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見たことのない彼女に憧れて

 夕華が見詰める先にいたトラに、井藤と葵の視線も向けられる。夕華に近づくき手を差し伸べると、夕華は少し戸惑うが手を伸ばしトラの手を握る。

 葵が掴んでいた手を離すと夕華はトラの下に引き寄せられ、トラを見上げ小さく笑みをこぼすとトラにしがみつく。


「夕華、こちらの人は……」


「お兄ちゃん……あぁ、君が」


 トラの言葉に被せ喋る井藤の絡みつくような視線にトラは一瞬たじろぐが、夕華を見て井藤の視線に凛として見つめ返す。


「失礼ですがどちら様ですか? そして夕華になにか用ですか?」


 トラの質問を受け、ヨレヨレのスーツのポケットに手を突っ込むと、銀色の名刺ケースから一枚、名刺を取り出しトラに渡す。

 それを手にして目で読むトラは、名前と井藤がここにいる意味を理解したのか目を開き視線を井藤へ戻す。


「夕華を作ったチームの主任をしている、井藤と申します。以後お見知りおきを。

君は梅咲虎雄くんであっているかな? 君の家に預けていた夕華は今日返してもらうよ」


「今日ってそんな突然なこと。それに夕華は(うち)で預かるって建造さんとの契約があるはずです。それによれば期間は伸びて、まだ一年はあったはずです」


「心春とやらがいない今、その契約に有効性はないんだよね。ちゃんと契約書読んだかい?

 君の家族に何かあった場合、環境の大きな変化、夕華自身の不具合などなどあればAMEMIY側の都合で夕華を回収できるって書いてあっただろう?


 そういうわけで、データーの抽出、分析をして今後も君の所にいた方が良いデーターが取れると判断したら続けるから一旦夕華を返してもらうよ」


 トラは井藤の話す内容を聞いて夕華を見る。夕華と目が合うと再び井藤を見る。


「夕華は、僕の大切な妹です。夕華が怯えた目で見る人に渡すのは、申し訳ないですけどできません」


 光を宿す瞳にトラを映す夕華と対照的に、井藤は目をつぶりトラを遮断し、あざ笑う。


「そういう家族ごっこしてくれて実験に協力的なのはお礼を言うけどね。先ずはここまでのデーターを見たいんだよ。今の夕華は完成時とは明らかに違うんだよ。この過程、この瞬間を見たいんだ。

 君もアンドロイドを作った身なら、新たな思考に至るターニングポイントには興味がないかね? こういったのに限らず鮮度は何においても大切なのは分かるだろ?」


「家族ごっこではありません。夕華は本当に僕の妹です」


「はっ、血も繋がってないのに? 人間とアンドロイドは体の作りも違う。そこには越えられない壁がある。お互いを完全に理解することなんてできないと私は考えるがね」


 トラの言葉に苛立ちを感じたのか、井藤の語尾が強くなる。


「いえ、できます! ボクは自信を持って言えます! 互いの体が違ってもお互いを思いやることはできます!」


「まるで知ってるかのようなことを言う。仮にもアンドロイドを作った人間なのだろう? もう少し理論的に話せないのかね。とにかく夕華は連れて行かせてもらう」


 二人の会話が平行線をたどり始めたとき、いつの間に来たのかトラの後ろからぴょこんと顔を出した彩葉が乱入する。


「なんか分かんないですけど、夕華を連れて行くってそんなのダメに決まってるでしょっ!」


 井藤が「まためんどくさそうなのが出てきましたね」と小さく呟く。葵はどこに立っていいか分からず不安そうな顔で、必死に井藤に対し訴えるトラと彩葉二人と、泣きそうな表情でその様子を見る夕華を何度も見てオロオロしている。


「いいですか? 君たちが言ってることは愛にあふれた素晴らしく綺麗な言葉。私が言ってるのは仕事です。そして今後のアンドロイドの未来への発展を見据えた合理的なものです」


