第三十三話 集合
「そういえばさ、さっきの自衛隊の人たち全然本気じゃなかったね」
「ええ? マジで? 俺、けっこう頑張ってたんだけど」
「うん、マジマジ。本気に見せて戦ってるというか、わざと負けにいってたよ」
「マジかあ。まあ案外あっさり勝てちゃったから違和感はあったけどさ」
美香より長い年月、空手や総合格闘技をやっていた花乃ちゃんが言うのだから間違いはないのだろう。
そういえば、前に菊間が言っていたな。
『小池さんは拳法の達人で斉藤をよくぶっ飛ばしている』って。
あの人が打撃を使ってこなかったってだけで、相当手加減されていたのか。
「彼らなりの矜持というか、けじめみたいなのがあったのかもね。ほら、お義兄さんゾンビ寄ってこないし、ほんとに救世主になれる感じじゃん。そんな人をなにもしないで手放すってのはできなかったんじゃない?」
「難儀な人たちだな。でも、好感は持てるね」
「うん、持てる」
今度美味しい酒でも差し入れに来よう。
「ねえねえ、今度私とも戦ってよ」
「ええ? 嫌だよ。花乃ちゃんめちゃくちゃ強いじゃん」
「いい勝負できそうなんだけどなぁ」
そんなことを話しながら、工事の音がする方へと歩いていく。
佐藤くんはいるだろうか。
「ゆずるさーん! こっちどうすんのー!?」
「あー、イッケンのステージでいいだろー」
「おいゆずるー! ナンケンくらいトバすんだー?」
「カイコービームあっからサンケン余裕でいけるっしょ。途中アンチ抜いときゃ下落ちるんじゃね」
「あー、じゃあサンケンのサンケンありゃいけっか?」
「そっスね。真ん中は板入れたステージにしてナナケン分スね。それを北と南に二箇所作る感じで」
「うーっス」
佐藤くんや職人の皆さんが、鉄パイプにポコポコと出っ張りがついたものや鉄の網の板を担いで行ったり来たりと忙しそうにしている。
ダボっとした雨がっぱを着て、指が分かれている不思議な長靴を履いている。雨対策はばっちりのようだ。
なにやら専門用語で指示を出している佐藤くんの元へ邪魔にならないように向かう。
「佐藤くん、頑張ってるね」
「あ、山下さん。あれ、もう行っちゃうんだ?」
「いや、今作ってるのが完成するまではいるつもりだよ。俺がいなくなるとゾンビがまた寄ってくるかもしれないから」
「マジか、助かるよ。ていうかどうしてゾンビ来ないの?」
「んー、よくわからないけどゾンビに嫌われるっぽいんだよね」
「嫌われるって、なんだそりゃ、マジかよ」
楽しそうに笑う佐藤くんに、ジャケットの下に隠していた左腕を見せる。
「これ見てみて。ゾンビに噛まれたらこうなっちゃってさ」
「うわ、なにこれ。やべえやつじゃん。てかなんで噛まれたのに無事なの?」
「なんか米軍で研究してる薬をたまたま持ってるやつがいてね。それを打ったらこうなったんだ」
「怪しすぎんだろそいつとその薬。まあゾンビにならなかったから良かったんだろうけどさ。山下さん、無事でなによりだよ」
「うん、ありがとう。俺も怪しいとは思ってたけどね。背に腹は変えられないというか、一縷の望みにかけたというか」
「山下さんと美味いビール一緒に飲みたいからさ、まだまだ死なないでよね。あ、じゃあ俺作業戻るわ。山下さん待たせちゃってるし」
「ああ、急がなくてもいいよ」
俺も手伝おうと思ったが、素人が下手に手を出してもかえって邪魔になりそうだったのでやめておいた。
佐藤くんたちは十五人ほどでチャカチャカと効率よく作業を進めていく。
やがて、バリケードの中と外を繋ぐ足場の橋のようなものが完成された。
「おー。すごい。まさに職人技だ」
「まあパズルみたいなもんだよ。これで外との出入りが簡単になったから物資漁るのはかどるわ」
仮設足場の階段は三階くらいの高さまで伸びている。
足場全体の横幅は六メートルくらいで、長さは十メートルくらいか。
ひとつの四角い枠の中に板が四枚入るようだったが、真ん中の一枚以外は入っていない。
あの上を歩くのはバランスを崩して落ちてしまいそうで怖いな。
あのままではゾンビの侵入を許してしまうのでは? と聞くと「外に行かない時はアンチ外しておけばゾンビ落ちるっしょ」と山下くんが答えてくれた。
落とし穴付きの橋と考えれば、なるほど、理にかなっている。
同じものを市役所の反対側にも作ったが、慣れたからなのか先ほどの半分程度の時間で完成してしまった。
職人さんは効率よく動くから見ていて気持ちがいい。
雨が土砂降りになってきたので職人さんたちは撤収していった。
