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第三十二話 ラ・ミスティカ

お久しぶりです。

言い訳はあとがきでします。

 シトシトと降っていた雨はやみ、どんよりと曇った空だけが残った。


 市役所の周りには、いつか見たときと同じくらいのゾンビが群がっていた。

 数千人規模だ。

 強固なバリケードのおかげで侵入は許していないが、その大量のゾンビのプレッシャーで中にいる人が精神をやられてもおかしくない。

 実際に前回はそのせいで中からバリケードが崩れたのだ。

 早くこのゾンビたちを散らしてしまおう。


 ある程度の距離まで近づき、ゾンビに気づかれない所で止まる。

 ゾンビを散らす前に美香がいるかの確認をしなければならない。

 美香の服装はレザーのジャケットとパンツだった。

 一目でわかるわかりやすい格好なので、花乃ちゃんにも協力してもらおうとしたが「この距離からじゃ見えない」と言われた。

 これ以上近づくとゾンビに気づかれて逃げられてしまう可能性があるので、一人で探すことにした。

 視力を含め、俺の五感が怪物化の影響で強化されていたことを失念していた。


 市役所の周りをぐるりとまわる。

 大量のゾンビがバリケードへ寄りかかったり、突き出たパイプを掴んで引っ張ったり、延々と叩き続けたりとよくわからない動きをしていた。

 バリケードを叩くゾンビの手からは肉が削げおちて骨が丸見えになっている。

 何日間、何週間叩き続けたらそうなるのだろう。

 ゾンビは疲れも痛みも知らない上に根気があるから困りものだ。

 労働力としては最高の人材なんじゃないか?

