第17話 魔族
陽の光を閉ざす曇天からは、途切れる事無く雪が降り続ける。
不毛の大地は白く閉ざされ、生き物たちの息吹は極寒の中に凍り付いていた。
その中に立つ城塞都市は、人類の対魔王の要衝として作られた。
戦火の中を五年の月日耐え、不落の城と呼ばれ人類の希望とし語られていた。
「何とか落とせたな」
「そうね」
それも昨日までの話。
今、この城塞都市の中に彼ら以外の人影は無い。
崩れ落ちた城の瓦礫の上に佇む、鎧姿の人間の男と軽装を纏ったエルフの女。
「時間を掛け過ぎたわね。こんな事なら私達が最初から来ればよかったわ」
「そう言うな。兵士の損耗と時間の消費の問題は、ここに敵の戦力を集中させ、英雄共ごと墓場にできた点でバランスが取れている」
「そうだけどさ……」
「お陰で他の盤面を進める事ができた。勇者の進行状況を考えれば収益は最大になったと考えるべきだろう」
「あ~もう、難しい事は解かんないわよ!」
タンッと瓦礫の上からエルフの女が飛び降りた。
それに人間の男が問い掛ける。
「何処へ行く積もりだ?」
「勇者を討ちに! もう殺ってもいいんでしょう?」
雪に埋もれた無人の道をエルフの女は去って行った。
「拙速は慎むべきだが、彼奴の力ならば問題無いだろう」
勇者の力は脅威だ。
しかし、まだ今の勇者の実力ならば、彼奴《エルフの女》にさえ及ばない。
更には密偵より、勇者はあの神器使いを私部隊から切り捨てたとの報告を受けている。
(今あの青年に侍る者達は、果たしてあの恐るべき少女の代替足り得るか?)
騎士と僧侶、そして魔法使いの女達。
実力と出自は共に一流であり、冒険者として考えるならば、最高の人材であろう。
彼女達の背後に立つ者達は謀略を巡らし、その水面下で矛を交えているという事情もあるが、高位の権力者であるが故に、万全のバックアップを勇者は受ける事ができている。
しかし、だ。
人の争いにおいてはそれで十分なのだろうが、彼らが戦うのは我々《《魔族》》だ。
「その濁り切った欲望の計算が、お前らの敗因となるのだろうな」
人間の男が跳躍した。
それは虚空の長い距離を一瞬で翔け抜け、城壁の外へと彼の足を着地させた。
人間の男が鞘から剣を抜く。
それは透明な、赤い氷でできていた。
「フンッ」
剣が虚空を薙ぎ、衝撃波が走り、瓦礫と化した城塞都市を呑み込んでいった。
白い雪に覆われた大地の中に、土の剥きだした荒野が現れた。
それに背を向けて。
人間の男はエルフの女の後を追った。