表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

27/39

第二十七話 米軍基地

 俺が米軍基地へ行くことを皆と相談した結果「珠子の手作り弁当を持って行ってはどうか」となった。

 もし物資が(とぼ)しくて飢えているときに珠子のご飯を食べたのなら、かなり友好的な態度になるだろう、ということらしい。

 マキシーンは知り合いだがその友人は他人だ。

 手っ取り早く友好関係になれるのならそれに越したことはない。

 珠子の料理にはそのような力もあるのだ。


 翌朝。早くから起きて弁当を作ってくれた珠子に礼を言いながらボストンバッグへと弁当箱を詰めて行く。

 弁当箱というか筒状の保温ランチジャーが五個に、保温サンドイッチケースが三個。

 保温ランチジャーにはシチュー、ピラフ、エビフライに帆立フライなどが詰め込まれている。

 ハンバーガーやローストビーフサンドやトンカツサンドも温かいまま持って行ける。

 きっとアメリカ人の二人なら気に入ってくれるだろう。


「恭平、私も行きたい。やっぱり一人で行くなんて無茶だよ」

「ダメだ。昨日も言ったが人探しにどれくらい時間がかかるかわからない。鈴鹿には菊間と二人で留守の間ここを守っていてほしいんだ」

「……わかった。でも絶対に無事に帰ってくるって約束してよね」

「ああ、約束する」


 俺が動けない事態に陥ったら女性たちを守ることができなくなる。

 それだけは避けなければならない。


 下手したら長期間ここを離れることになる。

 その間の守りの要が鈴鹿と菊間だ。

 鈴鹿は女性たちのまとめ役で、菊間は銃を持っている。

 

「鈴鹿に頼りすぎなのはわかっているが、頼るしかないんだ。俺の留守の間はここを任せたから。頼むぞ」

「わかってるよ」


 鈴鹿は不承不承(ふしょうぶしょう)ながらも頷いてくれた。


 いろいろと準備をしていたら、出立が朝の九時過ぎになってしまった。

 正面入り口にて女性たちが勢揃いで見送りをしてくれた。

 双子は相変わらずきなこを探しまわっていたが、そうやって追いかけるから逃げられるのだとなぜ気がつかないのか。


 ここから米軍基地まで歩きで五時間ほどかかる。

 昼過ぎについて、すぐにマキシーンを見つけて帰ってきたとしても夜になるだろう。

 そもそも広い基地内ですぐに見つかる訳もない。

 ここの拠点に何かが起きるかもしれないし、滞在期間は長くても四日だけと決めておこう。


 せっかく弁当を用意してくれたが、これは俺が食べることになりそうだ。



 歩き始めて二十分ほどが経った頃、後ろから聞きなれた犬の声が聞こえた。

 振り向くと、遠くの方から白い毛玉がこちらへ走ってくるのが見えた。


「きなこ。なんで外にいるんだよ」


 足を止めて待っていると、やがてよちよちときなこがやってきた。


「アン」 (おおかみひと)

「おう。どうした? なんで外に出てきたんだ?」

「プググ……」 (はなしてくれないからいや……)

「ああ、双子か。もう戻るのも面倒だし一緒に行くか?」

「アン!」 (いく!)


 こうして、米軍基地までの旅の道連れは、白い毛玉と相成(あいな)った。


 きなこの歩みに合わせると、途端にペースが遅くなった。

 いろいろなことに興味があるのか、あちこちへふらふらと歩いていくのも遅くなる原因のひとつか。

 最終的にきなこは俺の持つボストンバッグの中に納まり、顔だけ出してご満悦の様子だった。


 歩くこと数時間。

 きなこはすっかりとボストンバッグの中で寝てしまい顔すら出さなくなった頃。

 遠くから、何かが破裂するような、銃声のようなものが聞こえた。

 その音は基地に近づくにつれ大きく、そして多くなっていく。


 基地の入り口へつくと、銃声がまばらになった。

 銃声が遠くまで響いていたからゾンビも大量に居るだろうと思ったが、そんなことはなかった。

 入場門の横には頭を撃たれた死体が山を成している。


 ゾンビの大量の死体の他には、燃え尽きた車両の残骸が何台もあった。

 道路には千切れた腕やらの体の一部も転がっている。

 爆発物でも使ったのだろうか。


 死体には蝿が(たか)り、辺りの腐臭が凄まじい。

 この死体をマキシーンがやったのなら全て燃やしているはずだ。

 基地内に居ない可能性が高まってしまった。

 

