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第二十九話 決別

 マキシーンの放つ弾丸が、空気を切り裂いて飛んで行く。

 止まっているジープの窓ガラスに着弾したそれは、窓を吹き飛ばしその中身の肉をシェイクし爆散させた。


 弾丸を放つ音が断続的に聞こえる中、二人の元へと歩く。

 コンテナの元まで辿り着き、タイヤに足をかけて跳ぶと、難なくコンテナの上へと登ることができた。


「あら、恭平、お疲れ様。貴方のおかげで楽ができたわ」

「凄いデスネ。さすが『NINJA』デス。ニンポーハッソートビのジツ」


 コンテナの上に二人は寝そべっていた。

 マキシーンは銃を構え、ミシェルはパソコンをいじっている。

 マキシーンは俺を見ると笑顔でよくわからない印を組んだ。


「忍法じゃねえよ。お前ら、よくも(はか)ってくれやがったな」

(はか)る? なんのことかしら。マキシーン、わかる?」

「NO.それよりキョーヘイ、他にどんなニンポー使えるマス? ブーシンのジツは?」

「ブシン? ああ、分身か。使えねえよ。はあ、ったく。まあ良い。おい、ミシェル。薬ができたら優先してウチのやつに回せよ」

「ええ、もちろん」


 そもそも俺の拠点に二人を住ませる時点で、薬はウチに回ってくるんだろうけど。


 マキシーンのではない銃声が響く。

 道の向こうで車から降りた敵が何人かこちらへ銃を向けていた。


「Hey.立ってると撃たれるマスよ」

「恭平も姿勢を低くした方が良いわ」

「ああ、わかった」


 敵は車に乗った状態だと鴨撃ちにでもされると思ったのか、木の陰や車の陰に隠れたようだ。

 このコンテナの上は結構な高さがあり、下から撃たれても角度的に中々当たらない。

 伏せてしまえば当たることはまずないと思えるので、俺もマキシーンの後方でうつ伏せになる。


 うつ伏せになると図らずも眼前にマキシーンの大きなケツがあった。

 アメリカ人は豊満な体を持っているイメージだが、やはりあっていたようだ。

 ドガンと大きな銃声が鳴ると、マキシーンのケツがプルンと震えた。

 銃の衝撃を体で吸収し、最終的にケツを揺らすことでエネルギーを放出しているのか。


 何発も銃声が響き、その度にケツは揺れる。

 それが面白くついつい夢中で見ていると、横からミシェルが「ちょっと恭平、どこ見てるのよ」と言ってきた。


「ああ、マキシーンのデカいケツが揺れててな」

「My hot ass's the favorite?」


 銃を撃ちながらケツをプルンと揺らしたマキシーンが、なにやら話しかけてきた。


「あ? なんて?」

「お尻が好きなの? って」

「まあ人並みにはな。男なんて皆そうだろう。それより、いつまでここにいるんだ?」

「もう少し。あいつらの力をできるだけ減らしておきたいの」

「そうか。俺は何をしたらいい? やれることならやるぞ。さっきみたいなことはごめんだがな」

「本当に忍者みたいで素敵だったわよ。それじゃあ恭平には周囲の警戒をして欲しいわね」

「わかった」


 マキシーンの撃つ銃声のせいで耳がバカになっているし、硝煙の臭いで鼻も利かない。

 だったら目で動くものを探すしかないか。

 片っ端から動くものをマキシーンに伝えていこう。


「マキシーン、右前方ジープ二台の後方にある木の裏に一人。顔少し出してこっち見てる」

「OK」


 銃声が響く。木の裏から肉塊が飛ぶ。


「次、たぶんあれマンションの上の方からこっち狙ってる。八階ベランダ」

「Oh…… OK」


 銃弾はマンションのベランダ手すりに着弾する。

 こちらを狙っていた人間は下へ落ちていった。


「あ、左、草の中。一人這いずってきてる」

「どこデス?」

「ほら、信号機の左、今揺れてるだろ」

「OK」


 草と土と血と肉片が飛んだ。


「恭平、貴方最高の観測手になれそうだわ」

「そうなのか。よくわからないが。とりあえず動くものはいなそうだぞ」

「しばらく様子を見てから動きましょうか」


 十分ほど待つと、一台の車がマンションの方からこちらへと近づいてきた。

 あれは……。


