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第四話 人の本質

 ぶらついてみてわかったが、避難所はかなり広い範囲をバリケードで囲われていた。

 大量のバスやトラック、乗用車までもを使って作られたバリケードは、今もなお増強されている。


 佐藤くんのようなとび職の人が単管パイプで骨組みを作り、パイプに垂木を重ねて番線で縛る。

 それを追いかける形で、大工さんらしき人がベニヤを何枚か重ねるように、パシュパシュと軽快な音を立てて釘打ち機で固定していく。

 そのベニヤの裏に土を入れた土嚢を積み、さらに内側にまた単管パイプで骨組みを作っている。

 何重にもなっているバリケードは、大型トラックが突っ込んできても壊れそうにない。


 彼等の洗練された効率的な動きは、見ていて気持ちが良かった。

 俺みたいな素人が下手に手を出したらかえって邪魔になってしまうのだろうか?

 佐藤くんに手伝えることがないか聞いてみよう。


 市庁舎の正面玄関横には炊き出し用の調理場が作られており、そこで何名かの女性が調理をしていた。

 彼女らのように働いている人もいれば、生活スペースで何もしない人もいる。

 働くのは強制ではないのかもしれないが、この状態が続くのは良くないだろう。

 そう思えるくらいに、生活スペースにいる人は多すぎた。


「そこの貴方」

「はい?」


 調理風景を見ていたら女性に声をかけられたので振り向く。


「うおっ! あ、す、すみません。少し驚いてしまって」

「別に構わない」


 そこに立っていたのは、迷彩服に身を包み目出し帽とヘルメットで顔が隠れた自衛隊員だった。

 その手にはどこかで見たような重そうなリュックと、これまたどこかで見たことのあるバイク用のヘルメットやグローブが持たれていた。


「あれ、それってもしかして俺のですか?」

「そう。盗まれていた。中身の確認を」

「え、あ、はい。えっと、盗まれていたのですか?」

「貴方のブースから出てきた男がこれらを持っていた。それを回収し届けた」

「あ、ありがとうございます……」


 荷物を受け取り、地面に下ろす。

 自衛隊員は俺が荷物の確認をするのを黙って見ている。

 身長は美香と同じくらいの一五五センチ程度だろうか。

 体格は良いのだろうが、いろいろと装備のついたベストを着ていてよくわからない。

 足のベルトについた拳銃や、肩から下げられているマシンガンタイプの銃が異様な雰囲気を漂わせていた。


「とりあえず無くなっているものはなさそうです」

「そう。荷物や家族からは目を離さないことだ」

「は、はい。本当にありがとうございました」

「失礼する」


 自衛隊員は市庁舎の方へと歩き去っていった。

 本当に、映画やドラマで見る特殊部隊の人みたいだった。

 ああいう人を実際にこの目で見ることになるなんて思ってもみなかった。

 世界は変わってしまったのだと再認識させられた。



 十二時になったので美香たちと合流する。


 炊き出しを食べながら情報交換をした。

 美香たちは優子ちゃん恵理奈ちゃん、それと双子も入れた五人で、同じブースで生活をするようにしたようだ。

 それから結愛の足は骨折していたらしい。

 簡単な添え木と包帯で固定されていて、なんとも痛々しかった。


「あとはね、覗きが異様に多いわ」

「覗き? 女同士なのに?」

「うん。気付かれてないと思ってるのかな? 区切りのダンボールの上からとか、布の隙間からとか」

「オバサンにめっちゃジロジロ見られてたよね」

「あたし目があったよ。しばらく見詰め合っちゃったし」

「恵理奈たちとおしゃべりがしたかったのかな?」

「素直になれないんじゃね? 知らないけど」


 新参者だからある程度は見られても仕方がないとは言え、覗くのは問題だろう。


「ああ、そういえば俺も荷物を盗まれちゃってさ」

「荷物? そこにあるじゃない。ずっと持って歩いてたんじゃないの?」

「いや、ブースに置いておいたんだけど、盗まれちゃったらしくて。自衛隊の人が持ってきてくれたんだ」

「ちょっと! それ早く言って欲しかった!」

「え? あっ」


 そうか。盗みを働くのが男性だとは限らない。

 今、美香のリュックはブースに置きっぱなしだ。

 あのリュックの中には……。


「恭平! 行くわよ!」

「ああ!」


 走り出す。

 優子ちゃんたちは呆然としている。

 人が多い。

 階段を一段飛ばしで昇る。

 美香が早い。

 差が開いた。