 人を食う仕事にしか興味がなく知能も低いので、就職先はないだろうけど。

 俺がゾンビを追い込んで敵対するコミュニティに大量に送りつけたら、とても良い働きをしそうではあるが。


 一周してみたが美香の姿はなかった。

 そこまで期待していたわけでもないので落胆はしない。

 さっさと散らしてしまおう。


「花乃ちゃん。これからゾンビを散らすから、俺から離れないでね」

「うん。わかった。でもあれだけ大量にいるゾンビにその力みたいなのは効くの?」

「あー、たぶん余裕だと思う。それにダメだったらダメだったでこの左腕で戦えばいい話だから」


 ジャケットの内側から左腕を振りアピールする。

 その様子を花乃ちゃんがじっと見てから「不思議だね」と言った。

 たしかに人の体からこのような腕が生えていたら不思議だろう。

 不思議で済む話ではないが。


 ゾンビを散らすべく足を向けると、一人のゾンビが怪訝そうにこちらを伺い「グゲ……」と呟くと、俺から離れるべく歩き出した。

 そのゾンビの様子を見た他のゾンビが俺に気がつくと、そいつも「グゲェ……」と呟き離れていく。

 一人から五人、五人から十人へとその呻き声は広がっていき、やがてゾンビの大合唱が周囲に木霊(こだま)した。

 数千からなるゾンビの声はまるで地響きのようで、以前にもここで聞いたことのある音だった。


『オオオォォ……』

「なにこれ、すごいね」

「よくわからないけど情報伝達をしているっぽいんだよな。ほら、全体が移動し始めた」

「ほんとだ」


 俺のことを確認できないような位置にいるゾンビも、俺から離れるべく移動を開始した。

 蜘蛛の子を散らすようにして離れていくゾンビは、街のあちこちへとその姿を消していった。

 その先で誰かが襲われる可能性はあるが、全てのことに責任は負えない。

 どうか頑張って生きてくれ、と願っておいた。


「あ、見て見て。トラック動いてるよ」

「あそこが入り口だったっけな」


 市役所の正面に止めてあるトラックがゆっくりと動いていた。

 以前、市役所から逃げ出す際に、あんなトラックが入り口をこじ開けていたのを思い出す。

 それが入り口代わりに使われているということは、復旧もしっかりできているようで少しホッとした。


 トラックがわずかばかりの隙間を作ると、迷彩服を着た二人とニッカにドカジャンという職人らしい格好の人が出てきた。

 あれは、佐藤くんと小池さんか。生きていて良かった。あとの背の高い自衛隊員の名前は覚えていない。話した記憶は無い気がする。

 佐藤くんが周囲をうかがいゾンビがいないことを確認すると、小走りでこちらへとやってきた。


「山下さん、久しぶりじゃん! 無事だったみたいで良かったよ」

「佐藤くん、久しぶり。そっちも元気そうだね」

「駐屯地から物資も届いたしね、まあまあ良好だよ。ていうか、あれ? 美香さんは? そっちの人は美香さんに似てるね。お姉さん?」

「美香は、ちょっと、違うところに行っている」

「どもー、妹の花乃ですー。姉がお世話になったみたいで」

「あ、妹さんだったか。どもども、美香さんにも山下さんにもお世話になってる佐藤っス」


 花乃ちゃんが気を利かして佐藤くんと話をしてくれている。

 正直ありがたい。美香のことを誰かに伝えるには抵抗がある。

 はっきり死んだと言うには、まだ心の整理ができていない。

 必ず、確実に弔ってあげなければならない。


「山下さん、ご無事でなによりです」

「いえ、そちらも無事なようで良かったです。小池さんですよね?」

「はい、小池です。そういえば前回お会いした時には顔をお見せしていませんでしたね」

「そうですね。自衛隊員の皆さん全員が目出し帽かぶってましたから」

「はは、そうでした」


 小池さんは沖縄にいそうな顔の彫りが深い人だった。お酒をめっちゃ飲みそうである。

 そんな小池さんから少しだけ不穏なにおいが漂ってきた。


「ところで山下さん、つかぬ事をお伺いしますが、ここの周りに大勢いた元国民の方々になにをしました?」


 ここで本当のことを話したらどうなる?

 俺を利用するべく拘束するか、研究所にでも送られて監禁されるだろう。

 それはごめんだ。

 俺にはやることがある。

 拠点の女性らを守らなければいけないし、美香を探さなければいけない。

 だから嘘をつく。

 だが嘘をつくにしてもどういった嘘をつく?

 自衛隊員が手を出せなくすれば良いのだから、手を出しにくい組織に属してるとでも言えば良い。


「実はですね、米軍関係の方と知り合い、そこで開発している薬の試験をやることになりまして」

「薬、ですか」

「はい。時間は短いですが、ゾンビが寄り付かなくなる効果があります。その実験を兼ねてここに来た次第ですね」

「なるほど。ちなみにその効果時間はどれくらいなのでしょう?」

「人の体質にもよりますね。薬が効く人は十人に一人くらいで、その時間も一時間から一週間と様々です」

「そうですか……」


 こういうもっともらしい嘘をつくのは得意だ。

 あとは守秘義務を課せられたとでも言えば追求は免れられそうだ。


「すげえな、山下さん。ちなみにさ、今ゾンビいないけど戻って来ないの?」

「ああ、そうだね。たぶん俺がここにいる間は大丈夫だと思うよ」

「そっか。じゃあちょっと俺、今のうちに作りたいもんあっからさ。山下さんとはここでお別れかな」

「大丈夫だとは思うけど一応気をつけてくれ」

「わかってるって。ちゃんと見張ったりしながらやるよ。じゃ」


 佐藤くんはそう言うと、市庁舎とは別の方向へ行ってしまった。

 バリケードの強化でもしにいくのだろう。


「それでは我々は市庁舎へ向かいましょう」

「はい」


 何かを考え込むようにして黙ってしまった小池さんの代わりに、背の高い自衛隊員に先導されて歩きだした。


 市庁舎までの道中で、今の避難所の様子を聞いた。(ちなみにこの人の名前は斉藤さんだった)

