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母と娘なわけで

 トラの持ってきた焼き菓子と、氷の入った透明のグラスが並ぶテーブル。


 虹花の持つ透明の急須から注がれる温かいお茶は、グラスの中にある氷を音を立てて割りながら急速に温度を下げる。


 それと同時に仄かにお茶の薫りが鼻に心地よく抜ける。


 そんな様子を楽しそうに見ていたトラが目を輝かせながら冷えた緑茶に口をつける様子を、虹花も楽しそうに見る。


「冷たい緑茶って初めて飲みました! 美味しいです!」


「それは良かったぁ。おばあちゃんがお茶屋さんだから、(うち)は貧乏だけどお茶だけは高級だから沢山飲んでね」


 虹花の自虐的な言葉に笑っていいのか分からず困った顔、ネコ顔になるトラ。


「えぇ~、そんな顔されると困っちゃうな。茶畑家における使いふるされた軽い挨拶なんだけど」


「そんな挨拶初めて聞いたけどっ」


 彩葉にギロリと睨まれ、誤魔化すように笑う虹花は指をパチンっと鳴らし彩葉を指差す。


「じゃあ話題変えようか、彩葉は虎雄くんのどこが好きなの?」


「なんでお母さんに言わなきゃならないのっ! そもそも話題の変える方向おかしいし!」


「えぇ~聞きたいなぁ。じゃあ虎雄くんは、彩葉のどこかが好きなの?」


「はい、彩葉さんは言葉は激しいですけど、ちゃんとボクのことを見てて、むぐぅ~!?」


「なにを真面目に答えてるんです! それに言葉が激しいって、然り気無くディスってるじゃないですかぁ!」


「そんなつもりは、ご、ごめんなさいいぃ~」


 トラの口を塞いで言葉を止めた彩葉が、そのまま片手でポコポコとトラの肩を叩く。そんな様子を虹花は笑みを浮かべながら見ている。



 * * *



 晩御飯までいて良いのにと言う虹花の誘いを断り、帰っていくトラを見送った後、後片付けをする彩葉に虹花が横から近づいてくる。


「どうしたの? 折角の休みなんだからゆっくりしててよ」


「う~ん、なにもしないのは落ち着かないというか。本当に晩御飯も彩葉が作るの? たまにはお母さんやるよ。それこそ折角の休みなんだから」


「いいよ、もう作るメニュー決めちゃったし、また今度」


「そっか。じゃあ、お言葉に甘えよっかな」


 そのまま立ち去らずコップを洗う彩葉の横顔を見つめる虹花。


「なに? ニコニコしながら見て。嫌な予感しかしないんだけど」


 口をヘの字にして横目でギロリと睨む彩葉を、虹花はニコニコしながら背中から両肩を掴む。


「彩葉が彼氏を連れて来る、そん日くるなんて、お母さん嬉しかったなぁ。


 虎雄くん、カッコ良いし、何よりすごく優しいもの。『彼氏とか作らないしっ! 結婚とかしないしっ!』って言ってた娘が惹かれるのも分かるっ」


「わっ、ととっとと」


 くいっと両肩を押され、泡がついたコップで1人お手玉をする彩葉はなんとかキャッチして安堵のため息をつく。


「言っとくけど、付きあってはいるけど、その、まだ好きとか……まあ、好きでもそのなにして良いかよく分かんないし。

 一緒にいれば、まあ……良いかなって感じの関係だから」


「へぇ~良いじゃない。お母さんもそうやってゆっくり愛を育んだ方が良いと思うよ。経験ないからよく分かんないけど」


「もぉ~、ちょいちょい答えにくいこと言うのやめてよ。さっきもトラ先輩困ってたし。って、体重かけないでよ、倒れるしっ!」


 寄りかかってくる虹花を背中越しで怒る彩葉だが、ぎゅっと抱き締められ言葉を止める。


「お母さんね、彩葉は本当に恋なんてしないんじゃないかって、人当たりは良いけど壁を作る彩葉が、素の自分を出せる人に出会えないんじゃないかって、本当に心配だったの。


 お母さんのせいで、彩葉も好奇の目に晒され、心ない言葉を言う人もいた。だから彩葉に好きな人ができたって……本当に良かったって……


 でも……


 あのね……」


 言葉に詰まる虹花に、彩葉は自分の肩に置いてある手の上に頬を置く。少し重くなった空気を感じ取って彩葉は前を向いたまま口を開く。


「私たちが付き合って、お母さんのことで周りから何か言われるんじゃないかって心配?」


 ビクッと小さく身を震わせ、虹花を包む空気が張り詰めるのを背中越しに感じる彩葉は、視線を泡だらけの自分の手に向けてちょっぴり笑う。


「たぶん大丈夫。トラ先輩だから」


 虹花は沈黙が続くが、一瞬で空気が柔らかくなる。


「……すごい信頼してるのね」


「信頼なのかなぁ? トラ先輩ってびっくりするくらい表裏がないんだよ。泣くのも笑うのも、心配するのも本気なんだと思うんだ。


 家の事情話したときもそのときは聞いてただけど、なんて私に言って良いかをずっと考えてたみたいで、出した結論がさ、


『ずっと考えたけど分からない。だから一緒に考えてほしい』


 だよ。意味分かんないでしょ」


 わざと怒ったような口調で言う彩葉を、虹花はおかしそうに笑う。


「でもさ、人によるかもしれないけど、私はそう言ってもらえて嬉しかったかな。守ってやるとか言われるより、トラ先輩らしいと言うか、私を頼ってくれるし一緒にいてくれるんだって感じたんだよね。

 ……お母さん?」


 そこまで言って後ろで虹花が震えていることに気がついた彩葉が、心配そうな声を出すと、突然両頬をムギュっと押し潰される。


「ふふふ、彩葉さっき好きとかよく分からないとか言ってたけど、好きじゃん! 彩葉がそこまで言うなら大丈夫! じゃあじゃあ虎雄くんのこともっと教えてよ」


「むぐぅぐぐ、|しゅぐちょうちににょるんだかりゃ!《すぐ調子に乗るんだから》 |かあしゃあんにょこと、《母さんのこと、》|しんぷあいしてえいっちゃにょにぃ!《心配して言ったのにぃ!》 みょういわにゃい!(もう言わない!)


「ごめん、ごめん、彩葉の気持ちは伝わったよ」


「ホントに? なんか信じられないんだけどっ」


 手を上げて降参のポーズを取る虹花を彩葉が睨むが、すぐにプイッと首を振り前を向くと無言で洗い物の続きを始める。


「ごめんね、機嫌直してよぉ。お母さん虎雄くんのこと聞きたいなぁ~」


「やだっ、教えないし」


 母と娘のやり取りは遅くまで続く。それは賑やかに楽しそうに。

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