 美香の後を追う。

 ブースは、あそこか。


「あった……!」

「良かった……」


 ブースの中にはちゃんとリュックが置いてあり、中身も無くなっておらず無事だった。

 安堵のため息が出た。

 ビールの安否確認のためだけにこんなに必死になるなんて、俺たちは人としてダメな部類なのかもしれない。


「ちょっと、アナタ! 何しにきたの! 出て行きなさい!!」

「うわ、っとと」


 五十代くらいの女性に突然服を思い切り引っ張られ、バランスを崩して転んでしまう。

 女性が俺の服を掴んだままだったので一緒に巻き込んでしまった。


「きゃ、きゃあああ! なにするの! 強姦魔! 誰か助けて!! 犯される!!」

「いや、ちょっと落ち着いてください」

「誰か!! この男レイプ魔よ! 助けて!!」


 耳にキンキン響く女性の叫び声に人が集まりだした。


「ちょっと、人の夫をレイプ魔呼ばわりしないでよ。ていうかその服を掴んだ手を離しなさいよ」


 美香がそう言うも女性は手を離さない。

 それどころかグイグイと服を引っ張り暴れ出した。


「うわ、やめてくださいよ。離してください」

「いやああ!! 殺される! 犯される! 誰かこいつ殺して! 助けて!」


 鬼気迫る形相で叫ぶ女性は、この世のものとは思えず不気味だった。


「おい、あんたたち! それ以上近寄ったら殴るよ!」


 美香の怒鳴り声で気がつく。

 俺の周りには十数名の女性たちが集まっていた。

 その女性たちの手には凶器が握られている。

 ハサミ、包丁、金づち、バット。

 それらを強く握り締め、誰もが無表情にこちらを見ている。


「殺して! こいつを殺して! 殺せ! 早く殺せ! ガウウウウ!!」

「ちょ、いたたたた、噛まないで!」

「おい、ババア! 何してくれてんのよ!」


 女性に噛まれた手を振りほどく。

 美香が協力して引き剥がそうとしてくれているが、なかなか離れない。

 ふと美香の後ろに人影が。


「美香っ! 後ろ!!」


 周りにいた女性の一人が美香にバットを振り下し。


「セイ!!」


 瞬時に迎え撃った美香の拳により、バットが粉々に砕かれていた。

 あの殴られたら痛そうなグローブ、食事の時にも外さないから気に入ってるんだなあと思っていたが、まさかこんな風に役に立つなんて。

 半分以下になったバットを持った女性が「ひい」と声を上げて座り込む。


「やったわね? 先に手を出したのはそっちだから。こっちは集団リンチされそうだし命の危険がある」


 きっと美香の顔はそうとう恐ろしいことになっているのだろう。

 周りにいた女性らはおろか、俺を掴んで離さなかった女性すら美香から離れようと後ずさっている。


「死に物狂いで抵抗するから。次はバットじゃなくて顔を殴るから。腹でも腕でも良い。殺されるくらいなら殺してやるわ。誰からが良い?」

「ちょ、美香。落ち着け。もう大丈夫だろ」

「でも恭平。あいつらが刃物を持ち出してる時点で殺し合いもやむ無しだよ」

「やむ無しじゃないから。今はなんとかなるから、落ち着いて」


 興奮状態の美香を抑えてから、床に座っていたのではもしもの時に動けないと思い立ち上がる。

 女性らを見ると誰もが怯えた顔をしている。

 少し脅しておくか。


「えーと、すみません。まあこんな世の中だし、俺たち割とマジであなたたちのこと殺せると思うんで、もうちょっかい出さないでもらえますかね?」


 女性らはうつむいて目を合わせない。

 なんだか俺が悪者みたいだ。


「えーと……」

「もういいよ、恭平。あっちの奥の家族用のスペースに移ろう。あんたたち、次やったらマジで容赦しないからね」


 吐き捨てるようにして言う美香は、まだ怒りが収まらない様子で歩いていく。

 その怒り具合は、大事な大事なビール様を忘れていることに気がつかないほどだった。

 リュックを持ち美香のあとを追う。

 女性らはその場から動かず、ただただこちらを見ているだけだった。



 炊き出しの場所に戻ってくると、優子ちゃんの声が聞こえた。


「やめてください! 恵理奈を離して!」

「ただ抱っこしてあげてるだけだよ。可愛いねえ。恵理奈ちゃんって言うのかあ」

「いや! はなして!」


 太った不潔そうな男が、恵理奈ちゃんを抱き上げて頬ずりをしていた。

 恵理奈ちゃんは男から逃れようと必死に暴れている。

 それを見た瞬間、沸騰するかのように頭に血が上った。


「なにしてんだ、クソ野郎!!」


 気がついたらそう叫び、走り出していた。


「死ね!」

