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第三十八話 うさぎさん

「面白い」「頑張って」「長い」「良かった」

こんな短い感想でも作者は飛び跳ねて喜びますので、お気軽にご感想をくださいませ。

いつも読んでいただき誠にありがとうございます。

 通りを歩いて少ししたところで、『古着買取』の看板がかかっている一軒の建物を見つけた。

 一階はシャッターが閉まっているがインドカレーの店なので問題ない。

 狭い階段を上り、二階の古着屋の入り口の前までやってきた。

 先ほどの美容院はドアがガラスだったので侵入は容易だったが、この古着屋のドアは木製のものなので少し手間取りそうだ。

 まあこの古びたタイプのドアなら簡単に蹴破れそうだけど。

 アンティーク感を出そうとしたのが裏目に出たな。服をいただくぞ。いい加減寒いんだ。


 鍵付近目掛けて足の裏全部が当たるように蹴りをかますと、バキャと板が砕け足が突き抜けた。

 ドアがバーンと開くイメージをしていたが、俺の力が上がっていたせいで思わぬ事態となった。

 足を引き抜き中からサムターンを回し、なんとか店内に侵入することができた。

 さっさと服を着よう。


「おー、いいとこだねここ。ゾンビ騒ぎが起きる前に来てみたかったな」


 明穂は服が好きなのか、いろいろと手にとって見ている。

 気に入ったのがあれば持ち帰ってしまえばいい。

 服たちもここでただ朽ちていくよりも、誰かに着られた方がいいだろうし。


「これ、あんたに似合いそう」

「ん? 革ジャンか。ただ左袖と右の先端を切り取らないと入りそうにないな」

「そっか。違うの探してみる」


 いや、別に似合うとか似合わないとかじゃなく、ただ着ることが出来ればそれでいいんだけどな。

 なんなら伸縮力抜群のスウェットでいい。

 まあ上下スウェットで拠点を歩いていたら女連中がぶうぶう文句を言い出したのである程度はまともな格好をしなくてはいけないんだけれど。

 ジャージとか楽でいいよ、マジで。動きやすいし。


「恭平、これ着てみて」

「ん? いや、これはないだろ」

「えー、恭平身長あるから絶対似合うと思うんだけど」

「いや、日本人がトレンチコート着こなすのは難しいんだよ。まあ最近筋肉ついてきたからいけるかもだけどさ」

「じゃあ着てみてよ」

「羽織るだけな」


 鏡に映るのは、パンイチにトレンチコートを羽織るおっさんの姿。

 完全に変態である。


「これは却下だ」

「なんでよー。てか先に下を履きなよ」

「いや、中々いいジーンズ多くて迷うんだよな」

「えー、これ? リー・ヴァイ・スー、ゴーマルイチ、エックスエックス……。え!? これ四十万もするの!?」

「憧れてたんだよな、ヴィンテージ。昔は百万とか平気で超えてたっけ」

「こんな穴が空いて色落ちした古いジーンズに百万? はぁー、男ってバカだねー」

「このワイルドさがわからないかな。まあロマンだよ、ロマン」

「恭平、私のトラックにステッカー張ってあったんだけどさ、なんて書いてあったと思う?」

「いや、わからんけど」

「『男の浪漫は女の不満』」

「ははっ、座布団一枚だな。まあ男の浪漫なんて言葉を作った旧世代の男たちに男尊女卑の考えが浸透していたんだから、女が不満を感じもするだろうさ」

「なんか頭良さそうなこと言うじゃん?」

「まあな」


 女は大人しく清楚で慎ましくあるべき、なんて考えがまかり通っている時代にできた言葉を、現代に使っているから違和感が生じるのだ。

 他にも『男は度胸、女は愛嬌』とかな。

 度胸がないやつは男じゃないとか、愛嬌がないのは女じゃないとか、今の世代に受け入れられるとはとても思えない。


 あれ、ということは時代と共に言葉が変化するのは当たり前なんだから、双子の喋る宇宙人語が現代の正しい言葉になるのか?

 双子を拒否する俺はいつの間にか前時代的な人間になっていた?

