第三十五話 再会
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あと数話で完結予定ですのでもう少々お付き合いください。
「春、お前どこでなにしてたんだ! 心配したんだぞ!」
美香じゃなかった衝撃で呆然としていると菊間が吠えた。
山口は口を一文字に結んだまま黙り込んでいる。
「答えろ、春!」
菊間の問いに、山口は苦虫を噛み潰したような顔で地面を睨んだ。
こいつは、美香について知っている。
においもしたんだ。
確実に美香はここにいる。
では何故こいつは俺から逃げた?
なにか、後ろめたいことがあるから、か?
「……おい、お前」
山口がびくりと肩を震わせた。
思いもよらず低く冷たい声が出た。
「お前……、美香について知っているな? 答えろ。美香はどこだ」
山口の怯えたような目と視線が合わさる。
「何故黙っている……。おい、答えろ……! 美香はどこにいる!!」
山口が一歩後ずさる。
逃がすかよ。
化け物染みた脚力をフルに使い三メートルほどの距離を一歩で詰め、山口の細い首を左手で掴む。
「ぐ、く」
「美香の手がかりだ。逃がすわけないだろ」
両手で左手を解こうと暴れるが、そんなもの効くわけがない。
何故抵抗する?
まさか美香を害したのか、こいつは。
首を握る手に力が入っていく。
「おい、恭平やめろ! 殺す気か!」
「うるせえよ……。黙ってろ……」
喚く菊間を一蹴する。
目を見開く山口の顔には恐怖の色しかない。
「教えろ、美香はどこだ。痛めつけないと情報は吐かないのか? 傷付けられないとでも思っているのか? おい、殺すぞ、お前」
「う、く、うぅ……」
「恭平!! 手を離せ!!」
菊間が銃口をこちらへ向けてくる。
向ける相手を間違えていないか?
こいつは、美香を、美香の、あ? なんだ?
なんだったか。
殺すんだったか。
怒りで思考がまとまらない。
ギリギリと首を絞めていくと、山口は抵抗をやめ、諦めたような妙な笑みを俺へ向けた。
「お前、なんだよ、その顔は」
思わず手の力が緩むと、空気を切る音と共に顔面に衝撃を受けた。
たたらを踏み後ろへ下がる。
手を離してしまった山口が逃げていないかと目を向けると、庇うようにして一人の女が立っていた。
山口と揃いの服に、同じヘルメット。
こいつも、美香を真似ているのか。
「お前、お前らよ、あんまり、なあ、あんまりさ、美香のことをさ、侮辱、するんじゃねえよ、おい……!」
ぶち切れそうだ。
怒りで声も震えている。
その女は、あろうことか美香と同じ空手の構えを取った。
頭の中で、ブチブチと何かが切れる音が聞こえた。
「死ね!!」
上から潰すように左手で殴りかかる。
女は両手を使い、俺の手を払う。
カウンター気味に下段蹴りを太ももに食らった。
「効くかよコラァ……! んなカスみてえな威力で俺に効くわけねえだろうが……!」
避けにくい胴へ向けて突き上げるようにパンチを叩き込むも手ごたえが無い。
手を振り上げた状態で、頭に重い衝撃を食らう。
視界に星が散り、一瞬だけ前後がわからなくなった。
女を見ればまるでどこぞのアクション映画俳優のように、足を高く上げたまま体の向きを変え、こちらへ手を向けクイクイと二度折り曲げた。
なめてやがる。
「上等だよテメェこのやろう……!!」
美香と同じ格好で、美香と同じような動きをするんじゃねえ。
足を下ろした女は、再び構えをとった。
この女は強い。
どうしたら勝てる?
俺のアドバンテージはなんだ?
