84 へっ、普通はやらないの?
「ふむ。しかし想像しておったものとは、ちと違うものが出てきたのぉ」
「ええ。この鍋のようなものでどうやって、あのようなお菓子を作るのでしょうか? さっぱり解りませんわ」
ロルフさんとバーリマンさんは雲のお菓子製造機を見ながら、そんな事を言っている。
って事は二人とも同じような形のものが出てくるって思ってたのかなぁ?
「想像と違うって、二人はどんなのが出てくるって思ってたの?」
「そうじゃのぉ、わしは柄杓のようなものが高速で動くような魔道具を想像しておった。人が作るよりも早く正確に溶けた砂糖を撒けば、あのようなお菓子になると考えたのでな」
「私も同じようなものですね。ただ穴の開いた柄杓ではこれほど細くはできないでしょうから、液体が絡みやすい形の棒に砂糖を溶かしたものをつけて、それを高速で動かすものを想像していましたわ」
「なるほど、確かにそれならば既存の穴の開いた柄杓を使うよりも細い飴細工ができそうじゃわい」
バーリマンさんの発想に頷くロルフさん。そう言えば前世の記憶の中にある飴細工も、そんな風に作ってた気がする。でも、流石にその方法じゃあここまで細く均一には作れないだろうけどね。
「しかし、これはそのどちらともまるで違っておる。実際にこの目にすれば少しは想像が出来るものと思っておったが、この鍋のようなものをどのようにすればあの飴菓子ができるのか、わしにはさっぱり解らん」
「私もです。ルディーン君、これはどのように使うのですか? 見た感じ、鍋の中にあるこの筒のような所に溶けた砂糖を入れるのだろうとは思うのですが……」
あれ? お砂糖じゃなく、溶かしたものを入れるって思ってるの? でも、もしそうならお砂糖を溶かす道具もいるじゃないか。
そんなの、ここには無いんだから、普通に砂糖を入れるって考えないのかなぁ?
「そこに入れるってのはあってるけど、使うのはただのお砂糖だよ」
「ぬ? しかし、砂糖を溶かさねば飴細工にはならないではないか」
「そうです。砂糖をいくら高速で撒いても散らばるだけ、予め溶かしておかなければ飴にはならないはずですわ」
もぉ、その溶かすのも一緒にやるんだって、何で解んないかなぁ。
「あのねぇ、ここにお砂糖を入れるとその下についてる火の魔石で作った小型の魔道コンロの熱でお砂糖が解けるんだよ。だから普通にお砂糖を入れればいいんだ」
「なるほど、これは砂糖を溶かすための魔道具だから鍋のような形をしているのね。では、あのお菓子を作る魔道具はどこにあるのかしら?」
そう言うとバーリマンさんは頬に手の平をあてながら首を傾げて寸胴鍋型の魔道具周りを見渡すけど、そこには当然何も無い。
だって今目の前にある魔道具が、その雲のお菓子を作る魔道具なんだから。
「さっきからこれがその雲のお菓子を作る魔道具だって言ってるじゃないか。ここにお砂糖を入れると、あのお菓子が出来上がるんだよ」
そう教えてあげたんだけど、二人ともよく解ってないみたい。
だから僕は実際に作って見せる事にしたんだ。
「ほら、ここに火の魔石がついてるでしょ。まずこれにここから魔力を流すんだ」
そう言って僕は魔石から回路図を通って寸胴鍋の側面に付いている印に魔力を流す。
すると火の魔石が光って鍋の真ん中辺りにある空き缶のような部分の下側が熱せられ始めた。
「でね、今度はこっち。ここに魔力を流すと」
そっちの印が繋がっているのは回転させるための無属性の魔石。
「ほら、回り始めたでしょ。そしたらお砂糖をこの穴に入れるんだ」
そう言いながら缶の上についている傘のような部品の中央、そこに開いている穴にお砂糖を入れると、寸胴鍋の中にはすぐに白い糸状の膜が張り始めた。
「後はこれで絡め取れば」
それを確認した僕は、魔道具の横に据え付けられている皮袋から取り出した木の棒で、くるくるとその糸を絡め取っていく。
そしたら雲のお菓子の完成だ。
「ほら、さっきと同じになったでしょ。雲のお菓子はこうやって作るんだ」
「なるほどのぉ。一つの入れ物に二つの魔道具を付けたわけか。これは中々いいアイデアじゃな」
「ええ。魔石を使う魔道具はどうしても高価になってしまいますからね。その魔道具を同時に二つ使うなど普通は考えませんもの。これは盲点でしたわ」
なんと、こんな風に複数の魔石を使った魔道具は他には無いらしい。
でも言われて見れば、確かに魔道具って物凄く高いって話だったよね。
僕の家では魔物を自分たちで狩って、そこから取れた魔石で魔道具を作ってたからそんな事あんまり考えた事なかったや。
「それに中央の入れ物が回転する事によって飛び散る溶けた砂糖で飴を作るという、この発想もよい。実際に見せられれば確かにこの方法ならばと思うが、簡単に思いつくものではないからな」
「ええ。子供の発想と言うものは時にして大人を凌駕します。この魔道具がそのいい例なのでしょう」
ごめんなさい、この作り方は僕が考えたわけじゃないです。でも、じゃあ誰が考えたの? って聞かれたら僕、困っちゃうから言わないけどね。
「しかし魔石を複数使うとなると、かなり高価な魔道具になってしまうのぉ。折角の素晴らしい出来なのに、ただお菓子を作り出すというだけの魔道具では平民には手が出せん。貴族が道楽で手に入れるくらいじゃろうな」
「あっ、違うよ。これは近所にいる子に食べさせてあげようって思ってその場で作ったからこんな形になってるけど、真ん中の缶を熱するだけじゃなく回転させるのも火の魔石でできるから、作ろうと思えば火の魔石一つでもこの魔道具は作れるんだ」
そう、実を言うと一つの魔石で全部やるのはそれ程難しい事じゃない。
でもそれをやろうと思うと回路図がちょっと複雑になって書くのが面倒だから、いっぱい手に入る米粒程度の魔石でも作れる回転の魔道具を使ってるだけなんだ。
だけど、それだと値段が高くなっちゃうって言うのなら、きちんと魔道回路図を書いて魔石を一つにした方がいいんじゃないかな?