 あまりここに長居はしたくない。

 とりあえずは銃声のした方へ行ってみよう。

 生存者の様子を見れば状況がわかるだろう。


 きなこはすっかりビビッてしまい、ボストンバッグの中で震えていた。



 通りを音のする方へ歩いていると、嫌なものを見つけた。

 信号機や電柱に吊るされた首吊り死体だ。

 死体の足元にあるコンクリート塀には、赤いペンキで『LOSER』と書かれていた。

 ロセァ? ロセル? ロサー? よくわからないがろくでもないことだけはわかる。


 この死体を見ただけで、大体の状況が把握できた。


 他にも首を吊られた状態で暴れるゾンビや、低い位置で吊られ下半身をゾンビに食われて無くなっている死体などがあった。

 その死体も吊られた上半身だけで(うごめ)いていたが。

 大量のボウガンの矢で壁に縫い付けられているゾンビ、四肢と顔の下半分を切り取られたゾンビなど、正気の沙汰とは思えないものばかりを目にした。

 ゾンビは俺が近づくと暴れるので、狂気具合が増して精神的に参りそうだ。


 銃声は連続して聞こえる。

 辺りに注意を向けつつ通りを進む。

 大量に乗用車――当然なのかもしれないが全部アメ車――が止まっている場所で、何人かが銃を撃ち合っている。


 ここからはまだ数百メートルも離れているから安全だと思うが、念のため木の陰に身を隠し様子を窺う。

 どうやら大柄な男一人を相手に、少年らしき小柄な二人が戦っているようだ。

 少年の一人はマシンガンのような銃を連射し、もう一人が拳銃を撃っていた。

 大柄な男もマシンガンで応戦しているが、撃たれてしまったのか車の陰に隠れて腕を押さえている。


 それを好機と見たのか少年の一人が弾幕を張り、男が動けないうちにもう一人が回りこむ。

 男は横から銃弾を浴びたらしく、その場に倒れ伏した。


 腹を押さえて動いている男はまだ生きている。

 少年の一人がハンマーを片手に男の体を滅多打ちにしだした。

 そこにもう一人の少年も合流し、今度はナイフで腕や足を何回も刺している。

 男の叫び声と二人の笑い声が聞こえた。


 やがて男は動かなくなった。

 拳銃を持つ少年が男の頭部へと三発ほど撃つ。

 ゾンビにしないためなのか、確実な止めを刺すためなのか。


 少年らが男の死体を漁り始める。

 ナイフやマシンガンなどを奪った少年の一人が突然、頭を破裂させて倒れた。

 すぐに銃声が聞こえ、それが銃で撃たれたことによるものなのだと気がついた。

 少年も気がついたらしく、車の陰に隠れたが先程の少年と同じように頭を吹き飛ばして死んだ。


 これは、いわゆる狙撃というやつなのだろうか。

 辺りには人の匂いはしなく、物音もゾンビの暴れる音くらいしかしない。

 俺も迂闊に動いたら撃たれる可能性がある。

 しばらく様子を見ることにしよう。


 幸いにもボストンバッグの中のきなこは吠えることも無く震えているだけだった。

 犬の吠え声なんてしたら居場所が知られてしまい、どうなったかわからないからな。


 しばらく待っていると、一人の白髪の老人が現れた。

 でかくて長い銃を背負っている。あれが狙撃銃か。

 老人は男の死体のもとまで行くと、なにやらチェーンのようなものを取った。

 ドッグタグというやつなのだろうか。

 少年らの死体からも銃やナイフを集めバッグにしまうと、老人は去っていった。


 ここ米軍基地ではゾンビよりも人の方が脅威のようだ。


 老人の後を着いて行こうと歩き出したところで、大きな爆発音が聞こえた。

 ここはずっと戦争しているのか。

 よく兵器類がなくならないものだ。


 今度は銃声の数も多く、たくさんの人がいるのが予想できた。

 老人を追うよりもそちらの様子を見に行くほうが良いかもしれない。



 銃声は大きな病院の周りで発生していた。

 先程と同じように、安全と思われる場所で目立たないようにしながら様子を窺う。


