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第十四話 童貞を捨てる

暴力表現があります。

ご注意ください。

 誰もいない道を駅の方へ歩きながら考える。

 よくわからない勢いで目標としたハーレムとは、なにをして、どうすればいいのか。

 俺がハーレムを作る目的はなんだ?

 女をたくさん集めて、俺がいかに魅力的なのかをわからせるためだ。

 誰に? 決まっている。美香にだ。


 お前が裏切った男は、大多数の女に好かれる、必要とされる、そんな魅力的な男なのだ、と。

 そう美香にわからせてやるのだ。


 つまりハーレムを作るには女を集めれば良い。

 それだけだ。簡単なことだ。


 誰もがゾンビに恐怖して家に閉じこもっているこの世界で、ゾンビの脅威が無い俺はそれだけで魅力的だろう。

 このオスについていけばエサにありつける。

 文明が崩壊しかけているこのクソみたいな世界では、そういう単純な要因が、強く逞しいオスが、メスの眼には魅力的に映るのだ。


 まずは住処だ。メスを捕まえても住処がなければ、ゾンビに殺されたり別のオスに連れて行かれたりする。

 安全で堅牢な住処を作り、そこで囲ってやれば良い。

 それと並行してエサ集めもしなければいけない。

 このオスの住処なら安全で安心して腹いっぱい食べられるとメスに思わせなければいけないのだ。


 堅牢で物資が豊富な住処を見つければ話は早い。

 大型商業施設、ホームセンター、百貨店。

 そういった建物の中で、ゾンビに占拠されて人間がいないものが望ましい。

 駅へ向かえばそういった建物はたくさんあるはずだ。

 道路上にある標識を見れば距離にして十五キロ弱。

 暗くなる前にはつくだろう。


「う、ぐう、うっぷ……おええええ!」


 急に襲われた吐き気に、腹の中のものをぶちまけた。

 ビシャビシャと吐き出される液体からは酸っぱい臭いに混じって酒の香りがした。

 胃がひっくり返ったんじゃないかと思えるくらい、嘔吐は止まらなかった。



「……ウゥァァァ」

「アァゥゥ……」

「グゲ……」


 遠巻きにゾンビがこちらを見ていた。

 未だに嘔吐の止まらない俺を見て、嫌そうにしやがった。


「てめえら、何見て、おえええ! ……クソが、見てんじゃねえ、ぞ……おええあああああ!!」


 地面に落ちていた俺の汚物にまみれているペットボトルを拾い、ゾンビに投げつけてやると慌てた様子で離れていく。

 一匹転びやがった。ざまあみろ。


 しばらく吐き続け、胃の中のものを全て吐き出し、もう出るものが何もないとなった頃、ようやく吐き気が治まった。

 吐き気が治まると、途端に猛烈な渇きを感じた。

 自販機を見つけたので思い切り蹴りをいれると、ガラガラと大量のペットボトルや缶が出てきた。

 出てきた水のペットボトルをあけ、何回かうがいをして気持ちの悪い口の中をすすぐ。

 スポーツドリンクと水を一本ずつ飲み干すと、喉の渇きも治まった。


 そういえば、酔いが中々まわらずにビールを大量に飲んだのを思い出した。

 倒れなかったのが不思議だ。

 急性アルコール中毒にはならなかったが、体が酒を毒と認識して胃の中の酒を全て吐き出そうとしたのだろう。


 地面に転がっている水のペットボトルを一本拾い、歩き出す。

 胃に何も入っていないから空腹感が凄まじい。

 早く住処になりそうな所を見つけて腹いっぱい食いたい。



 駅に向かう途中、ゾンビに占拠されているコンビニを見つけたので寄ることにした。

 外から見るだけで五匹はいる。

 棚が倒れていたり荒れてはいるが、まだ商品があるように思う。


「おら、クソゾンビども、散れ」

「ウウアアァァ……」

「グゲ……」

「アアァァー……」


 店内に入った俺の言葉にゾンビが反応し、離れようと動き出す。

 俺が店の奥に行けば、勝手にゾンビは入り口から外へ行く。

 何匹かが倒れた棚に躓きながらも、全部のゾンビが店の外に出て行った。


「邪魔だし臭いんだよ。どっか行ってろ」