「おい、マキシーン、あれは撃つなよ」

「ワタシも見たネ。撃つないデス」


 どうやらマキシーンも気がついたようだ。

 ミシェルが不思議そうに「なんで撃たないの?」と聞いてきた。


「あれ、白旗掲げてるんだよ」

「暗くて見えにくいデシタけどネ」

「なるほどね」


 車がゆっくりとした速度である程度の距離まで近づいてから停車した。

 ドアが開くと一人の男が出てきた。


 鋭い目つきに一文字に結ばれた口、ハリウッドの映画俳優でもしていたのかと思えるほどの端正な顔立ち。

 顔は二枚目だが獰猛な雰囲気をまとっていて、まるで野生の狼を思わせる。

 胸から二の腕にかけての厚みははち切れんばかりで、まくった袖から見える腕は肌の張り具合からも、岩のように硬いであろう筋肉が詰まっているのがわかる。

 身長は二メートルない程度だろうが、その確かな体躯は男の体をより大きく見せている。


 迷彩服を着たこの男は何者なのだろうか。

 (たたず)まいや歩き方が訓練された軍人のそれに思える。


 男は両手を上に掲げ敵意は無い様を表すが、こちらを睨むその眼差しには憤怒と憎悪がありありと見てとれた。

 マキシーンが男に銃口を向けて引き金に指をかける。


 左腕を見られないように、上着を巻きつけておく。

 意外にも、男は単身で交渉に来たようだった。

 余程腕に自信があるのか、軍人としての誇りがあるとも見える。

 男はゆっくりとこちらへ歩いてきた。


「私が話しに行くわ。あの男とは知り合いなの。私を護衛していた兵士だったのよ」

「そうか。俺も行こうか?」

「ありがとう。お願いするわ」


 男の元へ向かうべくコンテナから飛び降りると、ミシェルが「私も良いかしら?」と訪ねてきた。


「俺が受け止めれば良いのか?」

「そう。お願いしても?」

「ああ、構わないが。ケツから落ちる感じで来れば受け止めやすい」

「わかったわ」


 意外と思い切り良くミシェルが落ちてきたので柔らかく受け止める。

 怪物のような力を得たおかげで、ミシェルにも俺にも衝撃を少なくして受け止めることができた。


「うふふ。怖かった。腰が抜けちゃったかも。このまま連れていってもらえる?」

「いや、絶対嘘だろ、それ。あの男となんの話をするかは知らないが、少なくともこのまま行くのはマズいだろ」

「構わないわよ。話す前に降ろしてくれればそれで良いから。このまま行って」


 よくわからないミシェルのお願いを聞いて、右腕に乗っけるように抱えたまま歩いて行く。

 近づくにつれ男の眉間には青筋が浮かび、そうとう苛立っているのがわかる。

 ミシェルを下ろすと「ありがとう」と頬にキスをくれた。

 男の表情が更に険しくなった。


 ミシェルは男と早口の英語でなにやら話を始めた。

 まくしたてるように言う男に対し、ミシェルはゾッとするほど冷たい声で返す。

 男は時折俺を指差してはなにやらを喚いている。


 段々と二人の口論は激しくなっていく。

 ふと、男から漂う匂いが変化した。


「Fuckin 'jap」


 男が左足に取り付けられた拳銃のホルスターへと手を伸ばす。

 瞬時に右手でその腕を掴み、動かないように押さえつける。

 驚く男の顔に化け物の左手でアイアンクローを食らわす。


「ファッキンジャップくらいわかるんだよ、この野郎。このまま頭潰してやろうか?」

「恭平、やめて。殺しちゃダメよ」

「そうか。手を離すのは構わないが、こいつに銃を抜いたら殺すって伝えてくれないか?」

「ええ。わかったわ」


 ミシェルが男に英語で話しかけると、短く返事をした男の腕から力が抜けたのがわかった。

 また動いたら掴んでやればいいかと、顔と腕から手を離す。


 俺の左腕を凝視した男とミシェルがなにやら話をしたあと、男は車の方へと歩いていった。

 どうやら話は終わりらしい。

 英語がわからないと終始なにを話しているのか理解できず、なんとも蚊帳の外な感じだった。


 帰ろうとする男の背中に「Get lost dick head!」とマキシーンが何やら大声を浴びせた。

 男も振り返りマキシーンに向かって中指を立て「Don’t talk to me you stupid dirty bitch!」と声を張り上げて返す。

