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第十話 狂った世界で

 友達は助けに行きたいけど、まずはケガを完治させてからということで、俺たちはマキシーンの部屋を出て空いている部屋を探していた。

 一階から九階まではマキシーンが探索を終わらせていて、もう使えそうなものは残っていないそうだ。

 住人はゾンビが何人か残っていたが、すでに殲滅を終えているらしい。

 殺したゾンビはどうしたか聞くと「ぜんぶ焼いたヨ」と返ってきた。


「死体放置するマスとビョーキになるマス。汚物はショードクだあデス」

「どこでそういった言葉を覚えるんだか」


 ゾンビ焼却場は一階にある、周りがコンクリートの塀で囲まれたゴミ収集所だそうだ。

 ドラム缶が三つほどあり、そこにゾンビとガソリンを入れて燃やすらしい。

 ベランダからゾンビを落とせば焼却所に運ぶのも容易いそうだ。


「落ちた時にバラバラになるマスと軽くなって運びやすいデスからgoodネ。hahahaha‼︎」


 アメリカンジョークは笑えない。


 エレベーターホールはテーブルやイス、ベッドから棚まで、いろいろなものを使ったバリケードでふさがれていた。

 十階以上はわからないが二階から九階まではすべてのエレベーターホールが同じようなバリケードでふさがれている。

 マキシーンが一人で地道に作ったそうだ。


「さすがにコレより上はダメだったネ。疲れたし意味無いデス」


 確かに階段しか使えないのに十階以上を拠点にする意味は無いか。

 疲れるだけだろう。


 西階段は踊り場がマキシーン作成のバリケードでふさがれているので東階段へやってきた。

 ここに来るまでにも部屋を何個も抜ける必要があった。

 ここまで徹底して侵入防止に努めているマキシーンに敬意を抱く。


 九階から十階に上がる階段に設置されている邪魔なバリケードをどかす。

 釘やビス、針金やダクトテープで補強されていて取り外すのが大変だった。

 十階からは部屋数が少なくなっており、一部屋が大きくなっている。

 九階までは十部屋あったが、ここには八部屋ほどしか見えない。

 通路には何も落ちていなく、きれいなものだった。

 マンションが完成して一年も経っていないから元々人が少なかったのかもしれない。

 できればゾンビとは会いたくない。


「ここから先はナニいるかわからないデス。二人とも『be careful』」

「ビーケーフォー?」

「気をつけてってことよ。私が前を行くわ」


 美香、俺、マキシーンの順で並んで進む。

 一〇〇八号室から探索を始める。

 インターホンを鳴らし耳を澄ませる。

 ヘルメットを外した美香が、耳を扉につけて中の様子を伺う。


「音はしないわね」

「ドア開けるマス」


 美香がドアノブをひねって開けようとするが。


「鍵かかってるわね」

「まあ、こういうマンションはオートロックが標準だしな。マキシーンはどうやって他の部屋の鍵を?」

「ワタシこれあるマス」

「これは?」


 マキシーンの手には片手サイズのタブレットと、そこから伸びたコードに繋がっている小さなタグ状の機械が握られていた。

 そのタグをインターホンと一体化しているキーリーダーにかざす。

 マキシーンがタブレットを何回かタッチすると、ウィーンとオートロックの開く音がした。 


「『friend』から貰ったヨ。『hacking device』ネ」

「ハッキンデバイス?」

「ハッキングっぽいわね。マキシーン、あんたの友達っていったい何者なのよ?」

「『virologist』デス」

「バイロージス?」

「わからないわ」

「んー、会えばわかるマス」


 ハッキングの機械なんかをポイポイ友達に渡しちゃう人か。

 悪い人じゃなければ良いけど。


 それよりも今は安全な場所の確保をしたい。

 薬を打ちはしたが体調が回復したわけではない。

 血を流しすぎたのもあり、早く安静にしておきたい。


「今は友達のことは置いといて部屋を探索しよう」

「そうね。危ないから恭平は離れてて。私が行く」

「ヘイ、ミカ! Zいたらワタシ撃つマス。ドア開けて横行くネ」


 そう言ってマキシーンがクロスボウを構えてドアへと向けた。


「わかったわ。三、二、一、で開けるわよ。あ、スリートゥーワンのが良い?」

「それのが良いデス。ラストはGoが良いネ」

「オーケー。じゃあ、スリー、トゥー、ワン……ゴー!」


 美香がドアを開けるが、マキシーンは動かない。

 中を覗くと、何もない廊下の先に、何もないリビングが見えた。


「誰も引越してきてないみたいね」

「ここ、ダメね。次行くヨ」

「空いている部屋は多いのか?」

「半分くらいデス」


 確かマンションが五月に完成したはずで、今が九月だから四ヶ月か。

 ゾンビパニックが起きたのが六月だから、実質このマンションの売り出し期間は一ヶ月程度だ。

 それだけの期間で半分も埋まっていれば良いほうなんじゃないか?

