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第六話 狂気の末に

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ありがとうございます!

『オオオオォォ……』


 呼応するように避難所の周りにいるゾンビが唸り声をあげる。

 その声に呼ばれるかのように、遠くから歩いてくるゾンビの姿がちらほらと見えた。


「仲間を呼んでんのか……?」

「そんな知恵があるとは思えないけど、実際にゾンビが寄ってきてるとそうとも言えないよね」

「『このバリケード手ごわいから壊すの手伝ってくれ』って言ってんのかな」

「『肉、食いたい』かもね」

「まあいくらゾンビが増えようがバリケードが壊れることは無いと思うけど、一応知らせてくるか」


 佐藤くんは市職員の方に知らせるらしく、ここで解散となった。



 市庁舎二階の生活ブースに戻ってもゾンビの声は聞こえていた。


「もう終わりよ! 殺されるのよ!」

「いや、いや、死にたくない」

「大丈夫だから。大丈夫よ。ここは安全だから」

「死にたくない! 食べられたくないよ!」

「ママ、またアレが来るの?」

「来ないわ。絶対に来ない」


 軽いパニックが起きている。

 落ち着いている人と発狂している人の割合は半々くらいか。

 ゾンビの声が続く限りこの混乱は収まりそうにない。


「恭平!」


 二階の階段すぐの場所で中の様子を眺めていると、奥から美香が駆け寄ってきた。


「なにがあったの?」 

「わからない。皆は?」

「向こうよ。あまり離れたくないからブースの方に行きましょう」

「そうだな」


 ブースに入ると恵理奈ちゃんが抱きついてきた。

 抱きついたまま震えている恵理奈ちゃんは小さい声で「パパ……」と言っていたので背中を撫でる。


「大丈夫だよ、恵理奈ちゃん。ここにゾンビは入って来ないよ」

「でもお兄さん、外からめっちゃ声するんだけど……」

「ああ、なんか急に大勢で呻き出してね。でもバリケードはビクともしてなかったから」

「こ、ここにいれば安全なんですか?」

「ゾンビからはね」

「ゾンビからかぁ。なんかヤバげな空気してるもんね、ここ」

「あたしさっきオバさんが血走った目で包丁握ってたの見たわ」

「ドサクサに紛れて刺してきたりして」


 もしそうなったら刺されるのは俺だろうな。

 こういう狭いコロニーで力こそ正義の傾向が広がったら、起きるのは殺し合いか虐殺かだ。

 力の強い男を排除すべく、女が闇討ちを仕掛けるか、集団で一人を襲うか。

 昨日、俺に絡んできたあの女性のように精神的におかしくなっている人が多いこの場所で、あのゾンビの大合唱は効果があり過ぎる。

 早晩、この避難所が崩壊するだろうということは想像に難くなかった。


 昼の炊き出しの時間になったので、皆で外に出る。

 盗難防止にそれぞれリュックを背負っていくのを忘れない。


 炊き出し場でお昼をいただく。

 塩むすび一つに豚汁だけだが、とても美味しかった。


「あたしら一ヶ月くらいずっとお菓子だけ食べてたんだぜ」

「えーいいなー。恵理奈チョコ食べたいよ」

「良いと思うのは一週間くらいが限界だってー。マジお米食べれるって幸せなんだぞ」

「私もお肉が食べれて嬉しいです。豚汁大好きです」

「優子ちゃん肉食系かよー」

「アスパラベーコン系好きそ~」

「あ、はい。アスパラベーコン好きです」

「好きぴー」

「恵理奈も好きぴー」