 ……これから宇宙人語をもっと取り入れていくべきなのか。

 なんだったか。マンジマンジだったか。


「これどう? 結構あんたに似合いそうだけど」

「ん、ああ。ってレザーボトムか。 んー、合皮ならゾンビの血を流すのが簡単だからこっちの方がいいのかもしれないな」

「最初に会ったとき着てたじゃん。あれカッコよかったよ」

「ああ、そうだったっけ」


 今は着ることがなくなったプロテクターがたくさんついたバイクスーツか。懐かしいな。

 俺としてはコスプレにしか見えないと思っていたが、格好いいと言われるとそれはそれで嬉しいものだ。


「よし、じゃあ下はこれにしよう。サイズは、筋肉ついてきてサイズアップしてんだよな。履けるの履くか」

「履けそうなサイズ持ってきてあるよ。ブーツは? これ、そのパンツにあいそうなんだけど」

「おお、履いてみるか」


 深冬が持ってきたのはいわゆるジャングルブーツというミリタリー系のゴツいブーツだ。

 ブーツはスネまで高さがあったが、ボトムにブーツカットがなされているので足元に違和感なく着ることができた。

 いいセンスだ。

 明穂より深冬の方が服選びのセンスがありそうだし、上着は深冬の持ってきたものでいいな。


「ほら恭平、これいいよ」

「モッズコートはジーンズの方があいそうだけどな。またロング丈だし」

「いいじゃん、ロングコート」

「明穂が着た方が似合うんじゃないか? 女子の間で男もの着るの流行ってんだろ」

「えー? ほんとー? じゃあ着よ。女子だからね、私。女子だから」


 俺よりひとつ年上の明穂がはしゃいでいるのを見て、なんとも微妙な気持ちになった。

 女性は女子と言われるのが好きなようだ。

 美香にも言ってみるべきか。


「あんたは黒で統一した方がカッコいいかな。これ着てみて。タートルネックニット、伸びるから切らなくても腕が入ると思うよ」


 深冬から渡された服を着る。

 左腕はぴちぴちになっているが、それでも着ることができた。


「ああ、いいなこれ。あたたかい」

「うん。シャープな感じになったね。ジャケットはだぼつかせない方がいいからこれ。丈は短い方がよりスマートに見えると思う。色と質を統一させれば武骨さとスタイリッシュな感じがしていいと思うよ」