この化け物になった体だ。
姿勢を低くし左手の爪をコンクリートにめり込ませる。
斉藤にやったように全身の力で突進すれば体勢が崩れるはずだ。
そこを馬乗りになり、あとはひたすらボコるだけだ。
簡単なことだ。
構えをとったまま動かない女を睨み、全身に力を入れていく。
跳ね上がるように一直線に女へ向けて跳ぶ。
体のどこかに当たればいいと左手を振りかぶると同時に、女の体が消えた。
視線を下に向けると、女が倒れこむようにして回転している。
これは、まずい。
咄嗟に右腕で側頭部を庇うも、ボグ、と嫌な音が響いた。
胴回し回転蹴り、これも美香の得意とする技だった。
突進の軌道を逸らされ、女の奥にある棚へ突っ込む。
棚板の木がへし折れ顔や腕に突き刺さる。
突進は広いところでやらないと危ないな。
あれは美香の技だ。
完璧なフォームだった。
目が熱い。
倒れている一瞬でいろいろな考えが頭に浮かんだ。
女は追撃をする気はないようなので、ゆっくりと立ち上がらせてもらう。
「ははっ、まいったな。お前、強えじゃん。まるで美香だ」
指を指そうとしたが、右手が手首付近からぐにゃりと垂れ下がっていた。
さっきので折れたか。
顔から床へポタポタと血が垂れている。
どこか傷ついたかと左手で顔を触ると、右目付近に割と大きな木の破片が刺さっていた。
どうりで目が見えないわけだ。
破片を引き抜くと、血の量が増した。
女を見れば、構えを解いていた。
「あ? なんだお前。怖気付いたのかよ。おら、かかってこい。とことんやんぞ、コラ」
女はただ突っ立っている。
こちらに手を伸ばしては引っ込めて、いったいなにをしたいのかわからない。
逡巡した動きを見せていた女は、やがて決心がついたのかこちらへ歩みを進めた。
「お、良いぜ。再開か」
「恭平」
この声。
思考が止まる。
今、俺の名前を呼んだのは。
女がヘルメットに手をかける。
その下から、俺が世界で一番会いたかった女の顔が出てきた。
「美、香……?」
「うん、ごめんね、恭平……。まさかこんなケガさせちゃうとは思わなくて……」
「え? あ、うん。大丈夫」
「これ、失明しちゃってるかも……。ちょっと見せて」
「あ……」
傷を見ようと近づいてきた美香のにおいを嗅ぎ、胸がいっぱいになる。
今度こそ、本物の美香だ。
その体を抱きしめようと腕を伸ばすと、スッとかわされてしまった。
「美香?」
「ごめんね、恭平」
「どうしたんだ、美香」
俺が一歩近づけば、美香も一歩下がる。
美香にこんなことをされたのは、初めて出会ったとき以来だ。
「ごめん」
「なんでだ。理由を言ってくれ。やっと会えたのに、どうして」
「ごめんね。ちゃんと説明すれば恭平もわかってくれると思うから」
美香と俺とで温度差が生じているように思う。
俺は美香が生きていて嬉しいのに、会えて嬉しいのに、どうしてこんなに余所余所しい態度をとるんだ。
呆然と、美香を見る。
「恭平……」
美香の悲しそうな声を聞いた瞬間、心臓がドクンと大きく跳ねた。
「う、痛っ! うあぁ!」
「恭平!?」
突然、右目と右腕が燃えるように熱くなった。
右肘の先が脈動し、肉が蠢き、骨がゴキゴキと音を立てる。
白い毛が驚異的な速度で伸び、右腕を覆っていく。
顔の右側は上へ引っぱられるような感覚がする。
目の奥に異物が押し込まれるような違和感。
「これは……熊のときの?」
美香が怪訝そうな目で俺を見ている。
先程まであった燃えるような痛みは鳴りを潜め、鈍痛程度に落ち着いた。
右腕は肘の先から左手と同じような化け物の腕となり、右目は見えるようになった。
顔を手で触ってみると、どうにも毛がたくさん生えているように思う。
こちらを見ている美香の目をしっかりと見て、俺の意思を伝える。
「美香、ちゃんと話そう」
「いや、恭平、まず自分の体に起きた変化について考えたほうが良いわよ」
「俺のことはいい。美香のことが知りたいんだ」
「いいわけないでしょ。まずは恭平に起きたことを調べるほうが優先よ」
「それを言ったら美香だって同じだろ。拠点にウイルス学者がいるんだ。一緒に行って調べてもらおう」
「はいはい、わかったわよ。どうせ恭平は折れなさそうだし、一緒に行きましょうか。でも先に調べてもらうのは恭平の方よ」
「いや、美香からだ」
「まずは恭平よ」
美香は一度言い出したら聞かない、意外と頑固な一面がある。
どうにかしてすぐに検査をしてもらわないと。