「いやいや、確かに回転の魔道具等のように無属性の魔力でも動くのものならば火の魔石で作ることもできる。じゃが、一つの魔石で同時に二つ以上の効果を生み出す魔道具を作り出すなど、わしは聞いたことも無いぞ」
「えっ、なんで?」
魔石って簡単に言えば電池みたいなものでしょ? ならあくまで動力源なんだから出力さえ足りてれば問題なくできると思うんだけど。
雲のお菓子を作る魔道具はお砂糖を溶かすのに大豆くらいの火の属性魔石を使ってるんだけど、少しの魔力でも動く回転の魔道具くらいならそれ程の魔力は要らないから、魔道回路図は複雑になっちゃうけど米粒程度のの魔石を使わずに火の魔石から魔力をとって来たって多分動くと思うんだよね。
それに僕はこのイーノックカウで二つ以上同時に動いてる魔道具を見たことがあったから、余計にロルフさんが言い出した事の意味が解らなくて僕は聞き返したんだ。
「でも、二口以上の魔道コンロがあること、僕知ってるよ。それにお店とか行くとオーブンが付いてる魔道コンロもあるよね? あれは二つ以上じゃないの?」
「ふむ、確かに一見するとそれらは二つ以上の効果を生み出しているように見える。じゃが、実の所それらは一つの事をなしているだけなんじゃ」
ロルフさんが言うには、その手のコンロやオーブンはみんな一つの大きな属性魔石から取り出した火の魔力を全体に循環させているだけで、それぞれの熱が必要な場所毎に魔道回路記号のスイッチを書いて熱を発生させたり、同じく魔道回路記号の一つである抵抗を使ってその火力の強弱を調整したりしてるだけなんだって。
でもそれって、ちょっと効率が悪いんじゃないかなぁ? だってそれだとコンロやオーブンの内、一つでもつけたら全部をつけた時と同じだけの魔力が流れるって事でしょ。
そんな事をしてたら、燃料の魔道リキッドがあっと言う間に無くなっちゃうじゃないか。
それを僕が言うと、
「うむ。じゃから二口の魔道コンロやオーブンは一般家庭には無いのじゃよ」
ってロルフさんに言われちゃった。
やっぱりそんな問題点があったんだね。でも、ならなおさらそれは改善しないといけないって思うんだけど、誰も今まで考えなかったんだろうか?
「考えるも何も、そもそも魔道具という物はそういう物なのじゃから仕方なかろう」
「え~、そんな事ないよ。魔道回路図次第で簡単に解決できるじゃないか」
「何! ルディーン君には、それができると言うのか?」
できるも何も、魔石からの出力線を分割するだけなんだけど。
火の属性魔石と言っても、実際にそこから出ているのは熱ではなく火属性の魔力だ。
これがもし熱だったらどうしようもないけど、無属性の魔道具が火の魔石を魔力源に使っても動くと言う事は出ているのは魔力で間違いない。
なら、取り出す場所を複数作っても問題は無いと思うんだよね。
でもそれをどうやって説明すればいいのかなぁ……そうだ! いい物があるじゃないか。
「えっとね、水を溜める大きな樽の下に何個か穴を開けて、そこから水を取り出すイメージって言えば解りやすいかなぁ」
僕は、身近にある水を魔力に例えて説明する事にしたんだ。
「例えば樽から水を取り出す穴が一つしかなければ、栓を抜いたらいつも同じ量の水が出てくるよね? でも大きさの違う穴が何個かあったら? それなら今必要な量の出る穴の栓だけを抜けば、樽の中の水が必要な分だけ減るでしょ」
僕はそう言って栓を抜くしぐさをした。そうしたら解りやすいだろうって思ったからね。
「でね、魔石から取る魔力も同じなんだ。要は必要な分だけ取れればいいんだから全部をいっぺんに出す必要は無いし、何より魔道具によっては魔力が大きすぎると壊れちゃうかもしれないもん。一つの魔道具で何個かの事ができるようにするなら、魔石から取り出す線は別々にしないとダメだよ」
あれ?なんか反応が薄いような? う~ん、何で解んないのかなぁ。
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