第二章 働かざる者、食うべからず-8-
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「青嵐さん、動物にも魂はあるんですよね」
「あるよ」
「動物の魂も転生するんですか?」
「うん、する」
青嵐は素っ気なく答える。だが、秀一の話を真剣に聞いていた。だから何か、などと聞き返したりもしない。
「じゃあ、この玄狗も…」
「勿論」
秀一はほとんど消えかかっている玄狗を見つめた。
酵素によって分子まで分解された体細胞は、この吹雪の中で吹き飛ばされつつあるのだ。
そして、もう一度青嵐に向き直る。
「この玄狗の魂は、やはりすぐには転生できずに彷徨うのでしょうか?」
「……」
今度は青嵐は答えなかった。それを是と取り、秀一はゆっくりと自分の掌に視線を落とす。
「俺が…殺したから…?」 信じられない事だった。(また、自分のような憎しみを呼ぶかも知れないのに…。)
「秀一君…」
厳が呟いた。その呟きの続きのように、今度は青嵐が口を開く。
「君は食事をするだろ?」
「…?」
突拍子もない発言に、秀一は瞠目する。
「食事。それは他のものを殺すこと。けど、そうじゃないと、生きていけない。そういうことさ…」
青嵐は相変わらず激しく頬をたたく雪に軽く舌打ちし、話を続けた。
「今回もそれと同じように、人間はあいつに対して為す術がない。…このままだったら、あいつ一体のためだけに街一個が消滅したっておかしくなかったんだ」
「……。」
秀一は何も言うことができなかった。
「食事と同じ……これは生命を繋ぐためにやらねばならない事だ……」
「…仕方がないという事ですか?」
「違うね。それは『自己正当化』。『やらねばならないこと』は『摂理』」
「……?」
首を傾げる秀一に、青嵐は微笑した。
「フフ…。わからなくていい。こんな事が今すぐ理解できたなら、君は高校生ではない」
その言葉に、秀一はさらに混乱する。それをよそにして、青嵐は独り言のように言った。
「まあ、『食事』のために死んだ魂なら通常通りに転生するよ。そうでなくとも、あの玄狗は人間を喰うという欲望のために飼い主である『仙界人』に従ったんだから。罰が当たったと言えば、そういうことになるんじゃない?」
「飼い主…?」
「そう。厳が言ったじゃないか。玄狗はイヌだって。あいつらは自分で人界に侵略しようなんて考えない。元々は純粋な生物だ。こんなところに来たなんていうことは、飼い主がそう言ったからとしか思えないんだよ…」
「……。」
「まあっ…とにかく、君は成長したねぇ」
青嵐が急に話題を変えた。秀一は付いて行けずに思わず聞き返す。
「…はい?」
「いや、だから、一昨夜より格段に進歩したと言ってるんだよ」
「はぁ…?」
すると、今まで黙って二人を見守っていた厳がふふ、と笑って口を挟んだ。
「そうですよ、秀一君。今回、触手に刺されそうになった時は諦めたじゃないですか。」
「……え?」
「一昨日は、あれに刺されるショックを待っていた感じじゃないか」
「それに比べれば、えらい進歩というものですよ」
「…ああ!!」
確かに、前回は刺される衝撃を勝手に想像して逃げることをやめたが、今回は触手が刺さりそうになる寸前まで、触手が引っかかったコートを何とかしようとしていたのだ。
(…進歩…)
それは秀一にとって未知の言葉だった。
(もかしたらあれが…)
あの夜の悪夢が、成長に繋がったのではないだろうか…。
「行くよぉ」
思案する秀一に青嵐が声をかけた。
「はい」
秀一は返事をして、歩き出す前に玄狗の方を振り返った。
…そこにあった巨体は今や完全に姿を消している。風が、完全に分解された体をどこかへと運んでいったのであろう。
「お…」
前方から人が歩いてきた。犬を連れている。
「今度は完全に人だよー」
「散歩でしょうね。マナーのいい飼い主だといいですね」
青嵐と厳は先刻の様子をほとんど感じさせない、のんびりとした口調で言い合った。
「危なかったねぇ。人に見られたらいけないし。……うわっ…、寒」
青嵐は寒さを思い出したようだ。秀一は歩き出した。すると、足下にきゅっ、と音を立てる物があった。「あれ」
いつの間にか、雪が積もっていたのである。
「早く帰ろうよー」
「はいはい」
「今行きます」
再び顔色が悪くなり始めた青嵐に急かされ、三人は元の道を辿ったのであった。