「おい、お前ら。夫婦喧嘩はもうそこまでにしろ。きなこだって食いやしねえぞ。恭平もなんかヤバいことになってるけど本当に大丈夫か?」
菊間が俺と美香の間に割って入ってきた。
心配をかけたようなので「平気だ」と返しておく。
「そうね。ここで言い合いをしていても埒が明かないし、一度あなたたちの拠点に行きましょう」
「美香から調べてもらうように俺が伝えるから」
「私からも恭平を先にって言うわ。あとはミシェルが判断するでしょう」
美香が何故ミシェルのことを知っているのかはわからないが、一緒に拠点に帰るのならなんとでもなりそうだ。
たぶん花乃ちゃんなら、俺の味方になってくれるだろうし。
「春も来るよな。ほら、立てるか」
「助かる」
「あ、春、ケガしてるぞ」
「む」
菊間に抱えられるようにして立ち上がった山口は、首に血が付着していた。
怒りに任せて傷を負わせてしまった。
申し訳ない気持ちでその様子を見る。
「春、首の止血をしなさい。菊間さんにうつるかもしれないわ」
「そうだった」
山口が首をハンカチで拭うと傷口は見当たらなかった。
傷は無かったが皮膚は赤く変色している。
「私たち、太陽の光で皮膚が爛れちゃうの」
「だからヘルメットをかぶっている」
フルフェイスヘルメットのバイザー部分はU Vカット仕様らしい。
普段はその下にインナーマスクを着けていて、首までしっかり隠しているとのことだ。
俺が突然来たことにより慌てていたため、着け忘れたそうだ。
「太陽光アレルギーとか、そういうやつか?」
「それも拠点に着いたら説明するわ」
二人は少し準備があると上階に行ってしまった。
一緒に着いて行きたかったが、美香に嫌な顔をされたのでやめておいた。
もし逃げ出してもすぐに追えるように、全神経を耳に集中させて二人の音を聞いておく。
硬いブーツの足音が上階で響いている。
なにやらフロアを行ったり来たりしているように思う。
エレベーターの作動音がしたのでもう降りてくるか。
「お待たせ」
美香と山口は小さめのリュックを一つ手に持っていた。
揃いのヘルメットをかぶり同じ服を着た二人は、身長も同じくらいなのでとてもよく似ているが、よく見たら決定的に違うところがあった。
「どこを見ている」
「いや、違う。見てない」
山口の少し怒気がこもった声をかわし、百貨店を出た。
帰り道、俺は明穂の運転するフォークリフトの後ろ部分に相乗りさせてもらった。
フォークリフトの速度は時速二十キロほどだろうか。意外と早い。
「あの人が奥さんなんだね。可愛い人じゃん」
「まあな」
明穂が美香を褒めると誇らしい気持ちでいっぱいになる。
美香はきれいというよりも可愛い系だからな。
それでいて強いんだ。
「私たちのことを助けてくれたのあの二人だったよ。皆もお礼したがっていたから会えたらきっと喜ぶよ」
「ああ、明穂たちはヘルメットの女に助けられたって言ってたな。美香と山口の二人だったか」
あの二人なら男二十人程度、簡単にのしてしまうだろう。
運送屋で四肢を破壊されていたゾンビたちを思い出す。
手足を切ったり折ったりして動けなくしてからゾンビに噛ませて殺すくらい、あの二人なら平気な顔でやりそうだ。
人外な領域まで行っている俺の力でも美香にはかなわなかった。
その美香の力とカラテが合わされば、その辺の一般人など爆発四散間違いなしだ。
「なんかちょっと様子おかしかったみたいだけどさ、きっと事情があるんだよ」
「そうだな。よく話してみるつもりだ」
「それがいいよ。それにしても目と手がかっこよくなったね。狼みたいじゃん」
フォークリフトのサイドミラーに映る俺の姿は、更に人外度を増していた。
右目を中心に、顔の半分近くが白い毛におおわれていて、髪の毛もほぼほぼ白髪になってしまっている。
左眉すら白くなっていて、一気に老けたように思う。
「怖くないのか?」
「全然。金の瞳に黒くて小さい瞳孔とかかっこいいじゃん。アニメのあれっぽい」
「ああ、ウルフマンってやつか。意外と大人もアニメ見てるんだな」
「うん、まあ娘が見てたよ。もう死んじゃったけどね」
「……そうか」
「うん。あ、そっか。あれだよ? ゾンビ騒ぎの前の話ね。もう二年も前かな。心臓に障害があってさ」
「それでも、子を亡くすのは辛いだろう。冥福を祈らせてくれ」
「あはは、ありがとう。あの子も喜ぶかな」
なんてことないように言う明穂の横顔を見て、どうにもやるせない気持ちになった。