玄関ロビーで佐藤くんとの別れを惜しむ。
「山下さん、また来てよ。本当はもっと話してたいんだけど、なんか忙しそうだもんね」
「そうだね、申し訳ない。あ、今度は双子も連れてくるよ」
「双子? ああ、あのうるさいJKか。懐かしいなぁ。山下さんまだ一緒にいんだ?」
「縁があってね。最近また一緒に暮らしてるんだよ。駅んとこに百貨店あったろ? それの東部の方」
「あそこか。結構距離あんね。無茶しなくていいからさ、元気に過ごしてよね」
「ああ。佐藤くんも」
差し出された手が左手だったため、思わずそのまま握手してしまった。
毛に覆われた大きな手で握られたせいか、佐藤くんの手がびくりと震えた。
「う、うおおおー! なにこれ、やべえ! カッコいいな! 肉球あんじゃん! かわいいね、山下さん!」
「ちょ、落ち着いてくれ」
両手でにぎにぎとしてくる佐藤くんにしばらく好きにさせる。
とてもいい笑顔だった。
「それじゃ、またな」
「うん、絶対また会おうよ。今度は美香さんも連れてきてちょうだいよ」
「あ、ああ。そうだな」
佐藤くんには伝えるべきだったのかもしれないが、勇気が持てなかった。
土砂降りの雨の中、傘をさして進む。
花乃ちゃんの分の傘を佐藤くんがくれたのはありがたかった。
ところどころ陥没した道路に水たまりができているので気をつけて歩く。
ふと後ろから声が聞こえた。
「……っ……て…………! ……お兄さーん! 待ってー!」
「優子ちゃん?」
大きなリュックを背負った優子ちゃんと恵理奈ちゃんが、こちらへ走ってきていた。
傘をさしているのに走っているせいでびしょ濡れだ。
二人はこちらまで走ってくると、肩で息をしていた。
「ちょっと二人だけで出てきたらダメじゃない。危ないでしょ?」
「ごめんなさい! でも!」
花乃ちゃんが諭すように言うが、優子ちゃんはそれどころではないようだった。
「私たちも連れてってください!」
「恵理奈もいくー!」
「連れてってと言ってもねえ。お父さんとお母さんから許可はもらったの?」
「お父さんたちは自衛隊のところにいます! 一ヶ月は帰らないって言ってたので大丈夫です!」
「大丈夫とかの問題じゃないよ? 二人があそこにいなかったらお父さんたち心配しちゃうかもしれないじゃない。危ないこともして、ダメだよ?」
花乃ちゃんがあえて悪役を買ってくれているので、この流れに乗る。
「うん、せめて一言相談して欲しかったかな。二人が追いつく前に悪い奴に襲われたら悲しいし。花乃ちゃんも二人が嫌いだからじゃなくて心配だから言ってるんだよ。わかってくれるかな?」
「それは……はい。ごめんなさい……、でも、また会えなくなっちゃうのかって思ったら、我慢できなくて……」
「うん、反省してくれたらそれでいいんだ。大丈夫だよ。花乃ちゃんもいいかな?」
「私は構わないよ。でも今度から外に出る時は大人の人と一緒って約束してね」
「わかった! 恵理奈、やくそくするよ!」
「いいこだね」
二人の持ってきたリュックからタオルを取り出し、よく拭いてやる。
どこか屋内で乾かしてあげたいけど、百貨店に帰ってお風呂に入れてあげた方がいい気もする。
「そういえば百貨店のほうが市役所より駐屯地に近いし、少ししたら駐屯地に行こうか」
「えー、やだー! 恵理奈、恭平おにいちゃんのとこがいいー!」
「私もまだお兄さんと話したいこといっぱいあるし、しばらく一緒にいたいです」
「そう? じゃあそうしようか。百貨店にも自衛隊員いるし、その人に連絡してもらおうかな」
「ははは、お義兄さんモテモテだねー」
「いやいや、茶化さないでくれよ。小さい子なんだからそんなんじゃないって」
「わかってないねえ、お義兄さん。女の子はその年頃から女なんだってば」
「バカ言ってないで。ね、優子ちゃんも困るよね」
返事をせずにそっぽを向いてリスみたいに頬を膨らませる優子ちゃん。
少し怒らせちゃったかな。
花乃ちゃんにも困ったものだ。
ふと手を握られた感覚があり視線を下げる。
目をキラキラとさせた恵理奈ちゃんと目が合った。
「おにいちゃんの手どうなってるの!?」
「すごくモフモフしてますよね。ずっと気になってました」
「さわってもいい!?」
「あ、ああ。いいよ」
「わああ! すごい!!」
「中の毛は柔らかいんだ……気持ちいい」
腕に顔をうずめる優子ちゃんと、小さな手で指をニギニギとしてくる恵理奈ちゃん。
雨降ってるから毛、湿ってない?