 ペッと唾を店の入り口に向かって吐く。

 店の外でウロウロしていたゾンビは、俺に唾をかけられると思ったのか逃げていった。

 ゾンビどもは視界に入ってくるだけで不快だ。


 中は荒れてはいるがある程度の商品は残っていた。

 俺は迷わず珍味の棚へ向かう。

 ジャーキーや鮭とば、帆立のヒモやサラミなどがあった。

 これは、全部持って行きたい。

 籠があるのでそれに全部入れて置いておく。


 飲料売り場には少ないが酒もあった。

 ビールもあったが、飲む気はしなかった。

 代わりにウイスキーを二瓶ほど手にして籠に入れる。

 他にも俺の好きなアヒージョの缶詰やサバ缶があったので新しい籠に満載にして入れる。


「腹減ったな。ここで食ってくか」


 電気が生きているので電子レンジが使える。

 売り物の紙皿の上に缶詰の中身を出して温める。

 サバの水煮の上にカキのアヒージョを乗っけて、スパイスのにんにくと黒こしょうをかけたものだ。

 電子レンジで温まっていくと良い匂いが漂ってくる。

 もうこれだけで酒が飲める。


 ビールを飲みすぎて吐いたばかりだというのに、俺は懲りずにウイスキーの瓶の蓋を開ける。

 まずは一口。そのまま瓶に口をつけてラッパ飲みだ。


「う、美味い……」


 正直少しビビッてはいた。

 また体が酒に対して拒絶反応をしたらどうしようかと思っていた。

 ちゃんと飲めて良かった……。

 お前、度数は三十七度か。結構高いのに、俺の胃は受けいれてくれたぞ。


 酒瓶を見つめていると、ピーという電子音に現実に引き戻された。

 俺は今、酒瓶に心の中で話しかけていたのか?

 危ない人じゃないか。


「はあ、もう酔ってるのかね。まあいい、食おう」


 レジのカウンターに座り、横に紙皿を置く。

 カウンターに割り箸があったのでそれを使っていただく。


 サバの身は柔らかくアヒージョの油を良い感じに吸っている。

 黒こしょうとにんにくの香りも良いアクセントになっている。

 塩気が少し薄いが、塩分過多になっても良いことはない。

 薄味で良いのだ。

 カキは電子レンジで温めたせいか、小さく縮まりゴムのような感触になってしまっていた。

 これはこれで噛み応えがあって美味しいと言えるかもしれないが、俺はプリプリのカキが好きだ。


 あっという間につまみが消え、ウイスキーの半分が無くなった。

 これ以上ここにいると、いつまでも酒盛りをしてしまう。

 缶詰や珍味の入った籠を持ち、店を出ようとしたときに閃いた。

 たしか『有印絶品』の置いてある棚があった。

 そこにバッグがあるのを見た気がする。

 トートバッグのような肩掛けのものだ。

 少なくとも籠よりかは持ちやすく量も入るだろう。


 棚にはコンパクトに箱詰めされたトートバッグが三個ほどあったので、それぞれ珍味、酒、缶詰を目一杯入れる。

 相当な重量になったが、肩にかけると意外と簡単に持てた。


 駅に行けば物資もたくさんあるだろうから、ここからいろいろと持っていく必要は無い。

 道中で腹が減って酒が飲みたくなったとき用の食料と酒があれば良いのだ。

 店を出ると遠巻きにゾンビが見ていたので唾を吐いてから駅へと向かった。

 忌々しいヤツらだ。



 腕時計を見ると一六時半を過ぎたところだった。もうすぐ、日が暮れる。

 空がどんよりと曇っているせいか、暗くなるのも早くなっている気がする。

 目標としていた百貨店にはまだついていない。

 今は商業ビルが立ち並ぶ通りを歩いている。


 暗くなるにつれ、ゾンビを見かける回数が減った。

 俺の存在を知ったからか、どこかに隠れているのかもしれない。


 遠くで犬の遠吠えが聞こえた。

 なんとなく「どこにいる」と言っているような気がした。

 すぐにもうひとつ遠吠えが聞こえた。

 これは「ここにいるぞ」と返しているように思う。


 それっきり遠吠えは聞こえなくなった。

 きっと二匹は会えたのだろう。

 人が支配しなくなったこの世界で、犬も新しくコミュニティを築いているのだろうか?


