める。


 ぬはははは、俺悪女の才能あるかも!

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