大丈夫?
大丈夫ならいいけどさ。
恵理奈ちゃんの頭より大きい手の平でポンポンと撫でてやると、キャッキャと喜んでいた。
優子ちゃんもやってほしそうに頭を出してきたので撫でておく。
たまに自分でも触るけど、この手の肉球はやわらかくて気持ちがいい。
二人も頭を饅頭程度のやわらかさの物でポンポンされたから嬉しいことだろう。
「おにいちゃん、ウルフマンみたいだね!」
「ウ、ウルフマン? なんだ、それ?」
「しらないの? アグリィハートにでてくるウルフマン!」
「あの、恵理奈の好きなアニメです。日曜の朝にやっていた」
「ああー、あのワイルドイケメンのウルフマンか。私も見てたよー。必殺『絶・天狼抜刀拳』!」
「あー! すごいすごい!」
花乃ちゃんが空手の型とは違う独特な動きのパンチを見せると、恵理奈ちゃんが大はしゃぎになった。
日曜の朝の女児向けのアニメを見ている花乃ちゃんに、思うところがないわけではないが、まあ気にしないようにしよう。
優子ちゃんも混ざり、女子三人は話が盛り上がっていく。
このまま二人の相手を花乃ちゃんに任せてしまおう。
百貨店までは市役所から大人の足で二時間ほどかかる。
この距離を恵理奈ちゃんに歩かせるのはかわいそうなので途中から肩車をしてあげた。
優子ちゃんのリュックを背負い、そこに恵理奈ちゃんが座り、傘を持つ、といった具合に。
「優子ちゃんよく頑張ったね。ほらもうそこだよ」
「あ、ここ来たことあります。北海道物産展の時に一度だけですけど」
「北海道、良いねえ。あー、お腹空いてきちゃったよ、お義兄さんさあー。美味しいご飯いっぱいあるんでしょー?」
「いや、待てって。もう少しなんだから」
昨夜のことをまだ言っているのか。
食い物の恨みは恐ろしい。
マキシーンが来てすぐに一階の窓という窓を補強してくれたので、安全度は上がっている。
入り口の防火シャッター前に、いつの間にかインターホンの呼び出しボタンが付いていたので押してみる。
上を見れば防犯カメラまで付いている。
たぶんマキシーンの仕事なんだろうけど、一日かそこらでよくここまでやってくれた。
『あ、恭平さんお帰りなさい。今開けに行きますねー』
「珠子か、ただいま。頼んだ」
インターホンの先には珠子が居たようで、応答をしてくれた。
「あ、今のが珠子っつって、めちゃくちゃ料理の上手い神さまのような人だ」
「オーケー、神さま仏さま珠子さまだね? 二人ともわかった? 美味しいご飯を食べるには珠子さまの機嫌を損ねちゃダメだよ」
「はい、わかりました。珠子さまですね」
「たまこさまー」
「うん、ヨシ!」
「全然良くないけどな。あまり困らせるなよ」
そんな話をしていると、シャッターが音を上げながら開いた。
出迎えはきなこを抱いた菊間と鈴鹿だった。
「おかえり、恭平」
「ただいま、鈴鹿」
「またたくさん可愛い子を連れて来たね?」
「はは、そうだな」
「私にもマキシーンにも黙って出て行っちゃってさ。フォロー大変だったよ?」
「ごめん。それは本当にごめん」
「うん。まあ私は怒ってないけどね。マキシーンにはちゃんと謝んなよ?」
「ああ、そうする……」
そういえば昨日、マキシーンと大喧嘩していたのを忘れていた。
鈴鹿にフォローを頼んでいたっけか。
マキシーンに会うのが少しだけ怖い。
「お義兄さん、この人は?」
「ん、ああ。とりあえず紹介するか。鈴鹿、こっちは俺の義理の妹で花乃ちゃんだ。花乃ちゃん、この人は鈴鹿。頼りになる仲間の一人だ」
「どうもー。いつも義兄がお世話になっております?」
「あ、ええと、とんでもないです?」
なんで疑問系なのかはわからないが、とりあえず仲良くやってくれそうで一安心だ。
「アン!」 (おおかみのひと!)