 あのゾンビ侵入時の犠牲者は四十八人ほどだったそうだ。

 一階を封鎖して二階で耐えていたところに自衛隊の応援が来てバリケードを封鎖し、内部のゾンビを鎮圧したらしい。

 撤収していく自衛隊員についていく人たちが大勢いて、市役所には佐藤くんの仕事仲間とその家族、外から避難してきた数人くらいしか残らなかった。

 百二十人近くいたのが今ではたったの四十人ほどになってしまったのだとか。

 まあ大勢いてもヒステリックやパニックになったり、犯罪を犯そうとする輩が出てくるから身内で固まってるのは良いことなのだろう。


 市庁舎内部に入ると一階の生活スペースは取っ払われており、代わりに何重にも設置されたバリケードが置かれていた。

 もし外のバリケードが突破されても大丈夫なように作られたのだろう。

 言うなれば最終防衛ラインといったところか。


 二階へと続く階段にもしっかりとした本格的なバリケードが設置されていて、役人らしき見張りの男性が二人、さすまたを手に立っている。

 彼らは小池さんが敬礼をすると会釈をしてから重そうな鉄の扉を開けてくれた。

 これくらいやればゾンビも人間も簡単には入れなさそうだ。


 二階に着くとたくさんの人がいた。

 ゾンビ がいなくなったことが気になるのか、外の様子を伺っている人も多かった。

 階段から上がってきた俺たちに自然と視線が集まる。


「あ! 恭平おにいちゃん!」

「ん? おお、恵理奈(えりな)ちゃん」


 恵理奈ちゃんが駆け寄ってきたので抱きとめる。

 太ももにぎゅーっと抱きついたまま離れない恵理奈ちゃんの頭を軽く撫でる。

 こんな全身で再会の喜びを表してくれると心がほっこりしてくる。撫でる手も止まらないというものだ。


「お兄さん、ご無事でなによりです」

優子(ゆうこ)ちゃん、ありがとう。久しぶりだね」

「はい、私、待ってたのに、お兄さん遅くて、本当に心配、しちゃいました」


 そう言いながらその目からポロポロと涙が溢れていく。


「ああ、ごめん。ほら、おいで」


 少し遠慮気味に抱きついてくる優子ちゃんの頭も撫でる。

 知り合いが死ぬという状況は、まだ幼い二人にはキツいだろう。

 これで少しでも安心してくれれば良いけど。


「もう、お兄さん遅かったから、ベーコン全部食べちゃったんだから」

「ベーコン? ああ、ベーコンか。美味しかった?」

「美味しかったですよ!」


 少しキレ気味に答える優子ちゃん。

 ここから脱出する時に交わした、約束とも言えないやり取りを覚えてくれていたことに少しだけ嬉しく思う反面、瞬時に思い出せないことに不甲斐ない気持ちになった。


「そういえばご両親には会えた?」

「はい、おかげさまで。でもお父さんたちまた駐屯地に戻っちゃって」

「それはなんで?」

「パパもママもおいしゃさんだから!」

「ああ、お医者さんか。それなら駐屯地でも引っ張りだこだろうね。なら二人はなんでここに?」

「お兄さんが来るかもだから! 待ってたんですよ!」

「ああ、ごめんごめん」


 優子ちゃんにポコポコとお腹を叩かれた。


「あれ? そういえば美香おねえちゃんは?」


 恵理奈ちゃんが無邪気にしたその質問に、俺は答えに詰まってしまった。


「美香お姉ちゃんは今はちょっと違うところに行っているんだよー」

「おねえちゃんはだれ?」

「私? 私は美香お姉ちゃんの妹で花乃お姉ちゃんだよー」

「いもうと? 恵理奈とおなじだね!」

「そうだねー」


 花乃ちゃんがフォローをしてくれたおかげでボロを出さずに済んだ。

 いつか言わなきゃいけない日が来るのだが、それは今日ではなくてもいいんじゃないか、と思ってしまった。

 弱い男だと自覚はしているが、乗り越えるまでもう少し時間が欲しい。


「お兄さん、この間も美香さんと別行動していたんですか?」

「ん? この間って?」

