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第二十八話 奪取

 マキシーンの後をついていくのはとてもスリリングだった。

 有刺鉄線や地雷を超えた先にはアロートラップやセンサー式自動機銃などがあった。

 それらはマキシーンの操作するタブレットでオンオフが切り替えられるらしく、地雷原を歩かされるよりは安心感があった。


「これ、豚肉を揚げたものね。とんかつというやつかしら。初めて食べるわ。ソースと、これは和がらし? うん、美味しいわね」

「Oh! 鼻が! 美味しいけどネ!」

「マキシーンはローストビーフサンド? それはわさび醤油ね。肉のしつこさが無くなって美味しくなるのよ」

「YES! これ好きデスネ」


 マキシーンとその友人は病院の地下を拠点にしていた。

 そこはよくわからないハイテクな空間となっていた。

 こう、ドアがプシューと音を立てて自動で開くというか、ウィーンと電気の音がしながら開くというか。

 白い壁に白い床といった作りに、なんとも無機質な印象を覚えた。


「温かい。染み渡るわね。ビーフシチューなんてもう二度と食べられないかと思っていたわ。これは帆立のフライね。うん、和がらしとソースがよく合うわ」

Delicious(美味しい)I love it(これ好き)!」

「ちょっとマキシーン。貴方それお弁当二つ目よ。食べすぎたらダメよ」

「NO! もう『ration』は食べるしたくないデス。それよりこの『rice』が『seafood』たくさんで好きデス」

「ええ。このピラフも美味しいわね。イカ、エビ、貝はアサリかしら? トマトとニンニクで味付けされていて、あっさりの中にもコクがあって、いくらでも食べられそうね」

「YES! そういえばミシェル、『Japanese』上手ね。ワタシ聞くの初めてデスけど、日本人の人みたいデス」

「その国にお邪魔するのだから、その国の言語で話すべきなのよ。マキシーンももう少し勉強しなさいね」

Touche.(まいったね)


 研究室のようなところに、マキシーンの友人であるミシェル・オーマンはいた。

 白金の髪を一つにまとめ白衣を着ている欧米系の美人だった。

 歓迎してくれたミシェルはお互いの自己紹介が済むと、俺の左腕に飛びついてきて「どうなっているのかしら? 不思議ね!」と揉んだりつねったり毛を抜いたりとしてきた。

 とりあえず落ち着いたところでこの腕についても話がしたいと提案すれば、食堂のような場所へ案内された。

 そういえばお土産があるのだとボストンバッグの中から、きなこと弁当箱を取り出すと、きなこは初めての場所だからか匂いを嗅ぎまわっていた。

 二人は「Pretty puppy」と笑顔で見ていたので問題はなさそうだった。

 弁当箱を開けて中身を出し、ほんの気持ちですが、と二人へ差し出すとものすごい勢いで食べ始めた。


 そんな二人に圧倒され、黙って弁当箱の中身が無くなっていくのを見ているしかなく、軽く過去を振り返っていた。

 二人ともとても細身なのに、いったいどこにそんな量が入るんだと言いたくなる。

 俺の持ってきた弁当はほぼ二人に平らげられてしまった。

 俺が食べられたのは一切れのカツサンドだけだった。


「ふう、美味しかったわ。ご馳走さま。久しぶりに人間らしい食事ができたわ。軍のレーションは美味しいとは言えないものだから」

「Yeah! これ好きデスネ。キョーヘイやるマス」

「あ、ああ。お口にあったようでなによりだよ」

「キョーヘイのところは『Everyday』がこれを食べるマス?」

「まあ、ここまでたくさんは食べないが、同じような料理が出てくるぞ」

「Oh……」


 マキシーンは「Gununu……」と唸ると、ミシェルと早口の英語で何かを言い合い始めた。

 時折「キョーヘイ」とか「ファック」とか聞こえて、何を話しているのかが非常に気になる。

 俺がファック野郎だと言っているわけではないと思うが……。

 

 二人の会話はミシェルの「わかったわよ」という日本語で終わった。

 なにがわかったのだろうか。


「恭平、貴方の拠点に私たちも連れて行ってほしいのだけれど」

「ああ。別に構わないが」

「Hell yeah!!」


 マキシーンが興奮気味に片腕を高く掲げた。

 よほど嬉しかったらしい。


 ミシェルが日本語で簡単に説明をしてくれた。

 マキシーンが一番好きな料理はローストビーフサンドで、ミシェルが好きなのは帆立フライだそうだ。

 凄くどうでも良かった。


「いや、まあ好きな料理とかは良いとして、俺の質問に答えてほしい」

「そういえば腕について聞きたいって言ってたわね。それに関してはわかることはないけれど、なにかしら?」

「わからないのか。実は……」


 ミシェルに今まで俺に起きたことを説明した。

 ゾンビに噛まれて感染したことや、薬を打ったこと。

 三ヶ月ほど寝たきりになったことや、ゾンビに嫌われるようになったこと。

 それから視覚や聴覚や嗅覚が、人間離れするようになったこと。

 力も上がり、重いものも平気で持てるようになったことも告げる。


「マキシーンに渡した薬は確かに私が開発したものよ。でもそれはゾンビウイルスを一時的に不活性化させるもので治療薬じゃないの。二十四時間でゾンビ化するのを四十八時間に伸ばす程度の薬よ。恭平、貴方、存在しているだけで奇跡のようだわ」