「おお、きなこ。出迎えしてくれたのか。よしよし」
「おかえり恭平。こいつちょっと前からそわそわしっぱなしでよ。帰ってくるのがわかったのかね」
「ああ、ただいま菊間。犬の本能とかか?」
「どうなんだろうな。つうか飯塚姉妹も連れてきたのかよ」
「まあ、成り行きでな」
菊間と優子ちゃんたちは面識があったようだ。
あれか、二人の親が自衛隊駐屯地で医者をしているから、それ関係でかな。
「ほら、きなこがそっち行きたいってよ」
「おっと」
菊間からきなこを受け取ると、腕の中で暴れて顔や手をめちゃくちゃ舐めてくる。
可愛いけど、少し気持ち悪い。
あまり舐めるな。
「わああ! かわいいー!」
「もふもふだね!! おなまえは? きなこちゃん?」
「ねえお兄さん! 撫でてもいい?」
「恵理奈もなでてみたい!」
「はいよ、ほら抱っこしてみ」
「かわいいいい!」
こんなに元気な優子ちゃん、初めて見る。
この明るい姿が本来の優子ちゃんなんだろう。
改めてゾンビパニックのせいで小さな子たちがしなくていい怖い思いや苦労をしているのだと思い知らされた。
「あー、葉子いたー」
「ちょいきなこ見なかったー?」
「すぐ逃げちゃうんだよねー」
「あ、お兄さんじゃん。おかー」
「トッポギしちゃったの?」
「ウケる」
宇宙人が来た。
宇宙人の双子は優子ちゃんの手に抱かれたきなこを見て、それから優子ちゃんと恵理奈ちゃんを見て驚いた顔をした。
「優子ちゃんと恵理奈ちゃんじゃん!」
「久しぶりじゃね? バイブス上がるわ~」
「ばいぶすあがるー」
「あっはは、ウケる」
「それなー」
恵理奈ちゃんと双子の会話が成立しているのがすごい。
俺には無理だ。
「あ、恵理奈たん、優子たん、お腹ぺこっしょ? 今ちょうどたまちゃんがお昼つくってっからさ~」
「そうそう。とりまおいでよー」
とりあえず全員を紹介したいから一度レストランに集まるか。
「鈴鹿、作業してる人とかいたら呼んできてくれないか? 全員レストランに集まるようにって」
「ん、わかった」
鈴鹿はこの百貨店で、誰がどこでなんの作業をしているかを把握している。
本当に頼りになる。
「じゃあ花乃ちゃん、腹も減ってるだろうし行くか」
「もうお腹と背中くっついちゃったからね、私。ほら、細いでしょ」
「わかったから、お腹冷やすぞ」
わざわざ服をめくらなくていい。
レストランの中はちょっとした混雑具合となった。
総勢二十名。あまりにもな団体客で珠子も困惑気味だ。
今日の昼食はシーフードカレー。
ご飯とナンが用意されていて、ナンは珠子お手製の美味しいやつだ。
とりあえず簡単な自己紹介を済ませ、まずは昼飯だと皆でガツガツ食べた。
花乃ちゃんは昨夜に引き続きカレーだが、珠子特製カレーは格別らしく、何回もおかわりをしていた。
「さて、腹も落ち着いてきたところで改めて自己紹介と行こうか」
皆が談笑していたのをやめ、こちらを見てきた。
まずは新規にやってきた三人を紹介してしまおう。
「えー、こっちが俺の義理の妹の湯浅花乃ちゃんだ」
「どうもー。いつも義兄がお世話になってます。空手とか格闘技が得意な二十三歳です。力仕事なら任せてね」
皆から拍手が返ってきた。
笑顔であたたかく迎え入れてくれたような反応をしてくれてホッとする。
「続いてこの二人は飯塚優子ちゃんと恵理奈ちゃん」
「飯塚優子です、よろしくお願いします。十一歳です」
「飯塚恵理奈です! 八歳です!」
拍手が返ってきて優子ちゃんが少し照れくさそうにしていた。
というかなぜか名前と年齢を言う流れになってしまったようだ。
花乃ちゃんのせいだな。
「えーと、じゃあ次は三人に皆を紹介して行くぞ。人が多いから覚えきれないかもだがゆっくり覚えていってくれ」
「わかった」
「はい」
「うん」
よし、気合入れて紹介していくぞ。
俺が名前間違ったりしたら大顰蹙だな。
