第二十五話 宇宙人、再び
荒れ果てた道路を進む。
相変わらず放置車両の中にゾンビが囚われていたりする。
俺が横を通るときに大暴れだったが、何がそんなに嫌いなのだろうか。
前方に見えるゾンビも、俺の姿を確認すると奥へ奥へと逃げていってしまった。
途中で懐かしい場所を見つけた。
俺の飢えと渇きを満たしてくれたコンビニだ。
入り口周辺にゾンビがたむろしていたので、近づいて追い払う。
駐屯地に手ぶらで向かうのもなんだ。
手土産のひとつでも持って行くか。
店内に足を踏み入れると、芳しい匂いに包まれる。
「うわあ! 入ってきたあ!」
「ん?」
声のする方へ顔を向けると、まだ年若い高校生くらいの女性が居た。
尻餅をつき、俺から離れようと這いずるように後ずさっていく。
「おい、そんな逃げなくても別に取って食いやしねえよ」
「い、い、今、ゾンビ追い払ってたッスよね!? 何者なんスか、あんた!」
「何者って、まあゾンビに嫌われてる者だよ。それよりお前はなんでここにいるんだ?」
「え? あ、えっと、実は……」
いわく、家にある食べ物が尽きたので食料を求めて外に出たは良いものの、ゾンビに追われて命からがらここに逃げ込んだとのことだ。
不思議なことにゾンビはここに入ってくることはなかったという。
しかし入り口すぐにずっと立たれているため外に出ることも叶わず、ここに一週間も閉じ込められていたそうだ。
「まあ食料はいっぱいあったから良かったんスけどね」
「そうか」
きっとゾンビがここに入ってこなかったのは、俺がここで飲み食いをしていたからだな。
「俺はここで物資をいただいたら駐屯地へ行くつもりだが、お前はどうする?」
「行く! 行くッス!」
「そうか。じゃあ集める協力をしてくれ」
「うッス!」
また『有印絶品』のトートバッグに物を詰めていく。
女性がバッグを広げて持ち、俺がポイポイと物を入れる。
片手でやると面倒だったから、素直にありがたい。
トートバッグ二個分の物資はあっという間に詰め終わった。
ひとつずつ持ち、コンビニから出る。
遠くにいたゾンビも俺の姿を確認すると忌々しそうに去っていく。
そのゾンビたちの姿を見た女性が、口をポカンと開けていた。
「す、凄いッスね。無敵じゃないッスか」
「そうでもないぞ。車くらいでかい猪や犬、あと立つと二階くらいある熊なんかもいたからな」
「そんなことになってんスか……。恐ろしいッスね……」
駐屯地までの道すがら話をする。
女性の名は田中詩織。高校三年生の一八歳。
両親は既に死亡していて、安全そうな家に引きこもっていたそうだ。
しかし、いよいよもって食料が無くなり、外へと出てきて今に至る。
「どうやってあそこから脱出しようかいろいろ考えてたんスよー」
「そうか。無事で良かったな。少し近くに寄った方が良いな。ゾンビが増えてきた」
「うッス。失礼しまーす」
密着しすぎで歩きにくい。
むしろこいつ俺のことを横に押しながら歩いてきやがる。
「おい、少し離れろ、押すな。歩きにくいだろうが」
「え、でも近くに寄れって言ったじゃないッスか」
「横を歩けば良いんだよ。考えればわかるだろ」
「えー、はっきり言ってくれなきゃわかんねッスよ」
「ああ、そうかい。そりゃすまんな」
どうして、こう、若い子と話すのは疲れるのだろうか。
駐屯地に近づくにつれゾンビの数は増していったが、いつかの避難所みたいに囲まれているわけでもなかった。
少し歩くと正面の門が見えてきた。
遠くの方ではなにか音楽が鳴っているのが聞こえる。
俺から逃げたゾンビはそちらへとフラフラ歩いていった。
駐屯地の奥には高い建物があった。
そこの窓から人がこちらを見ている。
手には双眼鏡のようなものが握られている。
結構な距離があるはずなのに、俺の目にははっきりとその姿が映っていた。
門の前まで行くと、詰め所の中から人が出てきた。
長い銃が紐で肩にかけられている。
「こんにちは。よく来られましたね。避難をされて来た方ですか?」
「ああ、どうも。俺は避難じゃなくて人を探しに来たのですが」
「人探しですか。何はともあれ外は危険です。中へどうぞ」
「ありがとうございます」
詰め所の中からさらに二人の自衛隊員が現れ、幾重にも閉じられた門を開けてくれた。
この人らにマキシーンの居場所を聞けばわかるのか?
