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俺は最新でお前はかつての俺なわけで ~心春な日々~  作者: 功野 涼し
8月 ~夏休み~

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心春は心春で、トラはトラなわけで

 トラの部屋には椅子が3脚ある。以前は2脚だったが、夕華が来て1脚増えたのだ。


 トラは自分の机にある椅子に座り、俺と夕華が並んでトラと向かい合って座る。

 トラがゴクリと唾を飲み込むと、意を決したのか俺らに視線を向ける。


「ボク、好きだって気持ちを伝えようと思う」


 トラの発言に「まあ!」と夕華がほんのりとうっとりした表情を見せる。


「ちゃんとしなきゃって、誰も傷付けたくないって思ってたけど、今のままでも誰かを傷付けるんだって分かったから」


「そうでしゅか。そこまで決心したなら、後は自分でやるしかないでしゅ」


 俺の言葉にトラは力強く頷く。


「トリャお兄ちゃん。私はこのような人と人の恋愛模様において、告白をする。

 いわゆる友人から恋人へと関係が変化をしていく! そんな過程のスタートとも言える瞬間に立ち会えることに感動しています!

 告白を決意する! とても凄いことだと思います!


 トリャお兄ちゃん頑張ってください!」


 身を乗り出して若干興奮気味な夕華が、両手の拳をグッと握り締めトラを応援する。

 トラは額を掻きながら照れながらも首を横に振る。


「ううん、凄くないよ。夕華が言ってくれたよね。待たせることはみんなを傷付けるって。

 そして來実さんにも同じこと言われたんだ。それでやっとだよ。やっと言おうって思ったんだ」


 自分の言葉を噛み締めるように言うトラを見て、僅かだが何か吹っ切れたような感じを受ける。

 突然生まれてきて、自分が原因とはいえ、女の子たちに真摯に対応しようとしているトラはよくやっていると思う。


 好きという気持ちの意味も分からなかったろうに、相手の気持ちに応えろと言われ、自分を見つめ、出した結論を今伝えようとしているトラ。

 本当に凄いことだと思う。


 俺も覚悟を決めないと。


「夕華、トリャは今男として、大きく成長しようとしてるでしゅ。

 こういう大事な物事の前、我が家の夕食は、ハンバーグになるでしゅ。

 お母しゃんに、今晩はハンバーグにしてほしいとお願いしてきて欲しいでしゅ」


「そうなのですか!? 梅崎家における(いくさ)の前に振る舞われる、勝どき飯というものでしょうか?」


 夕華の言うことが合ってるのか分からないが、適当に頷くと夕華も頷き、部屋を出てハンバーグを頼みに母さんの元へと行く。

 それを見送った後、然り気無く話しかける。


「トリャ、元に戻る方法は見付かったでしゅか?」


「え、あ……全然分からないんだ。ごめん」


 トラの表情が大きく曇る。単純に方法が見付けれないことへの負い目もあるのだろうが、それ以上に違うものがあるのを感じてしまう。


「トリャ……」


 決心はした。でも、いざ言おうと、言葉にしようと思うと言葉が詰まる。言ってしまったらもう後戻りはできない。

 ひなみには言ったが、本人に言うのは重さが違うことに今さらながら自覚する。


 死ぬわけでもないのに、小さい頃の記憶が甦り走馬灯が過る。

 最後に來実の泣いた顔を思い出し、自分の手を見る。


 グッと握る。


 俺の意思で握られたこの小さな拳は間違いなく俺の手であること今一度認識し、大きく息を吐くような間を取ると、意を決してトラに向き合う。


「トリャ、元に戻る方法は探さなくていいでしゅ」


 俺の言葉に目を丸くして驚くトラ。


「そ、それはどういう意味……」


「意味もなにもそのままでしゅ。わたちは、こはりゅ、お前はトリャとちて、これから生きていくでしゅ」


「なんで! なんで? この体は心春の、マスターのもので、ボクは……」


「お前、自分がこはりゅだと思ったことないでしゅよね?」


 胸を押さえ強く主張してくるトラの言葉を遮る。


「お前はこの体に戻りたいと思ったことありましゅか?」


 沈黙するトラに俺は言葉を続ける。


「べちゅにトリャを責めているわけではないでしゅよ。お前は生まれたときからその体なんでしゅから、仕方ないでしゅ。


 わたちは、お前を生み出した。しょの結果こうやって入れ替わったのも何かの運命でしゅ。原因を知り元に戻るより、お前を慕ってくりぇた女の子の為にも戻ることはやめる、そう決めたんでしゅ。


 トリャお前は、梅しゃき トリャおとして、これから生きていくんでしゅ。そして女の子に想いを伝えた後も、ずっと一緒にいてやれでしゅ。

 お前が想いを伝える相手なんでしゅから、ずっとお前じゃなきゃ意味ないでしゅから」


 俺を見つめ一言も言葉を発しないトラ。


 俺は椅子から降りるとトラの手を取る。


「わたちの願いは、トリャが人として幸せに生きてくれることでしゅ。

 しょれが、マシュターとして、わたちの最後の命令でしゅ。


 お前は自由に生きるでしゅ。


 だから、今からわたちは、梅しゃき こはりゅで、お前は梅しゃき トリャおでしゅ」


 トラの手を離すと、俺はどうしていいか分からないといった表情をする、トラの額をペチッと指で弾く。


「もちろんわたちも自由に生きるでしゅし、これからも、トリャに文句を言い続けるでしゅ! トリャは頼りないからビチビチ指導していくでしゅ! 覚悟しやがれでしゅ!


 ……だから、お前が幸せになる姿を見せて欲しいでしゅ」


 目に涙を溜めるトラは、ゆっくりと力強く頷く。


「分かったりゃ、お前の意中の子になんて言うか、しょして他の女の子にも、ハッキリと伝えてやるのがお前のやるべきことでしゅ。

 人間、トリャとしてしっかりやってこいでしゅ!」


 何度も頷くトリャの頭を軽くペチペチ叩く。


「じゃあわたちは、夕華の様子を見てくるから、トリャは自分で考えて動くんでしゅよ!」


「分かったよ」と頷くトラを部屋に置いて、俺は2階の廊下に出る。


 ゆっくりと廊下を歩く俺の視界がボヤけ、頬を涙がつたう。


 覚悟はしていたけど、元に戻る希望を自ら完全に打ち消した俺に、表現しようのない不安が襲いかかってくる。


 これから自分の生き方、アンドロイドとしての人生を本気で考えねばならない……そして痺れる右手が不安を煽ってくる。


「でもやるんでしゅ、戻らないって決めたんでしゅ。

 この体にトリャが入らなくて良かったでしゅ、あいちゅがくりゅしむ(苦しむ)姿見なくて良かったでしゅ……。

 しょもしょもこんな風にちゅくった、わたちが悪いんでしゅから」


 自分に言い聞かせ、痺れの取れた右手で涙を拭うと手摺を持って1階へと下りていく。

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