「まずはこの拠点の副リーダーを務めてくれている鈴鹿だ」
「井上鈴鹿です。二十一歳。困ったことがあったら言ってね」
女性たちのまとめ役でもある鈴鹿は、この拠点になくてはならない人だ。
「次、料理を担当してくれている珠子。さっきのカレーやナンは珠子の作ったものだ」
「細川珠子と言います。好きなものや苦手なものがあれば極力配慮しますのでお気軽にご相談くださいね」
「珠子さまだ」
「珠子さまですね」
「たまこさまー」
「えっ!?」
「困らせるなっつうの」
入り口で話していたのをそのまんま言いやがった。
珠子は真面目というか堅物だから、あんまりからかうのはやめてあげろ。
「はい、次。えーと、元運送屋の奈津実と明穂と深冬だ」
「どうも、菱木奈津実、二十八歳。力仕事とトラックの運転くらいしかできないけどよろしくな」
「大塚明穂でーす。年は二十七。屋上で畑やってるから手伝ってくれると助かるよー」
「ウチは西村深冬。二十二。あー、よろしく」
奈津実は皆の頼れる姉御という感じで、明穂は家庭菜園の知識とは思えないくらい畑に詳しい。
深冬は元ヤンで人見知りなせいでああいう態度になってしまうらしい。
「次、獣医の香織、狩猟系女子の直美」
「獣医っていうか獣医学科に行ってただけだって。森田香織、二十一歳です。きなこの検診とかしてます」
「一応、第一種銃猟免許と罠猟免許持ってるよ。あ、長谷川直美です。同じく二十一歳です」
かたや獣を助け、かたや獣を殺す。
同じ二十一歳でこうも真逆だと面白い。
あ、同い年の鈴鹿はばりばり男を殺してたな。
まあ十人十色、皆違うから面白いんだ。
「えー、次。高校生組だな。双子の結愛と愛理。友里に詩織。あと涼子と千恵だ」
「ちょりーっす! 三咲結愛、十八歳。とりまお兄さんの腕のモフりみ、かみってるよね」
「うぇーい。三咲愛理。お兄さんときなこがやばたんすぎてつらたん」
女性連中の何人かが頷いていた。
まさか宇宙人語が通じているだと?
これがマンジマンジというやつか。
「どもッス。田中詩織、十八ッス。えー、陸上やってたから体力には自信ありッスね。よろしくッス」
「えっと、小松友里です。十八歳です。私は皆みたいに体力がないので、迷惑をかけちゃうかもしれませんが、よろしくお願いします」
「そんなことないッスよ、友里ちゃん。あ、友里ちゃんは裁縫が得意でぬいぐるみとか作ってくれるッスよ」
「ぬいぐるみ! 恵理奈もほしいなー」
「あ、あの、じゃああとでね? 作るから、待ってて……」
「やったー!」
照れくさそうに笑う友里と、嬉しそうに優子ちゃんに抱きつき頭を撫でられる恵理奈ちゃん。
子供たちが笑顔なのは良いことだ。
「遊佐涼子と申します。十六歳です。私も特に役には立ちませんが、将棋、囲碁、オセロなど、めちゃくちゃ強いので気晴らしの相手にはもってこいだと思います」
「こいつ、初心者とか関係なしに潰してくるから、お穣ちゃんたち二人は相手しないほうが良いぜ。あたしは原田千恵、十六。えーと肉体労働とかならできます」
涼子とは一度将棋で勝負がしてみたい。
俺も中々強いからな。絶対に負ける気はしない。
千恵は金髪がプリンのようになっていて、どうにもヤンキーくさい。
元外道チンピラの俺はそういうにおいを嗅ぎ分けるのが得意なんだ。
においがするのは深冬と千恵と、あと菊間だな。
「えー次、自衛隊から派遣されてきた菊間」
「菊間葉子二等陸尉だ。恭平とタメの二十六、よろしくな」
フランクな菊間には優子ちゃんも恵理奈ちゃんもよく懐きそうだ。
「えー、最後に、マキシーンとミシェル」
「マキシーン・ブルックスいうマース。んー、ニジュー? キュー? デスね。よろしくおねがしマース」
「ミシェル・オーマンよ。三十一歳。マキシーンは元海兵隊員で私はウイルス学者をしているの。よろしくね?」
