あーちゃんの為に。
「む? さん付けなんて無くても構わないぞ! 俺の事は、あーちゃんと呼ぶなり!」
千衿のさん付けに、キョトンと小首を傾げて瞬きを分かりやすく数回し、首を左右に振ってからニカッと八重歯を見せる愛らしい笑みをして容姿を褒められたからか先程とはうって変わり明るい無邪気な声音で堂々と告げる。
「あーちゃん? ...お、おう。そう呼ばせて貰うぜ! あーちゃん、助けてくれてありがとな......流石に2度も霊体とは云え轢かれたくなかったし」
幸い即死だった為に痛みはないに近く、強いて云うならガンと頭を盥か何かでぶつけたような痛みか何かが破裂した強烈な痛みが駆け抜け堪えきれずに意識が途絶えたので、一瞬しか感じていない。ただ、もう自分が死ぬ間際の光景は見たくない。迫り来る車は気付いた時には目の前で避けることも出来なかった。
否、避ける意思もなかったが、自分の死に方がショックで軽くトラウマになっているからか。2度轢かれるなる前に助けてくれたことに礼を云う。
「そう思うのは、死んだ原因だから当たり前! 危うくお前、消滅する所だったぞ! 転生出来ないまま!」
魂はまともで良かった。と云うように何度も頷いてからくぱっと口を開けてハキハキと喋る暗羅は、そうだ!と怒っていた事を思い出したのか、少しムッとした表情で千衿の事を指差して真っ直ぐ見つめながら口にし、千衿が喋る前に深呼吸をしてから
「お前の魂はお前のものでもあるが、他のもののでもある! だから、猪突猛進しちゃ駄目なり! 特に死因で2度あると魂が消滅してしまうから余計!」
その場をぴょんぴょん跳ねて、怒っていると全身で表現しているが、容姿が容姿なので怒っていると分かっていても、微笑ましいと云うか和んでしまい、思わず笑みが零れる。
そして、和んでしまいながらも暗羅を見て自分は地獄逝きなのだろうな。と感じる。見た目は可愛らしいが鬼の角が頭に生えてる。ただそれだけで地獄だと連想してしまうのはそう云う類いの本を読んでいたからだろうか。
死んで何処に逝くのかも分からず、死んで本当に幽霊になるのかも分からなかった。だから、わざわざ迎えに来てくれるのは助かる。
それに、人の想像の産物だと思っていた類いが死んでから見え、実際すると分かったから何と云うか嬉しい。妖が居たら楽しいのに。妖が居たら頑固な人、融通が利かない人や視野が狭い人も少なくなるのに。と平凡で代わり映えのしない日々にさよなら出来るのに、実際は居なくて、見えなくてって云う不思議な事。否、其れが無くても何か自分が人とは違う何か特化したものが1つでもなればと何度そう思ったのか、分からない。
ついてなくてつまらなくて楽しいと思う時よりも人生に失望した時、俺なんて居なくても良いんじゃないかと思う時の方が多くて何度消えたいと思ったか。
千衿の笑みを見てか、怒る気力。否、笑う姿に安心したようで
「これでも、怒っている! だが、魂が無事で良かった! 安心したから、怒るの御仕舞いにするなり!」
暗羅は、先程とはうって変わり晴れ晴れとした顔で、千衿の笑みを見たお陰かとても良い笑みを向けると、千衿の隣にちょこんと座って再び口を開けば
「俺は、見ての通り鬼なり! 常世からお前、迎えに来た! 転生か生まれ変わることが出来るぞ!」
「え? ....転生出来んの?! 否、本来なら喜ぶ所だと思うけど......あーちゃん」
暗羅の言葉に千衿は、予想外だったのか間の抜けた声を出し、驚くが、直ぐ様声に淀みが出来る。何より自分が転生出来るなんて思ってもみなかったからか、その事に驚くものの。生まれ変わる。もう1度人生をやる転生はあまりにも喜べない。人生を謳歌していない。寧ろ散々だったからか生まれ変わってとか転生してもう1度やり直すぞ。という風にはなれず、暗羅の良い笑顔を見たからか言いづらそうにか細い声で遠慮がちに呼ぶ。