「そうだったのか。じゃあなんで俺はゾンビになっていないんだ?」

「わからないわ。腕のこともゾンビが寄ってこないこともゾンビにならないことも、全部わからない。こんなの初めてね」

「そうか……。この腕を治す薬でも作ってくれないかと期待していたんだが、無理そうだな」

「薬がすぐに作れるわけないでしょう。ま、それでも作るしかないんだけれどね。今、ゾンビ予防薬を作ろうとしてるの。治療薬は無理だけど予防薬なら作れそうだから」

「作れるのか?」

「一応不活性化させることができたから。そこを糸口にしてなんとか頑張ってみるしかないんだけれどね」


 その予防薬が完成したら是非貰いたい。

 うちの女性たちに打つことができれば、安心できる。


「って拠点を移動したらその薬の研究ができなくなるんじゃないか?」

「マキシーンにもそれを言ったのよ。そしたら全部持って行けば良いって聞かなくて」

「持っていくって、どうやって持っていくんだ?」

「ヨクゾ聞いてくれるマス! ワタシの『Neck』が『Long long』ネ!」

「そういうのは知っているんだな」


 首を長くして待っていたと言いたいようだ。

 マキシーンの難解な日本語での説明は理解に苦しんだが、ミシェルが通訳をしてくれたおかげで、何とか理解することができた。


「つまり、敵対組織に研究機材の揃った車を奪われて、それが欲しければ出てこいと言われていると。で、先程その組織の襲撃を返り討ちにしたから人数も減っているだろうし、もう奪取しにいけるんじゃないかということだな」

「その通りよ」

「でもそれって難しくないか? ここは迎え撃つ準備ができているから勝てたのかもしれないけど、それは相手の陣地も一緒だろ」

「ええ、その通りね」

「だったら無理じゃないか?」

「NO! キョーヘイ来たから余裕ネ。キョーヘイ囮するマス。ワタシ敵倒すマス」

「俺、危なくないか?」

「YES! デスのでお願いするマス」


 そんな危険なお願いは聞きたくないな。

 銃で狙われている状態で地雷原を歩けってことだもんな。

 普通に考えたら死ぬだろう。


「残念だが断る。俺は死ぬわけにはいかないんでな。機材を持っていけないなら仕方ない。悪いが拠点を移る話は無しだ」

「Oh……それは困るマス……。わかったネ。囮はなしにするマス。その代わり……」

「その代わり?」

「『Operation NINJA』をするマス……」

「オペレーションニンジャだって?」


 いきなりふざけたことを言い出したマキシーンの顔を見るが、真剣そのものだった。

 ミシェルも真面目な顔をしている。

 オペレーションニンジャとはいったい?


「私が説明するわ。『Operation NINJA』とは……」


 ミシェルの説明によると、要するに闇夜に乗じて隠れて奪おう、ということだった。

 忍者のように隠密に動きましょうということが言いたかったらしい。


「それなら危険は少なそうだ。だが車の鍵も潜入して奪わなければいけないんじゃないか?」

「『Hacking device』があるからヘーキ。キョーヘイはワタシの『Guard』するマス」

「銃撃戦になんかなったら死んじまうんだから、マジで頼むぞ」

「マジで任されたネ」


 作戦開始は深夜三時半となった。

 それまでにこの拠点から持っていくものをまとめなければいけない。


「結構な量になりそうだし、もう一台車を持っていくしかないわね」

「そういえば俺の拠点までの道は放置車両で塞がっていたぞ? 奪取できたとしても道を走らなければ無意味だ」

「アー、じゃあアレ持って行くマス。『Forklift』あるマス」

「フォークリフトか。それなら車をどかしながら進んでいけるな。それはどこにあるんだ?」

「敵のところね」

「本当に成功するのか? この作戦」

「させるマス」 


 敵から何もかもを奪わなければ成功しない作戦なんて、作戦と呼べないんじゃないか。

 行き当たりばったりにしか思えない。


 拠点の女性らに予防薬を与えられるかもしれないとはいえ、死んでしまったら元も子もない。

 最悪、俺だけでも生きて帰らなければいけないだろう。

 マキシーンとミシェルを見捨てることになるが、俺に本当にできるのか?


