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第二十一話 ショットガン

 一度百貨店まで戻った俺と犬たちは、ボストンバッグに大量にドッグフードを詰め、巣まで運んだ。

 一頭あたり百リッターのバッグを八個ほど背負って運んだので、しばらくは持ちそうだ。

 四つのボストンバッグの持ち手を連結させ、バイクに乗せる要領で犬の背に乗せれば簡単だった。

 犬六頭と俺一人で、合計五十ものボストンバッグを運んだのだ。

 犬たちの体が大きいおかげで輸送力も高く、一度で済んだのは僥倖(ぎょうこう)と言えた。


 ドッグフードはボストンバッグも入ったままじゃ犬たちは食べることができないため、全てのバッグから出しておく。

 帰りは空のバッグを五十も持たねばならなかったが、上手いこと詰めて五個にまで数を減らせば意外と運ぶことができた。


 シロたちと別れ百貨店に戻ると、日付が変わろうとしていた。

 鈴鹿たちはもう寝ているだろうか。


 三階のはしごを使い店内へと入る。

 このはしごも侵入者にそのまま使われてしまうから、なにか対策を考えないとダメだな。

 いつもははしごを外しておくが、今日は俺が外に出ていたからそのままだった。

 帰ってきた連絡をして、中からはしごを下ろしてもらうのが一番簡単か。

 長いロープの先にベルでもつけて、帰ってきたらそれを揺らすとかか?

 鈴鹿と相談してみよう。


 はしごを登り三階に着くと、嗅いだことのない匂いがした。

 まさか、たった数時間留守にしただけで何者かに侵入されてしまったのか?