「ぐう……!」


 俺よりも早く男に駆け寄った美香が、思い切り金的を蹴り上げた。

 股間が一瞬ひゅんとなったが、美香には心の中で良くやったと言っておく。

 俺も経験したが、あの男はしばらく痛みで動けないだろう。

 それほど美香の金的は強烈でエグい。


 男から解放された恵理奈ちゃんは優子ちゃんに抱きつき大声で泣いている。

 泣き声で異変に気がついたのか、炊き出し場にいた人たちが「どうした?」と集まりだした。

 そのうちの一人が男を見て「またこいつか!」と言っていたので話を聞いてみた。

 なんでも前も同じように女の子にいたずらをしていたとか。

 注意してもやめず何度もいたずらをするため、女の子とその家族はここを出て行ったらしい。


「このクソ豚を外に放り出せばいいのよ。馬鹿じゃないの」


 うずくまっている男をゴミでも見るかのような目で美香が見る。


 先ほどの女性と言いこの男と言い、この避難所にはどこかおかしい人が多い。

 俺の荷物を盗んだ人もいたし、佐藤くんから聞いた中学生を犯して殺した集団もいる。

 人の世の中とは、法治国家とは、こんなにも簡単に崩れてしまうものなのだろうか。


 そんなことを考えていると、騒ぎを聞きつけたからか「どうされました」と自衛隊員がやってきた。

 俺の荷物を取り返してくれた人とは違い、その人は明らかに男性だった。

 身長は俺が少し見上げる位置に目があるので一九五から二メートルくらい。

 体はがっしりしていて服の上からでもその筋肉量が見てとれる。

 目出し帽から見える目は鋭く、普通の人とはなにかが違うのだと思えた。


「どうしたもこうしたもないわよ。この男が幼女に暴行しようとしていたから防いだだけ」


 いまだ興奮さめやらぬ美香が自衛隊員へ食ってかかるように言う。


「……なるほど。ではこの場は私が預かりますので、後ほど詳しい話をお聞かせください」


 見た目とはうらはらに穏和そうな話し方をする自衛隊員だった。


「ほら美香、こう言ってくれていることだし任せてしまおうよ」

「次やったら殺すわ。絶対。確実に。ねえ、わかった? 気絶したふりしてるあんたに言ってんの」

「ひっ、ひぃ」


 うずくまっていた男が跳ね起き、走って逃げようとしたが自衛隊員に取り押さえられていた。


「はっ、はな、せ!!」

「まあ落ち着いて。少し気持ちよくなりましょうか」

「な、なにを、うぐぐ……」


 自衛隊員が片手で男の首を掴むと、数秒もしないうちに男は力が抜けたかのように倒れこんだ。


「それではこの方とお話をしてきますので、失礼しますね」

「あ、ああ」


 太って重そうな男をひょいと担ぐと、自衛隊員は去っていった。

 彼の言うお話がどういったものなのか、想像したら少し怖くなった。

 とりあえずは一件落着かと皆の顔を見ようとして気がつく。


「そういえば双子はどこに行ったんだ?」

「あ、あ、あの! 男の人が来て、それで! 私、私、あの」

「優子ちゃん、落ち着いて。男の人が来たのね?」


 優子ちゃんが必死に言葉を吐き出そうとしているが、過呼吸気味でうまく話せていない。

 美香が優子ちゃんをなだめつつ、なんとか内容を聞き出せた。

 俺たちが去ったあと男の集団が来て優子ちゃんと恵理奈ちゃんを連れ去ろうとしたが、双子が守ろうとして代わりに連れ去られた。

 男の集団は若い人が多く、周りの人は双子と知り合いだと思ったのか誰も止めに来なかったそうだ。

 優子ちゃんたちの元には先ほどの男だけが残り、恵理奈ちゃんを取り返そうとしているところに俺たちがやってきて今に至る。


「美香、二人を頼む。俺が行く」

「わかった。お願い。くれぐれもやり過ぎないように。殺さないように」

「気をつける」

「ヘルメットとグローブはつけた方がいいわ」

「わかった」

「優子ちゃん、結愛と愛理の二人はどっちに行ったかわかるかしら?」

「あ、あっち」

「わかった。ありがとう。行ってくる」


 俺は感情が昂ぶると加減がわからなくなってしまう。

 やり過ぎた場合、多人数が相手だから正当防衛が適用されるだろうか、と考えたところでもう法律もクソもないのだと気がつく。


 欲望の赴くままに行動しているんじゃゾンビとなんら変わらないだろうに。

 この避難所にはゾンビ野郎が多すぎる。

 少しくらい駆除しても誰も文句を言わないんじゃないか?


 心の中に沸々と湧き上がる獣性に従い、駆け出した。

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