2人の少女と、付箋
「毎日見てるけど、そんなにおもしろいの?」
それ。
没頭している香織は自身に話しかけられているとは知らず、右手で端をつまみ、次へとめくる。
ねえ。
左へと動かした手を掴まれて反射的に顔を上げると、口を歪ませた凛の顔が迫ってきた。電車に揺られ、近づいた肩同士がぶつかる。
「ごめん、聞いてなかった。なに?」
「……もういいよ。いつもそればっか」
ふて腐れた凛は目を細めてそっぽを向く。近づけられた顔が、体が、離れていくのと同時に、香織の鼻を制汗剤のにおいがツンと刺した。
これは。
それは好きだと伝えていた以前までの落ち着いたものではなく、微睡みの中でもはっきりと感じ取れる刺激の強いものに変わっていた。
「凛」
「……なに」
「今使ってる制汗剤って、」
「ああ、この前あいつが気に入ってたやつ。いいでしょ、元気になるっていうかさ──」
嫌だ。気分が悪い。そう言い返すことができれば、この胸の内は少しは晴れるのだろうか。
凛が期待する答えとは真逆の琴を考え、香織は口を噤む。
頬を赤らめる顔を穴があくほどじっと見つめるが、視線が絡むことはない。車窓から差し込む光が途切れ、見つめていた顔はほの暗い闇に飲まれた。
独り言のように話し続ける凛を他所に、香織はそれの頁をめくり、目的の単語が記された場所で手を止める。
“Hate”
いつでも貼れるように、と制服のポケットへ入れておいた付箋を1枚、その単語の横に貼り付けた。そして、この気持ちが生きているうちに、と取り出したペンで素早く日付と言葉を綴る。
“反吐が出そうなにおい”
「凛」
「は、はいっ」
慌てながら返事をする様子に、香織は穏やかな笑みを浮かべる。今、たったこの一瞬だけだとしても。この子の意識は私に向けられている。
「私もそのにおい、好きよ」
揺れる車窓には、花のように咲き誇る笑顔が映し出される。
少女の本心を吐き出した付箋の上にはいくつもの頁が重なっており、その言葉は見えなくなっていた。