 自分で考えといて何が良いのかいまいちわからないが、いるかもしれないゾンビの数が少ないのは良いことだろう。


 探索を続ける。

 一〇〇二号室と一〇〇三号室も何もないハズレ部屋だった。

 一〇〇四号室のインターホンを鳴らすと、中からガタンと音がした。


「いるマス。Zかも」

「もう一回押してみるわね」

「俺が音を聞くよ」


 インターホンを再度鳴らす。

 くぐもった呻き声が聞こえた。


「いた。呻き声した」

「Zネ。やるマス」

「わかった。恭平は離れてて。マキシーン、準備は?」

「OKデス」


 美香が号令をしてドアを開ける。

 中から腐敗臭が漏れ出してきて、思わずえずきそうになる。

 ドアの先はゴミで散乱した玄関と廊下があり、リビングに続くドアの曇りガラスに人影が見えた。

 その人影がドアをバンバンと叩いている。


「どうする。あのドア開けたほうが良いの?」

「このままやるマス。ちょと待ってて」


 マキシーンは立ったままクロスボウを構えているが、良くあの重そうなものを水平に保てるものだと感心した。

 室内だと結構響く発射音がして、すぐにガラスの割れる音がした。

 中を覗き込むとリビングのドアの上半分のガラスがなくなっており、人影もいなくなっていた。


「『No sweat』。Zがまだいるかもデス。音させるマス」

「オーケー」


 美香が玄関の壁や棚をグローブの固い部分でゴンゴンと叩く。

 しばらく耳を澄ませるが、物音はしない。


「中に行くマス」

「待って、マキシーン。その服じゃ噛まれたら危ないわ。私が先に行く」

「OKネ。『closet』とベッドの下はよく見るマス。Zから逃げて隠れるして、そのままZになってる人多いデス」

「なるほどね。クローゼットとベッドの下ね。気をつけるわ。恭平はここで待っててね」

「すまん、役に立てなくて」

「良いの。恭平はそこにいて」

「行ってくるマス」


 二人が中に入っていくのを見送る。

 美香がまず玄関横にあった下駄箱の扉を開ける。

 さすがにそこには居ないだろうと思ったが。


「くっ!? 子供……!?」


 美香に倒れ掛かるように、五、六歳の男の子が現れた。

 ぐったりとして、目を見開いている。

 首には深い傷があった。


「もう死んでるマス。隠れるしてたネ。ミカ、どいてください」


 マキシーンがそう言いながらクロスボウの先端を男の子の頭に向けた。

 美香が男の子の遺体を抱きかかえるようにしてマキシーンから守る。


「ちょ、何してるのよ! やめなさい!」

「Zになるマス。『brain』の破壊しないとZ増えるだけネ」

「だけど、こんなの死者に対する冒涜よ、許されるわけないわ!」

「許す、許さないじゃないデス。もしそのZに噛まれた人、ミカのこと許さないヨ」

「だけど……」


 美香の気持ちはよくわかる。

 だが、今は世界が狂ってしまっているのだ。

 狂った世界には狂った秩序がある。

 幼子だろうが死者の頭は破壊して、死体を燃やさなきゃいけない。


「美香、マキシーンに従おう。その子もゾンビになって徘徊するよりかは静かに眠れた方が良いだろう」

「……わかった」

「やるマス。そこに寝かせるネ」


 美香がいたわるように男の子を玄関へと寝かせる。

 次の瞬間、男の子が飛び跳ねるようにして起き上がり、美香に噛み付こうと飛び掛る。


「美香!」


 美香はヘルメットを脱いだままだ。