「お、おう?」


 深冬は意外とファションに詳しい人だったようで、言われるがままに服を着て鏡を見ると、なかなか見れるようになった俺がいた。

 パンイチ変態おじさんはいなくなったようで一安心だ。


 目的も果たしたことだしそろそろ運送会社へ向かおう。だいぶ時間を食ってしまった。

 深冬と明穂が気に入った服を何着かバッグに詰めてから古着屋をあとにした。




 運送会社は百貨店から歩いて三十分ほどの距離にあるが、変異したゾンビと戦っていたせいで既に三十分以上経過している。

 西部に合流することを考えたら少し急いだ方がいいかもしれない。

 二月の気温で冷凍食品がすぐに溶けるとは思わないが、急ぐに越したことはなさそうだ。


 先程よりも警戒を強め道を歩く。

 無駄話をせず、静かに息を潜め、においや音からも情報を探りながら慎重に進む。

 変異体が一匹だけだったから最悪なことにはならなかったが、あれが同時に二匹も三匹も出てきていたら、明穂と深冬の命はなくなっていたはずだ。

 俺のアドバンテージのひとつである、ゾンビが離れていく、が効かない相手が現れたのだ。

 もっと気を引き締めて、意識を変えていこう。


 運送会社に着くと、二人がコンクリート塀の一角を見て顔をしかめた。

 そこには(うずたか)く積み上げられた焼死体があった。

 この運送会社を拠点にし、明穂、深冬をはじめとした女性らを凌辱(りょうじょく)していた男たちの成れの果てだ。

 その男たちは生きたままゾンビに食わせるという制裁を美香と山口の二人が加え、そのあと俺がまとめて焼いてやったが。


「わ、すごい。鍵つけっぱなのにダンプ残ってたよ」

「わざわざ音のうるさいダンプを乗り回すやつはいないんだろうよ。他の生存者やゾンビに自分の居場所を教えるようなもんだ」


 音に惹かれて変異体がやってくるかもしれないが、既にミシェルのコンボイトラックやバカみたいにうるさいフォークリフトで走っている。

 生存者や変異体が来るなら既に来ているはずだが、拠点の周りに特筆すべき異変は起きていない。

 マキシーンのおかげで監視カメラやら警報装置やらで警備も充分強化されている。

 滅多なことが起きない限りは、拠点がどうこうなるとは思えない。

 思えないが、誰かしらの防衛戦力が拠点内に常に一人はいる状態が好ましい。


 これも帰ったら話し合うか。今後の課題だ。

 まあ美香や山口といった俺と同じような存在が増えたことや、銃を使えるようになった鈴鹿やマキシーンのおかげで戦力は充分と言えよう。

 同じく銃を使える直美は、おそらく人を撃つことはできないので戦力には数えないでおく。

 菊間も銃をバカスカ撃つとは思えないが、自衛隊員というだけで抑止力にはなりそうだ。


「ねえ、箱車の鍵もあったよ。いける」

「お、じゃあ西部に向かうか」

「うん。あ、でも待って。ガソリン少ない」

「オーケー。まずはガソリンスタンドだな」


 車は深冬が箱型のトラック、明穂がダンプを運転するようだ。


「近くのスタンドわかるか?」

「いつも入れてたところなら。あそこがこの辺じゃ一番安かったんだよね」

「そうか。じゃあそこに向かうか。深冬、明穂の順番で走ってくれ。俺はトラックの上でまわりを警戒してるから、速度は少しゆっくり目で頼むぞ」

「わかった」

「明穂もいいな」

「いいよー!」


 トラックとダンプのエンジンがかかると、静まり返った街にうるさく響いた。

 俺達以外には誰もいないんじゃないかと思えるこの街にも、ちらほらと生存者の姿が確認できている。

 彼ら彼女らはこちらと接触する気が全く無いようなので、こちらに害をなさない限りは不干渉でいこうと思う。


 今も建物の窓のひとつから一人のお爺さんがこちらを見ていた。

 ゾンビがいなくて過ごしやすくなっているからなのか、最近ではこの街で生存者を見る数も増えてきている。

 きっと市役所や駐屯地といった集団生活に馴染めなかった人がひっそりと暮らしているのだろう。

 それでも万が一があるので、今度、美香や山口と手分けして生存者の様子をこっそりうかがい、危険か危険じゃないかの確認だけしておこう。

 危険なら消えてもらうだけだ。


 トラックが無人の街をゆっくりと進む。

 においを嗅ぎ音を聞き最大限に警戒をする。

 変異体ゾンビとはもう戦いたくない。