「お前が、生まれ変わるのも転生したくないと云うのも知っている! 分かっている上で迎えに来ている! だから俺、お前に妖になるのお薦めするなり!」
か細い声で云われて数秒沈黙し、千衿を見る目は分かっていると云う。分かっている上で断られる覚悟で来た。と云う強い意思を感じる。そんな眼差しのまま強く何度でも分かっていると告げて。それから、真っ直ぐ千衿の目を見てから今迄で一番はっきりと堂々たる物言いで話す暗羅。
真剣な顔。真剣で強い意思を感じる顔を見るのは初めてだ。死ぬ前。否、生きている間に強い意思が感じるような顔を見たことがなかった。あってもテレビでしか見たことがなく、間近で生で見たためしがない。必死でとてもじゃないがもう転生したくないと云えなくなる。躊躇ってしまうなんてあるのだろうか。けれど、
「何でっ、何で知ってんのに! したくねえって分かってるのに....何で来たんだよ!」
まるで俺の為に来たような感を、何でお前には関係ねえだろ! そんな言葉が喉まできて押し殺す。俺の為に来るなんてない、云われてきたに違いないと何処かで分かっている。暗羅もきっと誰かに云われてきて連れてこないといけないだから関係なくはない。と分かっている心の何処かでは。
口から出た言葉は悲痛交じりの、どろどろした感情で上手く言葉にならない。転生はしたくはない。生まれ変わるなんてもっと嫌だ。だって、恵まれるのかも恵まれないのかも分からない。もし、俺のような思いをしたらともし、人生を謳歌することが出来ず自分を出し切ることが出来ずに終わったら報われない。救いようもないじゃないか。
皆も俺も倖せにはなれない。誰かが必ず不倖になって誰かは倖せになるなんて......そんなのない。
「お前の苦悩も全て妖になったら変わる! あーちゃんが、保障するなり! だから、転生しようぞ!」
綺麗事だろうか。倖せに皆が俺もなることを望んでしまうのは、転生にこんなに葛藤してしまうのは烏滸がましいだろうか。必死な姿に揺らいでしまうのは、俺の意思が弱いからだろうか。俺は、掛けられたい言葉を暗羅に云わせているのではないか。俺は言い訳をしてないか。と図々しいような気がして、何時までも相手を困らしてしまうのも嫌で暗羅が自信たっぷりに。そして、言い切った後の眩しいほどの笑みを向けられて。
「んな顔向けんなよっ。本当に、困るから....どうせ、お前も誰かに云われて来たんだろ?」
ずきりと痛む。良い人でも良い子でもないからだ。良い子だと云われたこともない。そんな笑顔を向けて良い相手じゃないからだ。渋々来ただけ、誰かに云われて来ただけでだから、そう内心は。と今まで私の為に来た人なんて居ない。私が必要な時は何時もコキに使うから。私を虐める為だけに呼び出したり。とか、自分でも分からないくらい相手に怯えているからか、つい口に出してしまう。
暗羅は、一瞬驚いたように目を見張るも直ぐ様優しい眼差しでゆっくり左右に首を振ると、再びにぱっと愛らしい笑みを浮かべて、
「あーちゃんはあーちゃんの意思で此処に来た! あーちゃん、お前必要! あーちゃんが迎えに行きたいから来た! ずっと探していた、お前を!」
ハキハキしている声と真っ直ぐで嘘偽りない目をして千衿が必要だと。自分の意思だと。云う暗羅を見て、千衿は目の前に居るあーちゃんこと暗羅の為に妖になることを決めた。
自分を必要とする相手は、生きている間会ったこともましては云われたこともないのもあるが、一番は暗羅の何処までも透き通っている目と必死な姿に。この相手なら、騙されても構わない。と思ったからだ。
何処まで必要。かは分からない。ただ次の生は暗羅の為に生きようと思った。今はそれだけで良い。