 日が完全に沈み、辺りが真っ暗になった。

 街灯が等間隔に点いてはいるが、人の生活の明かりがないと、世界は暗い。


 ふと、視界に違和感を覚えた。

 暗闇が見える。

 白黒の映画のようと言えば良いのだろうか、暗視カメラの映像が一番近い気がする。

 そんな風に、暗闇が良く見えるのだ。

 暗がりに停まっている乗用車の車内の様子までもがしっかりと見える。

 ゾンビが一匹、運転席でシートベルトから逃れられずにもがいていた。

 哀れなものだ。


 前に誰かが言っていた、ゾンビには暗視能力がある、という言葉を思い出す。

 今の俺の視界がそれと同じなら、俺はゾンビになってしまったということになる。

 しかし俺は人を食いたいとも思わないし、体臭も臭わない。

 臭いは本人に自覚がないとは言うが、俺は臭っていないと思う。多分。


 俺がゾンビじゃないならば、この暗視能力はきっとゾンビウイルスに一度感染したけれど、薬を飲み治ったことから得られたのだろう。

 思わぬ副産物に、口元を歪めた。


 俺が強く優秀になればなるほど、俺のハーレムは増えていく。

 もっと他に俺が有利になる能力は無いのだろうか?


 ゾンビは生者の匂いに敏感だとも聞いたことがあるので空気の匂いを嗅いだ。

 なんともそそられる匂いがする。

 なんだろう、この匂いは。

 脳髄にガツンと来る、そんな匂いだ。

 気がつけばフラフラとその匂いを追うように歩いていた。


 匂いの濃い方へ歩いていくと、ひとつの商業ビルに辿り着いた。

 四階建ての鉄筋コンクリート造のビルだ。

 一フロアにひとつしかテナントが入らないような、狭くて小さいものだ。

 一階はシャッターが下りている。

 階段にあるポストには、一階は美容院と書かれていた。

 外から看板と窓に張られたフィルムを見るに、二階は占い屋、三階は雀荘、四階はオフィスとなっている。

 二階は明かりが点いていなかったが、三階と四階は点いている。

 どちらかに匂いの元はある。


 階段の上から匂いが漂ってくる。

 荷物の入っているバッグを床にそっと置いた。

 敵がいるかもしれないので足音を消して細い階段を登っていく。


「……て! ……し……!」

「……にしろ……ンビが…………だろ……」

「……! ……て! 誰か!!」


 声が聞こえた。

 メスの声だ。

 匂いも濃くなっていく。

 二階は、違う。匂いはもっと上だ。

 三階は、嫌な臭いがする。ここではない。

 四階のオフィス、ここだ。

 脳みそが蕩けそうになる匂いに満ちている。


 音がしないように、ゆっくりと静かにドアを開けていく。

 匂いが、脳に突き刺さった。

 とても興奮する匂いだ。


 中の様子を窺う。

 メスが一匹、オスに組み敷かれている。

 オスは全部で二匹。


「大人しくしろ……。少し我慢してればお前も食料がもらえんだからよ。あんま騒ぐとヤツらに気付かれちまうぞ」

「そうだぜ。あまりうるさいなら殺すしかねえぞ。別に俺はお前が死んだあとに使ったって良いんだぜ」

「ゲスめ……! だったら大声を上げてヤツらを呼び寄せてやる!! 誰かあああ、むぐぐう!」


 メスが叫んだが、オスの手で口をふさがれてしまった。


「クソ、ほんとに殺すぞ、こいつ……!」

「首絞めてやれ。死ぬってわからせてやれば大人しくなんだろ」

「挿入れながら首絞めるのが好きなんだけどなあ、俺。おら、苦しいか? 死ぬか? おい」

「ぐ、が、は……!」


 不快だ。

 ただただ不快だ。

 

「脱がせ脱がせ。もう抵抗しても無駄だってわかったろ」

「おい、次暴れたら前歯を全部折るからな?」


 オスがメスの着ているズボンのベルトを外した。

 オスがズボンを脱がせると、濃密な匂いが充満し頭がクラクラした。


「はは! 黒とか淫乱なんじゃねえの?」

「嫌がるわりに好きもんかよ」

「くっ……!」


 こいつら、俺の縄張りで俺のメスに好き勝手しやがって。

 俺のハーレムにはオスはいらねえんだよ。


 見たところオスは二匹しかいないようだ。

 こいつらなら勝てるという確信が俺の中にはあった。


 ドアを蹴り開けると、オス二匹がビクリと体を震わせ、すぐに立ち上がった。


「てめえ、何の用だ……」

「ふざけたことしやがって。やろうってか? あ?」


 オスと問答をする気は無い。

 無言で一歩近づくと、オスの一匹が「止まれ」と懐から何かを取り出し、こちらへ向けた。

 あれは、拳銃?