 どうか出てくるなよと祈りながら、ゆっくりと進むトラックの上で街の景色を見渡した。


 ガソリンスタンドまでの道中、幾人かの生存者と目が合った。

 小さい子を抱いた父親、怯えた顔の女、疲れきった顔の老婆。

 俺と目が合うと、皆等しくカーテンを閉めて部屋の中に隠れてしまった。

 そりゃ顔の半分と両腕が化物の男に目をつけられたらたまったものじゃないだろう。

 きっと怯えているだろうが、俺にできることはなにもない。


 ガソリンスタンド内には乗り捨てられた車がたくさん放置されていた。

 二人には車内にいてもらい、スタンド内の安全確認をやっていく。

 普通のゾンビだったら俺が近づいた時点で逃げ出すだろうが、もし変異体がいた場合はその限りではない。

 車の下、店内、スタンドの周囲を確認するも、変異体どころか普通のゾンビ一匹いなかった。


「よし、大丈夫だ。二人とも給油してくれ」

「りょうかーい」


 明穂が給油機の前に行き「あっ」と声をあげた。

 なんだろう。


「恭平、お金ないや。これセルフだから先にお金入れないと給油できないよ」

「ああ、金か。久しぶりに聞くな、その単語」

「たしかに。なんか変な感じ」


 生きる上で絶対に必要だった金。

 それが今やただの紙くずだ。

 十円の駄菓子と百万円の束だったら駄菓子の方が選ばれる世界に変わってしまうとは思わなかった。


 金は給油機脇にある釣銭機にいくらでもあるはずだ。

 給油機には万札があるだろうけど、破壊した衝撃で火災が起きても対処しようがない。

 この街を燃やし尽くしたいわけではないから、迂闊なことはしないでおこう。


 ということで釣銭機を破壊する。

 いろいろな機械があるが、とりあえずレジっぽい形のものを選ぶ。

 適当な出っ張りを掴み引っ張ったり、弱そうなところを殴ったりすれば簡単に壊れた。

 どうやら当たりのようで、たくさんの紙幣を発見することができた。

 その中から五千円札を数枚取り出し二人へ渡す。


「はいよ」

「ありがとー」

「あのさ、中に行って給油許可のボタン押してきて」

「給油許可? そんなのあるのか」

「うん。カメラに映ってるとこのボタン。液晶にあるよ」

「オーケー。行ってくる」


 セルフのガソリンスタンドなんて、美香と旅行するときに借りたレンタカーに給油するときにしか使ったことがない。

 車がなくても生きていける生活だったし、仕方ないとはいえわからないことだらけだ。


 深冬の言ったとおり、店内のレジのような機械の液晶にタッチするところがいくつかあった。

 その中の二つがピカピカ光っていたので、それを押してみる。

 外を見ると二人が給油を開始したので正解だったのだろう。


 給油を終わらせて西部百貨店を目指す。

 先ほどと同じようにゆっくりと道を走る。

 一時間もしないうちに西部へと着くことだろう。


 道中にいた生存者の顔と場所は全て覚えておいた。

 今夜から、確認作業をしていこう。

 目に見えて悪人だとわかったなら消えてもらい、無害そうな人なら物資を置いていくか。

 二ヶ月遅れのサンタクロースからのプレゼントだ。




 西部百貨店の入り口には、大量のカゴ台車が並んでいた。

 その全てにダンボールが目いっぱい積まれている。

 これ、下手したら東部にあった食料品の倍はありそうだ。


「恭平やっと来たわね。遅かったじゃない。かっこいい服着ちゃって、買い物デートでもしてきたの?」

「ああ、ちょっといろいろあったんだよ」


 フルフェイスをかぶった完全防備の美香が、ダンボールで満載のカゴ台車を四台ほど引っ張りながら店内から出てきた。

 まだ増えるのか。


「凄い量だな、これ」

「ええ、こっちは向こうと違ってフードコートもあるし、建物自体も大きいしね。そもそもの店の数とかバックヤードの容量が違うのよ」

「たしかに。向こうの方が古いしな」


 東部百貨店は昭和六十年頃に開店したのに対し、西部百貨店は平成十年に開店した。

 規模も建物も西部の方が大きく、若者に人気のテナントがいくつも入っていた。

 フードコートには有名なハンバーガーチェーン店を筆頭に十店舗も入っていて、平日休日問わず賑わっていたそうだ。

 俺も美香も混んでいるところは苦手だったので来たことはなかったが、噂には聞いていた。