 耳をすませば上階から鈴鹿と珠子、それと知らないメスたちの話し声が聞こえる。

 落ち着いた穏やかな声と、時折笑い声。

 とりあえず危険な状況ではなさそうだ。

 はやる心を抑え階段で上を目指す。

 エレベーターだと待ち伏せをされている可能性もあるので使わない。

 この声の感じでそれは無いと思うが、念には念を重ねておく。


 八階の防火扉を静かに開け、中の様子を伺う。

 鈴鹿たちは寛ぎスペースにいた。

 寛ぎスペースとは珠子が名付けた、四人掛けソファをテーブルの周りにぐるっと四つ置いた場所のことである。

 珠子いわくソファをたくさん使える贅沢スペースなのだそうだ。


 そこには鈴鹿と珠子を含めて八人のメスがいた。

 一つのソファに二人ずつ座り、紅茶を飲んで寛いでいるように見える。

 こいつらは、何者だ。

 見つからないように身をかがめて鈴鹿と珠子の座るソファの後ろへと行き、二人に何があっても対処できる場所で立ち上がる。


「おい。お前らは誰だ」

「うわっ、びっくりした!」

「恭平さん、おかえりなさい」

「あー、おかえり、恭平。忍び寄ってくんのやめてよ」


 文句を言う鈴鹿に手のひらを向けて制し、二人に「ただいま」と言う。

 六人いる見知らぬメスたちの半数は、怯えたように目を伏せた。

 残りの半数は俺の顔色をうかがいながら、媚びたような目を向けてきたり、愛想笑いをしつつ探るような目を向けてきたりといろいろだった。


「あ、恭平。この人たち、ここに住まわせても良いかな? コミュニティが襲われて命からがら逃げてきたんだって」

「本当か? 俺たちを騙してここを奪おうとしているんじゃないのか?」

「一応身体検査をさせてもらいましたけど、武器になりそうなものは何も持っていませんでしたよ?」


 武器を持たなくてもいくらでもやり方はあるだろう。

 人は生きるためにはなんでもやるものだ。


「甘いよ、たまちゃん。武器なんか無くても中から入り口を開けて、外に待機させていたヤツらを引き入れたりとかいろいろ方法はあるんだよ」

「なるほど、そういう方法があるのか~。じゃあ弱そうに見える女子供が最適ですね~」

「そういうこと」


 二人が話しているのを聞いているメスたちが、ぶんぶんと顔を横に振ったり、小さい声で「違います……違います……」と言っていた。

 どんどん顔を青白くしていき、死んでしまうんじゃないかと思えるくらい震えている者もいた。

 さすがにこの姿を見て疑うことはできない。


 立ったままじゃ威圧をしているように感じるかもしれない。

 これ以上畏縮させても仕方ないので、ソファに座って話を聞く姿勢をとる。


「鈴鹿も珠子もその辺にしてやれ。敵意がないのはわかったから。外に他の人間はいなかったから安心しろ」

「うん。私は別に疑ってないよ。ただそういう方法があるってたまちゃんに説明しただけ」

「わ、私はただ感心してただけで、何もしてません!」


 弱そうに見える女子供が最適と言われたときが、一番メスたちの震えが大きかったんだけどな。


「まあいい。あんたたちは、どこのコミュニティにいたんだ? 襲われたと言っていたが誰に襲われた? 巨大な熊か?」

「あー、あたしが代表して話させてもらうよ。まずは安全な場を提供してくれたことに感謝する」

「ああ、別に構わない。俺が一応ここのリーダーのようなものやっている山下恭平だ。鈴鹿、俺がリーダ-で良いんだよな?」

「恭平以外いるわけないでしょ」

「おう、そうか。で、あんたらを襲ったのはなんだ?」

「あたしは菱木(ひしき)奈津実(なつみ)。少し長くなるけど話しても良いか?」

「ああ、聞かせてくれ」

「元々あたしらは運送屋の集まりだったんだ」


 奈津実が話した内容は、なんとも胸糞の悪くなる話だった。


 奈津実と他二名は元々運送屋で働いていた。

 ゾンビパニックが起きてすぐに奈津実たちは会社に避難をした。

 会社はコンクリート塀に囲まれており、少なくとも自宅よりは安全だったようだ。

 そこで働いている男たちと協力してなんとかやりくりをする日々が続いた。