「一週間くらい前に美香さんだけここに来たじゃないですか。まだ外にあれがいたので中には入れなかったですけど」

「優子ちゃん。その話詳しく聞かせてくれるかな」


 どういうことだ。

 一週間前というと、赤カブトと死闘を繰り広げていたころか。


「えっ? えーと、佐藤さんが外に美香さんがいるって教えてくれて、私と恵理奈で手を振ったら振り返してくれただけなんですけど」

「それは本当に美香だった?」

「うん! あのネコちゃんのつけてたよ、お耳のついてるやつ。こわいのキックでたおしてたもん」

「……そうか。二人のことが心配で見にきたのかな」

「そうなのかなー?」

「きっとそうだよー。お姉ちゃんが二人を安心させるために怖いのやっつけて見せてくれたんだからー」

「すごかったんだよー! 走ってからジャンプしてね、キックしたらこわいのピョーンってとんでったの!」

「私も見たかったなー」


 花乃ちゃんが二人の相手をしてくれているので、今まで黙って立っていた自衛隊員の小池さんへ、小さな声で話しかける。


「すみません。子供たちには言えないのですが、実は妻の美香とはぐれてしまいまして」

「なんと。それはどう言っていいものか。ご無事だといいですね」

「はい、ありがとうございます。それで、来て早々で申し訳ないんですけど、すぐにお(いとま)しようと思います」

「そうですか……。無理を承知で申し上げますが、もうしばらく居ていただく訳には?」

「本当に申し訳ない。無理です」

「そうですよね。奥様も探しに行きたいでしょうし……」


 小池さんは眉間に皺を寄せて黙りこんでしまった。

 まとっているにおいが変わる。

 へえ、なるほど。


「俺にも守らなきゃいけないものがあるので。ご理解いただければ」

「重々承知しております」


 小池さんとの会話を終える。

 斉藤さんはずっと無言でこちらを観察するように見ていた。


「さて花乃ちゃん、もう行こうか」

「え、お兄さんもう行っちゃうんですか? せっかくまた会えたのに……」

「うん、ごめんね、優子ちゃん。ただ俺たちもやらなきゃいけないことがあってさ。必ずまた戻ってくるから」

「こんどは美香おねえちゃんもいっしょ?」

「……そうだね」

「安心して。私がちゃーんと連れてくるから」

「うん!」


 嬉しそうに笑う恵理奈ちゃんの笑顔を直視できなかった。

 恵理奈ちゃんの問いにすぐに答えることができなかった俺とは違い、花乃ちゃんはずいぶんとしっかりしている。

 ちゃんと、俺も見習わなければ。


「また来てくださいね」

「うん。また来るよ」


 最後に涙を浮かべる優子ちゃんと軽いハグを交わし、二人に手をふられながら市役所の二階を後にした。


「入り口まで送りますよ」

「はは、それじゃあお願いします」


 小池さん先導で階段を降りていく。

 その足はひどく遅かった。


「私は、自衛隊員です」

「そうですね。存じておりますよ」

「私の仕事は国を、そして国民を守ることです」

「尊い仕事ですよね。尊敬してます」

「……あなたのその力があれば、よりたくさんの人が救われます」

「まあ、そうでしょうね」


 階段を降りきり、一階のホールを進む。

 横にいる花乃ちゃんに小声で離れているように伝える。

 俺のすぐ後ろにはぴったりと張り付くように斉藤が歩いている。

 こいつからも、前にいる小池からも危険なにおいが漂ってくる。

 前を歩いていた小池が足を止め、こちらに振り向く。


「山下さん。どうしてもご協力いただけませんか?」

「そうですね。俺にはやらなければいけないことがあるので」

「あなたが協力してくだされば大勢の人が救われますよ?」

「すまないがこのご時勢だ。他人よりも身内を大事にするよ、俺は。あんたにも家族はいるだろう? 駐屯地にいるのか? 離れて暮らすのはつらいだろう」


 俺の言葉に小池は黙り込んだ。


「俺の気持ちもわかってくれるだろう?」