 マキシーンは肩をすくめる動作をして「Loser’s whining make me laugh.」と言った。

 男は地面に唾を吐くと、再度中指を立てて車に乗り込んで去っていった。


「あれはなんて言ってたんだ?」

「バカとかマヌケとか、まあ悪口合戦よ」

「なるほど……」


 男が去ったあと周囲の確認をするが動くものはいない。

 匂いでも音でも安全だと判断できた。


「それで、結局あの男は何の用だったんだ?」

「私を引き止めたかったみたい。前からずっと自分のところへ来いと言われてたけど断り続けてたの」

「それはなんで?」

「彼自身は悪人ではないのだけれど、彼がリーダーを務めるグループは人が増えすぎて統制が取れなくなっているの」

「ああ、酷い殺され方をした人をたくさん見かけたよ」


 電柱や信号機に吊るされた死体や、弄ぶように損壊されたゾンビの姿が思い出されて嫌な気分になる。


「基地内にいくつもあるグループ同士で殺し合いが度々発生していたの。そのうち残酷な処刑をするようになってしまったのよ」

「人が増えるとろくでもないことになるのはわかる」


 市役所での一連の騒ぎを思い出す。


「そんなときにマキシーンがやってきて銃を乱射するものだから、完全に敵対してしまって」

「汚物は消毒だーデスネ」

「それってマキシーンのせいで死体が増えたんじゃないか?」

「でもマキシーンのおかげで、あの場所で研究が続けることができたのも事実なのよ」

「ミシェル危ないデシタからね。あれくらいやらないとヤツラ帰らなかったデスネ」


 ドヤ顔をするマキシーンは、意外ときちんと考えているようだ。

 てっきり人やゾンビを撃つのが好きな危ないヤツかと思っていた。


「さっき彼と話して、予防薬ができたら提供すると提案したら、これ以上追わないと約束してくれたの」

「マキシーンの銃の前に一人でやって来るような男だ。信用はできそうだ」


 その男は信用できるかもしれないが、人間に対しての警戒は強めておいた方が良いだろう。

 話を終わらせ、百貨店までの移動を開始する。


 病院前に止めてある荷物満載のバンに俺が乗り込み、マキシーンの運転するフォークリフトへ追従する。

 助手席ではきなこが丸くなって寝ており、時折くうくうと寝息が聞こえた。


「お待たせ、きなこ。これから拠点に戻るからな」

「……プフウ」


 何やらため息のようなものを吐くきなこをひと撫でし、運転に集中する。


 米軍基地内は放置車両が無くスムーズに車が通ったが、基地外に出てしばらくすると道が狭くなっていき、やがて停車した。

 時刻は朝の五時を過ぎた頃。

 日の出まではもう少しありそうだ。


 夜になるとゾンビはあまり活発的ではなくなるらしいが、万が一があるかもしれない。

 車から降り、マキシーンの運転するフォークリフトへ飛び乗る。


「マキシーン、ご苦労さん。どうよ、調子は」

「OH.キョーヘイ、もうちょとかかるマスネ」


 フォークリフトは乗用車を二台まとめてすくい上げると、歩道の上に積み重ねていく。

 順調に進む作業だが、ある程度進んだら俺がバンを運転しに戻らなければならず、とても面倒くさい。

 そのことをマキシーンに伝えると「これ使うマス」とよくわからない機械を渡された。


「これは?」

「ソレを車にあるUSBに挿すマス。それからコレ前の車につけるマス」

「そうなるとどうなるんだ?」

「前の車追っかけるマス」

「自動運転機能ってやつか」


 仕組みはわからないが、マキシーンの言うとおりに機械を取り付けると、バンは自動でミシェルの運転するコンボイのあとを追いかけ始めた。

 最初からこれで良かったんじゃないかと伝えれば「忘れてたデスネ」と舌をペロリと出される。

 そういうのはよく知っているんだよな。



 すっかり日も昇り、時計の針は十時を指していた。

 ようやく俺の拠点である百貨店が見えてくる。

 あと数台もどかせば百貨店までの道で邪魔なものはなくなる。


「よーしよし、良いぞマキシーン。もうすぐで到着だ」

「お腹空いたデスネー」

「腹いっぱい食べて良いから、あと少し頑張れ」