どうしたら良いのだろう。
門の中に入るとバッグの中身や服などを軽く触られ身体検査をされた。
包帯をしていた左腕を触られそうになり、少しだけヒヤリとする。
「腕はどうされたのですか?」
「えっと、折ってしまいまして、ギプスで固定しています」
「そうですか。良ければ医師の元へご案内しましょうか?」
「いえいえ、これもちゃんと医者の人に処置してもらったので、ご心配にはおよびません」
もし、この腕が知られたら、最悪殺される可能性もある。
なんとしてでも隠し通さなければいけない。
「それでは奥に向かいましょう」
「ありがとうございます。あ、この子は途中で合流したんですけど避難の受け入れは可能ですか?」
「ええ、可能ですよ。そちらの方を先に居住区へとご案内しましょうか?」
「お願いします」
俺が自衛隊員に頼むと、詩織が「ちょ、ちょっとお兄さん!」と慌てたように言った。
「お兄さんの用事を先に済ませましょうよ。私のことはあとで良いッスよ」
「そうか? じゃあそうしようか」
俺の用事を済ませるにしても数十分で終わるだろうし、どちらでもいいのだが。
「ここに、山口、菊間、小池という名前の自衛隊員はいますか? 前に市役所で世話になったことがあって」
「少々お待ちください」
自衛隊員の人が無線機になにやら話しかける。
すぐにザザっというノイズの音と共に返事が返ってきた。
「菊間がおりましたので、こちらへ向かわせております」
「わざわざお手数をかけます」
金網のフェンスに囲まれた道を歩く。
この金網があれば、もしゾンビに正面の門を突破されても時間稼ぎができそうだ。
よく考えられている。
駐屯地内は避難所になっているとは思えないくらいに音がしなかった。
金網の向こうは居住区になっているそうだが、本当に人がいるのかと思えるくらいに静かだ。
耳に意識を集中してようやく人の話し声が聞こえた。
しばらく歩いていると突然横から「お兄さんじゃん!」というどこかで聞いた声がした。
声のしたほうを向けば見たことのある顔があった。
金網を掴みガシャガシャと揺らす様は動物園の猿のようだった。
「よう、結愛か愛理のどっちか。足は治ったのか?」
「結愛だし! 足治った!」
「うわあ! お兄さんじゃん! なんでここにいんの!?」
双子の片割れも来て、揃って金網を揺らし出す。
「愛理! お兄さんだよ!」
「知ってるし!」
ガッシャガッシャと金網を揺らして喚く双子は、自衛隊員にかなり厳しめに注意をされて、騒ぐのをやめた。
金網の通路の奥から、これもまた見たことのある顔が現れた。
「まったく、アホどもめ。何回言っても騒ぎやがる。よう、恭平。久しぶりだな」
「ああ、菊間か」
「お前に押し付けられたこいつらには手を焼いているよ……」
双子の様子を呆れたように見ながら菊間がそうこぼした。
ここまで案内してくれた自衛隊員と菊間が一言二言交わすと、隊員たちは元来た道を戻って行った。
「お兄さん、早くこっち来てよ!」
「そうだよ! 話そうよ!」
「ああもう、うるせえな。あとでな」
「今が良い!!」
「聞きたいこといっぱいあるし!」
喚くなと怒られたばかりだというのに、こいつらは……。
「お前ら、静かにしろ。あと恭平、ついて来てくれ。座って話せる場所へ行くぞ」
「ああ、わかった」
「愛理に結愛、お前らも来て良いぞ。そのかわり静かにしろよ」
「よっしゃ!」
「さすが葉子、話がわかるし!」
「呼び捨てすんなっての」
三人の仲は悪くないようで、少しだけ安心した。
金網の通路の奥に、ひとつの平屋建ての建物があった。
そこの一室に通され、今度は菊間に簡単な身体検査をされる。
俺の左腕も調べられ、腕を触った菊間が鋭い目つきをするが何も言わなかった。
部屋の隅には監視カメラが取り付けられており、もしバレたら拘束されかねない。
菊間があえてスルーをしてくれたのはありがたかった。
詩織の検査も手早く終わらせ、トートバッグの中身となった。
菊間が酒瓶を見たときに唾を飲み込んだ音を俺は聞き逃さなかった。
全ての検査を終えると、菊間が部屋のドアを開けて、なにやら手で合図を送る。
少しするとドアの外からバタバタと走る音が聞こえた。
「お兄さん!」
「お兄さん!」
愛理と結愛のタックルをもろに食らうが、なんとか耐える。
二人はしばらく俺をぎゅうぎゅうと締め付けると、やがて体を離した。
「お兄さん、死んじゃったと思ってたよ!」
