第12話 勇者私部隊 一
宿屋の自室から廊下に出たラルフは、そこに仲間の一人が居る事に気付いた。
「あ、ラルフ殿。これから湯浴みに向かうが、一緒にどうだろう?」
槍使いの女騎士であるミルドレッドは、頬を染めながら、そうラルフに声を掛けた。
「結構だ。それと俺はこれから少し剣を振りに行く。帰りは遅くなると他の皆には伝えてくれ」
「あ、ああ。分かった」
悄然としたミルドレッドを振り返る事も無く、足早にラルフは去って行った。
ドンッと、彼女の右拳が壁を叩いた。
「クソッ、今度も駄目か。あいつには本当にキ〇タマが付いているのか?」
ミルドレッドがラルフを誘ったのは、これが初めてではなかった。
隙を見て幾度となく、それこそ彼女が勇者私部隊に入ってからずっと、ラルフの事を誘惑していた。
「それとも男色の気か? 勇者ともあろう者が、騎士団の愚物共と同じだとでもいうのか?」
ミルドレッドは容姿に自信があった。
国に居た頃は、女で騎士を務めながらも、言い寄って来る男が絶えることはなかった。
「ホント、オークのような女ね」
「……フローレンス、殿下」
勇者私部隊の魔法使いである、この国の第一王女。
「毒入りのエサを食べないのは、流石は勇者様といった所ですね~」
女司祭のルシールがクスクスと笑う。
ミルドレッドは殺気を込めた眼で、射殺すようにして彼女達を睨み付ける。
「ミルドレッド・メルタリエ近衛騎士。それは自国の王女に向けるようなものではありませんよ」
「…………。失礼っ、致しました」
フローレンスに背を向けたミルドレッドは、自室のドアを開けて、その中へと消えて行った。
「勇者の仲間であるという自覚が無いのは困ったものですね~」
のんびりと語る女司祭。
「あなたも同類でしょうに。いえ、むしろえげつなさは上かしら?」
「あらあら、心外ですね~。殿下にそんなことを言われるとは~」
細い目が開き、覗いた赤い目が王女の方へ動く。
「あの、何と言ったかしら~。少しだけ魔法が使える、黒髪の端女~?」
「ナオよ」
「そう、それ~。あの町に捨てようと言ったのは、フローレンス様じゃないですか~」
クスクス。
「まあ所詮は有象無象の無力な女~。必死に甲斐甲斐しく勇者様を支えてきても、王族に割り込まれれば敵いませんよね~。本当に可哀想~」
「……ラルフも承知したことよ」
「そういう所、流石は『貴き血』を持つ方ですよね~。私のように清い信徒や無知な平民では、逆立ちしても勝てませんね~」
フローレンスの視線に会釈を返し、ルシールもまた、自室へと下がって行った。
「政局で送り込まれた人材だから、仕方ないと言えば仕方ないのだけど」
ミルドレッドとルシールも、騎士や僧侶としての力量は及第点だ。
見目も良いので、魔王征伐への宣伝としては役に立つ。
しかし彼女達の、非常に良い表面とは逆に。
その裏にはびっしりと、貴族や教会のドス黒い思惑がこびり付いている。
「私も他人の事を言えないけれどね……」
忘れてはならない。
私達は決死隊だということを。
取らぬ狸の皮算用ばかりして、いつもの様に謀略を繰り返していれば、待っているのは破滅の運命だということを。
「少し伝手を当たってみますか」
大切なのは勇者だけであり、私部隊とは、交換可能な備品の総称でしかないのだから。