「OK」


 ふと百貨店を見れば、さすがに重機の音やエンジン音がうるさかったのか、百貨店の八階から珠子が顔を出してこちらを見ていた。

 向こうから見えるかはわからないが、フォークリフトの天井に立ち、大きくて白い目立つ左腕を振る。

 どうやら見えたらしく、珠子も両手を振って返してきた。

 なんだか少しほっとした。


 トラックと重機を百貨店前の広場に止めて入り口へと向かう。


「全然バリケードなってないデスネ。簡単に破れるマス」

「ああ、ゾンビが寄ってこないからいじってなかったな」

「NO.人間がいるマス。危ないこと減らすのは『survival』の基本ネ」

「じゃあその辺はマキシーンに任せた」

「YES!! やるがいあるマス」

「やりがいな」


 そんな話をしながら正面玄関の前に行くと、自動でシャッターが開いていった。

 誰かが待機していたようだ。

 シャッターが開いていくと、そこには女性陣がずらりと並んでいた。


「お、おお。皆勢ぞろいじゃないか」

「うん、おかえり、恭平」

「ああ、ただいま、鈴鹿」


 鈴鹿が腕を広げて近寄ってくる。

 困惑しているとそのままギュウと抱きしめられた。


「心配していたんだからね」

「あ、ああ。すまんな」

「ううん。無事でいてくれたから良いよ」


 そう言って離れていく鈴鹿の代わりに、今度は珠子が飛びついてきた。


「お、おお?」

「おかえりなさい! 無事でなによりでしゅ!」


 言葉を噛んでしまったせいで顔が真っ赤になった珠子が離れると、今度は双子が挟むように体当たりをかましてきた。


「ふっ、ぐぅ……」

「お兄さん!」

「お帰り!」

「きなこ見なかった!?」

「いないんだけど!」


 そうやってすぐに構おうとするからきなこはいなくなるんだぞ。

 さっきまでミシェルの腕に抱かれていたのに、今はもうどっか行っちゃってるからな。


「早くモフらないとやばたんなんだけど!」

「お腹に顔うずめるのすこすこのすこ」


 ほんと、そういうところだぞ。


 その後も女性らが代わる代わる俺を抱きしめては一言二言残して離れていく。

 あの菊間でさえ優しく抱きしめてきて、なんだかドギマギしてしまった。

 俺がいない一日で、いったい何を話して何を決めたんだか。


 女性らのハグが終わると、ようやくマキシーンとミシェルの二人を紹介することができた。

 ミシェルが薬を開発していることと、マキシーンがゾンビ本の作者だということを伝えると、女性らは「おおー」と感嘆(かんたん)の声を上げた。


 マキシーンが女性陣を興味深そうに見た後、首を傾げて「hmm……」と唸った。


「どうした?」

「ミカいないデス。話すしたかったネ。どこいるマス?」

「……ああ、いや、ここには、いない」

「別行動してるマス?」

「そう、だな」

「ミカはどこにいるマス?」

「…………ここでは、ないな」

「hmm……」

「マキシーン、それよりも拠点の状況を見て改造計画を練るんじゃないの?」

「OH.そうだったネ。ワタシちょと見てくるマス」


 マキシーンはミシェルに言われると、すぐにどこかへ去って行ってしまった。


「じゃあ恭平。荷物とか運びいれたいんだけど、皆に手伝ってもらえば良いのかしら?」

「ああ、そう、だな」

「運び終えちゃえばゆっくりできるのだから、もう少し頑張って、恭平」

「ああ、わかった」


 ミシェルの荷物はバンの中にある物だけだった。

 コンテナの中にもあるのかと思ったら、あれは一つの部屋になっているらしく、移動式研究室的なそういうものなのだと言われた。

 だから百貨店からすぐにコンテナへ行けるように、マキシーンがいろいろと改造をするらしい。



 荷物を運び終え、マキシーンとミシェルの寝室を準備したあとは各々の自由時間となった。

 何をするか、と考えていると鈴鹿に「ちょっとついてきて」と言われ屋上までやって来た。

 そこにはなぜか珠子もおり、テーブルの一つへと案内されたので言われるがまま席につく。


「どうした、二人とも。何かあったか?」

「うん。少し話があってさ」

「話?」


 女性陣内で問題でも発生したか?