「そうそう! 死んだんじゃないの!?」
「それじゃ死んでほしいみたいになっちゃってるし!」
「あはは、ウケる」
ヤバい。この二人のテンションについていけない。
いろいろと話したいことはあるが、監視カメラに見られているので迂闊なことは言えない。
「俺はそう簡単に死なねえよ。それより二人とも元気そうでなによりだ」
「元気だし」
「でもここありよりのなしって感じでさー」
「あーね。ちょっと話してると秒で怒られてがんなえだし」
「イキってるやつ多すぎ。ガチでしょんどい」
なるほど、わからない。
相変わらず宇宙語を話す。
「ほら、恭平が困ってんだろ。お前らとりあえず座れよ」
菊間に促されるまま席につく。
「恭平、お前今何してんだ?」
「駅の方に東部百貨店あったろ。そこを拠点にして女性十人くらいと一緒に暮らしてるよ」
「そうか、なるほど……」
菊間は何か考えている様子だった。
「あのよ、コミュニティには秩序維持の名目で自衛隊員が派遣されることになってんだ。まあ大小で人数は変わるんだけど」
「へえ。ああ、だから市役所に四人がいたのか」
「まあ、そういうこと。あそこは人が減ったから今は小池さんと斉藤だけ残ってんだ」
小池さんはあの小柄なムキムキの人だ。
斉藤ってのは忘れてしまったが、あそこにいた背のでかいヤツのことだろうか。
「でさ、恭平が良かったら百貨店にはあたしが行こうかって」
「お? おう、それは心強いな。是非頼むよ」
自衛隊員がいてくれれば女性たちの不安もなくなるだろうし、とてもありがたい。
マキシーンの情報を聞きに来ただけなのに思わぬ副産物を得た。
「それで、聞きたいことがあんだ。三ヶ月くらい前にここに来た外国人女性を探している」
「ん、名前は?」
「マキシーン・ブルックス。友人を助けたいと協力を求めに来たはずなんだ。その友人の居場所に一緒にいる可能性が高くてな」
「ここには既にいないのか。わかった、聞いてみる。少し待っていてくれ」
そう言うと菊間は部屋を出て行った。
時間がかかるかもと思ったが数分のうちに帰ってきた。
「わかったぞ。そのマキシーンってのが助けを求めた場所がアメリカ軍の基地だそうだ」
「アメリカ軍の基地? それってアメリカ海軍がいるあそこか?」
「ああ、あそこだ。命令も許可も無く敷地内に入れないからと断ったそうだ」
「なるほど。それだけわかれば十分だ。ありがとう。もう戻りたいんだが、良いか? 残してきた奴らが心配でな」
まだ百貨店を出て数時間しか経っていないが、どうにも落ち着かない。
もっと信じなければいけないのだろうが、それでも心配をしてしまうのは仕方ないだろう。
「ああ、わかった。準備があるから少し待て。愛理と結愛はどうすんだ? 恭平のコミュニティに参加するならそう伝えておくけど」
「行くに決まってるし!」
「置いてかないでよ!」
「じゃあ準備して来い。そっちのお嬢ちゃんは? ここに居たいなら受け入れるための手続きとかやっちまうけど」
「あ、私もお兄さんのとこ行くッス。なんかここ怖い人多そうだし、お兄さん以外女性なら安心かなーって」
「わかりみが深いね。お兄さん、ゲロ紳士だし」
「マジ卍だけどねー。激おこお兄さんはやばたにえんだったよ」
「マジッスかー。意外と怖い人なんスかね?」
「それが優しみが深くてだねー」
良いから宇宙語話してないで準備して来いよ、お前ら。
部屋から出て行こうとする菊間にトートバッグを渡す。
「これさ、隊員の人らに配ってくんねえ?」
「おま、勿体ねえだろ。酒とか入ってたじゃん」
「缶詰も酒も俺の拠点には山ほどあるから良いんだよ」
「んじゃ、ありがたく。正直参ってきちまってるヤツもいるからな。息抜きができるから助かるよ」
「そう言ってもらえるなら持って来た甲斐があるよ」
日々頑張ってくれている自衛隊員たちがこれからも頑張っていけるのなら安いものだ。
しばらく待つと、菊間と双子の三人がやってきたので部屋を出た。
建物を出るときに隊員たちが、酒瓶やトートバッグを片手に持ち、一糸乱れぬ様子で俺に敬礼をしてきたときは思わず苦笑いが出てしまった。
ちゃんと皆で分けて食べてくださいね。
金網の道を出口へ向かって歩いていると、ふと視界の端に入ったそれに俺の目は釘付けになった。
美香が着ていたものと同じ、プロテクター付きのバイクジャケットを着た女性がいた。
というよりもあれは美香のジャケットだ。
「おい、あんた……」