 おもちゃのように見えるが、本物かもしれない。

 少し様子を見よう。


「お、止まったか。それが懸命だぞ。これはほんもんだからな」

「ムカつく目ぇしやがって。睨んでんじゃねえぞ、コラ」


 オスは十代から二十代くらいか。

 体格は貧弱だ。

 一匹は痩せぎすで一匹は筋肉量も少なそうな肥満体だ。

 これなら、すぐに倒せる。


 銃が本物かどうかはわからない。

 だが素人が撃ってもなかなか当たらないとは聞いたことがある。

 あれが本物だとしても、銃口から逃げるように動けば当たることはなさそうだ。


「おい、聞いてんのかよ!」


 痩せ身のオスがナイフをこちらへ向けて喚いている。

 もう観察はいいだろう。

 やるか。


「おい、後ろゾンビいるぞ」

「え?」


 俺の嘘にひっかかり、バカなオスが振り向いた隙に、入り口にあるスイッチを押し部屋の明かりを消す。

 途端に暗闇が広がるが、俺の眼には白黒の世界の輪郭がはっきりと浮かび上がっていた。


「くそ、見えねえ! 動くな! 撃つぞ!」

「なめてんじゃねえぞ、コラ!」


 見当違いの方向へ銃を向けナイフを突き出すオスたちに静かに忍び寄る。

 もし銃が本物だったら危ないから取り上げておこう。


 銃を構えている肥満体のオスが、銃口を誰にも向けていないのを確認してから、その手に思い切り手刀を振り下ろす。

 ボグ、という音が手刀をした手の先から伝わるのと同時に、男が絶叫をあげた。


「ぎいあああ! ぐううう……! い、いでええ……!」

「おい、おい! どうしたんだよ!」


 肥満のオスの手首から先がプランと垂れていた。

 折れてしまったようだ。肥満な上に骨が脆いとか。弱いオスだ。


「クソが! そこにいんのか!」


 痩せ身のオスが闇雲に振り回すナイフが、スーツの肩プロテクターの部分にかすった。


「見つけたぜ! 死ねや!!」


 俺の肩を掴み、ナイフを振り下ろしてきたオスの腕を思い切り殴ると、ナイフを落とした。

 オスは俺を掴んでいた手を離し、床を這うようにしてナイフを探している。


「お前、さっき前歯折るとか言ってたよな?」

「ひっ! どこだ!」


 振り回す腕をひょいと避け、髪を掴む。

 こいつも髪が長くて掴みやすい。ゾンビにも掴まれるだろうに、何故伸ばす?