 あまり力になれそうにもないが、聞くだけ聞いてみよう。


「あのさ」

「ああ」

「美香さん、探しに行こうよ」

「……は?」


 頭に衝撃が走った。

 予想だにしない言葉に脳が軽く混乱している。


「な、何を言っている? それよりも、なんで、美香の名前を」

「双子と菊間さんから聞いたよ。死んじゃった、奥さんのこと」

「あいつら、勝手に喋りやがって……」

「私が無理を言って聞いたの。三人とも話したくなかったみたいだけど」

「……そうか。で、探しに行くってのはどういうことだ?」

「この間のこと覚えてる? お酒飲んだ日のこと」

「いや、あまり覚えてないな」


 何かを話していたのは覚えているが、内容は思い出せない。


「あのとき、恭平は守りたい、守りたかったって言ったの。だから私たちを守るのはさ、美香さんを守れなかった償いとしてってことなんだよね」

「そんな、ことは、ない」

「ううん。体の関係を築こうとしないのもそう。美香さんの幻影に囚われ続けているから、だから他の女と寝れないんだよ」

「……ち、違う、そんなんじゃ、ない。俺は……」

「美香さんと決別しよう。美香さんがゾンビになってさまよっている限り、恭平は新たな関係を築けない」


 違う。違う。

 美香はゾンビになんて、俺の腕の中で、俺に生きろって……。


「ちゃんと弔ってあげようよ、恭平」

「い、嫌だ。美香は、俺の手の中で、眠って、それで……」

「ゾンビになったんだよ。恭平、もう美香さんは美香さんじゃなくなったの」

「違う、違う! 美香だ!」


 勢い良く立ち上がったせいで、椅子が後ろに倒れる。

 気がつけば頬を涙が伝っていた。

 くそ、なんで、なんでだ。

 俺は強い……強くなきゃいけないのに!


「美香は、俺を避けてはいたけど、ちゃんと立って歩いていた! 俺とは一緒にいられなかったが、美香は……! 美香なんだ……!」


 世界が回るような感覚に襲われ、地面へと膝をつく。

 力が入らない。


「恭平、あなた……! 美香さんがゾンビになったこと、死んでしまったこと、受け入れられてないじゃない!!」


 俺の隣へ膝をついた鈴鹿に、頬を両手で叩かれるようにして挟まれた。

 顔を上げられ、鈴鹿が俺の目を見て口を開く。


「恭平、ちゃんと聞いて。それじゃダメだよ。死んだの。死んだ人は立って歩かない。人を食べたりもしないの」


 鈴鹿の目が潤み、涙が零れ落ちた。


「私も……つらかった。お母さんがゾンビになって私に襲い掛かってきて……。でもお母さんは確かに死んでいたから、だから、安らかに眠らせてあげなきゃいけないんだって、それで……う、うう……」


 大粒の涙がポロポロと零れる。

 しゃくりあげるように泣く鈴鹿は、しかし強い眼差しで俺のことを見据えていた。


「だから、私は……お母さんの、首を……!」

「もういい……! ごめん、鈴鹿、ごめんな……」


 鈴鹿の頭を引き寄せ胸に抱く。

 肩を震わせて泣く鈴鹿を抱きしめる。

 強い女性だと思っていた鈴鹿の背中は、とても小さく華奢だった。

 しかし同時に普段の鈴鹿の強さの理由がわかった。


「う、うう……」

「すまん。つらかったよな」


 鈴鹿の涙が、俺の胸に広がっていく。


「私も、お兄ちゃんを、眠らせてあげたいです……」


 珠子が涙に濡れた顔で、そうポツリとこぼした。

 握り締められた手が、膝の上で震えている。

 珠子も、また悲しんでいたのだ。


「それは、俺がやる。珠子の決意だけで充分だ。だが、本当に良いんだな?」

「はい、お願いします……」

「必ず見つけ出して、安らかに眠らせると誓うよ」

「ありがとう、ございます……」


 顔をくしゃくしゃにして泣く珠子を見て、決意した。

 ゾンビは、見つけ次第殺してあげよう、と。

 それがゾンビになった人への、せめてもの手向(たむ)けだ。


 俺は、美香に会いに行き、そして、決別する。

「My hot ass's the favorite?」 (私のセクシーなお尻が気に入ったの?)


「Get lost dick head!」 (とっとと消え失せな、クソ野郎!)

「Don’t talk to me you stupid dirty bitch!」 (俺に話しかけるな! 頭の悪いアバズレが!)

「Loser’s whining make me laugh.」 (負け犬の遠吠えは私を笑わせてくれるわ)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 『ファッキンジャップくらいわかるんだよ、この野郎』 名セリフきたーーー! [一言] 再開ありがとうございます! 最初から読み直してるところです!
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