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限界は突然に

 短い打ち上げが終わって俺は、トラとひなみと一緒に帰る。


 歩きながらゆっくり入れ替わったときのことを話していく。


 雷が落ちて心春が動かなくなったこと。動いて欲しいと願い二度目の落雷でおそらく入れ替わったこと。

 記憶が飛んでいたが、ライブ中に笠置の歌を聞いて思い出したこと。


 トラは全く覚えていないらしく驚いた表情のまま、涙ぐんでいる。ひなみは難しそうな顔をずっとしている。


「入れ替わりが、心春ちゃんの願いから起きたとして、なんで右腕と、右足だけ不具合が起きてるのが関係あるの? 診断の結果不具合が起きてるのは確かだったでしょ?」


「全てすいしょく(推測)になりましゅけど、不具合が起きてるのはたしかでしゅ。わたちは元々この体に望まれて入った訳じゃないでしゅ。

 時間しぇいげん(制限)がある入れ替わりだったと思うんでしゅ。でしゅが、体に不具合が起きたことでその時間が早まったと考えてましゅ」


 ひなみの質問に答えると、ひなみは再び渋い顔になる。


「でもさ、体の不具合を治したらその時間制限も伸びるんじゃないかな? その間に解決策を探すとかできない?」


「やってみないと分からないでしゅけど、多分無理だと思ってましゅ」


 トラの必死な問いに俺は答えた後、右手を上げる。


「もう右手の感覚ないでしゅ。人差し指と中指は動かすこともできないでしゅ」


 中途半端に折れ曲がった指を見て二人が息を飲む。


「じゃあ今すぐ手術すれば!」


「もうちょっとだけ時間がほしいでしゅ。ちょっとだけやりたいことがあるでしゅ」


「だめだよ! 時間ないんだよね! 今すぐでもやるべきだ!!」


 声を荒げるトラに俺はびっくりするが、首を横に振って否定する。


「なんで! なんでそんなに他人事みたいにできるんだよ! ボクに体渡して、自分は死ぬかもしれないってのに、なんでそんなに冷静に話せるんだよ!! 僕は心春がいなくなるのって考えると怖いのに、心春は怖くないの!」


「うっさいでしゅ!! わたちだって怖いでしゅ!! 意味わかんないでしゅよ!!  でもどうしろって言うんでしゅか!! 知ってるなら教えろでしゅ!!」


 トラの言葉にカチンときた俺が言い返すとトラは涙をポロポロ流し始める。


「心春はいつだって、ボクのことばかりで、自分のことを考えなくて……バカだよ」


「なっ、バカとはなんでしゅ! お前に言われたくないでしゅ!」


 フンっと二人で顔を背ける。


 ひなみがやってきてポカリとトラは叩かれ、俺は頭をポンと叩かれる。


「時間ないんでしょ? こんなことしてる場合じゃないでしょ。心春ちゃん、さっき言ってた、やりたいことって手術を急ぐより大切なこと?」


 ひなみに言われ俺は大きく頷く。


「分かった。でも一回検査は受けてもらうからね。そこから予定通りの手術日までが心春ちゃんが使っていい時間にしましょう。それで二人ともどう?」


 ひなみの提案に俺は頷くが、トラは不服そうな顔をする。


「トラくんにも思うところはあるのは分かるけど、ここは心春ちゃんの希望を叶えてあげない? 少なくともここで喧嘩するのは間違ってると思うんだけどな」


 ひなみの言葉にトラは下を向いて涙を拭きながら頷く。


「じゃあ、仲良直りしてよ、話が進まないし、とりあえずお互いごめんなさいしよっか」


 ひなみに謝るように促され、トラが涙を溜めたまま顔を上げる。俺も謝らなきゃと思い右手を上げようとするが……


「……ひなみ、不具合が進んでも……時間は……欲しいでしゅ。多分本体はもうちょっともちゅ……」


「ちょっと、どうした!?」


 ひなみの焦った声がして、俺の視界は大きく揺れ、地面が目前に迫るとゴン! っと大きな音がして俺の視界は地面と空の境目だけになる。


 ひなみが今まで見たことないほど焦って、俺をのぞき込み必死で呼びかけてくる。

 アンドロイドだから頭打っても気絶しないんだな、とか冷静に思いながら、心配しなくていいと笑いかけると、もっと困った顔をされる。


「大丈夫でしゅ……、右足が動かなくなっただけでしゅかりゃ」


 ふわっと浮遊感を感じて地面が遠ざかると、トラの顔が近くなる。その顔は怒っているけど、どこか悲しそうな表情。


「お姫様抱っこをされる日が来るなんて、変な感じでしゅ」


「やっぱり心春はバカだよ!」


「なんとでも言いやがれでしゅ。おりぇはバカでいいでしゅ。お前もそう言ってたはずでしゅ。

 でもバカなりにやることはやるでしゅ、こりぇは意地でしゅ! なんの意味もないかもしりぇないでしゅけど、おりぇのやりたいことをやるでしゅ」


「……分かったよ」


 しばらく黙っていたトラが、ポツリと答える。


 そのとき、ひなみから連絡を受けた母さんと、夕華、楓凛さんが走ってやってきてタクシーに乗せられた俺は大学の研究施設へと運ばれる。



 * * *



 視界は良好。元々小さいからそんなに変わってないけど、流れるように進む。人から押してもらって目的地に行くのも良いものだ。


「こはりゅお姉ちゃん、乗り心地はどうですか?」


「快適で楽ちんでしゅ。夕華は辛くないでしゅか?」


 俺が後ろを振り返ると、夕華の笑顔がある。


「モーターアシストが付いてますし、本当は全自動で動くんですけど、でもここは私が押していきたいです」


「そうでしゅね、夕華に押されてもらってると嬉しいでしゅ」


 俺は車いすを夕華に押してもらって家の周りを散歩している。


 倒れたあの日、研究施設で検査をしたところ、右手右足への電気信号が流れていないことが分かった。だが、人間と違ってすぐに繋がなくても問題ないのがアンドロイドの利点であろう。

 電気系統に問題はなく、ショートの危険性もないし、頼んでいた部品も届くのにもう少し時間がかかるから予定通りの日に手術を行うことになった。


 母さんやトラ、四人娘なんかは不服そうだったが、俺には好都合だ。


 今日は十一月一日。手術が十日だから後九日の猶予がある。


「夕華、行きたいところがあるでしゅ」


「行くのはいいですけど、お母さんは良いと言ってるのですか?」


 ちょっと厳しめの口調で言う夕華。俺を心配してるのだろうけど声と表情に感情が乗ってることに、この子の成長を感じてしまう。


「ちゃんと許可とってるでしゅ。行く前に行き先を告げれば問題ないでしゅ」


「分かりました。では一旦家に帰ってお母さんに行き先を告げてきましょう」


 夕華に車椅子を押され俺の視界は流れだす。

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