なんと、ミシェルがこの中で一番年上だった。
俺より年下かと思ってた。
それくらい可愛らしくてきれいな人だから。
「えーと、以上かな? 皆、仲良くしてくれよ」
俺がそう声をかけると、女性連中から『はーい』とまばらに返事が来た。
「あ、そうだ。今日も歓迎会をするだろ? ちょっと優子ちゃんと恵理奈ちゃんを連れてケーキを取ってきてくれないか? あー、鈴鹿、頼めるか?」
「私? べつに良いけど」
「優子ちゃん、恵理奈ちゃん、隣の中華レストランの冷蔵庫にケーキがあるから好きなのとっておいで」
「ケーキ食べられるんですか!?」
「やったー、ケーキ好きぴー」
「ウケる」
双子のせいで恵理奈ちゃんに悪影響が出ていた。
「あ、ちょっと、待ちなさい」
鈴鹿がレストランを出て行く二人の後を追おうと立ち上がる。
その鈴鹿の耳元へ口を寄せ、万が一にも優子ちゃんたちに聞こえないように小声で話す。
「鈴鹿、二人は美香に懐いていた。美香が死んだことは言っていない。まだしばらくは言うつもりはない。だから頼む」
「そういうのは先送りさせないで早く言ったほうがいいと思うけど。まあ恭平に任せるわ」
鈴鹿が手をヒラヒラとさせてレストランから出て行ったのを見送り、女性全員へ向き直る。
「皆、あの二人には俺の妻である美香が死んだことは言わないでくれ。頼む」
皆に頭を下げる。
幼い子供には、悲しい思いなんてしてほしくない。
いつかは言わなくちゃいけないが、今じゃなくても良いと思う。
「恭平……」
「お兄さん……」
憐れみが含んだような視線が突き刺さる。
そんな目で見られたくて言ったわけではない。
まあ言われた方も困るというものだが。
場の空気が微妙なものになってしまったので、ケーキを嬉しそうに運んできた優子ちゃんと恵理奈ちゃんに甘いものが苦手だと伝え退散した。
「ヘイヘーイ、キョーヘイ待つマース」
「マキシーン……」
自分のスペースに戻ろうと通路を歩いていたところ、マキシーンに呼び止められた。
まだ怒っているのだろうか。
腕を組み、不敵な笑みを浮かべこちらを見るマキシーン。
その後ろから鈴鹿と花乃ちゃんが現れた。
「ん、二人とも、どうした?」
「恭平、ごめんね?」
「お義兄さん、覚悟決めなね」
そう言って二人が両腕に抱きついてきた。
「おい?」
「恭平を逃がすなってマキシーンに言われちゃってさ」
「いい加減ヘタレてないでさー、一緒にお姉ちゃんの動画見ようよ」
「Huhuhu……。こっち来るマス……」
悪い笑顔をしたマキシーンに先導され、両側をガッチリと固められたままミシェルのトレーラーハウスへと連行された。
トレーラーハウスは百貨店に横付けされていて、窓のひとつからそのままコンテナ内に入れるようにマキシーンが工事をしたようだ。
ミシェルのトレーラーハウスには、もの凄く大きなテレビが置いてあった。
何インチあるんだこれ。
裏にある型番を見ると80インチと書かれていた。
マキシーンはテレビの前にあるソファに座り、テレビと繋がったノートパソコンをいじっている。
まさか、このテレビで見るのか?
なんかでかいスピーカーが横に立っているし絶対音質も良いよね。
臨場感たっぷりだよね。
「あの、なにもこんな大きなテレビで見なくても……」
「うるさいデース。早くそこ座るマース」
「ほらほら、恭平座って」
「お義兄さん、早く覚悟決めなってば」
鈴鹿と花乃ちゃんに引きずり込まれるようにソファへと座らされた。
もう逃げないから手を離してほしい。
ていうか鈴鹿がずっと左手の肉球を触ってきてくすぐったい。
俺の緊張をほぐそうとしてくれているのだろうか。
「じゃあスタートするマス」
「あ、ちょ」
俺の覚悟が決まる前に、動画が再生される。
大きなテレビ画面には、スポーツブラとボクサーパンツだけという半裸状態の美香と、パンツにテントを張ったチャラ男が映っていた。




