第一章 悪夢《ナイトメア》の序幕-8-
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すると青嵐は秀一の心中を読んだように秀一に向けて微笑した。
「君が考えてること、それを話せば長くなる。聞いてみるかい?」
秀一は頷いた。それを見て青嵐は話を始めた。
「この世には、三つの世界がある─」
仙人の住む『仙界』、人間が住む『人界』、そして死者や魔物が住む『泉界』という世界である。
「この三つの世界は長い間、互いにいがみ合い、だいたい対等の力で張り合ってきた。だけど一方では、頼り合い、支え合って存在してきたんだ」
仙人が死ねば人界へ魂が転生し、人間が死ねばその魂は泉界へ流れる。そして最後に泉界の死者は仙界へとその命を落とす…。三界はこのようにして繋がってきた。
「それが近頃になって、崩れ始めたんだ……」
泉界の者は人界を侵略しようと考え、仙界の者は泉界の者を『汚れたもの』と決めつけ『退治』と称する虐殺を行う。
人界では遺伝子操作による不老不死の研究が、非人道的に行われるなど、三分鼎足の均衡が揺らぎ始めたのだ。
「そのきっかけが何かは分からない。だけど、崩壊はどんどん大きくなってきている…」
憎しみが憎しみを呼び、さらに残虐な行為がひどくなった。そのため、崩壊は加速し続けているのだ。 秀一は、自分が魔物に襲われたわけをようやく知った。
「長く安寧にあった世界はバランスを立て直す術を知らない。だからかもしれないけど、三界は互いに破壊を続けている。」
そこで青嵐は少し息を付いた。そして、ゆっくりと、しかし明確に言う。
「…私たちは、最近その崩壊に気付いた……。そして、均衡を何とか保つために、均衡保持集団『霧雨』を立ち上げ、行動し始めた」 このままでは、大勢の生命が犠牲になる。青嵐は何としても、それを避けたいのだった。
「そうやって犠牲になって死んだ魂はどの世界でも落ち着けなくて……転生するのにすごく時間がかかるから……。」
青嵐は少し哀しそうに目を伏せた。何か思い出もあるのかもしれないが、すぐに視線を元に戻す。
そして、真っ直ぐに秀一の目を見た。
「だから。私たちの仲間になってくれないか。─『霧雨』の仲間に。」
秀一は断れなかった。─否、断らなかった。
「はい」
秀一ははっきりとそう答えた。
青嵐の顔に再び笑みが戻った。次いで右手を差し出す。
「よろしく。秀一君だっけ…?霞って呼ばせて貰うよ」
秀一は右手を差し出…………そうとして動きを止めた。
「……はい?」
「だから、霞…。どうしたの?」
「はじめにちゃんと『秀一』って呼びましたよね」
「なにが?霞。」
「…何でそうなるんですか。ふつうに秀一と呼んでくださいよ!!」
「何で悪いんだい。君の名字、霞持から一文字とったのさ」
「いや…分かりますけど」
「なら、いいじゃないか」
「よくないです。『カスミ』って響き、ムリです」
「名前だけじゃなくて姓も大切にしないとだめじゃないか。それでも日本男児か、君は!」
「意味不明です!!」
青嵐はシリアスな話を終えた途端に、いつもの様子に戻ってしまった。
秀一には、この様子からして先が長いように思われるのだった。