 しばらくすると、外の探索を終えた男たちが、数人の女を連れ帰ってきた。

 保護したとのことだ。

 そこからいろいろとおかしくなっていったようだ。

 男たちが女を守る代わりに体を求めるようになる。

 男の数は二十人を超えており、たったの数人程度じゃ反抗するだけ無駄だった。


 だが嫌がって拒否した女の一人が、激しく暴行を受け、朝まで輪姦をされた末に殺される。

 (たが)の外れた男たちが、奈津実たちをひどく扱うようになるのは当然のことと言えた。

 一日中テーブルに縛り付けられて犯されたり、首を吊られてぎりぎり窒息しないように立たされたまま複数の相手をさせられたりと、残虐性は増す一方だった。

 奈津実たちにとって地獄の日々は二週間ほど続いたそうだ。


 よく見れば、全員が顔と手に痣や傷をつけている。

 煙草の火を押し付けたような痕も見えた。

 凄惨なさまが容易に思い浮かぶ。

 よく死ななかったものだ。


 地獄の日々はつい数時間前にコミュニティに襲撃者が現れたことで終わりを迎えた。

 奈津実たちは混乱した隙を見て必死に逃げ出したそうだ。


「襲撃者が何人かはわからないけど、そのうちの一人があたしらを逃がしてくれた。追ってくる男を蹴っ飛ばして、殴り倒して、マジですっげえ強かった」

「うん。人が吹っ飛んでたよね。ワイヤーアクションみたいに」

「格好良かった。線が細い女性だったのに、あんなに強くて」


 黙って話を聞いていたメスたちも、脱出の話になると饒舌に語り出した。


「それで、その人が言ったんだ。東部百貨店を目指しなさいって。そこには安全な場所と信頼できる人が居るって言ってたんだ」

「そいつの名前は? どんな顔をしている?」

「名前は聞いてない。急いでたし。顔はフルフェイスのヘルメットをかぶってて見れなかった」

「よくそんな怪しいやつの言うことを聞く気になったな」

「もう死にたいって言う子も出てきてね。だったら死ぬ前に賭けてみても良いかなって」

「そうか。まあとりあえずは良かったな。賭けには勝ったようだぞ」

「それって、あたしらもここに居ても良いってことか?」

「ああ。好きにしろ。ただし、俺やこの二人の言うことには従ってもらう」

「それくらいならいくらだってやってやるよ。ただこっちの子らには手を出さないであげてくれないか? 心が深く傷ついちまってんだ」


 目を伏せたまま震えるメスが三人ほどいる。

 俺が視線を向けると、身を縮め小さくなろうとしていた。

 そんなに怯えなくても俺は無理やり手を出すような真似はしない。


「別にそんなんいらねえよ。寝るところとか着替えとかはこの二人に聞いてくれ」

「わかった。ヤリたいってんならあたしやこいつらに言えばすぐヤラせるから」

「いらねえっつってんだよ」


 無性にイライラする。

 俺が声を荒げたせいかメスの怯え具合が増した。

 席を立ち、この場を離れようとすると、鈴鹿が「ちょっと恭平、どこ行くの?」と手を掴んできた。

 それを振り払い、短く告げる。


「上だ。酒が飲みたい。あとは任せた」

「うん、まあ良いけど。じゃあたまちゃん、この人たちにいろいろ出してあげよっか」

「え、あ、はい。わかりました」


 二人に任せておけば大丈夫だろう。

 これ以上俺がここに居ると空気が悪くなりそうだ。

 さっさと離れよう。


 九階にあるレストランには大量に酒がある。

 どうにも飲まずにはいられない気分だった。

 つまみを出すのも面倒だ。

 酒を置いてある棚から、適当に目に付いた瓶を数本持ちカウンター席に座る。


 グラスに注いであおるようにして飲む。

 二杯、三杯と飲んでも一向に酔う気配がない。

 瓶を一本空けて、ようやく少し酔ってきた感覚がした。


 二本目を飲み干したところで、背後から人の気配がしたので振り向く。

 下で怯えて震えていたメスがいた。


「……なんだ?」

「え、あ、あ、あの、私、できること、少ないので、それで、置いてもらう代わりに……」


 このメスは何が言いたいんだ?

