第2話 笛の音の響く丘から
エバンの町の近くに小高い丘があった。
そこから、夕暮れになると笛の音が聞こえるようになった。
その美しい調べは悲しみを乗せて、沈む夕暮れの町の中を流れた。
町の人々は、それが誰が奏でているのかを知っていた。
彼らは彼女に憐憫の情を覚え、ただ静かに、その美しい音色に耳を傾けた。
* * *
太陽が西に沈むのを見届けて、ナオはその手に持つ横笛から口を放した。
星の瞬きを背にして、独り、丘を下りる道を進む。
「ラルフ……」
勇者達と別れてから一か月が経った。
ナオの彼らを追うことができなかった。
拒絶の言葉が脳裏から消えず、彼らを追おうとすると、足が震え動けなくなった。
「みんな……」
町から去ることもできなかった。
もしかしたら、あの出来事は嘘であって、彼らが戻って来てくれるかもしれないと、そう考えたから。
最初の一週間は宿の部屋の中に籠っていた。
次の二週間は、町の出入り口である門の傍らに立ち尽くしていた。
最後の一週間は、ラルフに褒められた曲を、辺りが見渡せる丘の上で吹き続けた。
そして、何も変わらなかった。
カサリと落ち葉を踏んで歩くナオの足取りは、とても疲れたものだった。
「いつもごめんね」
道の傍らに一人の男が立っていた。
十六歳のナオよりも三つ年上で、町で冒険者をしている剣士の青年。
「前にも言ったが、ここら辺には狼が出る。君のような少女が、ましてやこんな時間にくるべき場所じゃない」
名前をロバートと言い、ナオが泊まっている宿屋の夫婦の次男だった。
「ありがとう。でも本当に心配しなくて大丈夫だよ。これでも私、勇者様の私部隊に居たんだからさ」
ナオが丘で笛を吹くようになってから、ロバートはいつも帰り道で彼女を待っているようになった。
「……よかったらだが、俺達の私部隊に来ないか?」
「私が?」
「ああ」
隣を歩くロバートは、ナオより頭二つ分も背が高くて、彼女には彼の表情を見ることができなかった。
しかし彼のぶっきらぼうな声には、確かに心配する響きがあった。
「魔法が使えるのだろう? こうして腐って腕を錆び付かせるのはもったいない」
「そうだね……」
町の門が見えて来た。
空には優しく輝く月が出ている。
ナオは空を見上げた。
これまでの旅で、いつも眺めていた、大好きな星空だった。