拠点に着きインターホンを鳴らす。
『はーい。って恭平さん!? その顔どうしたんですか!?』
「ああ、ちょっとな。開けてもらえるか?」
『えっと下にミシェルさんがいると思うのでお願いしてみますけど……。体に異常とかは無いんですか?』
「大丈夫、無いよ。心配してくれてありがとうな」
『それならいいんですけど……」
渋々納得しましたという感じの声を出す珠子が、内線通話でミシェルのことを呼んでくれた。
シャッターが開き、白衣を着た欧米美人が俺たちを出迎える。
「あら? 恭平、顔と手を……えーと、【new look】は日本語で、あ、イメチェンしたのね?」
「ああ、気分を変えてみたくてな。こっちが妻の美香だ。実はミシェルに頼みが、っと」
話している途中で俺を押しのけて美香が前に出る。
「おい、美香」
「ミシェルさん、お願いがあります」
「あら、なにかしら?」
「いろいろと説明もしたいので、どこか落ち着ける場所があれば」
「じゃあトレーラーに行きましょうか。恭平もそれで良いわね?」
「ああ」
美香はどうせ俺の検査を先にしろとか言うのだろう。
俺もミシェルに美香のことを先に調べてくれるように言うつもりだ。
ミシェルは俺の味方をしてくれるはずだ。
俺の血は既に調べてあるはずだからな。
「じゃあつもる話もあるだろうし、あたしらは行くよ」
「えー、私は話聞きたいんだけど」
「いいから行くんだよ」
奈津実が気を利かせてくれたのか、明穂をつれて離れていった。
ミシェルのトレーラーハウスには美香と俺、それと菊間と山口の四人でお邪魔をすることになった。
トレーラーハウス内を確認すると、、窓の類も無いので日の光が入ることはない。
これで安心して話ができる。
美香たちはヘルメットを脱ぎ、フェイスマスクを外した。
以前に美香の動画を見たときに座ったソファを勧められ、なんとも微妙な気持ちになる。
「それで、話ってなにかしら? どうぞ。熱いから気をつけてね」
「ありがとう」
ミシェルが全員分のコーヒーを用意してくれたので礼を言う。
出された角砂糖とコーヒーミルクは、山口以外の全員が使わなかった。
あたたかいコーヒーはブラックで飲むのが好きだ。
コーヒーを一口飲むと、美香が「実は」と口を開いた。
「私の血には、人を死者に変えるウイルスがいます。今までに二人感染させたわ」
「その二人ってのは誰だ?」
「とある男と、そこにいる春よ」
皆が一斉に山口の方へ目を向ける。
山口は肩をびくりと震わせ、持っていた角砂糖を手から落とした。
コーヒーカップの中に角砂糖の山ができている。
お前、何個入れてんだ、それ。
見れば用意されていたコーヒーミルクもすべて空になっていた。
「でも死者に変えるって言っても春は生きてるぞ?」
「葉子、私は一度死んだ」
砂糖とミルクを入れすぎてもはやコーヒーの味がしないだろう白く濁ったナニカを飲んだ山口が、満足気にひとつ頷いた。
「血の摂取以外で感染しないのは実験したから知っているわ。でも万が一感染して、本人が望まないにも関わらず私や春のようになってしまうのはダメだと思う。なにかしらの予防策が欲しいの」
「なるほどね。予防策を講じるために、貴方たちの体や血液を調べてみましょうか」
「そうしていただけると助かります。ですがまずは恭平の身に起きたことを調べて欲しいです」
ミシェルは顎に手を当ててなにやら考えている。
「んー、ちなみに美香さんと春さんに起きた体の変化はどんな感じなのかしら?」
美香曰く、どうやら俺と同じように筋力が上がり夜目が効き五感が鋭くなったらしい。
ただ一つ違うところは、美香たちの心臓は止まっていた。
「ほぼ恭平と一緒のようね。心停止か。脈を診てみましょう」
「あ、はい」
ミシェルは真剣な顔で美香の首と手首に指を置き、しばらく動かないでいた。
数分すると「やっぱりね」と美香から指を離した。
「不整脈ね」
「ふ、不整脈……?」
「そう。原因はそのウイルスだろうけど、心臓の動きがひどくゆっくりだったわ。常人なら死んでいるわね。一分に五、六回しか動いていないんだもの」
普通の人間の心拍数が六十から百回だったはずだ。
しかし美香の異常を不整脈で片付けて良いのだろうか。
「ちなみに恭平も不整脈よ。前に調べたけどあなたも一分に十回前後だったんだから」
「俺もだったか」
「ええ。それと恭平の血の中にも未知のウイルスがいたわ。経口感染はしないみたいだけど、血を媒介にした交差感染は起きるかもしれないわね」
