第二章 働かざる者、食うべからず-4-
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「これは、君が出会った魔物と同じ特徴なんだよ…」 青嵐は真剣な面もちで言う。
「!?」
「いいですか、秀一君。私は昨日少し言いましたが、『怪物』と『魔物』は違います」
驚いた秀一に厳が解説を始めた。
「『怪物』とは得体の知れない生物全般を指します。我々の専門用語ではヒトに害を及ぼす未知の物質や物体を指すこともありますが、『魔物』はもっと狭義です」
「……」
「『魔物』とは、泉界にすむ動物だと思って下さい」
厳によると、泉界に住む動物は、厳しい泉界の環境で生き延びるため、身体を変化させる以外に様々な能力を特化させてきたらしい。
その能力を身につけた物を『魔物』と呼ぶそうである。
「秀一君が襲われたあれはゲンコウ、という魔物です」
(元后、原稿、言行……?) いろいろな漢字を思い浮かべる秀一に、厳が『玄狗』という文字を書いて見せた。
「玄狗…?」
「そうです。玄は黒い、狗はイヌ、という意味です。その名の通り、玄狗は泉界人にとって犬、つまりペットのような存在です」「…あれがですか……?」秀一は今更になってうんざりした。
「いえいえ、そうおっしゃらないで下さい。仙界の人にとってはこちらの動物もそのようなものらしいですから」
とはいえ、納得できなかった。…というよりも、したくなかった。
「すいません…話を続けてください」
「ええ。…玄狗の性質は、触手で吸い込んだものの性質を自分の体で具現化できることです」
秀一は、玄狗に遭遇したとき、はじめは人型であった。吸い込んだ人間をかたどっていたのであろう。
厳の予測では、秀一がであったその玄狗は、変化した人型からして霜置に現れた個体と同じだろうということだ。
「…もう一つは、これは特徴というべきでしょうが、─玄狗は変温動物なのです」
ただし、人界の変温動物と違うことは、いくら体温が高くなっても、逆に低くなっても活動することが出来ることである。
そのために、玄狗の体温は周囲の気温とほぼ同じらしい。
しかし。
「玄狗は自分の体温は低いくせに、一定間隔で周囲に高いエネルギーを放っています。そのため、空気が摩擦によって温められるので、一瞬ですが周囲の温度が高くなります」
(それであのような図に…。……?………!!
秀一はあることに気付いた。
「ということは……!!」
「そうです」
玄狗が出現した可能性が高いということだ。
「霞ぃ、厳ぃ!!新しい情報がきたよっ」
そけに、いつの間にか何かの作業をしていた青嵐が焦燥を隠しきれずに二人に声をかける。
「…霞って呼ばないでください!!」
秀一はしっかりと主張しながらも青嵐に視線を向けた。
「今度はジャミングが入らなかったから割と静かにきたよ…ほら」
青嵐は液晶の画面を指す。
「これは…」
玄狗の静止画であった。「この地区担当の調査班が撮影した…」
青嵐が困ったように言う。「…早く行かなければなりませんね」
厳が顔をしかめて言った。
「なぜですか?現地に任せればいいのでは…」
秀一は常識を口にしたのだが、青嵐は首を振る。
「いいや、それは今のところ無理なんだ」
そして厳が補足する。
「そうなんです。設備の関係で…。対魔物物品って、意外と貴重なんですよ。順次、揃えてはいるのですが…」
そういった類の物は、仙界から輸入(?)しなければならないらしい。
「皮肉にも、仙界は魔物虐殺のおかげでそういう物が発達しているんですよ」 厳は苦虫をまとめて噛み潰しながら言った。
三界の均衡の保持に、三界の均衡を破壊するための道具を使用せざるを得ないのは、まさに皮肉なことであった。
「行こう」
青嵐が言った。
「はい」
「ええ」
秀一と厳は口々に頷いた。