 病院の周りには装甲車に隠れながらマシンガンを撃つ男が十人ほどいた。

 全員が病院の上の方へと銃口を向けている。


 そちらを見てみると、屋上に人らしきものが見えた。

 屋上から銃を撃っているらしく、地上の男が時おり吹き飛んでは肉塊(にくかい)に変わり果てる。

 人は、銃で撃たれるとあのように肉片を飛び散らせながら吹っ飛んでいくものなのか。

 上下半分に千切れた死体を見て、そう思った。


 このままでは皆殺しにあうと思ったのだろう。

 装甲車が病院の入り口へ突っ込んでいき、そして大爆発をした。


 もはや何がおきているのかがわからない。

 病院の窓という窓には機関銃が取り付けられていて、それが一斉に火を吹くと、残った男たちの何人かがバタバタと倒れていく。


 病院の窓にある機関銃を良く見てみると、人はいなかった。

 監視カメラのようなものと四角い箱が取り付けられており、三脚のようなものに置かれている。


 残った男の数は三人。

 我先に逃げ出す男たちは、一人また一人と銃声と共に肉塊へ変わっていった。


 あの屋上に居る奴に見つかったら死ぬ。

 そう思うとこの場から動けなくなってしまった。


 屋上の人間から目を離さないで居ると、ロープを使ってスルスルと滑り降りていった。

 消火器で燃える車両の火を消すと、ここからはよく見えないがなにやら地面に細工をしている。

 あの装甲車が爆発した仕掛けでも作っているのかもしれない。


 人間をよく観察すると、線は細く痩せ型の男か女性のどちらかに見える。

 顔は目出し帽で隠れていてわからない。

 その人は仕掛けを一通り終わらせたのか、ロープの元まで行くと、なにやら道具を出してロープと自分の体に装着していく。

 そして両手に機械のような道具を持ち、ロープへ触れると、スーッと登っていった。

 五階建ての病院の屋上まで、わずか二十秒ほどで着いた。


 人を肉塊に変える以外はそこまで残虐なことはしていないから、話が通じる可能性がある。

 用心深く辺りを警戒して病院へと歩き出した。



 病院まで二百メートルほどのところまで来ると、突然「Hay」と声が聞こえた。


「stop. What do you want?」

「え、あー、なんだ。なんて言っているのかはわからないが、俺は敵じゃない」


 マイクを通して聞こえてくるような女性の声だった。

 どこか近くにスピーカーがあるのだろう。

 残念ながらマキシーンの声ではなかった。


「貴方、日本人ね。止まってって言ったの。それ以上歩くと地雷原に入るわよ」

「地雷……」


 流暢な日本語で話す女性の言う地雷とは、先程の装甲車を大爆発させたもののことだろう。

 俺の足は地面にくっついて離れなくなってしまった。


「それで、いったい何の用か教えてもらっても?」 

「あ、ああ。実は人を探しているんだ」

「人を? ここはアメリカ軍の基地だから、貴方の探し人がいるとは思えないわね」

「いや、その人は日本人じゃないんだ。マキシーン・ブルックスというんだが知らないか?」


 ダメで元々で聞いてみる。

 これで見つかれば(おん)の字だ


「マキシーン? 貴方の名前は?」

「山下恭平だ。あ、恭平、山下だ」

「そう。ちなみにそのバッグの中には何が入っているのか見せてもらっても?」

「どこに見せれば良いんだ?」

「左方向を見てくれるとわかると思うのだけど、カメラがあるでしょ?」

「ああ、あれか」


 地面からポールのようなものが立っていて、それにカメラが取り付けてあった。

 カメラから見えやすい位置にバッグを置き、半分閉じていたジッパーを開ける。

 きなこが「なんで開けた?」と言う様な顔で俺を見上げていた。


「うふふ、犬が居るのね。あとはお弁当箱? 武器はないのかしら?」

「武器は……」


 素直に左手を見せるべきか?