「つまりどういうことなんだ?」
「キスは良いけどセックスはダメよってこと。コンドームを使えば大丈夫かもしれないけど百パーセント安全とは言えないわね」
ミシェル曰く、俺の中にいるウイルスはゾンビのものとも違うようだった。
俺も美香も共通しているのはゾンビに噛まれたことだ。
「じゃあ美香も俺と同じウイルスに感染しているってことか?」
「どうかしら。美香さん、その体になってから大きなケガをしたことは?」
「えっと、両足とたぶん背骨を折りました。すぐ治っちゃったんですけど……」
「それも恭平と同じね。傷の治りが驚異的に早い。ただ、恭平の場合は異形のものになるみたいだけれど」
「美香がケガしたところも毛まみれなのか?」
「ちょっと。言い方に気をつけてよ、恭平。それじゃ私が無駄毛まみれの女みたいじゃない」
「あ、ああ、すまん」
「でもよ、このご時勢に無駄毛の処理なんかするか?」
「葉子は普段からしてなかった」
「し、してたっつの!」
菊間が山口の肩を軽く小突いていた。
「そうだ、あと太陽の光に当たると肉が爛れて溶けていったわ」
「ポルフィリン症かしら。光線過敏症とも言うのだけれど。肉が溶けるというのは今までに聞いたことがないわね」
「水ぶくれができてそこから肉がグズグズになるの。すぐ治っちゃうんだけどね」
「難儀ね」
山口の首の傷も、俺がヘルメットを外そうとして太陽光に当たったせいでできたらしい。
もう傷は跡形も無く消えているが、痛みはそうとうあったのだろう。
あの場でヘルメットを脱がしきらなくて本当によかった。
「それと満月の夜は気性が荒くなるわね。残虐性が増すというか、容赦がなくなるというか」
「わかる」
「それは俺もだな。ソワソワするんだよ」
美香の発言に俺と山口が賛同する。
満月かどうかはわからないが、月の光に当たっていると体を動かしたくて仕方がなくなる。
「そこも似ているのね。それで、恭平がそんな風になったのはやっぱりケガが原因かしら?」
「ああ、目が潰れて腕が折れた。すぐにこの化け物の腕と目になったけどな」
「あら、かっこいいわよ?」
「そいつはどうも」
ミシェルが俺の横に移動し、腕や目元を触る。
「感触は左腕と同じものね。恭平、少し腕を切ってもいいかしら? 治るときに毛が生えるのか検証してみたいわ」
「ああ、痛くしないのなら。あと血の扱いには気をつけてくれよ。感染するかもだから」
「私を誰だと思ってるの。まあ気をつけはするけれどね」
ミシェルがメスを持ってきて右腕の人部分である二の腕を薄く切る。
痛みに身構えていたが、それほど痛くなかったので拍子抜けする。
血が垂れるので軽くティッシュで押さえようとすると、思いきり美香に腕を掴まれた。
「ちょ、おい、どうした、美香」
「フーッ! フーッ!」
「美香?」
息を荒くして、傷口を血走った目で見る美香。
掴む手にも相当力が入っているようで、腕から骨が軋む音が聞こえてきた。
「おい、美香、落ち着け」
「フーッ、フー……。ごめん、ごめんなさい」
「いいけど、どうしたんだいったい」
美香が手を離したのでティッシュで血を拭きとると、既に傷口はふさがっていた。
毛も生えておらず、軽いケガ程度では化け物に変身しないということがわかった。
美香は気まずそうにしていたが、どんな形であれ美香に強く求められることを俺は嬉しく思っていた。
「そういや春はなんで美香さんに同行してんだ? どんな経緯で感染したんだよ」
「私のせいで山下夫婦が離れることになった。だから」
山口は俺がゾンビに噛まれたのも、美香がゾンビに噛まれたのも、全て自分のせいだと言う。
曰く、自分の不注意で俺が巨大な犬に噛まれたせいでゾンビに噛まれることになった。
そのせいで俺が寝込むことになり、美香が外で噛まれることになった。
自分が不注意をしていなければ、二人は一緒に居られたはずだ、とそう言った。
「例えそうだとしてもそれは結果論だろ。俺はあんたを恨んだことはないぞ」
「それでも私は私の責任を取るべき。だから美香から協力の要請を受けて、それを承諾した」
「そんな責任は無いと思うけどな、俺は。というか美香からの協力ってなんだ?」
「それについては私から話すわ」
美香が「まず私の身に起きたことから聞いて欲しいの」と口重そうに切り出した。
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