「それでも、夕華は嫌がってるじゃないですか。そんなの可哀そうだと思うんですけど!」


「可哀そう? それこそ分からない。いいかね、感情論で言ってるんじゃない。私たちは無償の愛を配り教えを広める宣教師(せんきょうし)じゃないんですよ。

 利益を求め、社会の発展に貢献する社会人としての意見ですよ」


 必死の訴えにきっちり返してくる井藤に彩葉もひるんでしまう。

 

 彩葉もトラも井藤の言わんとすることは分かる。理解はできる、自分達が感情論でしか対抗できていないのも分かっている。

 それでも、反論する材料がない今、感情で訴えるしかないのは、仕方のないことだと、押し通すしかないと。


「君たちは本当に人とアンドロイドが心の底から家族になれると思っているのかね?」


「はい、ボクと心春がそうであったようにお互いを思いやり、家族になることはできます! 夕華はボクの妹で、ボクは夕華のお兄ちゃんです!」


 質問に対し、家族になれると言い切るトラに井藤は苛立ちを見せ、もごもごと口を動かすが、言葉を飲み込むと葵に視線を向ける。


「葵くん、君はどう思う? この子たちが言っていることが理解できるかね? 私は技術屋出身なんでね、感情プログラムは畑違いでね。君の意見が聞きたい」


 突然の指名に葵は慌て目を丸くしている。更に皆の視線が葵の方へ向き驚きと緊張で口をパクパクさせてしまう。


「え、えっとですね……」


 あまり人前で話すことになれていないのか、オロオロする葵の姿は張り詰めた空気を若干和らげる。


「その、主任……私、夕華に、えと、良識の範囲でしたら好きにできるようにとですね……」


 モジモジしながらチラッと視線を寄越す葵の言葉に井藤が目を見開く。


「まさか、思考のリミットを外してたのかね。いやまさか、データーチェックにも引っ掛かってないはずだが。私も何度か確認しているが」


「あ。いえ、その、通常時リミット三十二パーセントは守っています。でも夕華が凄く楽しいとか、すごーく人のことを好きになったときに外れるように……ちょっと」


 葵の発言に井藤は右手で顔を押え天を仰ぎ見ると苦悶の表情を見せる。


「特定の感情が限度を超えたときのみ、リミットを外すようにしたのかね」


「……はい、その、心春ちゃんの性格分析のデーターを見てたら、すごく楽しそうだったんで、つい……負けてらんないなと。こんな自由な子ができたら楽しいかなって、そのすごく憧れたといいますか、なんといいますか。

 会ったこともないけど想像しただけで好きになっちゃたというか……へへっ」


「葵くん一人で全ての工程をできまい。ましてチェックを全てスルー出来るわけがない。共犯者もいるんだろう?」


「うっ!? いえっ……いっ、いません!」


 あからさまに動揺する葵が嘘を言っているのは見え見えだが、そこにはもう井藤は追及しない。目をキョロキョロと忙しく泳がせながら汗をかく葵から視線をトラへと移してため息をつく。


「まったく、人格プログラムを作る人間はなんでこうも自由というか、勝手というか、夢見がちな人が多いんですかね。リミットを外すことの危険性を知らないあなたではないでしょうに」


「で、でもです、人としての愛と優しさを受けて、夕華も本気でそうありたいと願ったときじゃないと外れないというか……それに外したと言っても、今の私たちの技術的限界の上限五十三パーセントまでです。

 でも今、夕華が今見せた感情表現は、予想の範囲をはるかに超えています! だから凄いことだと思います!」


 井藤が興奮気味に話す葵の言葉を受けてチラッと視線を寄越すが、すぐに顎に手を当て考え込む。


 二人の会話についていけなくなっているトラと何やらソワソワする彩葉。そして自分のことを改めて知ることになり戸惑う夕華。

 皆がそれぞれのことでいっぱいになり、近付いてきた訪問者が声を発するまで誰もその存在に気付かなかった。


「まったく、一方的に電話寄越して、通話状態で放置するとか横暴すぎますわ」


 突然声を掛けられ皆が声の主に注目する。


 そこには不満顔の珠理亜と、すまし顔のきな子。そしてそれを見て、したり顔の彩葉。

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