「恭平、行こう」
俺の視界を遮るように菊間が前に立った。
「後で詳しく話す。今は押さえてくれないか」
「あ、ああ……」
呆然としたまま道を歩くと、やがて駐屯地入り口へと辿り着いた。
菊間が他の隊員となにやら話をしたあと、俺たちは外へ出た。
駐屯地近くにはゾンビはいないが、菊間はあたりを警戒し、双子はビクビクしながら歩いている。
「あー、大丈夫だ。俺たちはゾンビに襲われない。ほら逃げていくだろう?」
「どうなってんだ……?」
遠くの方にいたゾンビが更に遠くに逃げる様を見て菊間が首を傾げていた。
「それよりも教えてくれ。あの女はなんだ?」
「ああ、話すよ」
菊間と双子が詳しく話してくれた。
あの女は一週間くらい前に避難してきた。
ひどく男を怖がっていて、近づくだけで暴れて大変だったそうだ。
美香の服を着ているから問いただしてみれば、自分を庇って噛まれたと言っていた。
涙をポロポロと流しながら話すその姿を見て、本当のことなのだと信じたそうだ。
「お兄さんも死んじゃったと思ってたよ!」
「美香さんも生きてるの? どこにいるの?」
どこにいる、か。
きっと今頃はマンションにいるんじゃないか。
俺が答えられないでいると双子が息を呑んで黙った。
「実はな、俺もゾンビに噛まれたんだよ」
「ああ、春から聞いた。春を庇ったんだってな」
春? ああ、山口の下の名は春だったか。
まだ気に病んでいるかもしれない。
駐屯地に行ったときに無事だったと言えれば良かったんだが。
「そういえば山口の姿を見なかったがどこに?」
「五日前に脱走した」
「脱走って」
「気がついたらいなくなってたんだよ。ご丁寧に書置きもあったよ。『探さないでください』って」
「なんだそりゃ。旅に出ますって書かれてなかったか?」
「はは、無かったな。まああたしが恭平のとこに行くのは建前で本当は春を探すために出てきたんだ。上が『脱走したヤツに裂く人員は無い』って言うからさ。利用したみたいでごめんな」
「別に良いさ。じゃあ俺も秘密をひとつ打ち明けようかな」
腕の包帯を外していく。
露わになった化け物の腕を、皆に見えるように掲げる。
「ゾンビに噛まれたらこうなった。なんでかは知らない」
「え、ええ……?」
菊間は困惑した顔でそれ以上の言葉が出てこなかった。
腕をしまおうかと思ったらガシっと誰かの手に掴まれる。
目をきらきら輝かせた双子だった。
「なにこのかわたんなの!」
「モフりみがすごくね!」
俺の腕を握ったり撫でたり、頬ずりをしたりしてくる。
詩織は離れたところでモジモジとしていた。
触りたいけど触れないといった様子だ。
「ああー! これはやばたんだわー!」
「よきよき……。この腕すこだわー」
「お前ら、怖くないのか?」
「怖いわけないし!」
「お兄さん、かみってるよ、これ……」
双子はしばらく腕を触ったり撫でたりしたあと満面の笑みで離れていった。
犬とかが好きなのか。
シロがいたら喜んだろうな。
残念ながら百貨店にはきなこしかいない。
きなこでも良いのか。あれもフワフワモコモコだ。
左腕を詩織の前に出すとおずおずと握り「うわあ、感動ッス……」と言っていた。
菊間の前にも手を出すと、恐る恐る握ってきたので握り返す。
菊間はビクっとしたあとすぐに手を引っ込めた。意外とビビリなのかもしれない。
「まあこの腕について知ってそうなのがマキシーンって女性なんだ」
「はあ、なるほど……。なんだか世界は私が思ってるよりもヤバい事になってんだな」
「百貨店ついたらもっと驚くぞ。体長六メートルを超える熊を仕留めてな。生首だけ置いてあんだ」
「どういうことなんだよ……」
菊間たち自衛隊は未だに巨大な獣には会っていないのか?
生息域などがあるのかもな。
俺の拠点としている百貨店は駐屯地と比べて山が近いし、獣が出てきやすいのかもしれない。
「それで、百貨店についたらすぐにアメリカ軍の基地に行くのか?」
「いや、さすがに夕方から行く気にはならないな。明日の朝には出ようかと思っている」
「ええー! 話したいこといっぱいあんのに!」
「そうだよー! お話しようよー!」
「俺以外と話してくれ」
「冷てーし!」
「なうしか話せないじゃん!」
「かまちょかまちょかまちょ!」
「お兄さーん!!」
お前らと話すと疲れるんだよ……。
この宇宙人たちと話して鈴鹿がキレなければ良いが。
百貨店への道中、俺はそんな良くわからない心配をしていた。