「あっはは、ウケる」


 双子と優子ちゃん姉妹が仲良く楽しげに話している。

 少し離れた場所で美香に声をかけた。


「美香、考えたんだが、早めにここを離れた方が良いかもしれない」

「そうね。私もそれが良いと思う。だけどどこへ向かう?」

「離島は?」

「海まで遠い上に移動手段が無いわ」

「港に行けば船がありそうだが」

「操縦できないし島の場所なんてわからないんだから遭難するわよ」


 確かに。少し考えが浅かったか。

 どこか隔離された場所じゃないと、この先生きのこるのは難しいだろう。


「素直に自衛隊駐屯地とかは?」

「ここよりはまだ秩序があるか。自衛隊員の人に避難の受け入れが可能か聞いてみようか」

「そうね。私ここにいるから、恭平行ってきてもらえる?」

「ああ、わかった」

「ありがと」


 炊き出し場から離れ自衛隊員を探す。

 目立つ格好だからすぐ見つかるだろうと思っていたけどどこにもいない。

 装甲車両があったので、そこなら一人くらいいるだろうと向かう。


 そこには予想に反して自衛隊員の全員がいた。

 ミーティングでもしていたのだろうか。

 全員が俺を見て黙っているので切り出す。


「あの、すみません。ちょっとお伺いしたいのですが」

「なんでしょう」


 昨日俺を止めた小柄の隊員が答えた。


「自衛隊の駐屯地で避難受け入れはしていますか?」

「はい。しております」

「それは今も?」

「そうですね。避難されてきた方は保護をしております」

「そうですか。ありがとうございます」


 あまり話をしたくなさそうだったので切り上げようとしたが「ちょっと待て」と言われたので振り返る。

 俺に声をかけたのは、荷物を取り返してくれた人とは別の女性隊員だった。


「なんですか?」

「お前、どうやってそこに行くつもりだ」

「菊間。口のきき方に気をつけろ」

「……失礼。お前、どうやってそこに行くつもりですか」


 口のきき方を注意をされてこれか。

 あまり変わらない気がするが。

 見れば注意をした小柄な隊員も首を振っていた。

 問題児なのだろうか。

 とりあえず質問には答える。


「まあ、歩いていきますけど」

「女子供を連れてか?」

「そうですね。妻は俺より強いから心配ないけど子供たちが心配ですね」

「置いていけば良いだろ」


 あり得ない提案に少しイラ立つ。


「いや、それは無いな。あんたも知ってるだろ? ここの現状を。前に起きた惨状を」

「……知っている。だが子供の足で駐屯地まで歩くのは無理だ」

「じゃあどうしろってんだ。ここに置いていって死ぬのを見過ごせってか?」

「そうは言っていない」

「じゃあなんだよ。どうせお前らもここを見捨てて脱出する算段でもつけてたんだろ」

「落ち着いて」


 小柄な隊員に言われ、少しだけ冷静になれた。


「すみません。熱くなって。言い過ぎました」

「いえ、うちの菊間が失礼を」

「……失礼しました」


 菊間と呼ばれた隊員が頭を下げてきた。


「ああ、別に謝ることでは無いです。それより俺の方こそ失礼なことを言ってすみません。いろいろよくやってもらってるのに」

「いえいえ。貴方の言っていることはだいたいあっておりますので、謝る必要はありませんよ」


 それはつまり、ここを去るということか。

 本当にここを見捨てるのか?

 ゾンビに囲まれたからか?

 そもそもなんでこいつらはここに来たんだ?

 その目的はなんだ?

 やっていることは治安維持だった。

 もう維持する必要がなくなった?