「もう奈津実に二回は運んでもらってるんだけどね。数が多くて全然間に合ってないの。恭平も手伝ってくれる?」

「オーケー。とりあえずトラックに積むか」

「とりあえず箱の方いっぱいにしちゃおう」


 明穂の指示に従い箱車のトラックの荷台へと台車を入れていく。

 俺が台車を持ち上げ、中で深冬が受け取る。

 見れば明穂と美香もダンプへと台車を積んでいた。


「これさ、こっちはゲートついてるから荷物下ろせるけどさ、ダンプはあんたか美香さんがいないと無理だよ」

「ゲート? なんだそれ」

「ゲートはこれ。ほら、上下に動くんだよ」

「なるほど」


 トラックの後ろに昇降機というか、電動で動く板が取り付けられていて、それで荷物の上げ下げが可能のようだった。

 ただ安全対策のためか動きがとてもゆっくりなので、これなら俺がやった方が数倍早いだろう。


「奈津実が戻ってきたら一緒に東部まで行くか。道中安全とも言えないしな」

「そうだね」


 箱車の中にカゴ台車をびっしり詰めたが、まだまだ余裕がある。

 もう外には置いてないので、俺たちも台車を回収するべく店内に入った。

 店の中では花乃ちゃん、香織、千恵、友里、詩織の五人が一生懸命箱詰めしてくれていた。

 東部と違って一階がフードコートと食料品売り場というかたちなので、カゴ台車をスムーズに運べる。

 俺と明穂と深冬は、手分けをして箱詰め作業を手伝うことにした。

 魚売り場の裏にあるヤードに来ると、詩織がダンボールに冷凍された魚介を詰めているところだった。


「よう。お疲れ」

「わっ、お兄さんじゃないッスか。いつ来たんスか?」

「さっきだよ。手伝いに来たぞ」

「助かるっスー。もうほんと手が冷たくて参ってたんスよ」

「ああ、冷凍物だもんな」


 軍手をしているとはいえ、延々と冷凍物を箱詰めするのはさすがにつらそうだ。


「冷凍物は俺がやっとくから、詩織は海苔とかわかめとかの乾燥物やってくれ」

「了解ッスー」


 冷凍庫の中にはいろいろな魚の切り身が入っている。

 俺の大好きなサバから、鮭や太刀魚、タラなど様々だ。

 冷凍のブラックタイガーや帆立の貝柱などもあって、テンションが上がる。

 海鮮物は見ているだけでワクワクするのは何故なのだろうか。


 詩織と手分けしてどんどんダンボールに詰めて行くと、いつの間にか山ができていた。

 鮮魚売り場の物はあらかた詰めることができただろう。


「あー、お兄さん適当に置いちゃダメッスよ。中になにが入ってるか書かないとなんだし」

「そうか。すまん。余計な手間かけちゃったか」

「んー平気ッスけど。あ、お兄さん漢字書ける人ッスか? 私サバとか書けないんスよね」

「全部カタカナでいいだろ」

「それもそッスね」


 箱の中身を確認しマジックペンでダンボールに『キリミ・サケ・サバ』や『フライ・アジ・カキ』や『カンモノ・ノリ・コンブ』などを書いていく。

 きっとこういう地道な仕分けが、台所奉行の珠子の役に立つのだろう。

 神さま仏さま珠子さまの精神で、奉仕の心で作業をしていこう。


「あとは種類ごとに台車に乗っければ完了ッスね」

「おし、ちゃっちゃと終わらせよう」


 カゴ台車にダンボールを乗せるのを詩織に任せ、満載になった四台を引っ張って店を出ると、またもやカゴ台車の列ができていた。

 ちょうど深冬がいたので二人でトラックに積むも、中々数が減らない。


「これ積みきれるかな」

「最悪冷凍物だけでも運んじゃおうか」

「そうだね」


 箱車の荷台がいっぱいになったころ、遠くから破裂音がひとつ聞こえた。

 マキシーンを探しに行った際に米軍基地でよく聞いた音だった。


「聞こえたか?」

「うん。今のって銃声?」

「たぶんな。でも一回しか聞こえなかったから戦闘をしているわけではなさそうだ」

「鹿狩ったのかな」

「どうだろう。奈津実が来て荷物積んだら、一回皆で戻るか」

「そうだね」


 万が一非常事態だった場合、人員や戦力を分散していていいことはない。

 安全第一を心がけて行動しよう。


 箱車に続きダンプにも積荷を目いっぱい乗っけ終わると、ちょうど美香が台車を引っ張りながら現れたので相談を持ちかける。


「美香。今日は一回引き上げよう。さっき銃声が聞こえたんだ」

「賛成ね。銃声は私も聞こえたわ」

「あの変異したゾンビが銃声で寄ってこないとも限らないし、警戒をするに越したことはないと思うんだ」