 黙って見ていると、突然服を脱ぎ始めた。


「何をしている。やめろ」

「す、捨てないでください……。私なんでもしますので、お願いします、お願いします……」

「やめろ。服を着ろ」

「わ、私、どんなことにも耐えますので、どうか、どうか」

「やめろって言ってんだよ!」

「ひっ」


 服を脱ぎ下着姿になったメスが、しりもちをつく。

 痩せ細り浮き出たあばらや、どす黒く変色した痣などが痛々しい。

 メスは着ていた服をかき集めて胸に抱くと、俺に深々と一礼をしてから走り去った。


「……クソ。クソが」


 胸のモヤモヤを流してしまおうと、酒をあおる手は止まらず、空いた瓶が四本を越えた。

 銘柄を見ると、ウォッカ一本にウイスキーが二本、ブランデーが一本。

 この酒たちも俺にこんな飲まれ方をして可哀相だ。

 お前たちを味わって飲んでくれる人はもうこの世にはわずかなんだろうな。


 瓶を見ながらぼんやりと考えていると、気がついたら鈴鹿が横に座っていた。


「ん、鈴鹿か。いつのまに来たんだ」

「さっき。ボーっとしてるからさ。てか飲み過ぎ。死んじゃうよ?」

「俺はこれくらいじゃ死なねえ」

「そっ。てかさ、恭平。一つ聞いても良い?」

「ん? なんだよ」

「恭平さ、なんで女と寝ないの? 自分で言うのもなんだけど、私だってたまちゃんだって割りと可愛い顔してると思うよ?」

「うるせえな」

「さっきの皆だって可愛い子はいたよ。今はボロボロだから食指が動かないのはわかるけどさ。でも言いなりにできるじゃん。綺麗になってからヤれば良い訳だし」

「……うるせえよ」

「たまちゃんに聞いたら経験は無いけど恭平にならって言ってたよ? 処女が良いならたまちゃんとヤれば良いんだし。処女とか気にしないなら私でも良いけどねー」

「……そのことは別に良いだろ。気分じゃないんだよ」


 俺がそう言うと、鈴鹿はテーブルをバンと叩き、どこかに行ってしまった。

 怒らせてしまったかとも思いつつも、放っておいてもらえて安堵もしてしまう。

 そんなに、俺を構わなくて良いんだ。


 だが鈴鹿はすぐに戻ってきた。

 ドンとテーブルに置かれたのはテキーラが数本に炭酸水が数本、そしてショットグラスが二つ。

 無言で俺の隣に座った鈴鹿が、炭酸水とテキーラをショットグラス二つに注ぎ、片方を俺のほうへと差し出してきた。


 鈴鹿がショットグラスを手で蓋をするようにして持つと、テーブルへカツンと叩きつけた。

 炭酸が衝撃で泡立ち、こぼれそうになるところで一気に飲み干した。

 まさかショットガンスタイルで飲むとは思わず、鈴鹿の顔をまじまじと見ると不敵に笑っていた。


 これは、勝負を挑まれているわけか。

 なら男として引くわけにはいかないな。

 俺も同じようにして一気に飲み干すと、鈴鹿が二杯目を差し出してきた。

 こうなったらとことん付き合ってやろう。



 何杯目になるかわからない酒を飲み干す。


「ねえ恭平」

「ん、なんだ」

「無理しなくて良いんだよ」


 左手には手が重ねられていて、俺の薬指にはめられた指輪を鈴鹿がくるくると回すようにいじりながらそう言った。


「別に、無理はしてない。まだ飲める」

「違うよ。そうじゃない。私たちのために無理をしないでってこと」

「無理なんかしてない。守るためだ。平気だ」

「嘘。無理に強くあろうとしている。恭平、そのままじゃ壊れちゃうよ」


 壊れる?

 俺が壊れるわけない。


「俺は、強くなきゃいけないんだ。強くなければ守れない。今はそういう世界だろう。強くならなくちゃいけないんだ」

「それは恭平だけじゃないでしょ。私もたまちゃんも強くなろうとしている」

「俺は男だ。オスなんだよ。オスはメスを守らなくちゃいけないんだ。強くないと、守れないんだ」

「恭平、私たちは獣じゃない。オスメスじゃなくて男と女なの。守ってもらうのは嬉しいけど、もっと私たちのことを頼って」


 頼って、それでゾンビに噛まれてしまったらどうするんだ。

 俺が居ないところで、見えないところで、死んでしまうかもしれないんだぞ。


「俺は、俺が、守らなくちゃいけないんだ。守りたい、守りたかったんだ……」

「私たちだって弱くない。この世界を生き抜いてきたんだから。たまちゃんだって、他の皆だってそう」

「だが……、俺は……」

「恭平は、恭平が守れなかった人の幻を私たちに重ねているの。その人じゃなくて、私たちを見て」


 鈴鹿が指輪を撫でながら言う。


 俺が、強ければ、良かったんだ。

 あの時、寝込んでなんかいなければ。

 一人にしなければ。

 俺が、守ってやらないといけなかったんだ。


 美香、すまない。

 俺のせいで。

 俺は、なんてことを……。


「恭平? 寝ちゃったか……。ねえ、ちゃんと自分のために生きなきゃダメだよ。奥さんを失った痛みはそう簡単になくならないだろうけど……。それでもね」


 鈴鹿の言葉が聞こえる。

 なんて言っているのかよくわからない。

 意識がぼやけてきた。


 深いところへ潜っていくような感覚の中、俺は美香の寂しそうに笑う顔を見た気がした。

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