 わからない。


「私たちがここを去るのは、応援を呼びに行くためです。誰が行って誰が残るかの話をしておりました」

「……見捨てるのかと思った」

「国民を守るのが仕事ですので。外敵脅威は排除と言いたい所ですが、外にいる元国民に対しての発砲許可は出ていないので」

「すまん。マジですまん。いや、申し訳ありませんでした」


 彼らに深々と頭を下げた。


「疑ってしまったこと、失礼な言動をとったこと、ここに深くお詫び申し上げます」

「ちょ、ちょっとお前、頭上げなって……」

「菊間、言葉遣いに気をつける。さっきから直ってない。全然だめ」

「……頭をお上げになって」


 それは少し違う気がする。

 が、頭を上げた。


「頭を下げたついでにお願いがある」

「聞けるものなら聞きましょう」

「子供たちを四人、車でその駐屯地まで運んでくれないか」

「それを希望している方はたくさんいます。その全てを叶えるのは無理です」

「……なんとかならないか」

「なんともなりません。他の人にバレたら騒ぎになります」

「つまり、バレなければ良いわけだな?」

「私の口からは何も言えません」

「もし駐屯地に向かう途中で民間人を発見したら? それが助けを求めていたら?」

「保護して駐屯地へ避難させます」

「なるほどなるほど。じゃあ、それでお願いします」

「さて、なんのことでしょう」


 この人もいろいろと大変だ。

 こんな回りくどいお願いをしなければいけない程度には、規則やらなにやらに縛られているのだろう。



 少し話をしたあと、小柄な隊員――小池さんが、佐藤くんにレッカーで車両を持ち上げてもらうように頼みに行った。

 俺も一緒に行こうとしたが「山下さんはご家族に先にお話をしてきてください」と言われて炊き出し場に戻ってきた。


「おかえり。どうだった?」

「ただいま。駐屯地は避難の受け入れを続けていて、ここの応援を呼びに駐屯地に行く自衛隊の車に同乗させてもらえることになったよ」

「すごいじゃん。恭平、やるねえ」

「相手のご厚意に甘えた感は否めないけどね」


 俺と美香の話し声が聞こえたのか双子の片方が「えー、なになにー?」と話に入ってきた。


「目処が立ったことだし話しても良いか」

「そうね。ちょっと皆聞いてくれる?」

「なになにー」

「どしたの?」

「実はここを離れようかと思うの」

「え? 昨日来たばっかなのに?」

「でも危ねえヤツ多いから離れられるなら離れたいかなー、あたしは」

「あ、それはあたしも~」


 双子は納得してくれたようだ。

 優子ちゃんと恵理奈ちゃんの方を向く。

 二人は俯いていた。


「二人が行きたくないのはわかるよ」

「ここでお父さんとお母さんを待っていたいのよね」

「……うん。絶対に来てくれるもん」

「パパとママにあいたいよ……」

「そうだね。今は外にゾンビが多いから来れないだけかもしれないね」


 幼い二人は、きっと両親が死んだと言っても納得しないのだろう。

 バリケードの上に二人を連れて行き、周りを囲っているゾンビを見せて「ご両親はいたかい?」なんてひどい事は聞けない。

 俺が美香でそれをやられたら、まず間違いなくそいつをゾンビの群れに落とす。

 ついでに自分も落ちる。

 二人もそうなる可能性があるから、それはできない。

 どうやって説得しようか考えていると、市庁舎から小池さんと佐藤くんが出てくるのが見えた。


「あの自衛隊員さんにお願いして、基地に連れてって貰えるんだよ。もしかしたらお父さんたちはそっちに避難しているかもね」


 あり得ない話ではないだろう。

 可能性は低いが。


「へー、あの人たちかー」

「ちょっと挨拶行こうぜ。愛理肩貸してー」

「うーい」


 双子が小池さんのあとを追いかけて行ってしまった。

 見える範囲だし、自衛隊員も近くにいることだし襲われることは無いだろう。


「優子ちゃん、恵理奈ちゃん。一度行ってみて、それで見つからなかったら戻ってくればいいのよ」

「そうだね。こっちにもお父さんたちが来たら『自衛隊の基地にいます』って伝えてもらうように言っておけばいいし」

「そうですね……。向こうにいるのかも。お父さん、自衛隊に詳しかったから」

「それは可能性があるね。優子ちゃんのいたところから自衛隊の基地は近かった?」

「こっちよりは遠いけど、だいたい同じくらいです。多数決で市役所に行くってなってました」

「それじゃ二人とも一緒に行」

『オオオオォォォ……!』

「ひっ」

「やだ、こわいよー!」


 外のゾンビの声が一段と増した。

 壊れないと思われるバリケードが揺れている。


「もうダメ!! 終わりよ! 殺されるの! 殺される! 殺される!」


 炊き出し場にいた一人の年配の女性が、狂ったように同じことを叫んでいる。

 余計に不安を煽るような真似はやめて欲しい。

 叫びたいならバリケードの上からゾンビに向かって叫んでくれ。


「おい、ババア! 黙れ! ぶっ殺すぞ!」

「殺す!? 殺される! 殺される!」


 中年男性と年配女性が叫びあっている。

 これは、まずいぞ。


「美香、荷物を。自衛隊のいる方へ行く」

「わかった。二人とも、荷物持って」

「う、うん」

「こわい、こわいよ」


 恵理奈ちゃんは震えている。