「そうね。ていうか恭平、変異ゾンビ見たの?」

「ああ、ここに来る前に会ってそのまま戦った。返り血で服がダメになってな」

「それでかっこいい服着てんのね」

「深冬が選んでくれたんだ。合皮だから血や水を弾くし軽くて動きやすいんだよ」

「へえ、そうなんだ。ふうん?」


 美香が深冬の方へ顔を向けるも、フルフェイスのせいでどんな顔をしているのかわからなかった。


「な、なに? 別に悪いことしてないし」

「ん? あー、違うわよ。責めなんかしないわ。その調子で頑張ってね」

「は、はあ!? 訳わかんないんだけど!」

「ふふ、まあいいわ」


 憤慨する深冬に、美香は手をヒラヒラと振って話を終わらせた。


 美香がなにを話していたかを聞いたせいで、深冬の行動を見て変な想像をしてしまう。

 まるで深冬が俺に気があるかのような、そんな言動に見えて仕方がない。

 自意識過剰やら自惚(うぬぼ)れかもしれないけど、そんな気がしてしまうのだ。


 もちろん思いを伝えられても断るつもりだ。

 俺は美香以外の女とどうこうする気はない。

 ただそういう男女間のあれこれは、いろいろと気まずくなるから勘弁して欲しい。


 普通に美香と夫婦生活をするわけにはいかないのだろうか。

 どうしたら解決するのかもわからず、大きなため息がひとつ出た。




 奈津実のトラックが戻ってきたので皆でカゴ台車を乗せ、美香と俺で見張りをしつつ拠点まで帰ってきた。

 店内に珠子がいたので銃声について聞くと、どうやら直美がナニカを仕留めたようで、マキシーンが運搬するためにフォークリフトを取りに来たそうだ。

 万が一があっては大変なので、美香に護衛としてマキシーンたちがいる場所へ向かってもらった。

 あのバカみたいにうるさいフォークリフトのエンジン音は、耳を澄ませばよく聞こえるから迷うことはなさそうだ。


 ということで溶けて悪くなってしまう前に冷凍食品を下ろしていく。

 荷台の上には深冬にいてもらい、カゴ台車をどんどん手前まで持ってきてもらう。

 それを俺が受け取って下ろし、拠点内へ運ぶ人へと渡していく。


「ほら、重いぞ」

「りょ」


 拠点内の整頓を手伝っていた結愛に台車を渡す。

 結愛は特になにかを言うでもなくそのまま店内に台車を押していった。


「よっと、気をつけろよ」

「うぃ」


 愛理にも渡す。

 最初は今どきの子で苦手だったが、ちゃんと言われたことはやるし手伝いも率先してやっているのを見て考えを改めた。

 言葉遣いはアレだが根は真面目なのだ。

 いや、違う。

 こいつらの話す宇宙人語は今の時代の正しい言葉遣いになる。

 俺も取り入れないといけないんだった。

 なんだったか、マンジマンジか。


「おい、愛理」

「ん? なにー?」

「あー、マ、マン……」

「どしたのお兄さん?」

「あー、満目蕭条(まんもくしょうじょう)という言葉がある。見渡す限り寂しい景色のことだ。百貨店の周りの景色がそう見えないか?」

「んー、そう言われてみれば?」


 つい恥ずかしくて違う言葉を言ってしまった。

 言えないだろ、マンジなんて。

 でも愛理は真面目に俺の話を聞いてくれている。

 少しの罪悪感が胸に広がった。


「いつかまたここが賑わうようになるといいよな。その為にもこの先も頑張っていこうな」

「あーね。励ましあざーす」


 素直にお礼を言われてしまった。

 ここは勇気を振り絞るとき。


「マンジだな」

「ちょ、お兄さんそれ草だわ。いきなりやめてよ」

「草……?」


 愛理は「ウケる」と笑いながら台車を押して去っていった。

 俺は、なにかを間違えてしまったようだ……。


 気を取り直してカゴ台車を下ろして渡すマシーンに戻る。


「はいどうぞ」

「ありがとう!」

「お手伝いできて偉いな」

「うん!」

「優子ちゃんもいつもいろんなこと手伝ってくれてありがとうな」

「い、いえ、当然のことです」


 恵理奈ちゃんと優子ちゃんは二人で台車を押していった。

 優子ちゃんは一人でも台車を押せるけど、恵理奈ちゃん一人じゃ押せないので二人で協力して押してている。

 こうやって恵理奈ちゃんにも手伝いをさせることで、一体感や達成感を味わわせてあげているのだろう。

 ちゃんとお姉さんをしていて偉いと思った。