 あのままじゃ首を噛まれる。


 反射的に蹴りだした足が男の子に当たり、そのまま玄関の壁に男の子を叩きつける。

 足裏からボキボキと嫌な感触が伝わる。

 そのまま男の子を足で壁に押し付ける。


「マキシーン! やってくれ!」

「Yah」


 マキシーンはクロスボウを暴れる男の子の眉間に押し付け、トリガーを引いた。

 男の子はビクンと震えると、頭を壁に矢で縫い付けられているせいで変な立ち方をしたまま痙攣を始めた。


「……素早いゾンビもいるんだな」


 気の利いたことを言いたかったが、出てきたのはそんな言葉だった。


「……なりたては早いネ」


 そんな俺に、マキシーンが返してくれた。


 ツラい。

 美香の顔を見ることができない。

 ゾンビとはいえ、子供を殺してしまった。

 まだ小学校にも行っていないような子をだ。


「マキシーン、死体はどうするの?」


 いつもと変わらない声で美香がそう聞いた。

 まるで「コーヒーに砂糖入れる?」とでも聞くかのような、そんな声だった。


「あー、外に落とすマス。あとで燃やすネ」

「そう。私が落とすわ」

「美香……」

「恭平、ごめん。私が間違ってた。ごめん。嫌なことさせて」

「いや、大丈夫だけど……」


 俺はそんな鬼気迫る顔をした美香が心配だ。


 なんとか気を取り直し探索を続ける。

 一〇〇四号室にはその男の子と母親しかいなかったようで、二人の遺体を美香がベランダから外に落とした。


 幼子を殺し、母子の遺体を十階のベランダから落とさなきゃいけない世界は、やはり狂っているのだと思えた。


 その部屋は腐臭が凄いのと嫌なことを思い出すために使うのはやめた。

 食料なども食べつくされており、あの男の子がどんな気持ちであそこに隠れていたかと思うと、やりきれない気持ちになる。


 探索を続けたが、隣の部屋の一〇〇五号室は空き部屋だった。

 一〇〇六号室は女のゾンビが椅子に縛り付けられて暴れており、その横に男の首吊り死体があった。

 両方の頭部を破壊してベランダから落とし、一〇〇七号室へ向かう。


「ここもハズレか」

「この階はダメかもしれないわね」

「次行くマス」


 空き部屋だった一〇〇七号室を過ぎて一〇〇八号室へ。

 インターホンを鳴らすも中の音はしない。


「開けるわよ。スリー、トゥー、ワン、ゴー!」

「……匂いないデス」

「本当だ。これは期待できるか」


 美香が注意深く探索を始める。

 下駄箱にはハイヒールがいくつか。

 この部屋の住人は女性だったようだ。


 リビング、風呂、トイレ、寝室、クローゼット。

 しらみつぶしに探索を続けるがゾンビの姿も、住人の姿も見えなかった。


「当たりかしら」

「そうネ。ここならキョーヘイ休めるマス」

「助かる。もう割りと限界なんだが、少し座ってていいか?」

「その前に腕の治療をしないと」

「まずバリケードを作るマス。キョーヘイ、寝てていいよ」

「そっか。じゃあ恭平、ゆっくり休んで」

「すまん。頼む」


 きっと二人は階段やベランダなどに他の部屋の家具を使ってバリケードを作るのだろう。

 ソファに腰を下ろし、二人を見送る。


 あの薬を打ってから、時折心臓が強く脈打つ時がある。

 まさか副作用が出てきたのか。

 今もドクンドクンと一拍ごとに強くなる動悸に、体がつられて揺れているような錯覚を覚える。


 今になって思うが、なんでマキシーンのことを信用したんだ?

