アンドロイドも病院は嫌いなわけで
突然だが病院が大好きな人はいるのだろうか? 調子が悪くなったり、怪我をしたときに行き、診察や手術など怖いイメージを持っている俺は昔から嫌いだった。
そしてそれはアンドロイドとして生きている今も変わらない。不具合のある今、診察を受けなければいけないのは分かっているが、いざそのときが来ると怖いものだ。
まして自分の命がかかっているかもしれないと思うと尚更……
「心春ちゃん聞いてる?」
その声で我に返ると目の前には、心配そうな顔のひなみが俺を覗いていた。
「ごめんなしゃい、ちょっと考え事しただけでしゅ。3日後に大学の病院へ行くんでしゅよね」
「あってるけど……やっぱり不安?」
ひなみが俺をそっと抱き寄せると……
「うひゃあ!? なんで服の中に手を入れるでしゅ!」
「いやぁ~直肌の方が安心感が増すかなって」
俺のカットソーの下から手を入れてきて、全く悪びれていないひなみから跳び跳ねて距離をとり、ファイティングポーズをとる。
「もう、私と心春ちゃんの仲じゃん! いいじゃん!」
手をわきわきとさせ俺を襲わんとするひなみに、俺は服を押さえ後ずさりする。
「ダメです!」
そんな俺とひなみの間に手を広げ仁王立ちするのは夕華である。俺を変態ひなみから守るべく割って入ってきた夕華が頼もしく見える!
「ちょっとの間だけ2人っきりにしてほしいと言われましたから我慢してましたが、今のはダメです!」
「え~、ダメ?」
「はい、ダメです!」
ひなみ相手に一歩も譲らないといった感じの夕華。ちょっと離れたところではトラがどうしていいのか分からず、俺に目で訴えかけてくるが、来るとめんどくさいので無視しておく。
今は下校中、道端で待っていたひなみに呼び止められ今に至るわけだが、話の内容から俺とひなみだけで話をしたいと2人きりになったことが、少しご不満な様子の夕華。
いつも見せるホンワカした感じではなく、攻撃的な姿を見せる。
そんな夕華を見て、フッと小さく笑うひなみに嫌な予感しかしない。
「夕華ちゃん、あなたが心春ちゃんを好きなのはよく伝わるわ。でもね、あなたの好きではいずれ……」
ひなみがわざとらしく、視線を反らし地面と夕華を交互に見て、言おうか言うまいか思わせ振りな態度を取る。
話を切られた上に、思わせ振りなひなみの態度に、強気だった夕華に焦りが見え始める。
「いずれなんでしょうか! 気になります!」
そわそわし始める夕華をチラッと見たひなみは、再び目を反らしため息をつく。
「あ、あの、ひなみさま? 教えてもらえないでしょうか?」
懇願するように両手を握る夕華を見てひなみは、ふぅと息を吐いて今度は優しく微笑む。
「私もね、夕華ちゃんと心春ちゃんが仲良くしてほしいから教えてあげたいけど……う~ん、夕華ちゃんにできるかなぁ」
「やります! 私頑張りますから教えて下さい!」
女神のような優しい微笑みを夕華に向けると、母親が娘に物語でも読み聞かせるように夕華に語りかける。
「そうだねぇ、じゃあ、夕華ちゃんの好きなものは何かな?」
「こはりゅお姉ちゃんです!」
夕華即答!
「じゃあ好きなこはりゅお姉ちゃんが、狭い部屋で座っている夕華ちゃんの上から沢山降ってきたとしたら、夕華ちゃんはどうなるかな?」
「ん~、幸せですけど、物理的に潰れます」
「そう! 好きが沢山あると嬉しいけど、潰れちゃうの。よく考えて、部屋いっぱいのこはりゅお姉ちゃんに押し潰されてる夕華ちゃんを。
幸せかもしれないけど潰れて声も出せない、お話もできないし一緒に笑うこともできない。それは本当に幸せといえるかな?」
ハッとした顔の夕華が口許を押さえ後ろによろける。
「いい? 何事も距離感が大事なの。それも相手のことを考えて、お互いにあった距離感。夕華ちゃんはその距離感を学ぶと良いと思うな。
こはりゅお姉ちゃんも夕華ちゃんの好きをいっぱい貰いすぎたら潰れちゃう。それがどんなに良いものでもね。
それって勿体なくないかな?
せっかくの好きは適正な距離から優しく、ときに激しく、かと思ったら引き離してみたり、いろんな方法で渡してあげると良いと思うな。
どうかな? 今の説明で分かったかな夕華ちゃん?」
「はい分かりました! 私、ひなみさまのお話に感動しました!」
尊敬の念を送る夕華を前にしてひなみが、俺のもとへススッと近寄ると、服に手を突っ込もうとするのでバシッと叩き落とす。
「もっともらちいこと言って、なにやってるんでしゅ!」
「ん? 私と心春ちゃんの適正距離を夕華ちゃんに見せようかなと」
「ん? じゃねえでしゅ! 詐欺ちみたいなことちておいて、結局このオチでしゅか!」
「もう、夕華ちゃんの前だからって恥ずかしがってぇ~。いつも通りイチャイチャしようよっ!」
「むきぃーー! 適当なこと言いながら突っつくなでしゅ!! 誤解しゃれるでしゅ!!」
俺のほっぺたを突っつくひなみに、最大限の怒りをぶつけていると、俺の服がくいくいっと引っ張られる。
慌てて振り返ると、口をポカンと開けた夕華が俺をじっと見つめている。
「夕華? どうちたでしゅ?」
ポカンとした表情の夕華の顔が徐々に歓喜の表情へと変わっていく。
「初めてこはりゅお姉ちゃんが怒る姿を見ました!! 私、感激しました! ひなみさま」
キラキラした瞳でひなみの方を見る夕華。
「ひなみさまが教えて下さった距離感のこと学びます! 学んで、もっと色々なこはりゅお姉ちゃんを見たいです!」
夕華の言葉を受けて、どや顔のひなみを見てイラッとしながらも、あんまり文句を言うと夕華が変な方向に暴走しそうなので、グッと堪える。
「でさ、心春ちゃん。今から一緒に家に行きたいんだけどいいかな? 嘉香さんに話すこともあるし」
「お母しゃんに?」
「黙って心春ちゃんを連れて行くわけにはいかないでしょ。
ってことでトラくん、今から家に行ってもいいかな?」
ひなみに急に振られ、話が見えないトラは首を傾げつつも頷く。
「じゃあ行きますか」
右手に夕華、左手に俺を連れ歩くひなみはご機嫌だ。
……俺の右手を握ったとき、「歩くのゆっくりでいいからね」と然り気無く、耳打ちされた。
本当にこういうとこ……日頃変態のクセに……
握る右手に温もりを感じながら、家へと向かう。