茶畑 彩葉の告白
夕華と会話で心春が会いに行った人たちに話を聞くことがヒントになると考えたトラは、沢山の人に会うに至ってまずは彩葉に相談する。
女子の家に男一人で行くのはいけない気がしたのだが、彩葉には心春のパソコンの存在を知ってて欲しい気持ちの方が大きかった。
勢いよく二人で聞き込みを開始したわけなのだが……
地獄のような部屋に通され座るトラと彩葉は、落ち着かない様子でキョロキョロと辺りを見回す。
「これ……可愛いの……彩葉ちゃんも好きだと思の。部屋に飾って……いいよ」
『地獄も住めば都』と書いてあるタペストリーを手渡そうとする笠置だが、彩葉はその手を押しのける。
「いらないです! どこに飾れっていうんですか。それよりも心春が来た時の話を聞かせてください」
なぜか手に謎のタペストリーを渡されて、どこへ置いていいの迷いオロオロするトラを置いて彩葉が変わりに質問する。
その問いに答えるかのように笠置のドアが開き、犬型アンドロイドのるるが尻尾を振りながら入ってくる。
笠置はるるを抱っこしてベッドに座る。
「私とライブできて良かったって……おかげで大切なことを思い出せたって……それからるるに……長生きしてねって」
笠置は抱いていたるるに顔を伏せると、るるも顔を摺り寄せる。
「自分のことより……私たちのことを心配してたの」
メガネを外し目を擦る笠置が語る心春の様子を二人は黙って聞くのだった。
* * *
「あの状況だと、心春から何か聞いてませんか? パスワード知りませんか? なんて聞けないなぁ」
公園のベンチで足をパタパタさせる彩葉の隣で、ペットボトルを両手で持ち中に入っている揺れるお茶を見つめながら答える。
「そうだね、何人か会って話を聞いてみたけど手がかりはなさそうだね。話の内容をまとめるとみんなにお礼を言って回ったみたい。しかもトラのことを宜しくってさ……ホントに自分のことよりボクばっかりなんだから……ボクはさ……」
ペットボトルを力をこめ握ったトラの手に、彩葉の手が重なると優しく握る。
「自分が……動けなくなるかもしれない。それが分かったときに人の幸せを願える人ってそうそういないと思うんです。
心春は眠るまでトラ先輩のことを心配して、みんなに会いに行った。
そんなにもトラ先輩は心春に幸せを願われたはずなのに、なんで時々苦しそうな顔をするんです?」
彩葉の問いかけにトラはペットボトルを更に強く握り、下を向いて辛そうに言葉を絞り出す。
「心春から沢山のものをもらって、幸せになろうって誓ったんだけど……時々ボクが本当に幸せになっていいのかなって思うんだ……その、心春を差し置いて……ボクなんかが」
トラを握る彩葉の手に力が入るが、痛みはなくその手は優しくトラの手を包む。彩葉の手から伝わる温もりにいつもと違う雰囲気を感じたトラが顔を上げる。
真っ直ぐに視線を向ける彩葉を見つめ返すと、彩葉の口から出てくる言葉は予想だにしないもの。
「それは、あなたが本当の梅咲虎雄じゃないから?」
たった一言なのに血の気が引く、そんな感覚を味わったことのないトラはどうしていいか分からず、ただ彩葉を見つめ続け言葉を待つしかできなかった。
「私、一つ嘘をついてました。心春は私のところへ来たときに、二人だけで話したいって言って本当のことを教えてくれたんです。
トラは元々心春になる予定で、心春が虎雄だったって」
口を挟むこともできない。ただただ口を開け見つめることしかできないトラは、背中に掻いた汗で服が引っ付くのを不快に感じる余裕もなく、全てを彩葉に向ける。
そして彼女の口から出る言葉が、自分を否定するものでないことをただ祈る。
「最初は何を言ってるんだろうって思った。でも、自分の体があんなになってまで会いに来て、真剣に話す心春の姿を見て、あぁ本当なんだろうなって。
……それで言われたんです。受け入れなくてもいい、彩葉の人生を生きて欲しいからって。でも、もしそれでもいいなら、一緒にいてくれないかって言われたんです。
その後、心春があいつが腑抜けで~とか、愛想つかしたら捨ててもいいから~とか必死に語って、そこから聞いてしまった夕華は少し勘違いしたみたいですけどね」
緊張でカラカラの喉からはうまく言葉が出ず、口をパクパクとさせるトラの手を彩葉が優しく握るとそっと押す。
その意図を汲み取ったトラは、手に持っていたお茶に口をつける。
慌てないように気を付けていたが、震える手でうまく飲めずむせるトラの背中を彩葉がさすると、咳き込みながらトラは必死に言葉を吐き出す。
「そ、それでっ」
「それで? って……この言い方はちょっと意地悪ですね」
頬を桜色に染め見せる彩葉の笑顔にトラは釘付けになる。
「前にも言いましたよね。私はあなただからこうして一緒にいるんです。だから、元々がとか……ううん、違うか」
彩葉が首を横に振って言い直す。
「あなたが何でも関係ないです。私が出会った梅咲虎雄はあなたですから」
自分で言ってて恥ずかしかったのだろう、頬の桜色を濃くし微笑むが目は真っ直ぐトラを見つめる。
「私はトラが好き」
人間は一言でこんなにも不安に駆られ、喜びに打ち震えるものなのか。心の揺れを大きく感じ、今初めて自分は人間なのだと認識できた気がしたトラは自分の手の上にある彩葉の手を包む。
「自分のことで悩んでたんですよね。そんなこと関係ないから、別に言わなくてもいいかなって。毎日楽しいから一緒にいれれば良いかなって。でも、言わなきゃ分からないですよね……」
涙ぐむ彩葉をトラはぎこちない手つきで抱きしめる。
「ううん、本当はボクが言わなきゃいけないのに。でも、その、ボクを好きになってくれてありがとう……」
当然抱きしめられ潤んだ目を丸くした彩葉だが、トラの言葉に微笑むと自分の手をトラの背中に回す。
「私の方こそ好きになってくれてありがとう」
彩葉が、肩を震わせるトラの背中に回した手に力を入れ優しく語る。
「心春がビックリするくらい幸せになって言ってやらなきゃ、『人のことばかりじゃなくて、心春も幸せになれ』って」
トラの体が電流でも走ったように大きく震え、抱きしめていた彩葉の肩を持つと正面から向き合う。
「そうだよ! 心春になんでボクの幸せばかり考えてって文句を言ったことはあるけど、心春に『幸せになって』って言ってない!」
泣いて赤くなった目に力強い光を宿すトラを見て、彩葉は微笑む。
「言ってやらなきゃですねっ!」
彩葉が大きく頷くトラに微笑み、そしてはっと息を呑む。
「心春のパスワード知ってる人、分かったかも」
「えっ! 本当!?」
「多分だけど、トラにとって一番身近で本当のことを言わなきゃいけない人、そして多分真実を知ってる人……」
トラは思い当たる人物の名を口出す。
「お母さん……」