「ほら」

「うッス。あ、二個いいッスよ」

「お、やるな」

「鍛えてるッスからね」


 詩織は台車二台を軽快に押していく。

 さすがに俺や美香のように四台は無理だが、それでも効率はあがる。


「私は一個でお願いします。自慢じゃありませんが非力ですので」

「はいよ」


 ボードゲームじゃ無類の強さを誇る涼子は、動くのが苦手だ。

 花乃ちゃんがやっている空手教室でちらりと見たが、涼子よりも幼い優子ちゃんや恵理奈ちゃんが練習できているのに一人だけへばって床に転がっていた。

 体力がなさ過ぎるのはさすがに問題だが、本人も頑張って改善しようとしているから応援するべきだな。

 こんどプロテインでもプレゼントするか。


 しばらく荷物を下ろしていると、遠くからバカみたいにうるさいエンジン音が聞こえてきた。

 音のする方へ視線を向けるとフォークリフトに茶色いナニカが乗せられていた。

 あれが噂の鹿だろうか。

 台車を運んでいた皆も、マキシーンの運転するフォークリフトの様子が気になるのか足を止めて見ていた。


 近づいてくるにつれ、狩りの獲物の異様さに気がつく。

 フォークリフトのツメ部分に、足をロープで固定されて宙吊りになっている、巨大なうさぎだった。

 大きさは軽自動車くらいだろうか。

 首からポタポタと水が垂れている。


「う、わ……。でかくない?」

「うさぎさんかわいそう……」

「そうだね。でも恵理奈の好きなお肉もああいう動物のものなんだよ?」

「ラパンですね。ソテーや鍋が美味しいそうです。楽しみですね」

「いやー、きついッスね、これ」

「やばたにえんじゃん」

「それな」

「美味しそう……」


 皆の反応は様々だった。

 子供には刺激が強すぎる気もしたが、恵理奈ちゃんは優子ちゃんになにかを言われ、幼いながらも決心したような顔でうさぎを見ていた。

 美味しそうと言ったのは涼子と友里。

 意外とこの二人は肝が太いようだ。


 皆が見守る中、フォークリフトとうさぎが拠点前までやってきた。


「What's up? 皆いぱいでナニしてるマス?」

「お前の運んできたものに興味あるんだよ」

「Oh.That’s an awesome rabbit. すごく、デカい」

「鹿だけじゃなくてうさぎまででかいんだな」

「そうなんだよね。なにか居るなって見てたら長い耳が出てきてさ」

「おお、直美お疲れ。鈴鹿もおかえり」

「うん。ただいま、恭平」


 疲れた様子の直美と、不機嫌そうな鈴鹿が帰ってきた。

 美香は離れたところにいるが、こちらには寄ってこず入り口付近にいた花乃ちゃんの方へと歩いていった。

 鈴鹿と美香は言い争いをしていたから、鈴鹿が機嫌悪くならないようにと気を利かせてくれたんだろう。


「今から解体するからさ、刺激的なのが見たくないならあっちに来ないでね」

「あ、手伝うよ」

「ありがと、助かる。香織の腕なら安心だよ。私こんな大きいの解体したことないもん。しかもうさぎとか。こんなでかいうさぎいないよ」

「Haha!. 安心するマス、ナオミ。私もヤるマース」

「じゃあメス持ってくるよ私。あれじゃないと解体できない」


 獣医の香織は動物の体の構造を知っているからか、さばくのが上手いらしい。


「鈴鹿も参加するのか?」

「私はパス。お肉食べられなくなりそうだし」

「まあ気持ちはわかるけどな。ゆっくり慣れていくしかないか」


 解体作業を見ているだけで、動物を殺して命をいただくということを、きっとダイレクトに感じることだろう。

 でももう家畜を屠殺(とさつ)して解体して、店頭に並べる仕事をしてくれる人はいないのだ。

 解体ができる直美や香織、マキシーンに頼りきりというわけにはいかないだろう。

 俺も参加するべきなのか。

 でもこの手、包丁とか持ちにくいんだよな。

 箸もぽろぽろ落としちゃうからめちゃくちゃ練習必要だったし。

 かえって邪魔になったりしないだろうか?


「恵理奈もいく!」

「ちょっと、恵理奈。ダメだよ。邪魔になっちゃうよ」

「でも、ちゃんとみないとだめだよ。うさぎさんにありがとうっていわないと」

「恵理奈……」


 わずか八歳の子供がこんなことを考えられるのだろうか?

 驚いてなにも言えずにいると、他の子供たちも感化されたのか「じゃあ私も……」と解体の見学を希望しだした。

 