 答えを出せぬまま、作戦決行時間となった。



「それじゃあ、行くマス」

「ああ」


 マキシーンの後ろを、俺とミシェルが離れないように歩く。

 敵対組織の拠点はすぐ近くにある十階建てのマンションだった。


 金網で囲まれたそのマンションには、いたるところに首吊り死体や、十字の木材へ張り付けにされた死体があった。

 それらの中には子供のものもあり、なんとも胸糞が悪くなる。


 暗闇の中、マキシーンとミシェルは暗視ゴーグルを装着して金網を切断する作業をしていた。

 俺も周囲の音を聞き匂いを嗅ぐが、動いているものは何もいなかった。

 拠点に閉じこもって寝ているのか?


 金網を抜けて中へ入っていく。

 駐車場に目当ての車はあった。


 あれだ。

 コンボイとか呼ばれてるめちゃくちゃ大きいトラックだ。

 これを車って言っちゃダメだと思う。


 牽引しているコンテナの中に研究機材は入っているらしい。

 つうか、これ運転できないぞ、俺。

 誰が運転すんだよ。

 そう思っているとミシェルがトラックのはしごを登っていった。


「それじゃあ私がこれを運転するわ。マキシーンのは……あそこにあるわね」

「行ってくるマス」


 マキシーンの向かう先には大きな……なんだあれは、トラクターか? トラクターのような大きな重機があった。

 先端のアタッチメントがフォークリフトのようになっているのでフォークリフトなのだろうが。

 マキシーンとミシェルが揃って車のエンジンをかけると、夜のしじまに爆音が鳴り響いた。


「バカ野郎か! こんなの忍者じゃねえよ! ああ、気付かれた! マンション内で人が動いてる!」

『バッバー!』

「クラクション鳴らすなアホ!」


 こいつらはバカなのか?

 いや、こいつらはバカなのだろう。


 バカのマキシーンが重機でフェンスに突っ込んで穴を開ける。

 その後をミシェルの運転する馬鹿でかいトラックが悠々と通っていった。

 俺は身を隠して敵に見つからないようにしている。

 マンションの上階から銃声が響く。

 そりゃ撃つよな。


 トラックも重機も銃など物ともせずに進んでいく。

 敵は撃つのをやめ、車で追いかけるようだ。

 ここからが、俺の出番だ。

 

 今回の忍者作戦での俺の役割は、追跡者の排除だ。

 敵に気付かれた場合、運転しているミシェルとマキシーンは抵抗ができないため、俺がやらばければいけないのだと。

 気付かれないように行動して、万が一気付かれた場合の備えかと思っていたが、あいつら最初からこうなるとわかっていてこの作戦をくみやがった。

 あんな爆音のエンジン音がするってわかってたら、隠密行動なんて言うわけない。

 クソ、まんまと騙された。


 そんなことを考えていると、一台のジープ車が横を通り過ぎていった。

 俺は日本人として、なぜか忍者の手本を見せてやろうという気持ちになり、そのジープへ駆け出し屋根へ飛び乗った。

 布でできた天井を左腕の爪で切り裂き、まずは助手席にいた男を掴み外へ引きずり出してから放り投げる。

 運転席の男がギョッとした顔で俺を見上げていたので、ニコリと笑いかけておく。

 そして思い切り殴る。

 化け物の腕で人を殴ったのは初めてだが、ポグという音と共に首がおかしな方を向いてしまった。

 結構な威力があるようだ。

 運転者がいなくなり壁に向かって走っていくジープから飛び降りる。


 後続の車はまだまだいるようで、俺の一人ぼっちの忍者作戦はしばらく終わらないようだ。


 俺の身体能力はとても上がっているようで、道を走る車と併走したり、車から車に飛び移ることなんかもできた。

 車の天井に張り付いた際に銃を乱射され、体を庇った左腕に何発か食らうが、血はすぐに止まった。

 化け物度が上がっていることに軽く戦慄を覚える。


 しばらく車を潰していると、天井に銃座のついた車がやってきた。

 俺を見つけたらしく、減速しながら銃を撃ってきた。

 当たったらさすがに死ぬだろう。

 ジグザグに走りながら避けて、車の裏に隠れる。

 だが弾が貫通したらしく車のこちら側に穴が開いた。


 マジか。隠れ場所ないのか。

 本当に死ぬぞ。


 脇の歩道にある木の陰へと走る。

 俺の姿を捉えているのか、着弾音が近くで聞こえる。

 必死に木の間を走っていると、後方で爆発音がした。


 見れば俺を撃っていた車が火の手をあげている。

 道路へ戻って周囲を確認してみればその理由がわかった。


 道の先にミシェルの運転していたトラックが止まっていて、そのコンテナの上にマキシーンが寝転がってこちらへ銃を向けていたのだ。

 あの人間をボロ雑巾のようにして吹っ飛ばす銃なら、車の燃料タンクを撃てば爆発させることも可能なのだろう。


 敵の追っ手はことごとくがマキシーンの餌食になっており、俺の出番は終わったのだとわかった。

 さすがに疲れたので、二人の元へはゆっくりと歩いて向かった。

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