 化け物だと思われて殺されないか?

 そう思ったが、直感が大丈夫だと告げてきた。

 声からも理知的な人となりが想像できるので、それを信じてみようと思えた。


 そもそもあとでバレたときの方が怖いだろう。

 なんで隠していた、こちらを騙して殺す気だったんじゃないか。

 そう思われて銃で撃たれる未来が簡単に想像できた。


 上着で隠していた左手を出し、カメラに向けて掲げる。


「これが俺の武器だ」

「……what the fuck ?」


 ファックと聞こえた。

 怒らせてしまったのか。

 アメリカ人はすぐにファックファック言いやがる、なんてことを思いながらも逃げる準備をしていく。


「貴方、それ……。ちょっと待ってて。絶対に動かないでよ。動いたら死ぬわよ」

「なんだと……?」


 どういうことだ。

 俺はもうあの銃で狙われているのか?

 迂闊に近づいた俺はただのバカだ。

 向こうは人を肉塊に変えるような銃を持っているのに。

 なんで近づいた。

 焦りすぎた。


 自責の念に駆られていたが、女性からの反応がいっさい無くなったことに気がつく。

 黙って待っていても何も起きない。

 少しの間があいた。


 しばらく待つと「お待たせ」とスピーカーから女性の声が聞こえた。


「今迎えに行かせたわ。少し待っていて」

「迎えって。俺は人探しをしていてゆっくりしている暇は無いんだ。情報さえ教えてくれればそれで良いんだが」

「いいから待ってて」


 そう言ったっきり女性の声は聞こえなくなった。

 周囲の警戒を強くする。

 遠くの方からはまた銃声が聞こえた。

 どこかで人間同士が争っているのだろう。


 病院の方へ目を向けると、人がロープを滑り降りてくるのが見えた。

 背中にはゴツくてでかい銃を背負っている。

 至近距離で仕留めに来た?


 屋上から降りてきた人は、右へ左へふらふらと蛇行しながらこらへ近づいてきた。

 手を振りながら近づくその人は、やはり女性のようだった。


「キョーヘイ、久しぶりデスネー。元気してるマス?」


 特徴的な喋り方でそう言いながら目出し帽を脱いだ女性は、俺の探していたマキシーンだった。


「ああ、マキシーン。会えて嬉しいよ」

「ミカは一緒居るないデスね。別行動してるマス?」

「……ああ、まあ、そうだな」

「OK。じゃあついて来るマス。ワタシの『friend』が会いたがってるマス」

「スピーカーで話していた人か?」

「そうネ」


 腕を見せて好都合だったのかもしれない。

 なんせ俺の腕がこうなった原因は、マキシーンの友人から貰った薬を打ったせいでもあるだろうからだ。

 腕のことが何かわかるかもしれないし、もしかしたら治す薬をもらえるかもしれない。


 期待を胸に秘め前を歩くマキシーンの後についていく。


「キョーヘイ、ワタシの踏んだところじゃないところ踏むと死ぬマス」

「はあ? いや、無理だろ。待て。そんな早く歩くな。おい! 待てって!」

「OH……仕方ないネ。この辺はクレイモアいっぱいだからキョーヘイ失敗するとワタシも死ぬマス」

「クレイモアが何かはわからないが、そんな一歩間違えただけで死ぬようなところをすいすい歩くお前は頭おかしいからな」

「HAHA! よく言われるマス」

「そうかよ……」


 それからマキシーンの後ろを、それこそ必死の思いでついて行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