「オーケー、皆で来るするマス」

「そうだね。いずれは皆にもやってもらうことになるかもね」

「生き物に感謝して食べるご飯は美味しいと思うよ。あなたの命を無駄にしないためにも頑張って生きるって思えるから」


 なんともタフな女性たちだ。


「あー、でも無理はしなくていいぞ。それで肉が食べられなくなったんじゃ本末転倒だからな。残るやつは俺と荷運びの続きだ」


 うさぎの解体は俺がいなくても大丈夫だろう。

 決して俺が解体を見たくないとかじゃない。

 むしろ見たいくらいだが、冷凍物がダメになるから泣く泣く行かない選択をしたんだよ。


 解体を見に行く子供は恵理奈ちゃん、優子ちゃん、双子、友里、涼子の六人。

 詩織は「ちょっとキツいッス」と俺の手伝いをすることになった。

 荷運びメンバーは、俺、美香、深冬、明穂、花乃ちゃん、詩織の六人。

 鈴鹿は中で珠子の手伝いをするそうだ。

 奈津実と千恵も中で整理しているから、人手が足りないということはなさそうだな。


「よし、それじゃ遅くならないうちに全部終わらせちゃうか」


 俺の合図で皆が一斉に動き出した。


 俺と美香はとりあえず全てのカゴ台車をトラックから下ろそうと、五台ずつ抱えてトラックを上り下りしている。


「なあ、美香。さっきのうさぎ美味そうだったよな。正直言うとヨダレが止まらなかったんだが」

「わかるわ。私も血抜きと内臓処理してるところを見てお腹空いちゃったもの」

「うさぎ肉のローストにかじりついてビールで流し込んだら最高だろ」

「それいいわね。うさぎは煮込んでも美味しいって聞いたことがあるわ。スジ煮込みとかどうかしら?」

「いいね。日本酒でキュッといきたいね。あ、ワイン煮込みとかも美味そうだよな」

「それを言ったらやっぱりビール煮ね。柔らかくて美味しそうじゃない」

「それはビール様に失礼な使い方だろう。やっぱりビールは飲んでこそだ」

「わかってないわね恭平。ビールを使ったものは全てを愛さないとでしょ」


 こうやって普通に話していると、昔に戻れたみたいで幸せを感じてしまう。

 このまま今まで通りに夫婦としてやっていけないのだろうか?

 美香はなにを考えているんだろう。


 カゴを全て下ろし終わり、店内へと運んでいく。

 横で同じようにカゴを運ぶ美香に、疑問に思っていることを投げかける。


「あのさ、美香はなんで俺と他の女をくっつけようとすんの?」

「誰から聞いたの? 恭平には言うなって言ったのに」


 美香のこの反応で深冬たちの言っていることが本当だったんだと確信が持ててしまった。


「俺が無理言って聞き出したんだから怒らないでやってくれよ。つうか、半信半疑だったけど本当なんだな」

「うん。ごめん」

「いや、謝ってほしいわけじゃなくて、理由が知りたいんだ」

「……理由は、聞かないでほしい」


 ヘルメットのせいで顔は見えないが、声を聞くだけでどんな顔をしているか容易に想像できてしまった。

 震えた声の美香は「ごめんね……」と続けた。


「理由は、まだ言えない……。でも、いつか、言える日が来たら、そのときに言う、じゃダメかな」

「美香……」


 歩くのをやめてうな垂れてしまった美香に手を伸ばす。

 拒まれるんじゃないかと少し躊躇したが、構わず抱きしめる。

 美香は一瞬体を硬くしたが、それでも俺の腰へと手をまわしてきた。


「美香がなにを抱えているかわからない。けど俺はどんなことでも受け止めて支えるつもりだ。美香が言いたくなったときに伝えてくれたらそれでいい」

「恭平……」

「だから、納得できる理由じゃなきゃ俺は他の女を孕ませるなんてことはしない。そこはわかってくれ」

「……ごめん」


 美香が俺から離れる。

 やっぱりどうしても譲る気はないようだ。

 だがそれは俺も一緒だ。

 おそらくどんな理由でも他の女と寝ることはないので、美香が折れるまでこの問題は続きそうだ。


 黙ったままカゴの運搬を始める美香のあとに続き歩いていく。

 エレベーター前までカゴを運ぶと、誰かがいた。

 鈴鹿だ。だがどうにもおかしい。

 においが変だ。

 少しの敵意、怒り、焦り、それと悲しみの混じったにおいがする。


「あ、恭平、美香さん。ちょうど良かった。話があるんだ」

「……ええ、いいわ」

「うん、じゃ、ちょっと人が来ないとこ行こっか」

「そうね」


 感情が抜け落ちたような、今までに一度も見たことが無い鈴鹿の顔を見て、俺は恐怖を感じていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 月並みな感想ですが、毎話面白いです。 読む前は長いかな?と思っても、読み始めたら一気に読めてしまう。読み進めやすく、読み応えがある。 恭平の女性たちに対する考え方が好感が持てる。何一つ陰り…
[良い点]  贅沢品で無邪気にはしゃぐのは、ロメロ版”Dawn of the Dead”のオマージュかと思いきや、金銭が無価値になったことと対比して、世界がどうしようもなく変わってしまったことを強調す…
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