「はい、わかります。では実力行使にて力づくでも連れて行きます。斉藤」

「すみませんね」


 後ろから斉藤に両腕ごと抱きしめられるように持ち上げられる。

 いわゆるベアハッグとか鯖折りとかいうやつだ。

 ギリギリと締め上げられるせいで身動きが取れない上に息がしにくい。


「良いんだな。お前ら。敵になるんだな?」

「斉藤。拘束を緩めるな」

「思ったより力が強くてですね。おっと」


 両腕を外側へ弾いて腕の拘束から抜け出す。

 二人から距離を取りジャケットを脱ぎ捨てる。


「まさか振りほどかれるとはね」


 斉藤が両手を広げた構えを取り、じりじりと迫ってくる。


「痛かったらすみません」

「そっちこそ痛くても恨むなよ」


 こいつ、ただでさえでかいのに構えられると余計にでかく見える。

 牽制の左ジャブを放つも手首をつかまれ、気がついたら床に叩きつけられていた。

 顔をしたたかに打ちつけ、視界に星が飛ぶ。


「ぐ、ぐううぅ!」

「暴れないでください。折れますよ」


 左腕が極められていて、思うように動けない。

 普通の腕ならこのまま為す術もないのだろうけど、あいにく俺の腕は普通じゃない。


「山下さん、ダメですって。折れちゃいますよ」

「うううるせええ!!」


 全力の力で斉藤を振り払い、飛び起きる。

 包帯が外れて異形の腕が丸見えになってしまった。

 だからどうした。


「その腕は?」

「おめえをぶっ飛ばす腕だよ!!」


 大きく振りかぶったテレフォンパンチだが、この腕の振りの速さは並じゃない。

 腕をクロスしてガードした斉藤の、ガード越しに顔面をぶん殴ってやった。

 鼻血を出して驚いた顔をしてやがる。

 ざまーみやがれ。


「はい、そこまで」

「はなせ、よ!」


 横合いから小池に首を抱え込まれてしまう。

 このままじゃ投げられるか極められるかだ。


「少し眠りましょうか」

「く、っそ」


 なんとか振りほどかないと、意識を落とされる。

 小池の胴に腕を回しがっちり掴む。


「無駄ですよ」

「そう、かよ!」


 両足に力を込め、思い切り跳ぶ。

 三メートルはある市役所の天井に、俺と小池はめり込み、そして落ちる。

 受身を取るべく俺を離した小池の胸倉を掴み、振り回しつつ顔面を床へと叩きつける。

 ドンと重い音がすると、小池はピクリとも動かなくなった。


「小池さん!」

「次はてめえだコラ!」


 四つん這いになり、左手をコンクリートの床に食い込ませて力を込める。

 両足と腕の力を使った突進はもの凄い勢いだったが、斉藤にひらりとかわされてしまった。


「はやっ! なんですか、それ?」

「うるせえよ」

「その腕で殴らないんですか?」

「本気で殴ると死んじゃうからな。お前」

「死んじゃうとか物騒ですよ?」

「うるせえな、時間稼ぎはやめろ」

「あ、バレてました?」


 小池が復活するのを待ってるんだろうけど、そうはいかない。

 再度力を込めて突撃。

 かわされるが、その後ろの柱に両手両足で着地し、全身のバネを使って再突撃。


「う、わあ!」

「あ、よけんなよ!」


 かがんでかわそうとした斉藤の上を通り過ぎる際に、両足で頭を挟む。

 斉藤の頭を支点に勢いのまま回転し、俺の体を掴もうとした左腕を取りそのまま極めつつ床へ押しつぶす。

 倒れこんだ斉藤の腕を脇固めの要領で極めると、さすがに痛かったのか床をタップしていた。


「どうだ! わかったか! お前じゃ俺に勝てねえんだよ!」

「いたたた! すみません! 負けです! 離して! ごめんなさい!」

「うるせええ! どうだおらぁ!! まいったかコラァ!! スッゾオラァアア!! ウオオォォン!」

「いたたたたたっ!! まいりました! まいりましたってば!」


 アドレナリンがドバドバ出ているせいか、斉藤の痛がる姿を見ていると気分が高揚としてきた。


