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たとえわたちがいなくなっても

 車椅子になって二階へ上がれなくなった俺は、トラの部屋に行くためには母さんか、トラに運んでもらわなければならない。

 そして右手、右足が動かないから必然的に前で抱き抱えられることになる。


 いわゆるお姫様抱っこである。


「楽チンでしゅ」


「僕はそうでもないけど」


「わたちが重いってことでしゅか? しょんなデリカチィーないと、いりょはに嫌われましゅよ~」


「はいはい、気を付けます」


 俺は抱え階段を慎重に上がるトラが文句を言いながらも、難なく運べるのは日頃の鍛練のお陰だろう。


 トラは部屋のドアを開けると、俺専用の椅子に座らせてくれる。

 数ヶ月前までは俺の部屋だったのに、匂いも空気も違う。元は俺の体なのに、中身が変わるとこんなにも変わるものなのか。

 部屋も綺麗だし、マメに掃除しているのがよく分かる。関心しながら部屋をキョロキョロ見回してしまう。


「それで? ボクに話したいことって?」


「あぁ、そうでしゅね。単刀直入に言うでしゅ」


 溜める必要はないが、無言で溜めてトラを見つめるとトラが緊張して唾をのみ込み、喉仏が動く。緊張感を演出してみたら俺も無駄に緊張してきた。


「お前、やりたいことやるでしゅ。無理して工学に進むなでしゅ」


「どういう意味?」


「どうって、そのままでしゅ。べちゅに工学でもいいでしゅけど、お前がやりたいことをやってほしいでしゅ」


 トラは驚き……というよりは、少し苛立ちの表情を見せる。


「心春の言い方、まるでいなくなるようだね」


「……」


「なんで……受け入れるの。前も言ったけど自分の体を渡して、手足が動かなくなって、それでもなんで出てくる言葉がボクのことなの?」


「……」


「なんで、もっと、どうにかしようって言ってさ、なんでボクに文句言わないの? おかしいよね?

 どうして入れ替わって心春になるはずだったボクだけ幸せになって、心春が苦しまないといけないんだよ」


「……」


「お前がいなければって、そう言ってよ。ボクがいなければ、こんなことにはならなかったんだよ」


 涙ながらに訴えるトラを見て俺も自然に涙をこぼれ始めるが、気丈に振る舞いありのままを答える。


「おりぇは、お前がいてくれて良かったって思ってるでしゅ」


「……」


「短い時間の間に、色んなことがあったでしゅ。そりゃあ、しゃいしょ(最初)はとんでもないやちゅだって思ったでしゅ。

 でも素直で優しくて、なんにでも一生懸命な姿見てたら、ちあわしぇ(幸せ)になってほちいって願うようになったんでしゅ」


「……」


「しょれに、トリャのお陰で、おりぇも沢山の人と()りあえたでしゅよ。


 母しゃんや父しゃんとも話せたでしゅし、じいちゃんとも仲良くなれたでしゅ。

 いりょはや珠里亜、來実、楓凛しゃんとも()り合え、ひなみや舞夏、かしゃぎ、きな子しゃんやうっしゃ~♪ 、るるとも友達でしゅ!


 トリャ、お前がいなかったらできなかった繋がりでしゅ。だかりゃ、お前を責めることなんて何にもないでしゅ」


「……」


「トリャ、ありがとうでしゅ。お前が生まれてきてくれて本当に良かったでしゅ」


 精一杯の笑顔で微笑むとトラが俺に抱きつき咽び泣く。服にトラの涙のシミが広がっていく。俺の胸で泣くトラの頭を左手で撫でる。


「確証はないんでしゅけど、ただばくじぇん(漠然)とちた確信があるんでしゅ。

 おりぇはもうこの体にいることができないって。

 元々おりぇはトリャと入れ替わるんじゃなくて、かりゃだ()を渡ちたりゃ消えるはずだった、そんな気がするでしゅ。

 そりぇをなんでぇか、こはりゅになって、こうして生きることができたんだと思うでしゅ」


 泣き続けるトラの頭を優しくポンポンと叩く。


「おりぇだって、べちゅに生きることを諦めてるわけじゃないでしゅ。

 もっとみんなと一緒にいて話ちたい、母しゃんと父しゃんの仲がもっと仲良くなりぇば嬉ちいと思ってりゅし、夕華とおみしぇ()開くとか、かしゃぎとバンドしゅるとか、トリャがどんな人生送りゅとかみたいでしゅ」


 必死に泣き止もうして、ヒックヒックと体を震わせるトラが、涙でぐしゃぐしゃになった顔で俺を見上げ見つめてくる。


「しょんな顔しゅるなでしゅ。もう理論や常ちき《識》が通じないなりゃ、気合いでいくちかないでしゅ。

 案外手術ちたら普通に治るかもちれないでしゅ。

 しょのときはおりぇが、ちん()配し過ぎてたってことでしゅ」


 俺は涙の止まらないトラのおでこにポンと手を置く。


「しゃて、服がびしゃびしゃでしゅ。着替えたいでしゅから下に行きたいでしゅ」


 トラは目を必死に擦りながら、「服汚してごめん」と言って俺を抱えてくれる。

 トラに抱かれ階段を下りる、一段一段降りる度にトラの腕の中で揺られる。


 慎重に階段を下りるトラの顔が近くにある。元々俺なのに、もう俺じゃない。

 顔つきも違う気がするし、今あの体に戻ったら違和感があるかもしれない。


 俺がじっと顔を見てた視線に気付いたトラと目が合い、俺が微笑むとトラの目から涙が零れ視線を反らしてしまう。


 ──今は何を言ってもお互い心がすぐにいっぱいになって会話にならない。


 ──もうちょっと時間があったら良かったのかもしれないけど、今はこれだけ言えただけでも十分か。


 ──もしかしたら、心の中にある不安は俺のただの取り越し苦労で、実は何でないのかもと思いたい。

 でも、少しずつ左手の感覚も薄くなってきている今、不安の方が大きくて、そしてなにより眠くて仕方がない……。


 ──もっともっとやりたいことはあったけどな……いや、この数ヶ月で沢山のことが起きて、貰い過ぎて欲張りになったか。昔は人と関わらずに生きてきたのに今は人恋しくて仕方がない。


 俺が見上げると、まだ涙を流すトラが俺を見つめ返してくる。


「ありがとうでしゅ。ここまでくれば一人で行けるでしゅ」


 ──たとえわたちがいなっても、お前はもう一人で歩けるでしゅ。お前は一人じゃないでしゅから大丈夫。

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