 ゾンビに噛まれたせいで正常な判断ができていなかったのは間違いない。

 初めて会った人間、それも素性の知れない相手を、冷静だったのなら信用はしていないだろう。


 そんな人物から渡された怪しい薬をなんの迷いも無く打つなんて、やはりどうかしている。

 ゾンビの治療薬がなんでこんな所にある?

 そんな重要なものこんな所にあるわけが無い。

 あれはきっと偽物だ。


 じゃあマキシーンの目的はなんだ?

 友達を助けたいと言っていた。

 欲しいのは、美香か?

 美香の戦力が欲しいのか?

 確かに美香は人外じみた空手パワーがある。


 空手パワーってなんだ。

 思考がまとまらない。


 熱が出た時の怠さを感じる。

 重力に押し潰されるように、体が勝手にソファへ横たわる。

 脳が沸いているかのようだ。


 今までのことが頭に思い浮かんでは消えて、すべての行動が最悪の一手だったんじゃないかと思えてきた。

 疑心暗鬼になる。


 自衛隊のやつも、避難所のやつも、皆俺たちを騙そうとしていたんじゃないか。

 とにかく俺は美香を守らなきゃいけないのに。

 なんでこんなところで寝ているんだろう。

 体が動かない。


 マキシーンの目的は美香だ。

 足手まといでゾンビに噛まれた俺はいらない。

 じゃあ、あの薬は、毒か?


 なるほど。薬を渡して恩を売り、美香を懐柔しようってか。

 俺がゾンビになったらなったで「友達が完成品を持っているかも。恭平もゾンビから戻る」とか言って友達救出に向かわせる算段か。


 クソ、まんまと騙された。

 元演劇部の俺が演技で騙されるとは、なんたる不覚。


 ふかくってなんだ。

 別にくやしいとかじゃないだろ。


 あれ、どうしたらいいんだ。

 わからない。



「……! 恭平!」

「ミカ、寝てるマス。今は休ませるデス」

「……そうね。じゃあ続きをやっちゃいましょう」


 ああ、待ってくれ。美香。

 ダメだ、行っちゃ。

 俺たちは騙されてるんだ。


 クソ、あの薬、何だったんだ。

 体が動かない。

 目が開かない。


 俺はこのまま死ぬのか。

 ゾンビになるのか?

 美香を襲うのは、嫌だ。


 クソ。

 体が動くのなら、飛び降りるのに。

 マキシーン、俺に美香を襲わせて、そのまま俺を処理する気なのか?

 俺がゾンビになったら美香はどうなる。

 あの意気消沈した美香を思い出せ。

 ……自殺しかねないぞ。


 マキシーン、お前の考えはダメだ。

 美香の性格を計り間違えている。

 それじゃあダメなんだ。

 俺に、俺が、美香に生きるように言わないと。


 ああ、クソ。

 意識が薄くなってきた。


 嫌だ。

 ゾンビになるのは嫌だ。

 美香を襲わせないでくれ。


 頼む。



「……恭平?」


 美香。


「良かった。よく寝てる」


 起きているんだ。


「マキシーンに薬貰ったよ。感染症とかいろいろのやつ。後で飲もうね」


 その薬も信用できるかわからないんだよ。


「冷蔵庫にビールがあったよ。五本も。恭平が起きたらお祝いで飲みたいけど、病み上がりじゃキツイかな。私が全部飲んじゃおっかな」


 全部飲んでいい。だから……。


「ふふ、早く良くなってね、恭平。……愛してるよ」


 俺も、俺も愛している。


「じゃあ私も寝るね。おやすみ」


 額に柔らかい感触。

 いつものおやすみのキスだ。


 このままじゃ俺が美香をゾンビの仲間入りにさせてしまう。


 誰か、俺を殺してくれ。

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