 思い切り引っ張るようにして掴むと、オスが仰け反るように体を起こし、俺の腕を両手で掴み痛みを軽減しようとする。

 良い体勢だ。そのままでいろよ。


「人にやられて嫌なことはしないって先生に教わらなかったか? 親でも良いぞ」

「う、うるせえ! 離しやがれ!」


 反省するようなら考えないでもなかったが、まあいいか。

 オスの髪を引っ張り、机の近くまで持っていく。

 ここで良いか。


「離せつってんだろうが!」


 オスは大きく口を開けて喚いている。

 髪を引っ張り勢いをつけて、思い切り机の角に顔面を叩きつけてやる。


「う、ぐ、ぷあ!」


 少しずれて鼻をぶつけたようだ。

 もう一回だ。


「が、ぎ、あ……!」


 前歯が何本か折れた。

 オスが俺の腕から手を離し、空中に突き出して叩きつけられるのを防ごうとしている。

 そんなことをしても意味は無いな。


 右手でオスの髪を引っ張り上を向かせる。

 そのまま左手の鉄板で補強されたグローブで、オスの口を殴りつける。

 一、二、三、四、と殴りつけると、オスの前歯は全部がなくなったように見えた。

 オスは手で顔を庇おうとしているので、ついでに両手の人差し指と中指を折っておく。


「ぐ、ぎい、が、ああ!」


 肥満のオスの指も折ろうと思ったけど、アレは手首が折れてるから大丈夫か。

 制圧は終わった。

 メスが状況を把握できるように明かりを点ける。


「……ひ。近寄らないで。近づいたら刺す」


 倒れたオスの様子に一瞬ひるんだメスだったが、すぐに脅威でないと確認したのか、俺へとナイフを向けてきた。

 いつの間に拾ったんだか。

 逞しいメスだ。

 敵意が無い事を理解してもらう為に両手を上げる。


「俺は、敵ではない」

「敵は皆そう言うの」


 油断させるために言うのだろうな。

 だが、俺は本当に敵では無いのだ。


「どうしたら信じてもらえる?」

「助けてもらったのはありがたいけど、男は信用ならないから。ごめん」

「そりゃ犯されそうになったらな。それより、ズボンを履いたらどうだ? 今の格好は少々眼の毒だ」

「貴方はそれ目的じゃないの?」

「無理やりは嫌いだ」

「……そう。じゃあ履くけど、襲ってこないでよ」

「敵に言うセリフじゃないな、それは」


 メスの下腹部から漂ってくる匂いに、頭がクラクラしてきた。

 ズボンを履いてくれれば多少収まるか。

 この匂いを嗅いでいると、このメスを俺のものにしたいという願望が強くなっていく。


「履いたわ。本当に襲わないんだ。信用させてから襲う気?」

「いや、襲いはしないさ。それより、どうしたら信用してもらえるかな?」

「信用はしない。消えてくれればそれで良いわ」

「それは嫌だな。せっかく会えたのに」


 なんとかしてこのメスを俺のものにしたい。

 どうしたら良いんだ?


「それじゃ、今から私がやることと同じことをやってくれる? そうしたら信用してあげる」

「なんだってやってやるさ」

「言ったわね」


 メスはそう言うと、床に倒れて呻いている痩身のオスへと近づき、ナイフを振り下ろした。

 オスの胸に深々とナイフが突き刺さる。


「ぐ、おご、ごぷ……」

 

 オスが口から血を吐き出した。

 そのオスの胸からナイフを抜き取ると、メスが再度振り下ろした。


「クソが! よくも! 私に! あんな! 真似を!」


 何度も何度もオスの胸にナイフを突き立てる。


「死ね! 死ね! ゴミ虫! 死んじまえ!」


 刺される度に体を揺らすだけになったオスはとっくに死んでいるように思えた。

 肥満体のオスがその様子を見て小便をもらしている。

 臭い。


「……ふう。ゴミ掃除できてすっきりした。あ、そいつをお願いしてもいい? できるって言ったよね?」

「アイアイ。こんなことで良いなら」


 元より俺の縄張りにいるオスは排除する予定だ。

 ゾンビにでも食わせようと思っていたが、自分の手でやればこのメスが手に入るのなら喜んでやる。


「ひ、ひい、やめてくれ! なんでもするから、殺さないでくれ!」


 肥満体のオスが這いずって逃げようとするので、頭を蹴り上げる。

 ゴトリと床に倒れ伏すそいつは、うつ伏せなのに顔が天井を向いていた。

 骨が脆すぎて折れてしまったようだ。


「あー……、終わったが、これで良いか?」

「……もっと苦しめて欲しかった。こいつら、私以外にも女を襲っているっぽかったし」

「なんでわかるんだ?」

「このビルの周りは裸の女のゾンビばかりだったでしょ? 気がつかなかった?」

「ああ、見なかったな」


 ゾンビは俺が近づくといなくなるからな。

 俺の視界にすら入るのが嫌なようだ。


「ああ、もう夜だからか。まあいいわ。とりあえずは信用する。名前は?」

「恭平。山下恭平だ」

「そう、私は井上(いのうえ)鈴鹿(すずか)。よろしくね、山下さん」

「ああ、よろしく」


 お互い血まみれの手で握手を交わす。

 笑みを作る鈴鹿に、こちらも笑みで返す。


 初めて人を殺したというのに、全く何も心が動かなかった俺は、ゾンビのような怪物になってしまったのかもしれない。

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