「山下さん、すみません。私たちの負けです。斉藤を離してやってはくれませんか」


 鼻と口から血を流した小池さんが、パンパンとほこりを払いながら立ち上がった。

 顔から固い床に落ちたのに、凄いタフネスだ。

 顔面血まみれなのに満面な笑みの小池さんに少し引く。

 おかげで冷静になれた。


「いやあ、まさか実戦でラ・ミスティカを使う人がいるとは。感激です」

「は、はあ。ラ・ミスティカですか」

「ええ。ご存知ありませんか ルチャリブレというかプロレスの技なんですけど。和名だと竜巻式脇固めとでも言いましょうか」

「ちょっとわからないです」


 WWEとか好きだった美香ならわかるんだろうけど、俺はわからなかった。

 離れていた花乃ちゃんに「知ってる?」と目で訴えると、めちゃくちゃ良い笑顔で親指を立ててきた。 

 知っていそうだ。


「あの! そろそろ離してくれると! 助かります!」

「あ、ああ、ごめんね」


 腕を離してやると斉藤さんは肩を押さえながら床を転がっていた。


「じゃ、じゃあ、もう行ってもいいですかね」

「はい。お手間を取らせてしまい申し訳ないです。奥様と無事に再会できることを願っております」

「ありがとうございます。花乃ちゃん行こうか」

「えー、もうちょっと見てたかったなあ。いい動きしてたよ」

「いやいや。ケンカはよくないよ」


 ほんと、なんでこんなことになっちゃったんだか。

 まあ売られたケンカは買うけどさ。

 自衛隊員とケンカとか、負けなくてよかったよ、マジで。


「山下さん、ひとつお伺いしたいのですが、その腕になってからなにか体に不調などはありませんか?」

「いや、特にはないですね」

「そうですか。どういった経緯でそのような腕になったのかはわかりませんが、困ったことがあったら遠慮せずにご相談ください」

「あ、はい。ありがとうございます」


 血まみれの笑顔で敬礼する小池さんは、少し怖かった。

 しばらく床でもんどりうっていた斉藤さんが起き上がり、握手を求めてきた。

 一瞬警戒したが危険なにおいもなかったので握手に応じる。


「山下さん、小池さんを許してあげてくださいね。本当は安否不明の奥さんと娘さんを探しに行きたくてしょうがないはずなんですけど。『任務が優先だ』って聞かなくて」

「斉藤、余計なことは言うな」

「ははは、すみません。でも山下さんには知っててほしいかなーって思いまして」

「それが余計なんだ。すみません、山下さん。忘れてください」


 この人たちも自衛隊員である前に一人の人間だということを失念していた。

 俺ばかりが悲劇の主人公みたいな心境になっていたが、このような世界ではそんな悲劇は掃いて捨てるほどあると知った。


 敬礼をして微動だにしない二人に深く頭を下げ、市庁舎から出た。

 外に出ると空が再びぐずりだしたのか、霧雨になっていた。

 火照った体が外気に晒され冷えたせいでぶるりと震える。

 二月の雨は芯まで冷えるが、毛に覆われた左腕だけは熱をもっていた。

言い訳。


・去年の台風被害を受けて体調を崩した。

・PC内の小説データがぶっ飛んで消えた。

・プロットから最新話から全て消えたのでモチベーションも消えた。

・長いこと執筆活動から離れていたので執筆の仕方を忘れていた。

・プロットを思いだしながらまとめるのに時間がかかった。

・コメントの言葉に申し訳ないと思いつつ励まされ執筆ができた。


はい。すみません。

これからはペースは遅いかもですが完結まで再開していきます。

皆が気になっている動画内容は二話後に出てきます。

これともう一話は書けているので、明日また投稿します。

よろしくお願いします。


コメントをくれた皆様、本当に励みになりました。

お待たせして申し訳ないです……。

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