 抱き上げてやると少しだけ震えが収まった。

 俺の体を掴むその震える小さな腕を見て、なんともいえないやるせなさを感じた。

 本来ならこの子はこんな怖い思いをしないで生きていけたのに。

 なんでこんなことになってしまったんだろう。


「黙れババア!」

「ギャアアア!」


 男が女性を殴りつけた。

 ざわりと空気が変わる。


「殺せ! こいつを殺せ!」

「はあ!? お前が死ねよ!」

「誰か! こいつを殺して!」

「うるせえよ! 本当に死にてえの、か……。あぁ? んだ……これ」


 男の首には、深々と包丁が突き刺されていた。

 膝をついた男の首から大量の血が吹き出る。


「殺すのよ。男は皆殺すの。犯されて殺される前に殺すのよ」


 俺に噛み付いた女性が、血まみれで包丁を握って立っていた。


 それを見た瞬間、恵理奈ちゃんを下ろし、ヘルメットをかぶり、グローブをつけていた。

 恐らく、殺し合いになる。

 簡易テーブルをひっくり返し、パイプの足をもぎ取る。

 U字になっているが無理やり引き剥がし二本の鉄パイプを作った。

 無理やり引き剥がした先端がギザギザでよく切れそうだ。

 美香も片方の足で同じことをやっていた。

 さすが、わかってる。


 狂気に支配された女性らは、手当たり次第に男に襲い掛かっていく。

 こちらにも一人来たが、武器を二本持った全身プロテクターフルフェイス人間が二人もいたからか違う方へ向かった。


「行くぞ。ついてこいよ」

「は、はい!」

「二人は間に入って」

「うえぇーん! こわいのやだよー!」

「恵理奈、手を繋ごう。行かないと」

「おねえちゃん、おねえちゃん……!」

「いい子ね。恭平、行こう」

「ああ」


 至るところで血が出ている。

 男の返り討ちにあい首を絞められて殺されている女がいる。

 凶悪な笑みで女の首を絞めていた男が、数人の女に滅多刺しにされて息絶えた。


「おらあ! 女は置いてけ!!」

「うっせえ!」


 俺に襲い掛かってきた男を前蹴りで蹴飛ばす。

 転がったところで男の顔を蹴り上げる。


「ひいぃっ!」

「大丈夫よ。恭平が守ってくれるわ」

「お、お兄さん、こわいよ」


 すまん。

 今は手加減できる状況じゃないんだ。

 あまり怖がられると、つらい。


 遠くでエンジンの音が聞こえた。

 バリケードの補強用で置いてあったダンプが動き出している。

 段々速度を上げるダンプは炊き出し場を破壊し、何人かの人を撥ね、そしてバリケードにしているバスへ衝突して止まった。


「おい、おい、なんてことだ。バリケードに隙間が」

「嘘……」


 外からの圧に強いバリケードも、中からダンプに突っ込まれたらダメだったようだ。

 バリケードの隙間からたくさんのゾンビの手が突っ込まれている。


 ダンプからバックを知らせる音がした。


「やめろ。やめろやめろ! バカ野郎! やめろ!」

「ダメ、ダメよ。何やってるの。やめて。やめなさい!」


 俺と美香の制止など聞くはずも無くダンプはバックを続ける。

 止まって、最加速。


「ああ! クッソ! 走るぞ!」

「二人とも! 走って!」


 自衛隊員の元へ走り出す。

 衝撃音。

 そこには、横倒しになったバスと、煙を吹いて止まったダンプ。

 そして、大きく開いたバリケードから大量に溢れ出したゾンビたち。


 地獄の釜が開いたら、こんな光景なのだろう。

 俺たちは亡者から逃げるべく必死に走りだす。


「あっ」

「恵理奈!」


 恵理奈ちゃんが転んだ。

 優子ちゃんが起こしに行くがすぐそこまでゾンビが迫ってる。

 自衛隊員の場所までは炊き出し場を挟んで三百メートルほど先だ。

 俺たちがそこに行く頃にはゾンビでいっぱいになっているだろう。


「ぎ、ぎゃああ! 離せええ!!」

「やめてえええ! ああああああ!!」


 既にゾンビの犠牲者が出ている。

 優子ちゃんと恵理奈ちゃんを抱えて走るか?

 自衛隊との合流を諦めて市庁舎に避難するか?


 どうしたらいい。

 すぐそばまでゾンビが来ている。


「オオオオォォ!」

「ウガアアァァァ!!」


 もう行くしかないだろ。


「美香! 恵理奈ちゃんを頼む!」

「わかったわ!」

「優子ちゃん! 俺が抱き上げるからしっかりつかまれ!」

「え、は、はい!」

「二人を中心にして走るぞ! 俺は右手、美香は左手で抱えろ!」

「ええ!」


 走る。

 ゾンビがこちらに気がつくが、俺たちのほうが早い。

 百メートルは走った。

 あと半分と少し。

 息は続く。


「恭平!」

「うっ、クソ!」


 横から飛びついてきたゾンビに鉄パイプを押し付けるようにしてかわす。

 浮遊感。

 足をつかまれている。

 優子ちゃんを地面から守るように抱えて背中から倒れる。

 衝撃は背負ったリュックで吸収された。


「大丈夫!?」

「クッソ! 離せ!」


 足を掴んだゾンビの手を思い切り蹴るがなかなか離れない。

 何て力だ。


 なんとか手を振りほどいて立ち上がると、絶望があった。

 俺たちは、ゾンビに囲まれていた。

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